鬼神哀思
全員がしっていやがった。
なにか企んでいやがると、うすうす感じてた。まさか、おれをのぞく全員が、おれの為にあいつを死なせる算段をしていやがったとは・・・。
あいつが最期の戦いを、おれの為に死の舞いを舞っている間、おれはそこからすこしはなれた隠れ家、打ち捨てられた小屋だが、そこに忠助と末吉に強引に連れてこられ、なかば拘束された。
「どけっ!斬るぞっ」
騎馬から引き摺り下ろされるや否や、「千子」を鞘から抜き放った。
その刀身は、つい先ほど佐賀藩自慢の大砲を真っ二つにしたとは思えぬほど、木洩れ陽を吸収してきらきら光ってやがる。
それが瞳に眩しい。
くそっ、騎馬まであいつにいい含められてやがる。おれが乗れぬよう、傍から遠くはなれちまう。
「よくもだましやがったな」
理不尽なことを、叫びつづける。
これを画策したのではないとわかっている、忠助と末吉にたいして。
だが、ここにはこの二人しかおらぬ。ゆえに、この二人にあたるしかない。
おれの怒気と殺気を受けても、こいつら二人は怯まぬ。忠助がおれのまえを、末吉がうしろを、得物を抜いて立ちはだかる。
「どかねば斬るっ!」
「いいかげんにしてくれ、局長っ!」
さっきまでおれの句のことを話題にし、仲間たちを笑わせていた者とは違う声音と表情で、忠助が叫び返してくる。
「あぁわたしたちは、あんたをだました。わたしと末吉、弁天台場にいる古参隊士たち、それから、大野添え役、大鳥さんだってそうだし、榎本総裁もあんたをだましとおした」
「なんだと・・・?」
絶句する。
新撰組の仲間だけでなく、榎本さんや大鳥さんまで?
様子が違ったのは、そういうわけか・・・。
刹那、「千子」が重く感じられる。
「わたしには、こむつかしいことはわからない。だが、局長、この戦の負けが決まった後、この箱館政府のお偉いさんのなかでかならずや死罪になるのがだれか、あんたにはわかるであろう?」
すべて合点がいった。
だとしたら、いまあいつがしていることはなんだ?
「ゆえに、これか?ここで、おれが戦死したことにするのか?あいつはいま、口封じの為に殺戮をおこなってるのか?」
ぞっとする。
おれが生き残る為にあいつが犠牲になるだけでなく、それを目撃した敵兵すべてを殺めるのか?
このときはじめて、あいつの、心やさしき暗殺者の苦悩の一部を理解する。
「戦です。これが、戦なのでしょう?あなたがたが起こした、武士の誇りを護る為の、殺し合いなのでしょう?」
うしろから、末吉が辛辣な言でもって背を斬りつけやがる。
そうだ。これが戦だ。殺さねば殺される。生き残った者が、勝った者が正義であり、この日の本ででかい顔して生きてゆける。
武士の矜持?そんなものはすでに存在しねぇ。ここにいる武士のおおくが、意地になってるだけだ。
長州や薩摩に、でかい顔をさせねぇ為に。自身らがでかい顔をしたいが為に、蝦夷くんだりまで流され、戦ってる。
それがいいとも悪いともいえねぇ。それぞれが、想いや事情、しがらみを背負ってる。
長州や薩摩にしたってそうだ。連中にもいろいろある。
生死があるのは当然だ。だが、これは、おれの為におこなわれている。
おれが戦死したとみせかける為に、このあと、おれが生きてゆく為に・・・。
戦とは関係ねぇ。おれは武士ではない。矜持や意地を、もっちゃいねえというのに。
「局長、お願いです。死に逝く者の望みを叶える為に、ここでしばらくお待ち下さい」
まだ若い末吉の落ち着いた声音が、耳朶に響く。
死に逝く者の望み・・・。おれの為に死ぬ、あいつの望み・・・。
「あとで手討ちでもなんでもしてくれていい。だからいまは、おとなしくここにいてくれ、局長」
忠助も末吉も、これに命をかけている。わかってる。
こいつらが、あいつの死を認めていないことも、わかってる。
なにゆえか、こいつらの心中がよめる。
そう、まるであいつのように・・・。
「千子」を鞘に納めた。
忠助と末吉にいわれるままそこをでたのは、あいつの四つ脚の白き兄弟たちにつづき、翼ある相棒がそれぞれしらせにきてからだ。
どいつもこいつも悲痛な表情だ。そもそも、鳥獣にこんな表情があることすらしらなかった。
五頭の白き狼と大鷹は、しらせるだけしらせた後、いずれも同じ方角へと去った。
弁天台場のある方角・・・。
あいつにいわれたに違いない。弁天台場で踏ん張ってる、新撰組の仲間を助けにいってくれ、と。
あいつはそういうやつだ・・・。
それまで、おれは崩れかかった小屋の外壁に背を預け、両方のこめかみを左右の指で揉み、ずっと思いだそうとしていた。
この小屋は、ずっと昔は猟師か漁師の小屋だったのであろう。木材の腐り方や荒れ方をみれば、ゆうに二、三十年は打ち捨てられたままなのかもしれぬ。木々で鬱蒼としていて、隠れるにはもってこいの場所だ。
あいつは抜け目ない。あいつの段取りは完璧だ。
ずっと遠くのほうで銃声や砲声がする。それが潮風にのって、ここまで運ばれてくる。それでも、ここには小動物が、人間の愚かな所業など意に介さず、普段どおりの生活をしてる。小鳥が囀り、蝦夷栗鼠が木の実を齧ってる。
平和そのものだ。
くそっ、この期に及び、あいつのかけた暗示はおれのこめかみに痛みを与えやがるだけだ。思いださなきゃならねえのに、なにゆえそれができねぇ?
