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武士大神(もののふおおかみ)   作者: ぽんた


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16/117

激闘!

「まっとくれやす。あいにく今宵はいっぱいどすが・・・」

 こんな刻限に店先の木戸を激しく叩く者がある。


 池田屋の主入江惣兵衛いりえそうべえが、そういいながら奥からでてきた。


 この夜は、主にとっても大切な夜だった。長年、贔屓にしてくれている長州藩の桂や吉田らが中心となり、この日の本そのものを動かすことになるであろう決定が下されるのだ。


 この主も長州の出身だ。だからこそこれまで懇意にしてきたし、商売とは関係なく掛け値なしに援助、支援をしてきた。


 今宵、二階の以外は泊めるつもりなど最初はなからなかったので、会合がはじまったと同時に店を閉め、玄関の灯火も消した。


 手代の話によると、桂もくるはずだが、桂はいつもどおり店先からはやってこず、裏木戸を使うであろう。


「すんまへんなぁ。今宵はもういっぱいどす」

 京言葉で謝りながら、主は玄関の引き戸のつっかい棒を外し、引き戸をあけた。


「な、なんどすか、いったい・・・」

 その主を突き飛ばすようにして、池田屋の玄関におとこたちが文字通り乱入した。


 がよろめいたところを体勢を整えている池田屋の主人を一瞥し、一番先頭のおとこがいった。

「御用改めでござる」

 灯したばかりの灯火のささやかな光のなか、池田屋の主人はおとこたちの揃いのだんだら羽織をその双眸にみとめ、同時に息を呑んだ。


「二階のお客様方っ!」

 この主がそこいらの宿屋の主ではないことは、瞬時にして状況を判断し、大切な客人たちへ急を告げるという機転をきかせることからもよくわかるだろう。


「御用改めでございますっ!御用・・・」

 二階に駆け上がりそうになったところを、沖田が追いつき突き飛ばした。


 主はいとも簡単に壁まで吹き飛び、したたかに頭を壁に打ちつけそのまま気を失ってしまった。


 池田屋の主は、この騒動の後獄に入れられた。そして、そのままそこで病によって獄死する。

 拷問を受けても一切口を割らなかったという。


 長州への想いが、主にそうささせたのだろうか。


「京都守護職お預かり、新撰組っ!御用改めでござるっ!」

 近藤は、大音声で階上へ告げた。その後ろで、かれの四天王である三人が苦笑する。


「ほんと、奇襲に名のりを上げるなんて、真面目だな局長は」

「近藤さん、面白すぎるぜ」

「局長らしくていいじゃないですか?」

 藤堂、永倉、沖田の評は兎も角として、近藤の正々堂々の名のりを受け、二階の廊下に浪士が一人やってきた。

 ほかの者とおなじく、腰のものは隣の部屋に置いてあるので無腰である。


「なんぜよ、主?ほたえなよ・・・」

 浪士がいいおえぬうちに、近藤は階段を駆け上りながら愛刀の「長曽祢虎徹ながそねこてつ」を抜き放ち、その浪士を一刀のもとに斬り捨てた。

 右肩から左腰まで袈裟に斬られたその浪士は、そのまま手すりから身を躍らせ一階に落下した。

 おそらく、その浪士は自身になにがおこったかもわからぬまま果てたであろう。


「永倉君、藤堂君、階下を頼んだぞ」

 近藤の動きについていけたのは沖田のみ。すでに二階まで上りきっている近藤の側にぴったりと付き従っている。

 いまだ階下にいる二人に近藤はいい捨て、沖田に目配せをした。


「なんだ?なにか異変か?」

