離党
相馬主計は、常陸国笠間藩を脱藩した。
さきの長州征討の際に幕府徴募に応じて従軍し、京にたちよった際に憧れだった新撰組に加入した新参の隊士である。
まだ二十歳をすぎたばかりである。長身痩躯、利発な相貌は、文武に秀でた印象を他者に与える。
笠間といえば、藩主が代々剣術を奨励し、唯心一刀流と示現流を主に二大流派としている。
武士だけではなく、あらゆる階級の者が学んでいる。その結果、幕末期には「剣は西の柳河、東の笠間」と呼ばれ、剛勇をもってしられている藩だ。
相馬も例外ではなく、唯心一刀流をよく遣った。世の情勢を理解し、古来からの兵法も独学で学ぶ等、外見同様文武ともによくできた。
相馬とほぼおなじ時期に入隊した野村利三郎は、相馬より一つ年下である。美濃国大垣藩脱藩、と入隊時に申告したが、じつは武士ではなく農家のでだ。近藤や土方とおなじく、野村が生まれ育った地域も剣術や柔術がさかんであった。物心ついた時分から、そういった道場で学ぼうと努力はした。負けん気の強すぎる性格は、一つどころに落ち着けるものではなく、どこの道場でもすぐに問題を起こしてしまった。結局、どこでも破門されるか飛びだしてしまうかのどちらかで、最後には我流の剣術で満足するにいたる。
かれは根っからの努力家だ。こつこつと練習する我慢強さだけは名人級である。しかし、他者とまじわるのは苦手だ。
長年の努力で培われた体躯は、背こそさほど高くはないものの、筋肉がよくついてがっしりとしている。よく陽にやけた相貌は、体躯とは正反対でまだ幼さが残っていた。
沈着冷静で明るく、周囲を惹きつける指導者型の相馬。猪突猛進、閉鎖的で一匹狼型の野村。このまったく正反対の二人は、入隊時期や年齢もちかいことを省いても、なにゆえか相性はよかった。しかも、二人とも局長、副長付きの小姓たちのまとめ役、という役目もおなじだったので、つねに行動をともにしていた。
近藤と土方は、さきの江戸での徴募で故郷から十人以上のまだ十代の子どもたちを隊士見習いとして連れてきていた。その子どもたちは、局長と副長の小姓も兼ねている。相馬と野村は、その取りまとめ役というわけだ。この子どもたちのなかには、井上の甥の泰助も含まれている。
日野の子どもたちとはべつに、近江国国友村から市村鉄之助が兄の辰之助とともに入隊した。まだ十四歳の少年である。剣術は、まだろくに木刀すらふれないありさまだが、野村とおなじように負けず嫌いな性質は、努力で補うことをよしとし、必死に稽古に励んでいる。痩身で、背の低さを気にしているが、年齢のことを考慮するに、背はこれから伸びるだろう。
人懐こく面倒見がよく、なにより、怖いもの知らずな性格は、たとえ「鬼の副長」が不機嫌であろうと不調であろうと、どこ吹く風で小姓としての仕事を遂行するという、ある意味豪胆さももちあわせていた。
一方で、鉄之助の兄の辰之助は、可もなく不可もない。じつに影の薄い男で、勘定方に配属された。
伊東一派の新撰組から分離がきまった。それは、近藤宅での花見からわずか二、三日後である。
伊東に付き従い、新撰組をはなれる者は、伊東道場から連れてきた者も含めて十四名。そのなかには、近藤派の藤堂と斎藤も含まれている。おおくの者が藤堂のことは予想していた。だが、斎藤は予想だにしていなかった。それは、幹部である永倉や原田でさえも呆然とするほど、隊内に衝撃を与えた。
斎藤が間者であることは、近藤、土方、少年しかしらぬ。
