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武士大神(もののふおおかみ)   作者: ぽんた


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会合

「武器弾薬は古高君の店から運び出した。いまこそ実行すべきだ」

「だが、やつらも備えているだろう。むざむざ罠にかかるようなものだ」

壬生浪みぶろどものことか?はっ!、狂犬どもになにができる?やつらを血祭りにあげ、この京の都を火の海にしてやる。天子様を長州にお連れするのだ」

「しかし、この京に火を放つなどいくらこの地が長州贔屓とはいえ、家や財産を焼かれた人々はどうなる?」

「いまさらなにを?臆したか?」

「なにをっ!貴様、誰に向かっていっておる?」


 夜の四つをまわった時分ころからはじまった会合は、最初から議論が白熱する。

 計画を実行するか否かを決める会合である。


 だれもが殺気立っている。


 この夜、この会合に参加したほとんどの志士は襲撃実行派であり、中止、もしくは延期しようと主張する者はわずかだった。


 四十名以上の志士たちは、身を寄せ合うようにして座していた。腰の大小を置く場所もなく、全員がつづきの間にそれらを置いた。


 上座には長州の吉田や肥後の宮部が座し、この場をまとめようと躍起になっている。

 じつは、二人ともやる気は十二分にある。ゆえに、決行にとりまとめようとしていたのだ。


 一方、近藤と土方は、それぞれ隊士たちを率いて三条界隈の宿屋や料亭をまわっていた。


「局長っ!壬生狼です」

 小さな宿屋もみすごすわけにもゆかず、「中村屋なかむらや」という宿屋からでてきたところで沖田が告げた。


 白狼は、宿屋のまえでかれらをまっていた。

 黒い鼻を天へと向け、双眸はとじていた。

 過激浪士たちの居所を探りだそうとでもいうように、高っ鼻でその鼻をひくつかせている。


 実際のところは、臭気ではなく気配を感じ取ろうとしているのだ。そして、瞼をひらけると、近藤たちを真正面からみ据えた。


「壬生狼、わかったんだな?案内あないしてくれ」

 近藤の命令で、白狼は駆けだした。


「南?やはり池田屋のようですね、近藤さん?」

 後を追いながら永倉がいった。


 永倉や原田は、近藤や土方のことをいまだに昔のままの呼び方で呼んでいる。もともと仕えることじたいが嫌で脱藩した身。

「仲間であっても主従ではない」と、かたくなな態度で今日にいたっている。


 池田屋まではさほどかからなかった。武装した身で全力疾走したため、さすがに若い藤堂や周平も荒い息をついている。

 

 池田屋の表玄関とは通りをはさんだ脇道に、近藤たちは身を潜めた。

 宿屋は静かだ。この辺りまでくると、祇園囃子がかすかに流れてくる程度だ。人通りはほとんどない。周囲の店や家屋も静まり返っている。


「壬生狼、歳にいそぎしらせてくれ。遠吠えはだめだぞ。しらせたらすぐに戻ってくれ。おまえの力も必要だ」

 近藤は、片膝を地につけた。両の掌で白狼の長い鼻を包み込み、ぴんと立った耳朶に囁きかける。

土方のことを歳と呼んでしまっていることすら自覚がないらしい。近藤の両のと白狼のそれとがしっかりと合い、人間ひとと獣は言の葉を超えたなにかで繋がった。


「さぁ、ゆくのだ。頼むぞ」

 両の掌を離すと、白き巨獣はもときた道を駆けだした。そして、長屋の屋根の上にふわりと飛び上がった。

 その姿は、あっという間にみえなくなってしまう。


時間ときがない。このままあらためる。奥沢君、安藤君、新田君、周平、きみたちは裏を頼む。屋内から逃げだした浪士たちは、かならずや長州藩邸に逃げ込もうとするだろう。一人も逃すな。すべて斬って捨ててしまえ。いいな?」

 奥沢、安藤、新田の三人は、緊張と不安とで心身を苛まれていたとしても、そこはさすがに百戦錬磨の隊士である。三人揃って大きく頷いた。


「周平君、大丈夫かい?」

 ただ一人、近藤の養子だけはこの灯りの乏しい脇道であっても、それとわかるほど怯えていた。兄にもたされたであろう槍を握る掌は、ぶるぶると震えている。心身ともにこの場から逃避してしまっているかのように表情かおは虚ろだ。

