法眼(ほうげん)
局長の近藤勇や副長の土方歳三らの出張、長期間の藤堂平助の地道な活動により、新撰組はかつてないほどの人員を擁することとなった。
それにより、屯所移転の実行を余儀なくされた。
「おにしさん」、と京の都で親しまれている浄土宗の総本山「西本願寺」。そこに、なかば強引に入り込んだのである。
副長助勤以上の幹部が別宅を構えることを許されるようになったのも、ちょうどこの時期からだ。
近藤、伊東、永倉、原田らは、さっそく屯所のちかくに別宅を設け、そこから通うようになった。
四番組組長であり柔術師範でもある松原忠司が急死したのも、この時分だ。
会津藩へは病死としてしらせたが、松原は頚椎を折られていた。
発見されたのは、古巣である壬生村のちかくの神社の境内であった。
しばらくまえから、監察方は松原の素行を調査していた。
松原は、あるとき長州系浪士を斬り捨てた。その漢が囲っていた女に惚れてしまったのである。
その女のもとに通いつめている、という情報を監察方が摑んだ。監察方は、すぐさまその裏を取った。
頚椎が折られていること以外に外傷は認められなかった。それどころか、発見現場にはとくに争われた形跡すらない。柔術師範の頚椎を一撃で折るようなことができる膂力のもち主は、そうそういるわけもない。
暗殺者にとって、相手の得意な武術で屠るということは、わずかな間でもともにすごした相手にたいする、せめてもの敬意なのだ。
将軍徳川家茂の侍医松本良順は、長崎でオランダ軍軍医ポンペより蘭学を学んだ蘭方医である。
松本は、兎に角好奇心旺盛だ。それは、医学の探求のみに特化しない。
日の本で初の写真の被写体となったり、明治期には、海水浴や牛乳を紹介した。医学にまつわること、そうでないこともひっくるめ、さまざまなことに興味を示すのだ。
好きになったらとことん追求し、それを他者にも勧める。
そんな松本の本業の医師としての腕前は、かなりのものであることはいうまでもない。
法眼の称号を与えられていた。
近藤が江戸に下向し、将軍家茂に上洛を直訴した際、たまたまこの松本としりあった。
これが近藤のいいところなのか、それともただ感化されやすいだけなのか、松本の思想や性格にすっかり魅入られてしまった。そしてその後、松本が将軍とともに京に上洛すると、さっそく新撰組に招いた。
話の流れから、新撰組隊士たちの健康診断をおこなってもらうことになった。
その健康診断では、半数以上が病気や怪我であることが判明した。それだけでなく、屯所内の不衛生さや食生活の偏り等、いくつもの問題点があがった。同時に、改善策をも提示された。
それらにできるだけ忠実迅速に応えたのが、副長の土方だ。
屯所内の掃除、風呂釜の設置、賄い人を置き、同時に豚や鶏を飼育する手配もやりのけた。
松本の豪胆で裏表のない性格は、近藤だけでなく土方の気に入るところでもあった。
松本は、これ以降明治維新後においても、新撰組の為に供養塔を建立するなど、ながきにわたってよき理解者となる。
松本は、新撰組の屯所を訪れる数日前に二条城に呼ばれ、伺候した。
すなわち、将軍家に呼ばれたのである。
松本は、かなり恰幅がよい。それ以上に、存在感や態度がかなりでかい。
生粋の江戸っ子であることからも、勝と松本は似ているやもしれぬ。だが、その人となりは勝とは違い、他者や物事にたいして好意的で前向きである。
そこが、つねに生命を護り助ける医師と、破壊と使役の世界に生きる武士との違いなのやもしれぬ。
将軍家茂の侍医の一人として、この日もさほどまたされることなく、将軍の寝所へと通された。
将軍は、病の床にある。
たいしたこともできぬくせに、ほかの医師の診立てには人一倍悪意をこめて反発する奥医師どもは、やれ脚気だの、リウマチだのといって騒ぐだけである。
奥医師どもに、真剣に助けようという気があるのか?