 二階の大部屋では、三十人以上の浪士たちが異変を察知して色めき立っていた。

立ち上がっている者、腰を浮かせている者、まだ座している者、それぞれの位置、それぞれの姿勢で廊下側の襖をみた。


「みてこいっ!」

 だれかが叫んだ。廊下側ですでに立ち上がっていた幾人かが無腰のままで廊下に飛びだしてゆき、幾人かは隣の部屋へ飛び込んだ。刀を取るためだ。


「何者じゃっ!」

「うわっ!壬生浪だっ!壬生浪が・・・。ぐわっ!」

 怒声に悲鳴がかさなる。

 強烈な血の臭いが、部屋のうちにまで漂ってきた。


「ぎゃっ!」

 短い悲鳴とともに、廊下から部屋のうちにだれかが吹っ飛んできた。畳の上に仰向けに落下したときには、すでに絶命している。

 頭部をざっくりと割られていた。


「長曽祢虎徹」を振るう近藤の太刀筋はかなり重い。

 試衛館にいた時分ころ、一抱えはある木刀をいつも振っていた。いまでもときどきは三本まとめて縛った木刀で素振りをすることがある。


「壬生浪か・・・」

 宮部が吐き捨てるようにいった。

 眼前に、だんだら羽織をまとった二人の壬生浪が立っていた。

 この餓狼の集団は、ことごとく邪魔をしてくれる。


 憎悪を煮えたぎらせながら、宮部は叫んだ。

「壬生浪は少数だ。おしつつんでなぶり殺しにしろ。生かしてかえすな」

 近藤、そして沖田は、あまたの過激浪士に囲まれていてもまったく動じない。それどころか、二人とも不敵な笑みすら浮かべている。


「京都守護職預かり、新撰組局長近藤勇である。今宵、これにて不逞の輩どもが京の町に火を放ち、その混乱にじょうじて要人を暗殺し、天子様を連れ去ろうという密議がおこなわれているという。証拠は挙がっている。おとなしく縛につけっ!」

「はっ、笑わせるっ!たった二人でか?」

 宮部が大笑した。全員にそれぞれの刀がゆき渡るよう、時間稼ぎをするためだ。


「なめるなっ!幕府の犬どもめ」

 その意図を察した吉田もつづける。


「桂先生と藩邸に急をしらせろ。裏庭や屋根伝いにゆけるはずだ」

「しかし吉田先生、ここで壬生浪どもを・・・」

 松蔭の三秀と呼ばれている長州の志士は、側にいる幾名かの同志に囁いた。


「こいつらはかなり遣う。それに、すぐに大勢がやってくるはずだ。時間稼ぎをするうちに、一人でもおおくこの場を逃れるのだ」

「吉田先生っ!それならばわれわれが。あなたに万一のことがあっては、この計画は頓挫してしまいます」

「そうですとも・・・」

 吉田が同志たちといいあっているうちに、やっと自身の刀がもどってきた。

時間稼ぎをしていることに気がついた二人の壬生浪は、部屋の中央まで入ってきており、そのすさまじいまでの殺気に圧された過激浪士たちは、ただその周囲を取り囲んで掌も脚もだせぬ状態だ。


 だれかが灯火を吹き消したのだろう。部屋のうちは薄暗く、射し込む月光で人影がおぼろにみえるだけである。


「吉田君、ここはわたしに任せろ。きみは藩邸に戻るんだ。長州にはきみや桂君、それに本国にいる高杉君が必要だ」

「宮部先生?あなた、なにを・・・。いや、わたしも・・・」

「いいからいくんだっ!ここで死すは犬死もおなじ!あとは任せたぞ、吉田君。さあっ、ゆけっ!」

 宮部は、いうなり吉田を窓際へ突き飛ばした。それから、憎き敵に向き直る。


「壬生浪どもめっ!死ねいっ!」

 宮部は、わざと大仰に叫ぶと近藤に撃ちかかっていった。

 それをかわきりに、窓から飛びだして裏庭に飛び降りる者、屋根に飛びうつって逃げだす者、廊下から階下に逃れる者、憎っくき壬生浪に斬りかかる者、と混乱のきわみをむかえた。


