『土方二刀(ひじかたにとう)』
トリカブトは、その医師を即死させた。
連中が御方に使っているような砒素ではなく、即効性のある毒物をわざと選んだ。
公卿の岩倉具視が陰で糸をひいていることがわかった。さらには、薩摩の大久保一蔵も・・・。
一人を殺ったとしても、連中がつぎの駒、すなわちつぎなる刺客を差し向けてくることは明白だ。
事実、宮中には岩倉の親類がいる。主治医のだれでも、つぎの刺客として仕立て上げることは容易なのだ。
苦悶の表情を浮かべたまま畳の上に転がっている医師の死体・・・。
それを無表情にみ下ろしながら、小さな暗殺者は自身の無力さを呪った。
殺してまわることは簡単だ。だが、それでは根本的な解決にはならぬ。連中にとっては、あくまでも手持ちの駒がかわるだけだ。
そのことはよくわかっている。よくわかっているのだ・・・。
会津本陣である黒谷の広い庭の木の一本に、朱雀がきていた。
表玄関のほうへも、いままさに騎馬でなにものかがやってきたようだ。
それは、新撰組の副長助勤であり「土方二刀」が一刀の斎藤一だった。
斎藤は、会津候から下賜された二頭の騎馬のうちの一頭「雷神」で黒谷に駆けつけたのだ。
土方からの伝言をたずさえて。
斎藤が馬の轡を小者に預けていると、すぐちかくから自身の名を呼ぶ者があった。
「斎藤先生」
少年である。
土方のもう一振りの刀は、あいかわらず気配を悟らせることなく易々と間合いをおかしてくる。
雷神が少年にたいし、頭を深く垂れる仕種をする。
ありとあらゆる動物が、少年を慕い同時に敬う。
少年は、動物たちと心を通わせることができるのである。
少年の右肩に朱雀がいるのをみ、斎藤は少年が今宵のことを承知していると理解した。
「坊、会津の仕事は終わったのか?おれは、これからお偉いさんと折衝だ。すぐにいってくれ。副長がおまちだろう」
「承知」
少年が一礼した。少年の肩で朱雀が翼をひろげる。
斎藤は、少年の短く刈りそろえた頭を撫でた。なぜか急にそうしたくなったのだ。自身、なにゆえかはわからなかったが。
「坊、おれの所為ではないのか?」
「・・・」
相貌をあげた少年は、しばしの間斎藤をただ無言でみつめた。
斎藤は、自身が会津候に少年のことを話したが為に、少年がなにかに巻き込まれているのではないのかと、しばらくまえから感じていたのだ。
少年は控えめに笑みを浮かべた。
「お気遣い痛み入ります、斎藤先生。しかし、あなたの所為ではありません。お気になさらないでください。では先生、またのちほど」
少年が斎藤の右掌にそっとふれ、それから離れていった。
斎藤は、右掌を上げそれをじっとみつめた。
それは、利き掌とは反対の掌だ。夕方とはいえまだ気温の高いなか、掌にふれた少年の指はやけに冷たく感じられた。
それは、なにゆえか斎藤をぞっとさせた。