松本は、焦燥に苛まれつつこの京に滞在している。
医師らしくない容姿と性格、さらには蘭学という別流の為、奥医師たちは松本を煙たがった。ことあるごとに攻撃するのはいうまでもない。
そのじつは、松本が将軍の誠の症状に気がつかぬよう、あの手この手で将軍から遠ざけようとしているのだ。
松本は、そのじつを将軍にはじめて謁見したときから気がついていた。
将軍家茂は、勝を頼りにしていたように、この松本のことも気に入っている。ゆえに、すぐその傍に呼んだ。
診察用につかっている麻の作務衣をまとい、診察道具を詰め込んだ大型の木製の診察箱を右掌で軽々ともち、二条城の磨き上げられた廊下を大股であゆんでゆく。その後ろから、「法眼、法眼、おまち下され」と、案内の小者がこばしりに追いすがる。
一見すると、医師というよりかは武士にみえる。小柄で痩身の勝のほうが、よほど医師らしくみえるだろう。
松本は、体躯だけでなく相貌にある一つ一つの造作もまた大きい。濃い、というのが適切か。
松本が将軍の寝所に伺候すると、すでに先客があった。江戸城は、将軍にこれほど容易にちかづけることはない。
神君家康公の御世よりつづけられる慣習は、主従をいまだにがんじがらめにしているからである。
二条城は、あらゆることがゆるい。
「まっておったぞ、法眼」
将軍は、金糸をあしらった豪華な夜具で半身をおこしていた。
寝所は、この若き将軍の控えめで質素な性格にあわせてか、さしてひろすぎるわけでも豪華すぎるわけでもない。
刀掛けとそこに置かれた刀だけが、装飾品のように目立っている。
将軍は、叩頭する松本に面を上げるよう命じた。
先客は、松本とは将軍をはさんだ向こう側に端座している。
枕元には一橋慶喜が控えている。
家茂と将軍の座を争った水戸の藩主。端正な相貌、剣術で鍛えた頑丈な体躯。頭脳明晰の上に機転がよくきく。家茂よりすぐれているのやもしれぬ。だが、慶喜は奔放すぎ、なにより自身にも他者にも手厳しい。
投降した水戸天狗党一味を容赦なく処刑したり、長州征討を強行したりと、その厳しすぎる性格がよくあらわれている。
すくなくとも、世のなかのあらゆる人々はそう思っている。
将軍職については、じつは慶喜が嫌がったのだという。窮屈極まりない将軍職など、年少の家茂におしつけてやれ、といった具合に。
だが、世のなかの人々は、慶喜が将軍職争いに敗れ、それを怨んでいる。それゆえに、家茂に喰ってかかっているのだと勘違いしている。だが、慶喜はそれをあえて否定することはない。むしろ、それを面白がった。
神戸開港を先延ばしにしたり、朝廷との折衝をうまくやってのけたり、と真実は将軍家茂をよく助けているのであった。
一橋慶喜からすこし間をおき端座しているのは、家茂の信任の厚い京都守護職の松平容保だ。そして、その京都守護職の隣には、松本が会ったこともみたこともない美童がいる。
病床とはいえ、将軍の御前である。三人とも裃をはおった礼装である。
その美しいまでの少年と視線があった。年少者が将軍の侍医に目礼する。松本は、正直困惑していた。こんな感覚ははじめてのことだ。
父親も医師である松本は、物心ついた時分からおおくの人間を、それは病気であろうとなかろうと、をみてきた。長崎でオランダ人医師ポンペに師事してからは、他者と接する機会や幅がよりおおくなりひろがってもいた。どれだけみてきたか、もはや考えるのも煩わしい。ほとんどが生きている者だ。だが、死んでいる場合もある。
不思議な感覚だった。
この美童から、生きている者に感じる有意も、死者に感じる無意も感じられぬのだ。
さしもの豪胆な松本は、大きな双眸をさらに大きく瞠った。
その松本の様子を、慶喜は面白そうに眺めており、会津藩主もまた興味深げにみつめていた。
将軍の寝所は、最奥部に位置している。人払いをしていることもあり、ずいぶんと静かだ。この静けさが、松本にとって苦痛以外のなにものでもない。
死、と直結しているような錯覚に陥るからである。
「どう思うかね、辰巳?」
慶喜がいった。
公の場は別として、気さくな慶喜は、家臣と気軽に話したり話されることを好んだ。
家茂は、この日も顔色がすぐれなない。なにか気にかけていることでもあるのか、不安な面持ちで松本と美童とを、交互にみている。