伊東は、やはり抜け目のない策士で、自身を慕う者すべてを連れてゆくわけではなかった。会津藩出身の茨木司や、土方らが江戸に下向した際に隊士徴募に応じた中村五郎ら伊東支持派を、間者として隊に残した。
御陵衛士を拝命したことにより、ついに近藤も分離を許可するしかなかった。じつのところ、土方はそれをまっていた。分離の条件として、今後、隊のゆききを禁じるとした。新撰組から御陵衛士、御陵衛士から新撰組へ。最初の分離に属している隊からのりかえることは、これ即ち隊規違反となる。すくなくとも、新撰組に残る者にとっては、そこをはなれることは死を意味する。
土方は、最初から御陵衛士など認めてやいやしない。ただ単純に、伊東一派を壊滅するというきっかけ程度にしか考えていないのだ。
あとは自身の二本の懐刀が、王手をかけるその時期を探りだすだけだ。すべては、土方の掌のなかにある。
「伊東さん、あんた正気か?こいつはおれの甥だ、間者だと考えないのか?」
伊東が自身の小姓をつれてゆきたいと、土方に申しでた。
土方の甥である少年を連れてゆきたいなどと、ふつうならだれもが疑い躊躇するであろう。
少年にすっかり翻弄されている伊東である。周囲の忠告や反対の声に耳朶を傾けるどころか、まったくその気もないようだ。
「土方二刀」の一振りについては、謎がおおい。真実をしる者はすくない。その一端をしっているのは、浪士組とよばれた結成当時の古参の隊士たちぐらいだろう。そして、すくなくともその隊士たちが伊東に与することはない。さらにいえば、いらぬことをいうわけもない。
それが新撰組でうまくやっていけることだと、古参の隊士はよくわかっている。
西本願寺内にある新撰組の屯所に土方の怒声が響き渡ったのは、もう翌日には伊東がこの屯所をでてゆくという前日の夕方だった。この日、様々な調整が一段落し、棚上げされていた小姓の今後について、ようやく話し合いがもたれたのである。
土方の怒りはすさまじい。現在、かれの小姓をつとめている市村鉄之助やほかの局長・副長付きの小姓たちも、土方の怒声に全員が身を震わせた。
庭に面した副長室でのことだ。
開け放たれた部屋のまえの廊下に、小姓やほかの隊士たちがなにごとかとあつまってきた。
「この子にも意志はあるでしょう、土方君?剣術を学ばせ、作法や思想を教えるつもりです。わたしが責任を持って面倒をみます」
右の拳を握り締め、左の掌は少年の右肩に置いて力説する伊東。その一歩後ろでは、篠原や加納、服部が、やはり土方とおなじように渋面で立っている。
かれらも、いまやあたらしい隊の代表者である伊東に、少年は置いていくように再三再四諫言したのだ。
もはやかれらにこの愚行を止める術はない。ここは、敵ともいえる土方に、なんとか阻んでもらいたい、というのが本音であろう。
騒ぎをききつけたのか、局長の近藤やほかの幹部たちもやってきた。
「副長、おれは伊東先生の教えに感銘をうけています」
この争いの争点である少年が、ついに意を決して叫んだ。
「副長、あなたのやり方は間違っている。おれは、伊東先生についてゆきたい」
「おお・・・」
少年の勇気ある意思表示に、伊東はたいそう感銘をうけたようだ。まるで女子のように紅い口唇を両の掌で覆い、おおげさに喜んだ。その口唇は、血でもすすっているかのような紅みを帯びている。
これが少年の巧妙な人心掌握の術であることを、まったく疑ってもいない。
土方には、少年が演技をしていることはわかっている。充分覚悟はしていた。だが、伊東の所作がどうしても官能的にみえてしまう。どうしてもそれが色事へと結びついてしまう。