かっちゃんは、あいつのことをわかってたのか?あいつは、かっちゃんには暗示を・・・。そうか・・・。
不意に笑っちまった。
そうか、かっちゃんは思いだしてたに違いねぇ。
くそっ、なんでもかんでも、なんでおれだけ・・・。
されるがままに、いわれるがままにされるほうがらくでいい。
白狼たちと朱雀が去った後、おれは忠助と末吉に再び馬に乗せられ、逃げてきた一本木関門に向かった。
あいかわらず遠くのほうで銃砲声がしてやがる。五稜郭の方角だ。
あいつの根回しで、薩摩軍は猛攻撃を仕掛ける振りをしているにすぎぬのであろう。
あいつの段取りに不手際はないはずだから。
街道にでた。気が急く。
逃げるときは気がつかなかったが、街道沿いは桜並木になっている。
ひときわ大きな蝦夷桜がみえてきた。それだけが、その大きな枝に桜の花を咲かしてる。
おれは、桜が大好きだ。餓鬼の時分の思い出・・・。
だからこそおれは句を、その思い出を讃える為に、下手な句を作りつづける。
ひとえに、餓鬼の時分のわずかなときを、大切にしたかったから・・・。
道上、偉大なる白き巨獣がひっそりと佇んでいるのに気がついた。
その双眸はこちらを、具体的にはおれの双眸を、じっとみている。
無意識の内に、おれは騎馬から降りた。
そして、ゆっくりとその偉大なる神に近寄る。
「狼神・・・?」
まさしく壬生狼だ。
あいつはおれたちに、あるいは敵に、育ての親をみせた。
偉大なる獣の神・・・。
白き狼は、近づくおれをじっとみつめている。
ただじっと。
拾って育てた人間の子と同じように、狼神からなにも感じられぬ。
獣に近間があるかどうかはわからんが、おれ自身のそれに入ったとき、白き狼はゆっくり四肢を折ると腹を地につけた。
それが臣従の証であることを、あいつとの付き合いのなかで学んだ。
地に伏せる白狼の鼻面のすぐまえで、同じように脚を折り、両膝を地につける。
あいつがするように、両の掌で白狼の大きな頭部をはさむ。
それは、思いのほかやわらかく、なによりあたたかい。
瞳は、すべてを見透かし、受け入れてくれるかのように濃く深い。
それもまた、あいつと同じだ。
自身の額を、神獣のそれへと重ねる。
『人間よ、頼みがある・・・』
刹那、確かにそうきこえた。否、耳朶にというよりかは、直接心に語りかけられたようだ。
うしろでにいる忠助と末吉、騎馬の息遣いがきこえるほど、周囲は静かだ。
『わが子を、わが息子をわたしにかわって抱きしめてやって欲しい・・・。あの子を・・・。あの子を、抱擁してやってくれ・・・』
額にあたる白い獣毛が心地いい。その切なる願いは、世の親がわが子を想うものと同じもの。
狼神があいつを、本物の息子と認めていることがよくわかる。そして、その言のなかにある「あの子」というのは、あいつの人間の身内たる、柳生厳蕃を即座に思いださせてくれた。
そのいい方が、あまりにも似すぎているから。
『人間よ、あの大きな桜の樹の下で、あの子はお主を待っている。あの子の生命を、力を継ぎし人間よ、あの子にかわり、わたしはお主を守護しよう。神送りである。あの子に別れをつげてやってくれ』
狼神の告げた内容の半分も、理解できぬ。
どういう意味だ?おれがあいつのなにを継いでると?
またこめかみが痛む。
「承知した」
抱擁の部分だけは、理解できた。
ぴんと立った神獣の白い耳朶に、囁く。
立ち上がるのももどかしく、大きな蝦夷桜に向かって、おれを待つあいつのもとへ、駆けだした。