 吉田も窓から飛びだした。同志の想いを胸に・・・。


「新撰組副長助勤、沖田総司っ!」

 沖田は、盾となるべく近藤と宮部との間に割って入った。日頃から夜間でも戦闘をおこなう新撰組は、夜目がきく。その急先鋒たる沖田も例外ではない。


「沖田?貴様が沖田か?」

 沖田の「加州清光」に、上段からの一撃を受け止められ、そのまま鍔迫り合いになりながら宮部は吼えた。

「三段突きの沖田」の武勇は、いやというほどきかされている。


 体躯ごとおしかえそうとしたが、一流の剣士として大成しつつある沖田にかなうはずもない。逆におしかえされてよろめいた。すぐに体勢を整えようとしたが、すでに沖田は間合いに入っていた。左上段から「加州清光」が放たれた。その一撃はすさまじく、宮部は構えなおして受け止めるまもなく、右頭頂部より左脇腹までいっきに斬り下げられた。

 血しぶきが沖田の全身を濡らす。


「宮部先生っ!」

「先生っ!」

 悲壮な叫びがおこった。刹那、それらは憎悪にかわる。


「壬生浪めっ!先生の仇っ!」

 すさまじいまでの殺気があらためてわきおこる。


「はーっ!」

 近藤の気合は二階だけでなく、池田屋の建物の内外に響いた。


 近藤、沖田の師弟は、互いの背を護りあいながら死闘に身を投じた。


「近藤さんの気合だっ!どうやら無事のようだな。おいっ平助っ!油断するなよ」

 一階では、永倉と藤堂が階下に逃れてくる浪士たちと激突していた。


「くそっ!刃こぼれがひでぇ。こりゃあ、もう遣いもんにならんな」

 永倉自身、もう幾人と斬り合い斬り殺したか覚えていない。江戸からもってきた刀は、刃こぼれがひどい上に血と脂が染み込んでしまっている。

 もはや斬る、という根本的な機能を果たさない。躊躇なくそれをほうり捨て、足許で絶命しているなに某かが握っている刀を拾い上げた。


「くそっ!」

 ふたたび毒づいてしまう。

 自身の右の親指がいつのまにか斬られていたのだ。ほとんど落ちかけている。

 まったく気がつかなかった。手拭を懐からとりだすと、左掌と口をつかってきつくそれを縛った。


「まだまだだな」

 一人ごちながら苦笑する。そして、相棒の無事をたしかめようと階段のほうへと視線を向けた。


「おいっ平助っ!なにをしている?危ないぞっ!」

 視線のさきで、藤堂が愛刀「上総介兼重かずさのすけかねしげ」を左脇にかかえ、額の鉢金をはずそうとしている。

 おそらく、汗で結び目が緩んだかなにかであろう。


「平助っ!」

 永倉の声が届いていないのか、藤堂は両の掌を後頭部にまわし、鉢金をはずそうと躍起になっている。


「死ねぃっ、壬生浪っ!」

 ちょうど鉢金がはずれたのと、二階から降りてきた二名の浪士がうちかかってきたのが同時だった。

「平助っ!」

 永倉は咄嗟に駆けだした。が、自身の眼前に浪士が立ちはだかってきた。永倉を殺ろうと、そいつは中段に構える。


 一人目の刃は、藤堂の眉間を斬り裂いた。

「うわっ!」

 衝撃で藤堂の体躯がのけぞった。その拍子に階段から転げ落ちてゆく。それを追いかけ、いま一人の刃が迫る。


「平助っ!くそっ!どけいっ!」

 絶命した浪士から奪った刀を振りかぶり、永倉は立ちはだかる浪士に斬りかかろうとした。その視界の隅に、なにかが入ったと認識するよりもはやく、立ちはだかっていた浪士がその場にどうと倒れた。


「・・・」

 勢いあまった永倉は、倒れた浪士に躓きそうになったが、かろうじて踏みとどまった。

 浪士は、うつ伏せに倒れたままぴくりともせぬ。


「壬生狼・・・」

 遠ざかる意識のなか、藤堂は呟いた。

 自身を斬ろうと迫っていたもう一つの刃、それから自身を斬った刃、それらが自身を傷つけることは永遠にないことを認識した。

 いつの間にかあらわれた白き狼に救われたのだ。


 このまま死ぬのかな?