そうなると、いっきに怒りがこみ上げ、自身をおさえることができなくなってしまった。
「この大馬鹿者がっ!つまらん口車にのせられやがって」
伊東にたいして侮蔑を吐きだしていることなど、土方はまったく気がついていないだろう。激しい言と暴力とが同時だった。甥を力いっぱいひっぱ叩いた。小さな体躯は、いまや隊士たちでいっぱいになった廊下へと吹っ飛んだ。
土方は、自身の心中がわからなくなっていた。もはやどういう意味で伊東に敵対しているのか、そして排除しようとしているのか、正直わからなかった。
それが思想の違いとはかけはなれた理由であることを、認めたくはない。
驚いた篠原が少年に駆けより助け起こそうとしたが、少年は脳震盪でも起こしたのだろう、口唇から血を流し、ふらついてまともに立ち上がることもできない。
まだ子どもの域にある小姓たちのおおくが、この副長の暴挙に真っ青になった。さしもの市村も、土方の後ろで震えている。
「やめないか、土方君」
近藤が土方の両の肩を揺さぶった。近藤は気がついていた。無論、暴力を振るわれた少年も、土方の本心がわかっている。それでもあえて演技をつづけねばならぬ。
主の為、新撰組の為に・・・。
「この愚か者め!どこへなりともいっちまえ!伊東さん、話は終わりだ。目障りだ、あいつをさっさとつれだしてくれ」
近藤をのぞく全員が退散した。
鬼の副長の矛先が、いつ何時わが身に向くかわからぬのだ。
「大丈夫か、歳?」
障子をしめ、室内に二人きりになると、近藤は餓鬼の時分からの親友の両の肩に掌を置き、やさしく話しかけた。
「かっちゃん、おれはいったい・・・」
土方は自身の頭を抱えた。あらゆる想いが交錯する。近藤や新撰組を護る為、間者として潜り込ませた斎藤の為、こうするのが最善の策なのだ。
否、真実は、それをいいわけに、伊東に醜い悋気を抱いているやもしれぬ。それが性的なものなのか、あるいは父性的なものかはわからぬが・・・。
「すまない、歳。おれの為におまえたちに辛い思いをさせている・・・」
近藤は、土方の相貌を自身の肩にあずけさせ、その頭部をやさしく抱きしめた。
「ちくしょうめっ・・・」
近藤の胸のなかで土方は毒突いた。
泣きそうになるのを、かろうじて我慢した。
両長お抱えの小姓たちは、隊士たちと一緒に剣術の稽古をさせてもらえない。隊士たちの稽古がおわってから、かれらの教育係兼面倒見役の相馬と野村、運がよければ幹部の井上、さらに運がよいときにはいまや伝説であり憧れの的である沖田が、そんな子どもたちの稽古をみてくれることがある。
市村鉄之助は、わずかな稽古時間が不満で小姓としてのつとめをほうりだしては、こっそり隊士たちの稽古を盗みみた。剣術の技を瞳にやきつけ、夜にこっそり稽古するのだ。
「おにしさん」の境内、灯りがわずかにとどく庭先の一画が、かれの秘密の特訓場所だった。
この夜、市村は撃剣師範の一人である永倉が、自身の組下に指導していた神道無念流の技を再現しようと試みていた。しかし、夕刻のことがどうしても頭からはなれず、木刀を振る掌も止まりがちであった。
(なんで、あの餓鬼は副長を裏切ったんだ?)
幾度もくりかえしている問い。
一度も話しをしたことがない。ときどきみかけることはあったが、いつも参謀にまとわりついている。 あいつは参謀のお気に入りの稚児だ、とだれかがいっていた。
気持ち悪い。なんで、あんな女みたいなやつに抱かれなきゃいけないんだ?剣術どころか、道場に入ることすら許されない役立たずなのに・・・。
副長より偉い伊東に体躯をうることでしか、副長に逆らえないというのか?
