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武士大神(もののふおおかみ)   作者: ぽんた


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兄貴分たちと兄神

「「大文字屋だいもんじや」に恩を売っておくべし」


 落ちぶれた浪士どもの集団が、「天誅」と称して略奪を企んでいるということを、土方は密偵として「大文字屋」に潜入していた少年から報告を受けた。


 即座に、試衛館時代からの仲間を集めた。


 さきの言は、この十名からなる浪士組みの頭脳ともいうべき山南が、開口一番いったものである。


「大文字屋」は享保二年(1717年)、伏見に下村彦右衛門しもむらひこえもんが開業した呉服屋で、順調にその売り上げと規模を伸ばし、大坂や名古屋に進出していた。


 最近では金貸しも兼業していて、まさしく飛ぶ鳥も落とす勢いの豪商だ。浪士たちが狙いをつけるのも当然のことといえよう。

 無論、それはいわゆる「こころざし」だけではなく、軍資金と称する略奪も含めて、である。


 ちなみに、「大文字屋」は名古屋ではその屋号を「大丸屋だいまるや」とし、それは後の「大丸百貨店」となる。


 幕末期において、この呉服屋は幕府側についた。


 この頃、まだ上京したばかりの近藤たちは会津藩お抱えとはいえ、その待遇はさしていいわけではなく、資金繰りに頭を抱えていた頃だった。


 土方の実家等故郷からの援助もしれており、かといって、遠いこの京の地に会津藩以外の後援者がいるわけでもない。

 いっそ、芹澤らのように暴虐のかぎりをつくせるほどしたたかになれればいいが、そうなれるわけもなく、近藤たちは隊士集めの傍ら資金調達に悩む日々を過ごしていた。


 そんなとき、どこからか少年がこの呉服屋の不穏な噂をききこんできた。

 そして自身、丁稚として呉服屋に潜入、探りを入れた。


 呉服屋の使用人のなかに、浪士たちを手引きする内通者がいた。


 その夜、ついに浪士たちが呉服屋に押し入るという。


 近藤は同じ局長の芹澤、新見に遠慮してその一派にも協力を仰ごうと提案したが、それは土方・山南両副長により、ぴしゃりと退けられた。


 ここは近藤一派だけで対処し、近藤一派だけを「大文字屋」に売り込む、ということだ。


 そして、近藤一派総勢十名は、この夜「大文字屋」の看板と資産を護る為、その屋敷へと向かった。


 対する浪士たちは、三十名近く。

 それは、皮肉にもこの翌年に起こる「池田屋」事件とほぼ同数だ。


 近藤勇、土方歳三、山南敬介、井上源三郎、沖田総司、永倉新八、原田左之助、斎藤一、藤堂平助、佐藤龍・・・。


 この十名が互いの背を預け、護り合って戦ったのは、後にも先にもこの一戦のみであった・・・。


 呉服屋は、店舗の隣の空き地も買い占めてそこで金貸し業も営んでいる。その為、商家といえども庭付きのそこそこの大きさがある。


 大坂からやってきたばかりの丁稚は、美しいばかりか目端が利き、なにをやらせてもいい働きをする為、「大文字屋」はこの丁稚を重宝した。


 この丁稚がじつは、会津候預かりの浪士たち、すなわち近頃噂の乱暴者の東夷あずまえびすの一員だというのだから、「大文字屋」の人々はただただ驚くばかりであった。


 ちいさくても優秀なこの密偵は、「大文字屋」にやってき当初に大坂出身といっており、その言の葉をよく使いこなしたばかりか、丁稚奉公を何年もこなしてきているように完璧だったのである。