 漠然と考える。どこからか自身を呼ぶ声がきこえるが、眠くて瞼をひらけることすらできそうにない。このまま寝かしてほしい。それが本音だ。


「壬生狼、すまない。二階に近藤さんと総司がいる。頼むぞ」

 藤堂に攻撃を仕掛けた二人の浪士を瞬時に屠った白狼は、床に倒れたまま動かぬ藤堂を護るように、四脚を踏ん張りほかの浪士たちを威嚇していた。

 その口には、どこかで奪ったのであろう抜き身が咥えられている。

 駆け寄ってきた永倉の言葉と同時に、白狼は床から跳躍した。二階の廊下へとひらりと舞い降りると、白き狼の姿はそのまま奥へと消えた。


「平助っ、死ぬなよ?おれが連れかえってやるからな。頑張れっ!」

 永倉は、藤堂をそっと担ぎ上げると壁まで引き摺っていった。華奢な体躯を横たえてやると、そのまえに仁王立ちになった。

 まだ幾人もの浪士たちが、手負いの壬生浪を仕留めようと迫ってくる。


 絶対にこいつは死なせない・・・。

 永倉は覚悟した。たとえ自身がどうなろうとも、こいつだけは生かして屯所へ、山南さんのもとへかえすんだ・・・。


 裏庭は凄惨な光景へとかわっていた。

 庭といっても宿泊客にみせる為の庭園ではなく、裏口をかねただけの実用的なものである。

植物はおろか物置きすらない。殺風景なものだ。


 土には血と体液が染み込み、死体がそこかしこに転がっていた。


 裏木戸は開いていて、幾名かは逃れていた。

 坂本龍馬の知己であり、土佐藩脱藩で元土佐勤王党の浪士望月亀弥太もそのうちのひとりだ。


 この裏庭で死闘を繰り広げている者で無傷の者はいない。ただ一人をのぞいては・・・。


 奥沢は、二人の浪士を道連れに地に果てていた。その体躯を何箇所も斬り刻まれて。

 安藤と新田もまた、立っているのが不思議なくらい傷ついていた。新撰組の戦闘の基本である三位一体の集団戦法は、奥沢が死んだことでかなわず、それでも互いの背をつけあい互いに護り合いながら闘いつづけていた。


 二人の獅子奮迅振りは、数をたのみとする過激浪士たちですら容易に潰すことはできなかった。二人を包囲し、じりじりと迫る。


 その死闘を、近藤周平は建物の陰に隠れてみつめていた。

 助けにゆこうにも、あまりの恐怖に一歩も動けないでいた。それどころか、逃げだすことすらできぬい。

 左の掌に握られた得物は、震えでかたかたと音を鳴らしている。

それがやけに耳朶に響いた。


 どうしようもない。自身はまだたった十六だ。武術の修行も、山南や武田の兵法や軍学も、まだ学びはじめたばかりで十分ではない。

 かような殺し合いにそもそも参加させられること自体がおかしいのだ。

 こんなことだったら、局長の跡継ぎにならなくてもいい。養子など解消してしまいたい。


 周平は、自身の臆病さを正当化することで、この地獄から意識をそらそうと必死になっていた。


「こなくそっ!おいっ、安藤、新田、無事か?安心しろ、あとはおれらに任せろ」

 もはやこれまでか、と観念しつつあった安藤と新田の耳朶に待ち焦がれた味方の声が飛び込んできた。荒っぽいが隊務でもそれ以外でも頼りになる副長助勤原田の大音声だ。

 裏木戸から味方が乱入し、たちまちに形勢は逆転した。

「捕縛しろっ!いたずらに斬るなっ!だが、抵抗すれば斬り捨てろっ!」

 原田の指示で隊士たちは敵を包囲する。その包囲網の外にいた何名かが裏木戸から飛び出していき、それを何名かが追いかける。

「奥沢・・・」

 原田は、すでに事切れている奥沢に近寄りその側に片膝ついた。奥沢の双眸は見開かれていて夜空をしっかりと睨んでいた。最期まで敵と対峙し、自身を斬った敵をしっかりとその双眸に焼きつけたのだろう。

