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武士大神(もののふおおかみ)   作者: ぽんた


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藤堂と沖田

 ひさしぶりに総司と練習をした。


 池田屋での負傷の後、江戸に出張していたし、京に戻ってきたときには総司の体調がすぐれないようだった。

 さらに、自身が不在の間に、兄のように慕っていた同門の山南が切腹していたことに、悲しみと不審とを同時に覚えた。

 その所為で、とても練習する気になれなかった。


 道場での稽古の師範代としての役が、二人に偶然まわってきた。

 総司は、調子がいいのか稽古着に着替え、道場にでてきた。

 ゆえに、何年かぶりに剣を交えるにいたったのだ。


(総司のやつ・・・)

 刃引きした稽古用の剣を握り、北辰一刀流の基本である鶺鴒せきれいの構えを取った。

 対峙する総司をみつめる。

 総司は、天然理心流特有の、剣先が左に傾いた癖のある中段の構えだ。


 総司は、驚くほどかわりはてていた。相貌は土気色で、もともと痩身だったのがさらに痩せていた。

体躯だけでなく、気もあきらかに変化していた。闘気や覇気どころか、体躯をおおっているのは、倦怠と気鬱だ。

 

 自身と仲のいいしんぱっつあんが、総司のことを案じていたが、こうして向き合ってみて確信した。


 総司は、なんらかの病にかかっているのだ、と。


 それでも、おれたちは剣士だ。誠に語り合うには、言の葉よりも剣であることを、わかりすぎている。


 おれたちは、気合とともに打ち合った。

 おれたちの稽古に、周囲で掛かり稽古をしていた隊士たちが練習の手を止め、場所を空ける為に壁際までひいた。


 それほどまでに、おれたちの稽古は激しかった。


「山南さんの介錯をしたのはおれだよ、平助」

 打ち合いながら、総司が囁いた。打ち合うたびに、おれたちの刃から金属音が響き、火花が散る。

いまや道場内のだれもが、おれたちの稽古をみていた。

 道場のちかくを通りかかった隊士たちもまた、引き寄せられるように道場に入ってきてはおなじようにみている。


「しってるよ、総司。なにゆえだ?」

 おれたちは、試衛館にいたときとおなじように呼び合った。


「しらない。だけど平助、これだけはいっておく。土方さんのせいじゃない」

「・・・」

 山南さんの脱走、それにつづく切腹・・・。


 おれがそれについて、土方さんの所為だと思っていることを、総司はわかっている。

 なぜなら、総司もそう思っているからだ。だが、あえて総司はそれを否定した。



 いま、平助は伊東さんに取り込まれている。同門であるうえに、平助が伊東さんを新撰組ここに引き入れた。

 これに山南さんのことがあれば、平助の精神こころは、完全に伊東さんのもとにいってしまうだろう。


 藤堂を殺したくはない。こちら側に戻ってきてほしい。その為ならば、おれはどんなことでもいうつもりだ。

 たとえそれが、真実とはかけはなれていようと・・・。



 藤堂の上段からの一撃が、沖田の下段からの突き上げに勝った。金属音につづき、みじかくて鈍い音がつづいた。沖田の剣が折れたのだ。


「チッ!」

 藤堂は舌打ちした。

 その今若いまわかのごとき秀麗な童顔には、あきらかにがっかりした表情ものが浮かんでいる。


「手加減するなよ、総司」

 藤堂は、沖田の稽古着の胸元を摑んで囁いた。

「もう、なにを信じていいかわからぬよ。つぎは伊東さんだろう?」

 掌をはなすと、藤堂は悲しげな表情を浮かべた。そして、沖田が口唇をひらくよりもはやく、背を向けあしばやに道場をでていった。


「総司、無理するなよ」

 という言の葉を、沖田の右側の耳朶に残して・・・。


 沖田は、藤堂を引き止めることすらできぬ自身が心底情けなかった。


 先日おこなわれた松本法眼の健康診断後、沖田は屯所の井戸端でめずらしく少年と話しをすることができた。


 間者である少年は、屯所にいることはあまりない。しかし、伊東の小姓になってからは屯所でその姿をみることが増えてはいた。だが、接触する機会はまったくといっていいほどない。