「おそれながら、法眼は信頼に足る方にございます。上様を心からお慕いされていて、なにより上様のお身体のご快復を、できれば自身の掌で、と切に願われていらっしゃいます。したがいまして、この法眼にこそ、上様のお身体をお預けなさるがよろしかろうと・・・。法眼は、それだけの腕と忠誠と信念をおもちでいらっしゃいます」
美童は、家茂に叩頭しながらおごそかに告げた。その声音は、ひくくて静かでおだやかだ。とても子どものそれにはきこえない、しっかりとしたものだ。
家茂は、安堵の吐息を漏らした。こけた相貌の、かさかさに乾いた口唇がもちあがり、弱々しい笑みとなる。
家茂もまた、ながきに渡って毒を盛られている。少年ぽさが残る相貌には、死相が浮かんでいる。
義理の兄である今帝とおなじように・・・。
「そうか。さすがは余が見込んだだけはあるな・・・」
家茂は、安堵と嬉しさでわずかに気分が向上したであろう。
「よかったですな、上様。これからは、法眼をお側に置かれるがよろしかろう。だれがなんといおうと。奥医師どもは、今後いっさい、お側にちかづけぬがよいかと」
「ああ、そうしよう一橋殿。会津中将、そちにも感謝しておる」
「もったいなきお言葉でございます、上様」
会津候が叩頭すると、その隣で美童もそれにならった。
「上様?」
唯一、まったく事情をしらぬ松本は、この不可解な状況の説明を求めるかのようにおおきな相貌を病弱といわれている将軍へと向けた。
「あぁすまぬな、法眼。そちを試させてもらった・・・」
「上様、お身体にさわりますゆえ、説明はわたくしが・・・」
会津侯が家茂にかわって説明したところによると、奥医師のなかに将軍を害そうとたくらむ者がおり、その者の排除とともに、信頼のできる医師を側に置き、その陰謀から護ろうということになった。かねてから家茂のお気に入りの松本が、適任だということとなった。そして、たったいまそれが間違いがないかを試され、見事、合格したというわけだという。
松本が家茂の様子を伺っている間、慶喜らは次の間に下がってそれがおわるのをまっていた。
「法眼、新撰組は存じておろう?たしか、局長の近藤とは江戸で会っているはずだが?」
法眼が次の間まで下がると、会津侯が尋ねた。座すよう、身振りで示す。
「はい。新撰組の江戸での評判はあまりいいものではありませぬが、近藤さんはとても気持ちのいい方で、ついついこれをやりながら」
松本が猪口を傾ける仕種をすると、慶喜が「くくくっ」と口中で笑った。
この次の間は、将軍の寝所とくらべかなりひろい。ゆえに、将軍の耳朶にここでの会話が届くことはない。これからおこなわれる密談は、如何なる者の耳朶にも入れたくない。とくに、将軍御自身には。
自然と声量は押し殺されたものになる。
「将軍と京に上ったら、是非にも屯所を訪れてほしい、と。ただ相貌をみせるのも芸がありませぬゆえ、隊士たちの健康診断を兼ね、二、三日内に参る予定をしております。その旨、京都守護職にも一報入れておりますが?」
「存じておる、法眼。わたしからも礼を申す。最前線で生命を張っている集団ゆえ、心身ともに酷使している。しっかりと診てやってほしい」
「畏まりました」
松本は、会津侯に軽く会釈した。
「ところで、その際この少年と出会うやもしれぬ。この少年は、新撰組の副長土方の小姓を務めておる」
松本は美童をみた。少年は、最初に視線が合ったときとおなじように目礼し、あらためて将軍の侍医に敬意を表すよう、叩頭した。
「法眼、数々のご無礼お許し下さい。わたくしは、新撰組では佐藤龍と名のっております。表向きは、副長土方の甥で、小姓ということになっております。法眼のお噂は、局長の近藤からもきいております。お噂以上の方だったようですが・・・」
美童は、はっとするほど美しい笑みを浮かべた。
「近藤さんから、怖ろしく腕の立つ童子がいるときいていたが、まさかこんな年端もいかぬ童だったとは・・・」
「法眼、どうか屯所ではこのことは・・・」
謎だらけだ。この美童はいったい何者なのか?面白い。近藤の話は誇張だとばかり思い込んでいたが、そうではなかった。