「よくやったな、奥沢」

 二十尺と離れていない位置に二人の浪士が、やはりこちらも事切れうつ伏せに転がっていた。

 原田は優しく語りかけながら見開いた双眸を閉じてやった。それから、ゆっくりと立ち上がると奥沢に背を向けた。

「奥沢、本当によくやってくれた」

 そして、自身もまた闘いへと身を投じた。

 今宵は血でしか酔えそうにない。敵の血でないと。敵に血を流させないと・・・。


 もうどのくらい斬り合っているのか?

 沖田にはなんの感覚もなかった。

 師の背を護るどころか、自身が無傷でいられるよう必死に剣を振るっていた。ときおり、敵の悲鳴や怒号にまじり、近藤の気魄のこもったかけ声がきこえてくる。それが耳朶に入ってくるたび、沖田は自身がまだ闘えている、という事実よりも師が無事でいてくれていることに安堵するのだった。


 さすがの沖田も疲れはじめていた。ただ得物を振り上げ、振り下ろす。

 そこには技や駆け引きなどない。単純に、生き残るためだけの本能しか存在しない。


 単純な動作だけでもきつくなっていた。愛刀を振り上げた瞬間、かれは自身の胸に大きな石でも投げ入れられたかのような違和感を覚えた。刹那、その塊が喉元までせり上がってくるような感覚へとかわった。眩暈がし、不覚にも畳の上に膝を折ってしまう。反射的に口許を右の掌でおおった。咳とともに塊が口からでて掌を濡らした。

 夜目に慣れた双眸で、それを呆然とみつめてしまう。


「総司っ!」

「うおーっ!」

 近藤の呼ぶ声となに者かの気合が、前屈みになっている沖田の背にぶつかった。

 斬られるはずだった。が、実際に斬られたのは、沖田に斬りかかった側だった。白き狼によって、沖田を斬ろうとしたおとこは斬り殺されたのだ。


 白狼は、斬ったばかりの浪士が畳に倒れるまでに、さらにもう一人斬り捨てた。そして、畳に両膝をついたまま咳き込んでいる沖田に近寄り、その相貌を覗き込もうとした。


「大丈夫だから・・・。壬生狼、近藤さんを頼む・・・」

 右の掌で口許を拭い、白狼にみられぬようその掌を握り締めた。白狼は、沖田と視線を合わせてから、命令どおり沖田から離れていった。


 気づかれただろう、壬生狼に。否、本来の姿である少年に・・・。

 血を吐いてしまったことを。

 かれの意識は、そこで途切れてしまった。


 近藤は、剣をふるいつづけていた。もともと体力には自信がある。最近は、会津藩などとの付き合いばかりでほとんど剣を握ることもなかったが、それでも暇をみつけては木刀を振っていた。

 いくらでも闘えそうだ。気にかかるのは、ともに闘っている仲間たちのことで、とくに沖田の姿がみえず、気合の声がきこえなくなっているのが案じられる。


 背後でどさりと、なにかが畳の上に落下したような物音が、喧騒のなかでもはっきりとききとれた。ふり向くと、かれに斬りかかろうとしていたのだろう、浪士が自身の得物を上段に構えたままの格好でうつ伏せに倒れていた。

 近藤が自身の足許に素早く視線を走らせると、白狼が抜き身を銜えて控えていた。


 愛弟子であり実の弟以上の存在である沖田のことに気をとられていたあまり、もうすこしで背から斬りつけられるところだった。後ろ傷を負うことは、新撰組では切腹に値する禁忌の一つだ。それは局長であっても例外ではない。


