幹部打ち合わせ
元治元年六月、この日は早朝からひどく暑かった。
まだ夜も明けきらぬ早暁、新撰組は副長土方の命によりある古道具屋の御用改めをおこなうにいたる。長期に渡っての内偵の結果だった。
店の主たる古高俊太郎はその場で捕縛、前川邸の土蔵に運び込まれた。店の隠し部屋からは、大量の武器弾薬に加え、諸藩浪士との書簡や血判書が発見された。
土方自らがおこなった古高にたいする尋問は、苛烈を極めた。古高は、土蔵の梁から逆さ吊りにされ、足の甲から五寸釘を打たれた。その貫通した足の裏の釘に百目蝋燭が立てられる。そのうえ、蝋燭に火をつけるなど、およそ尋常でない拷問が長時間に渡りつづけられた。
そしてついに、古高は耐え切れずに自白をおこなった。
その内容は、さしもの土方をも十二分に驚かしめるものであった。
八月十八日の政変以降、京を追われた長州人らがこの月の強風の日を選んで御所に火を放ち、佐幕派公卿の中川宮を幽閉した上で、京都守護職の会津藩主松平容保をはじめとした佐幕派大名を殺害し、天皇を長州へ連れ去る、というものだった。
さらに、すでにおおくの志士らが入京しており、間もなく会合を開く予定だ、ということも自白した。
前川邸の一番大きな部屋を打ち合わせの場所と決めていた。そこに新撰組の幹部たちが集まり、先刻から打ち合わせをおこなっている。
上座中央に局長の近藤勇、その近藤を挟んで副長の土方と山南が座している。
下座には、副長助勤たちが左右に分かれて座していた。
廊下とは反対側土方のすぐまえには一番隊を任されている沖田、その隣は三番隊の斎藤、次は八番隊の藤堂、そして十番隊の原田。末座には、四番隊の松原忠治。
松原は、播磨の小野藩の出身である。関口流柔術の遣い手で、その大柄な体躯から繰りだされる技は、並み居る剣豪をまえにしてもひけをとらない。槍もよく遣い、先の八月十八日の政変での仙洞御所前及び禁裏御所南門の警備を任された際、坊主頭に白い鉢巻を巻き、脇には大薙刀を携えるという異様な格好で警備をおこなった。その姿形から「今弁慶」とのふたつ名で呼ばれた。
だが、松原は体躯に似合わず繊細で優しく、だれにでも親切だ。いかつい相貌のわりには、いつも柔和な表情が浮かんでおり、くわえてお喋り好きだった。
壬生村の人たちは、「親切者の山南と松原」とひそかにいっている。
廊下側の山南のまえには、まず二番隊の永倉。そして、六番隊の井上。五番隊の武田観柳斎、末座に七番隊の谷三十郎が居並んでいた。
武田は、出雲国母里藩出身。甲州流軍学(長沼流)を修めており、近藤の軍学や文学の師範を務めている。いわゆる、強き者におもねる、あるいは長いものに巻かれろという思想のもち主だ。しかも弱者を虐げ、さらには横暴に振舞えの性質でもあった。
近藤に取り入るその様は、みていて虫唾が走りそうだ。平隊士への接触が、じつに横柄かつ居丈高である為、新撰組のなかで一番嫌われている、といってもけっして過言ではない。
相貌が鼠に似ているので「狼の威をかる鼠」、と陰で囁かれていた。
そして、武田には衆道の気があり、美丈夫の藤堂をはじめ隊士のなかでもきれいな相貌の者をとくに贔屓にしていた。それもまた嫌われている要因の一つであることはいうまでもない。
谷は、備中松山藩の出である。直心一派の槍術を幼いころから学び、それをよく遣った。谷家断絶の後は、すぐ下の弟万太郎とともに大坂にで、そこで槍術の道場を開いて教えていた。浪士組には万太郎及び末弟周平とともに加入。万太郎は大坂で道場を継続しつつ彼の地の動静を探っていたが、いまはそれもたたんで京にきていた。
谷もまた武田と同類であった。すなわち、要領がよく、媚びることを恥とは思わない性質なのだ。つい最近、末弟の周平を言葉巧みに近藤の養子とすることに成功し、ますます増長していた。