新撰組、この美童、今後かなり面白いものをみききできそうだ。
松本の大きな体躯の内側で、生来の好奇心旺盛な性質が騒ぎだした。
「ときがあまりない。法眼、単刀直入に問う。上様は、あとどのくらい生きられるか?」
慶喜は松本の大柄な体躯へと膝を詰め、さらに声量を落としていった。それは、切羽詰った口調だった。
「・・・。正直なところ、いつ逝かれてもおかしくはありますまい。かなり長期間、毒を盛られておるようですから」
歯に衣着せぬ返答は、それをきいた三人にさして衝撃を与えたわけではない。むしろ、やはりという確信を与えた。
「盛った者は排除したが、それを命じた者はそう簡単には始末できぬ。腹立たしいことではあるがな」
排除したが、という言とともに、慶喜の双眸が美童へと向けられた。その自然な所作で、勘のいい松本は、謎の美童が暗殺者としての一面をもっていることをしった。
それは、人を生かす為の技術と知識をもつ医師とは、まったく対をなす存在だ。だが、松本はそれにたいして嫌悪や恐怖はまったくない。ひろい意味でいえば、軍もまた然り。
ときとして暴力が必要な場合がある。争いのなかで、医師は傷ついた者を自身のもつすべてを投じ、助ける努力を惜しまなければいい。
松本にとって自身に与えられた天分は、いついかなるとき、どんな者でも等しく医療を施すべし、だと信じて疑わぬ。そして、かれが最も忌み嫌うのは、口先だけで囀る輩だ。たとえそれが将軍であろうと帝であろうと、だ。
「法眼、頼む」
慶喜は、両掌を畳につき、均整の取れた体躯で松本に礼をとった。あまりに突然のことで、会津侯も少年も、ただ呆然とみつめている。無論、礼を取られた側もだ。
「菊千代は死ぬにはまだ若すぎる。酒の味もしらぬまだほんの子どもだ。それでも、公武合体とやらの政略結婚で帝の妹を娶り、夫としてもそれなりに頑張ってきた。無論、この混乱した世情のなかでも、あやつは幕府や徳川家の為というよりかは、この日の本の為に頑張っておる。それがなにゆえ殺されねばならぬのか?」
菊千代とは、家茂の幼名である。
慶喜の悲痛なまでの言がつづく。その場にいるだれもが、その心からの叫びに真剣に耳朶を傾けた。他者の心中をよむことのできる少年ですら・・・。
「こんなことなら、おれがあやつを蹴落とし、馬鹿馬鹿しいかぎりの将軍職に就けばよかったのだ。せめて、わずかなひとときでも心安らかにすごせるよう、そして、苦しまずに逝けるよう、法眼、あやつのことを頼みたい。できれば、江戸に残している御台所(和宮)に会わせてやりたく、長州征討をいそがせたが、思いのほかうまくことがすすまぬ」
慶喜の言は、松本を驚かせるに充分であった。
世間では、二人は仲が悪く、慶喜はとかく悪く思われがちだ。此度の長州征討も、慶喜が急先鋒となっている。
だが、真実は違っていた。
幕府が振り上げた拳は、なにかのきっかけがないかぎり、おろすことはできぬ。それならば、すこしでもはやくそれを終え、将軍を江戸へかえしたかったのだろう。
「菊千代もわたしも、ただ平穏に暮らしたかっただけだ。おそらく、菊千代のつぎはわたしだろう。わたしも、できることは菊千代と大差ない。そして、その将来も・・・」
秀麗な相貌は、悲壮なまでに翳っている。そして、十中八九、慶喜の言はあたっている。
「一橋候、承知いたしました。この松本、全身全霊をもって上様を診させていただきます」
松本は、慶喜に向き直ると深々と頭を下げ、応じたのであった。
「辰巳、会津とともに頼むぞ。いや、お頼み申し上げます、だな?」
次の間から辞するまえ、慶喜は少年にも頭を下げた。これには松本も驚いたようだ。この謎の美童のことがますます気に入った。同時に、もっとよくしりたいとも思った。
「帝のことでわれわれに報告は?」
慶喜は、先程とは違い眼光鋭く少年に問うた。
さすがは聡明と謳われているだけのことはある。
慶喜もまた、これまでおかれた立場や環境から他者をよむことができるようになったに違いない。少年は内心苦笑せざるをえなかった。主や会津侯、そして、そう将来のことではないうちに将軍の座に就くであろうこの慶喜。さらには、西郷や勝、そして坂本。
この国にも、見所のある人間がいるではないか?