「壬生狼・・・。助かった」

 近藤は、白き狼に礼を述べた。巨獣をみ下ろした近藤の双眸に、汗が沁みこむ。暑くてかなわない。


「おれはいい。総司が心配だ」

 白狼は頸を傾げた。近藤、そして沖田の師弟は、互いを想いあっている。白狼はそれを理解したのだ。


 そのとき、廊下側から幾人かの過激浪士たちが部屋になだれ込んできた。近藤も白狼もあらためて身構える。だが、一番後ろの浪士が勢いよく襖を破って部屋に倒れこんだことから、一人と一頭はあらたな局面を迎えたことをしった。


 浪士の一団の後ろから、副長土方の懐刀の一振りである斎藤、それから、近藤のよき補助役の井上らが隊士たちを引きつれ、入ってきたのだ。


「局長、ご無事ですか?」

「源さん、おれは無事だ。おれよりも総司が・・・。総司を頼む」

「あいよ、任せて下さい、局長」

 井上は油断なく構えながら周囲を警戒しつつ、近藤が指差す部屋へと移動しはじめた。すでに隊士たちは派手に斬り合っている。副長助勤の松原や谷もそれぞれ暴れていた。もはや過激浪士たちに勝ち目はない。


 勝敗は決したのだ。


「斎藤君、永倉君や平助は?裏には奥沢君らがいる。かれらは無事か?歳は?歳はどこにいる?」

 近藤は、自身の背を沖田の代わりだとばかりに護ろうと、ぴったりとくっついている斎藤に尋ねた。油断なく構えはしているが、浪士のおおくが斬られるか逃げるかしており、二人の周囲にはなに者もいない。


「ご無事でなによりです、局長。裏庭には原田先生や武田先生が向かいました。平助が頭を斬られました。意識がありません。永倉先生も右の掌を・・・。副長はおもてです。会津と桑名がようやく出張ってきまして、その対応をされています」

「なに?平助が?くそっ」

 近藤にとって、北辰一刀流から流れてきたとはいえ、沖田と同年代の藤堂もまた弟のように可愛い存在だ。

 汗にまじって涙が目尻から流れでた。かれは涙もろいのだ。


「壬生狼、副長命令だ。すぐに逃げた浪士たちを追ってくれ。できれば捕縛。それがかなわぬ場合は、殺れ」

 近藤を護りながら斎藤が白狼に伝えると、白き狼は音も立てずに飛び退り、そのまま窓の外へと飛びだしていった。


「なに?貴様らの要請でわざわざ来てやったものを・・・。これ以上近づくな、とは無礼にもほどがあろう」

 池田屋から半町ほど離れた通りで、会津藩と桑名藩の一隊が足留めをくらっていた。京都守護職直属とその実弟が統べる桑名藩の緊急出動を妨げているのは、その出動を要請した当の本人だ。


 新撰組副長土方歳三は、藩士の掲げる松明の灯のなか、堂々と立っていた。


「おせぇんだよ。すでに戦闘がはじまってる。ここは、われわれ新撰組に任せてもらおう。あんたらは逃げた浪士を探索するがいい」

 大音声で啖呵をきる。


「なんだと、貴様っ」

 一隊の長が叫んだ。新撰組を最初はなから野良犬の集団としてしか認識していない藩士の一人だろう。居丈高に怒鳴った。


「あんたらのことを思っていってやってるんだ。新撰組うちの隊士たちは気が立ってる。この羽織を着ていない者は、すべて斬り捨てるよう命令してる。あいつらは、かならずその通りにする。これが合印だ」

 土方は、自身の右の掌を上げ、松明の灯のなかでだんだら模様を会津や桑名の武士どもにみせつけてやった。


「・・・。おのれっ!ゆくぞっ」

 新撰組の副長の気迫におされたのだ。両藩はあっさりと引き下がった。


(手柄を、近藤さんたちの命を張った働きを、いまごろやってきた会津藩士こいつらに横取りさせてなるものか!)

 土方は、探索の為もときた道を引き返してゆく藩士たちの後姿をみつめた。


 その双眸には、強い信念と覚悟とが入りまじり、異様なまでの光をたたえていた。


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