かれは、参謀の伊東が大っ嫌いだ。ゆえに、あんなやつに抱かれて副長をうらぎった、あの餓鬼が許せなかった。
「うわっ!」
市村は、情けない叫び声を上げた。驚きのあまり、尻餅をついてしまう。
すぐ瞳のまえに、考えごとの張本人が立っていたからだ。というよりかは、忽然とあらわれた。
「なんだよ、おまえ?驚かせんなよっ!」
醜態を晒したことをごまかすように、おのずと居丈高に怒鳴ってしまう。
「申し訳ありません」
相手は、素直に頭を下げた。
「なんでおまえがこんなとこにいるんだよ?」
市村は、少年に噛みつきつづけた。
一方の少年は、無言のままただたたずんでいる。
「この裏切り者っ!」
ついに市村は吐き捨てた。いってやった、という気持ちよりも、なにゆえか虚しさが募った。
「おまえ、副長の甥だろ?なにゆえあんなやつについてゆくんだよ?あんなやつのどこがいいんだよ?」 いっきにまくし立てた。興奮が募り、両の肩で息をしている。
少年は、やはり無言だ。それがますます市村の癇に障る。馬鹿にされたような気がした。
「剣術もしらぬ役立たずめ?裏切りは、士道不覚悟だ!」
支離滅裂だ。市村はもともと短気で粗野な性格だ。我慢強いほうではない。
「臆病者っ!副長にかわって、おれが性根を叩き直してやる」
木刀を正眼に構えた。剣先が右により、両脚は不安定だ。
市村にしてみれば、木刀を構えた時点で餓鬼は逃げだすだろう、と思った。だが、相手はさして表情をかえるわけでもなく、ましてや逃げだす気配もない。
木刀をゆっくり振りかぶった。自身では、永倉とおなじ神道無念流の正眼からの一撃のつもりだ。だが、実際のところは基本がなっていない。ゆえに、振りかぶりは中途で、踏み込みも足りなかった。
「なにをやっている?」という問いと、「ごんっ!」という鈍い音が、夜の静寂に響いた。
市村の渾身の一撃は、少年の右側頭部に入った。
「ああ・・・」
西本願寺からとどくわずかな灯火と月明かりの下、少年の頭から相貌へと血が流れ落ちてゆく。市村は、それをはっきりとみることができた。
「おまえが悪いんだぞ。おまえが副長を裏切るから・・・」
血への恐怖心が、市村に幾度もおなじことを呟かせる。
「市村、おまえいったいなにやっている?」
井上だ。巡察当番で屯所に戻ってきたら、だれかの声がきこえたような気がした。調べにきたらこの有様である。
「井上先生、おれが悪いのです」
木刀で殴られていながら、少年はしっかりとした口調で市村を庇った。
「市村、話しはまた後日だ。もうおそい、寝ろ」
「は、はい」
市村は、木刀も放りだし、うしろもみずに駆け去った。
「坊、大丈夫か?」
井上は、少年にちかづくと地に片膝ついた。懐中から手拭をとりだし、少年の頭の血を拭ってやろうとした。
「井上先生、穢れた血がついてしまいます。おれは大丈夫で・・・」
「馬鹿なことをいうんじゃない」
少年の言の葉を、ぴしゃっとさえぎる。
さしもの暗殺者も、この井上にだけはある意味頭が上がらぬのだ。
「災難だったな、坊」
井上は、血を拭ってやりながらやさしくいった。
井上には、市村が少年になにをいったか容易に想像できる。
「裏切り者・・・」
少年が呟いた。美童の相貌に、自嘲めいた笑みが浮かぶ。
「間者にとっては、最高の讃辞です」
しばし掌を止め、井上は少年とみつめあった。
井上自身の心中は、少年にはわかっているはずだ。言の葉にださずとも。
「いい子だ、坊。くれぐれも気をつけろ。歳さんの気持ちもわかっているな?」
傷はたいしたことはない。木刀があたる瞬間にそうとは気づかれぬよう、身をわずかにひいて威力を殺した。それでも、下手糞の打撃は、木刀を握る掌をうまく絞れず強烈である。
「先生、有難うございます」
少年は、井上に立つよう促しつついった。
「市村さんは、まっすぐで正直でいい人です」
打ち捨てられた木刀を拾い上げる。
それはとても軽かった。
少年は、毎夜二十貫以上の鉄棒を何千回単位で振ることを日課としている。
「しかし坊、おまえに面を入れるとは、あいつも命知らずなやつだな、えっ?」
井上の冗談に、少年はめずらしく笑声を上げた。
慶応三年(1867年)三月二十日、伊東甲子太郎は十四名の同志と少年を連れ、新撰組から離党した。