「一橋侯、わたくしはしがなき人殺しでございます。どうかそれをお忘れなきようくれぐれもお願い申し上げます。主上のことは・・・」
少年は、慶喜そして会津侯に双眸を向け、それぞれの双眸としっかりと合わせた。聡明な二人には、それで充分であろう。
「いまのところは、どうか上様のことだけ思慮願いますよう・・・」
慶喜は会津侯をみた。そもそも、会津侯からすべてをきかされたのだ。それは、慶喜にとってこれまで生きてきたなかでもっとも驚愕に値するものだった。
「あいわかった。だが、なにかあれば協力は惜しまぬ。会津を通じていつでもいってほしい」
「ありがたきお言葉」
少年が頭を下げる。
「あなたのことを、いろいろな人物が探っているようだ」
会津侯がさもおかしそうに告げた。
「薩摩、長州は無論のこと、勝や山岡なども・・・」
山岡鉄太郎、幕臣で凄腕の剣客である。
江戸で浪士組を結成した際の取りまとめ役の一人で、京に残った近藤一派や芹澤一派とは面識がある。かれらが京に残る際も、好意的だった。そして、弁舌巧みに浪士組を結成し、結局、それを倒幕の先兵にしようとした愚かな策士、清河八郎を江戸で暗殺し、その為に現在は謹慎している。
「そして、あやつらも・・・。どうやら噂をききつけ、事の真偽をたしかめるべく、動きだしたようです」
「ふんっ。捨て置けばいい」
慶喜はこともなげにいった。だが、少年にとってはそういう連中に正体を暴かれることがまずいのではなく、主をはじめとした新撰組にばれることこそが問題なのだ。
唯一の居場所、心の拠り所である新撰組・・・。
「尾張が会いたがっております。主従ともに。お渡ししたいものがあるとか・・・」
尾張藩主は、会津侯の実兄だ。そして、渡したいものについても、少年にはなんとなく察しがついていた。
「いずれまた。会津侯、どうか宜しく取りはからっていただきます様願います」
「承知いたしました」
松本は、二条城の将軍の寝所や次の間でみききしたことを、生涯けっして他者に語らなかった。
このことは、忘れようにも忘れられなかった。文字通り、墓場までもっていった。
長州藩奇兵隊に属する大室寅之助が事故死したのは、幕府の第二次長州征討に備え、力士隊との合同演習のさなかだった。
大室は、その日生まれてはじめて騎乗した。
贅肉ついた体躯をやっとのことで馬に乗せ、おっかなびっくりで手綱を握った。
まだ騎馬が一歩もすすまぬうちだった。一頭の薄汚れた大きな白い犬が、その馬前に飛びだしてきた。それに驚いた騎馬は、その場に棹立ちになった。大室は、馬の頸にしがみついた。 すると、騎馬はぴょんぴょんと跳ねまわりはじめたのだ。犬に驚いたのではない。まるで犬に命じられ、騎手を落とそうとでもいうかのような、不自然な動きであった。
その激しい動きは、たとえ乗馬に馴れていても容易に耐えられるものではなかっただろう。大柄な大室の体躯はあっけなく宙を舞い、地面に叩きつけられた。さらに、まだ暴れる騎馬の四肢が、大室の体躯といわず頭部をも無残に踏みにじってしまった。
薄汚れた白い犬は、いつの間にか姿を消していた。
たかだか兵士の一人が死んだくらいで、奇兵隊の士気が損なわれることはない。すぐに人々の記憶から、大室のことは消し去られてしまった。
実際のところは、だれもがそれどころではなかったのである。
真実をしる者だけが、この不慮の事故を残念がった。だが、それすらすぐになかったこととされた。
つぎなる手段へと、変更されるだけなのだから。
こうして、日本史上稀にみる簒奪劇は未遂におわった。
薄汚れた白い犬は、暗殺されるはずだった明治天皇の生命を救ったのである。




