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武士大神(もののふおおかみ)   作者: ぽんた


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22/117

獅子身中の虫

「坊、お帰り。頼まれごとは終わったのかい?報告に行くのかね?」

 夜も更けたころ、前川邸の裏庭に佇んでいた山南は、小さな人影が近寄ってくるのに気がついて声をかけた。


 奥座敷でおこなわれている簡単な歓迎の酒宴は、そろそろおひらきのはずだ。


 山南は、酒に火照った体躯をさます為、裏庭にでてきたところだった。否、それを口実に抜けだしたかっただけなのだろう。


 現在いまの自身は、総長としての役割どころか、新撰組の一隊士としてさえも役に立っていない。

 

 仲間たちとの絆を感じることができぬ。そして、信念や志も。

 伊東の加入もまた、山南を当惑させた。


 いったいなにを考えているのか?なにをたくらんでいるのか?


 すでに土方は気がついている。それを阻止する為、さらにいえば、それを排除する為、土方は動きだしている。


 またおなじことを繰り返すのか?


 あの時点で信念や志は費えてしまった。すくなくとも、山南自身のうちでは・・・。


 屯所での活動は八木家を中心におこなわれていたが、いまはこの前川邸が中心になっている。

あのことがあって以来だ。


「総長」

 夜目のきく少年は、月光の下なんの迷いもなく山南の側に近寄ってきた。

 み上げる少年の双眸は、あいかわらず深くて濃い。まるですべてをみ透かしているようだ。少年の外見だけで判断すれば、山南にとってはかれ自身の子どもといってもおかしくないほど、年齢の差があるはずだであろう。だが、実際のところは弟位の差のはずだ。


 肉体、精神、ともに十歳とおのままで成長が止まっている少年・・・。しかし、その力はすさまじく、そのうえ知識も豊富だ。


 みずからをばけものと称する少年。


「ただいま戻りました。用事・・は済ませました。いまから小姓の務めです。副長に、たまには小姓としての務めをしろといわれております」

 少年のいう用事とは、暗殺のことだ。


「総長?」

 不意に、少年は右の掌を伸ばし、山南の左の掌に触れた。


 その冷たい感触は、山南をはっとさせる。


 少年は、ただ無言でみ上げている。それから、冷たい掌で山南のそれをやさしく撫でた。


「すまない、坊。大丈夫、わたしなら大丈夫だから・・・」

 苦笑しながら呟いた。われながら嘘が下手だと思った。しかし、少年はなにもいわなかった。掌をはなし、かれをみ上げたまま微笑をみせた。


「坊、酒宴にいくのはあまり感心しないねぇ・・・。おまえを伊東さんには会わせたくないがそうもいかないな、やはり・・・」

「お気遣い痛み入ります、総長。ええ、承知しています。昼間も会いましたのでわかっております」

 少年っぽい笑みが浮かんだ。そのいたずら小僧のような笑みは、なにゆえか山南をほっとさせた。


「きいたよ、原田君から。ずいぶんと歓迎したんだって?」

 少年は、こくりと頷く。そして、一礼すると母屋のほうへ去っていった。


 一人残った山南は、天空に浮かぶ月をみ上げた。


 少年の無言のいたわりはありがたかったが、それ以上に心奥で気鬱が横たわっていた。それは徐々に、自身の心身を蝕みつつある。確実に・・・。


 政治的な思惑以外にも、伊東は一波乱起こしてくれるだろう。

 それは、政治的な問題とは比較できぬほど、土方の逆鱗に触れるはずだ。


「副長、そろそろ膳を下げさせて頂きます」

 示し合わせたとおり、頃合を見計らって少年は宴席にでた。

 廊下から声をかけ、障子をあけた。

 あまり盛り上がらなかったのか、それともお開きに近いからか、部屋の内は幾人かの囁き声がするだけだ。

 前川邸の庭の茂みで鳴く虫の声のほうがよほど大きいだ。


 廊下で両の掌をついたまま頭を下げている少年に、土方が声をかけた。

「頼む、坊。あぁそうだ、伊東先生、こいつはおれの甥で、小姓をやらせいてます。坊、伊東先生に挨拶しなさい」

「はっ!失礼致します」

 面を上げ、部屋に入ってから居並ぶ伊東一派の前に座した。再び頭を下げながら少年は、居並ぶ男たちを値踏みをする。


 一方で、伊東派の者たち全員が息を呑んだ。

 それを、近藤一派が察知する。


「新撰組副長土方歳三の甥佐藤龍と申します。副長付きの小姓を務めております。伊東先生、この度のご加入、恐悦至極に存じ上げます。以後お見知りおきを・・・」

 伊東はわかりやすい性質たちだ。そのすべてを見抜くことが少年には造作なかった。その扱いも含めて。


「なんてことでしょうか?土方君、きみ自身も美しいが、きみの甥も誠に美しい。美童とは、この子のようなことを表現するに違いない」

 虫唾がはしったが、土方はそれを面にださないよう必死に努力した。

 近藤派の面々もまた、不快感を隠さねばならなかった。

 だが、一方の伊東派の面々は、慣れているのか「またか」、というような諦観の表情を浮かべている。


 唯一伊東の性癖を見抜いている少年は、畳に向けた相貌のうちに不敵な笑みを浮かべていた。

 伊東ごときをたらしこむことは、少年にとっては造作もない。


「坊、挨拶がおわったらここを片付けてくれ。伊東先生、局長が江戸から戻りしだい、ちゃんとした席は設けさせていただきます。今宵は顔みせ、ということで・・・」

「ええ、ええ、もちろんですとも。安心致しましたよ、土方君。新撰組ここにはずいぶんとみどころのある人物が揃っているようです」

 伊東は、そういいつつもその視線は少年の動きをじっと追っている。


 そこには、あからさまないやらしさがこもっている。


「伊東先生、お気を付け下さい」

「なにをだい、篠原君?」

 割りあてられた部屋にひきとる途中の廊下である。

 先頭をあるく伊東に、長年ともにやってきた篠原が後ろから囁いた。


 伊東は、酒に強い。多少のことで酔うことはない。いまもしっかりとした足取りで歩いていた。かなり上機嫌で、その理由わけは篠原も実弟の鈴木もわかりすぎるほどわかっていた。