 すでに沖田自身、このさきにおこるであろう出来事を予見し、無意識のうちに少年を避けていたともいえる。

 もっとも、少年のほうは意識的に近藤派との接触を避けているようだが・・・。 


 その夜は、夕方から咳が断続的につづいており、なかなか寝付くことができなかった。


 盆地である京の蒸し暑さは、確実にかれの体調に影響を与えた。熱っぽく、体躯のだるさは半端ではない。

 それでも、素振りの一つや二つくれれば、疲れて眠れるだろうかと思いついた。ゆえに、道場にゆこうとしたのである。


 割りあてられた部屋をで、道場へと向かう。


 新撰組の現在いまの屯所は、もとはといえば西本願寺の参拝者や客人が休息する棟だった。それに手を加え、無理やり屯所とした。

 井戸は複数ある。朝は、隊士たちが洗顔や髭をあたったりした。


 壬生村のときには、それが一つしかなかったのでずいぶんと便利になった。


 関節が痛む。腰を伸ばした。西本願寺側では、この刻限でも灯りが無数に灯っている。

 表立っては僧侶たちとの間に、問題は起こってはいない。だが、かれらが新撰組をよく思ってはいないことはたしかだ。


 井戸のそばで人影が動いた。

 調子の悪い沖田でも、その気配が感じられた。否、沖田が気がつくように気配をさせたのだろう。


「坊?」

 ちかづきつつ、沖田は関節が悲鳴を上げていることを痛感せねばならなかった。

こんなていたらくでは、素振りどころか木刀を構えることすら怪しいかぎりだ。


 少年は、それまで体躯を拭っていたのだろう。沖田のお下がりの黒色の麻の着物を、羽織っているところだった。手拭が井戸の縁にかかっている。


「かように遅くに・・・」

 上弦の月が雲間からあらわれ、暗闇のなか、二人の姿を照らしだした。

 沖田は、尋ねかけたが口をつぐんだ。

 少年がこんな刻限に体躯を拭っている理由わけに思いいたったのだ。


 伊東にふれられた体躯・・・。


 沖田は、想像すらしたくなかった。同時に、またしても自身の無力さを思いしらされる。そして、土方のことをも考えてしまう。

 土方は、なにゆえかようなことを黙認するのか?黙認せざるをえない状況のなか、かれはいかなる気持ちでいるのか・・・。


「沖田先生、副長は反対されています。おれを許しはしないでしょう」

 はっと気がつくと、身づくろいをおえた少年が沖田の近間に入っていた。まっすぐみつめてくる。

あいかわらずなんの気配もなく、なにより美しい。無意識のうちに唾を呑み込んでいた。


「おれにとって、かようなことは・・・」

 少年は言の葉をきり、両の肩をすくめた。同時に、妖艶な笑みを浮かべる。


「人を殺すことと大差ないことです」

 沖田にはとても理解できぬ。否、しようとも思わぬ。


「沖田先生、あなたはなにゆえ強くなりたいのですか?」

 不意に少年が訊いた。その話題については、もう触れるなということだ。


 その問いにたいする答えは、口にだすまでもない。


 少年も、沖田の心中をよまずともずっと以前からしっているはずだ。


「局長がいなくなったとしても、あなたは剣をふるいつづけますか?」

 正直、沖田は困惑した。一瞬ではあるが、その質問の意図を図りかねた。痛む関節を叱咤しつつ、少年と視線を合わせる為に地に片膝をついた。

 少年がさらに近寄ってきた。


「局長にもしものことがあっても、あなたは局長以外のだれかの為に、あなた自身の為に、剣をふりつづけますか?」

 少年は執拗だった。

 その視線も口調も、厳しいものではない。むしろ穏やかだ。


「わからない」

 沖田は正直に答えた。少年の意図を、やっと理解できたからだ。


 少年のいうところの剣とは、沖田自身の生命いのちのことなのだ。近藤が死んでも、沖田に生きつづけたいのか?と訊いているのだ。


 そして、そこに隠されたもう一つの意図にも気がついた。


 少年は沖田の病について、それを漏らすつもりはないと暗に伝えたのだ。


「いまはまだわからない。近藤さんがいなくなってしまう、ということなど考えたこともないのだから・・・」

「いつかまた、おれはあなたにおなじことを尋ねるでしょう。沖田先生、どうかそれまで刀身を曇らせることのないよう手入れをなさってください。どんな名刀でも刃毀れは生じます。それを打ち直すせるのは、その名刀のことをよく理解している刀匠のみ」

 少年は、右の掌をのばすと沖田の熱っぽい額に触れた。

 氷のように冷たいそれは、いまの沖田には心地いい。


「どうか、それをお忘れなきよう」

 両の掌を沖田の両肩に添え、立ち上がるよう促す。


 痛む関節とふたたび闘いながら立ち上がったときには、少年の姿は消えていた。


 上弦の月もまた雲間に隠れ、地上はふたたび闇につつまれた。



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