 ともすれば、走って逃げだしてしまいそうにもうかがえる。


「おいっ周平、大丈夫か?しっかりしろ」

 沖田に続いて永倉も声をかけた。藤堂も案じているのだろう、わざとおおげさに笑顔をつくっておどけてみせた。

「しんぱっつぁんの稽古のほうがよほどきついよ、周平君。大丈夫、稽古どおりにやればきみが斬られることはない」

「なんだ、平助?おれの稽古は、総司にくらべりゃずっとらくだぜ」

「失礼だな、新八さん。おれの稽古のどこがきついっていうんですか?」

 昔のようなやりとりだ。周平の気を紛らわせようとしてくれている。近藤には、それが痛いほどよくわかっていた。そして、そんなかれらの気持ちがありがたかった。


 本来なら、自身の跡目は総司に継がせたかった・・・。いまでも心の奥底にはそれがわだかまっている。 

 近藤は、しばし瞑目したあと再び口唇を開いた。


「さぁ、ゆくのだ」

 周平には声をかけなかった。近藤勇の養子として、天然理心流の後継者として、みずからを高めるにはみずからで理解し、努力するしかない。そのことに気がつけないのなら、所詮その資格がないだけだ。そして、その生命いのちすら失うだろう。


「われわれもゆくぞ。無論、おれが死番を務めさせてもらう。頼んだぞ、みんな」

 近藤が三人を順にみながらいった。


 死番とは、新撰組が御用改めをする際に突入する魁の役目のことである。

 各隊、順番にまわしてゆく。一番死亡率の高いこの役目は、隊士たちにとっては名誉どころか絶望以外のなにものでもない。


「おうっ!」「ちぇっ、仕方ないな。今夜のさきがけは局長にお譲りしますよ 」「承知。局長の背はおれが護ります」

 永倉、藤堂、沖田が応じた。


 近藤とその四天王と称されている三人は、通りを渡り池田屋へと向かった。


「すぐには動きそうにないか?」

 三条の東側で御用改めをおこなっていた土方のもとに、かれの懐刀の一振りが合流した。 


 斎藤は、黒谷でついさきほどまで会津兵を動かしてもらうよう、交渉していたのだ。


「申し訳ありません。ですが、家老の田中様にまもなく話が通るはずです。他出されていて、もうそろそろ黒谷に戻られるはず。田中様なれば、会津だけでなく桑名の協力も取り付けられるはずです」


 桑名藩主松平定敬まつだいらさだあきは、会津候の実弟である。会津候には他に二人の兄弟があり、そのなかでも定敬とはとくに仲がよい。定敬も慕っている。その上、献身的だ。

 会津候が京都守護職に就いて後、若き桑名藩主は藩ごと兄に協力を惜しまなかった。


「ご苦労だった、斎藤・・・」

 斎藤はもとより、かれが駆ってきた「雷神」は汗まみれになっているだろう。

 

 こんな刻限にもかかわらず呑みにでもいったかえりであろうか、二本差しや町人が「壬生浪」を避けるようにして通りをあゆんでゆく。


 隊士の一人に命じ、馬は屯所にもどらせることにした。


 そのとき、「キイッ!」「ブルルッ!」と、一羽と一頭が声を上げた。

 雷神の鞍に、朱雀がそれを止り木がわりに翼をやすめていた。

 大鷹と馬は、それぞれの頸をふっている。


「どうしたんだ、土方さん?」

 南の方角へ視線を向けた土方に、長槍を携えた原田が訊いた。


 動物たちだけでなく、なにゆえか土方にもそれが感じられた。

 最近、かれにはその存在が感じられるようになっていた。否、きっとその存在のほうがかれに感じ取れるよう、気のようなものを発しているのだろう。


「壬生狼っ!壬生狼ですよ、副長」

 副長助勤であり、四番隊の組長松原が叫んだ。この夜のいでたちも、「今弁慶」と呼ばれるにふさわしい怪異なものだ。


 白狼は、まっすぐに土方の足許に寄ってきた。息一つ乱しておらず、その黒い双眸はまっすぐ主をみている。


「池田屋だな?」

 土方は片膝つきながら白狼にいった。問い、ではなく確認だ。そして、かれはその答えを感じることができた。


 白狼は、視線を主から雷神の鞍上の朱雀へとうつすと、その大きな頭部をさっと振った。

「キイッ!」朱雀が鳴く。そして、見事な両翼を広げると、鞍上から飛び立った。

 白狼の命令を受け、黒谷へ向かったのだ。 

 大鷹は、わずかな人家の光を頼りにしながら低空飛行で三条の通りを北上していった。


「池田屋だ。われわれもすぐに向かう!」

「おうっ!」

「さきにいってくれ、壬生狼。近藤局長たちを頼んだぞ」

 主の命と同時に、白狼はもときた道へその巨躯を反転させ駆けだした。

 巨獣の姿は、人間ひとの双眸からあっというまに消えてしまう。


「池田屋へ向かう。死に物狂いで駆けろっ」

 土方は、背後で下知をまっている隊士たちを振り返り、力のかぎり叫んだ。

「おうっ!」

 全員の応答は、気魄がこもっている。


(かっちゃん、総司、新八、平助、無事でいてくれよ)

 土方は、懸命に駆けつつそう祈らずにはいられなかった。


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