「あなたの性癖をいまさらとやかくいうつもりはありませんが、あのわらべはやめておいたほうがいい」

「なにゆえだい?あんなに美しく利発そうな子が身近にいるのに、手ほどきしてやらないわけにはゆかないだろう?」

「兄上、篠原先生のいうとおりですよ」

 なんの手ほどきか?は尋ねるまでもない。幼いころから兄をこよなく尊敬し愛してやまない鈴木も兄のこの性癖だけはどうにかしてもらいたかった。

あれ(・・)は危険です、先生」

 篠原が囁く。

「いろいろな意味で危険です」

 さらに、ききとれぬほどの声量でつづけた。

「なにを馬鹿なことを・・・。あの子はまだ七つか八つ位だろう?あぁそうか、土方君の稚児というわけか・・・。ならばなにかを考えねばならないな」

 そういう意味ではない、と篠原をはじめ伊東派全員が思ったが、もはやかれらの盟主はあらたな目標に突き進む道しかみえていないようだ。


 その道が、自身を滅ぼす要因となることとも知らず・・・。


 伊東派がそんな会話をしながら通りすぎた部屋の暗闇のなか、その話題にされた少年が潜んでいた。

 それはまるで、闇の眷属たるあやかしのようだ。


 伊東派のなかで注意すべき者も把握できた。


 そして、少年は闇に溶け込んだ。


「気にいらねえな」

「そりゃあ、副長は気に入らないでしょうね、あれ(・・)は?」

 前川邸の奥座敷では、近藤派の面々が居残っていた。


 沖田がからかうような口調でいうと、思いだし笑いをはじめた。

「しかし、あの美童が四つ脚の獣だとわかったら、あの人どうするんでしょうかね、土方さん?」

「しるか、総司」

「どうすんだよ、土方さん?このままじゃ、またってことになりやしないか?」

 斎藤も含め、ここにいるのはあのときの真実をしる者だけだ。原田が憂慮するのも当然だろう。


「近藤さんの決めたことだ。おれたちは従うだけだ。だが、油断はするな」

 土方の囁きに全員が頷く。


 土方は、その場に残る者にも解散するようにいった。


 自身の部屋へと戻った土方は、障子を開けるまでにすでに自身の懐刀が部屋のうちでまっていることを感じた。


 入ると同時に、部屋が仄かな灯りにみたされた。まっていた者が灯したのだ。


 土方は、畳に座すまでに性急に問いかけた。

「なにをたくらんでやがる、あいつは?」

「あくまでも尊皇、倒幕。得意の弁舌で、局長をはじめ新撰組の思想をかえる魂胆です」

「のっとりか、えっ?」

「ひらたくいえば・・・」

「面白ぇ・・・。人のいい近藤さんを騙そうってか?」

「・・・」

 報告する者は無言だ。


 外から迷い込んだ蛾が揺らめく灯芯に近づく。

 灯芯の燃えるジジジ、ジジジという微かな音がときおりきこえてくる。


「隊士や幹部の懐柔、同時に、副長、あなたを攻略すべきと」

「ほう・・・?」

 土方は、形のいい顎を右掌でさすった。土方の場合は、近藤とは違って謀略を張り巡らせる際に顎を触るのが常だ。

「あの変態策士も、人をみる目だけはあるってか?」

 冗談を叩く土方に、報告者もまたそれにたいして笑みで応じた。


「ならば、まずはおめぇをおれから奪うところからはじめるってとこだろう、なぁ坊?」

「御意」

 少年は、いつものように灯りの届かぬ暗がりに端座している。

 土方は、それが気に入らず、すぐ側に近寄るようにいつもいっていた。

 いまも手招きして呼び寄せねばならなかった。


「勘違いなされています」

「はぁ?なにをだ?」

「おれを副長の稚児、と」

「甥だっつったろ?ああいう変態は、すべて自分中心で物事を忖度しやがる。だが、そのまま思わせとけ、かまわねぇ」

「お言葉ながら、懐に入るには・・・」

「入る必要なんざねぇっ!」

 その声音は、土方自身が驚いたほど大きかった。

 土方の眼前で、少年が双眸を畳に落としている。叱られた幼子のように・・・。


「そろそろあそこの内偵も切り上げろ。坂本と薩摩の動向は、あそこでなくとも探れるだろう、おまえなら?」

 土方は話題をそらした。意識的に、だ。

 他者ひとの心中をよむことに長けた少年ならば、土方の想いはすでにわかっているはずだ。その証拠に、少年は話の急な展開にもあえてなにもいわぬまま即座に応じた。


「承知。切り上げる準備を致します」

 あそこ、とは陰間茶屋の「葵屋」のことだ。


 先日、そこで会った薩摩の黒田や中村のことは報告ずみだ。


 いつの間にか、少年は文字通り消えていた。


 土方は、燭台のまわりで翅を動かし忙しなく舞っている蛾に魅入った。


 餓鬼の時分ころからの友である近藤の心を奪ったばかりか、つぎは懐刀の心身を奪おうというのか?


 許せない。伊東はけっしてただでは済ませない。必ずや決着けりをつけてやる。たとえそれが、あのときの二の舞になろうとも、おなじ轍を踏むことになろうとも。


 そして、どんな結末になろうとも・・・。


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