 これが本来の暗殺者、人斬り、という一側面をもつきつけられればさらに驚いたに違いない。


 兎に角、丁稚の申し出は、「大文字屋」にとってはある意味危険な賭けであった。


 それは、ただたんに西国の浪士どもから東国の浪士どもへとかわるだけで、そもそもの脅威は拭えないのではないかと憂慮した。


 それでも、「大文字屋」の店主らは丁稚の主やその上役と会い、話をしてみた。

 そして、その憂慮や懸念は払拭された。


 近藤の一途さ、土方の気品と如才なさ、山南の理路整然とした説得・・・。


 この頃、この三名の力と連携は誠に絶妙であった。


 その夜、店主らとの打ち合わせも済み、例の浪士どもは裏庭で饗応することになり、近藤たちはそこに潜んで文字通り手ぐすね引いてまった。


「坊、いいか?」

 近藤は、土方の足許で律儀に地に片膝ついて控えている少年のまえで、おなじように膝を折り、目線を合わせ囁く。


「ここにいるほとんどの者が、今宵、はじめて人間ひとを斬る」


 空にはきれいなまでの満月がぽっかりと浮かび、その淡い光の下、近藤の両のもまた光り輝いている。


 かれのいうはじめて人を斬る者たちが、不安と緊張とで落ち着きなく、無駄にうろうろとそこいらをあるきまわっている。


 近藤自身、それはすでに経験済みだ。

 まだ近藤家に養子に入る前、実家に忍び込んだ夜盗を斬り伏せたことがあった。


 それでも今宵、大人数との斬り合わねばならぬ。しかも、自身だけでなく仲間の生命いのちをも護りながら。


 だが、近藤には自信がある。

 それだけの腕と絆が、自身とこの仲間たちにあると信じている。

 ゆえに、その双眸には、なんの迷いも不安の色もない。


「このなかでは、おまえがあらゆる面で一番だと心得ている。だが、おまえはみた目はまだわらべだ。本来なら、このような場に連れてくるべきではない・・・」


「局長、お気遣いありがとうございます。承知しております」

 少年にはわかっている。


 ここは、近藤自身が活躍せねばならぬ場、なのである。

 年端のゆかぬわらべのでる幕ではない。


「おれたちの背を護ってくれ、坊」

 少年が主と慕う土方がいう。


「承知」

 その命に、素直に頷く。


「おまえが護ってくれるなら、安心して斬りあえるってもんだ」

 新八の言に、全員が大きく頷く。


 それは心からの言。

 互いに信頼しあっている証拠でもある。


「いい子だ、坊」

 天然理心流近藤道場の道場主である近藤は、おおきく分厚い掌でわしわしと少年の短く刈り揃えられた頭を撫でる。


 それは、無造作にみえて愛情と信頼のこもったもの。


 髪は、この大店に潜入するまえに、井上が刈ってくれたばかりである。


「近藤さんの背は、おれが護ります。だから、坊、おれの背を頼むよ」

 近藤の第一等の弟子であり、天然理心流皆伝の沖田。


 「三段突きの沖田」の異名は、この後浪士たちに広まり、畏れられることになる。


「あ、ずるいな。おれのも頼むよ坊?」

「はっ、おまえは自身で護れ。修行の一つと思え。他力本願じゃ、いつまで経っても極められんぜ」

「新八のいうとおり。平助、おまえは修行が足りん。坊は、おれの槍と相性がいいんだ。おれのを護ってくれる」

 緊張感を吹き飛ばすような、三馬鹿のやり取り。


 北辰一刀流目録の藤堂、神道無念流皆伝の永倉、宝蔵院流槍術の名手原田、それぞれが少年の肩や頭をぽんと叩きつつ、ついでに軽口も叩く。


「頼むよ、坊。頼りにしている」

 やわらかい笑みをその知的な相貌かおに浮かべ、少年の小さな背をやさしく叩くのは、北辰一刀流皆伝の山南。


「情けない話だが、わたしは緊張しているよ。坊、頼むよ」

 天然理心流目録の井上は、けっして飾らない。


 このときも、相貌かおを緊張と不安とで強張らせたまま告げる。

 震える手で、自身が刈り揃えた少年の頭を撫でる。


 少年は井上に、やわらかい笑みを浮かべ、力強く頷く。


 そのとき、同じ懐刀のもう一振りである無外流居合いの達人斎藤と視線が絡み合う。


 土方の二振りの刃の間に、言などいらぬ。


 わずかに頷きあうだけで、互いの背を、生命いのちそのものを護り合い、与えられた命を遂行することを了解しあう。


「さあ、お喋りはここまでだ。そろそろ刻限だ。みな、頼むぞ」

 少年の頭をさりげなく撫でてから、声音を落として告げる土方。


 天然理心流と、我流の喧嘩術をよく遣う。


 このおとこが、事実上のまとめ役なのである。



 主の、仲間たちの、背を護る・・・。


 それが自身にとって、どれほどかけがえのないことか・・・。



 白くおおきくあたたかな背・・・。


 しがみつく。落ちないように十分気を配りつつ、あるいてくれている。

 その一歩一歩が力強い。


「兄神様、ずっと一緒にいて下さいますよね?」

 白き大獣の背で、ちいさくて青いのが甘えた声音で叫ぶ。


「青いの」

 白き大獣がかえす。


 一人しかおらぬ弟。

 兄は弟が可愛くてならないが、弟の為には厳しくあらねばと心掛けているつもりである。


「いつまでも甘えてばかりではいかぬぞ。おまえは強い子だ。おおきく強くなって兄神たちを援け、東方を守護せねば。それだけではないぞ。さらに・・・」

「兄神様っ!いやです。わたしはずっと、兄神様と一緒にいます。一緒に強くなります。一緒に上の兄神様たちを援け、五方五行五佐を守護致します。ねっ、いいでしょう、兄神様?」

 白くおおきな背に、さらにしがみつく青くちいさな弟神。


「案ずるな、兄神たちにかわり、このわたしがおまえを護ろう。なにがあっても。何千年、何万年さきであろうと・・・。青いの、約束だ」


 兄神は、弟神のことがかわいくてならない。

 自身の背で、青くてちいさい弟神が歓喜の声をあげている。


 しがみついてくる。弟神は、あたたかい・・・。


 互いの絆、そして宿命。


 これから将来さき、繰り返される輪廻。


 永遠に尽きることなくつづくのである・・・。

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