新撰組のなかでは、武田についで嫌われていることはいうまでもない。きっちりと髷を結い、いつも身なりはきちんとしている。いかにも武士としての矜持を重んじている、という重苦しい気を撒き散らしている堅物でもあった。
近藤や土方とさして年齢もかわらぬのに、すでに初老の域にあるような容姿と貫禄とをもち合わせている。
武田も谷もこの席次に不満を抱いていることは、つねに仏頂面をしていることからよくわかっていた。一方で、二人以外の者はそれをみるのを内心でひそかに愉しんでいた。
「今宵だ。監察方の調べで今宵会合が開かれる」
土方が一同を見回しながらいった。その言葉の重みに、さしもの幹部たちも真剣な面持ちできき入っている。
「これまで、三条の池田屋か四国屋を連中はよく使ってやがる。今宵もその可能性があるが、これ以上は絞り込めねぇ」
「しかし土方君、連中も古高が捕まったことは承知しているはず。会合は、場所をかえるのではないだろうか?」
土方は、言の葉をさしはさんできた山南に一瞥くれた。
芹澤を暗殺してからというもの、山南は目にみえてかわっていた。病を理由に隊務に参加しないばかりか、ことあるごとに土方に噛み付いていた。
「土方君、われわれも尊皇攘夷のためにこの京にやってきたのではないのかね?それをいまではおなじ思想をもつ者たちを斬りまくっている・・・」
数日前も面と向かってそういわれた。そのときには沖田と藤堂もいた。沖田は兎も角、藤堂も山南と同意見のようだった。口にだしてはなにもいわなかったが・・・。
この時代、剣の流派がおなじであることの絆は、なににも増して濃くて重い。
「どうだ、土方君」
副長二人の間でなにかあることを、近藤は察知しているようだ。二人の間でそれぞれの相貌を交互にみながら提案した。
「山南君のいうことも一理ある。今宵、ぎりぎりまで監察方には探ってもらうとして・・・。隊を二手にわけ、ほかの宿屋もあらためようではないか」
「局長・・・」
おずおずといったのは井上だ。全員が注目するなか、井上はいいにくそうに目線を畳に落とした。
「暑気あたりや腹痛などで寝込んでいる隊士がおおいのです」
「たしかに、部屋でうなってる連中もおおいよな。うちの隊も半分つかえるかどうか・・・」
永倉がいうと、ほかの副長助勤たちもそれぞれ頷いた。
「ざっとどの位出動できそうか?」
「そうですね・・・。およそ半数、三十四、五名ほどでしょうか・・・」
「歳・・・」
近藤は、いまだに土方のことを土方君と呼ぶことに慣れていなかった。つい歳、といってしまう。
土方は、その近藤へ視線を送りはしたが、頭のうちでは状況をまとめつつあった。
「でれるやつは全員でてもらう。それぞれ三条の番所まで向かい、向こうで落ち合う。隊の編成は、監察方の調べの状況に応じて向こうでおこなう。井上先生、武器の運搬の手配を」
「承知」
それでひとまずは打ち合わせが終わった。
井上、武田、松原、谷が部屋からでていったが、ほかはまだ残っている。
「土方君、悪いがわたしも調子が悪いので残らせてもらうよ」
「山南さ・・・」
山南の言の葉に、慌てたのは藤堂だ。いくらなんでもやりすぎだと思ったのだろう。
「わかった。屯所の留守を頼みます」
おそらく、土方は予見していたのだ。表立っては表情一つかえなかった。
近藤や他の副長助勤たちは居心地悪そうにしている。
「それで土方さん、会津は?無論、でてくれるよな?今宵の捕り物は、おれたちだけではすくなすぎる」
永倉は、話題をそらすためにいった。おなじ試衛館で苦楽を共にしてきた仲間内で、その関係に齟齬をきたしていることを感じていた。
永倉自身、芹澤の惨殺の真相についてはあらかた推測し、それに気がつかぬ振りをしている。だが、心底から理解しているわけではなかった。できるわけもない。芹澤とは同門だった。同門を殺されたこと、同門だからという理由で暗殺者としての役割から外されたこと、この相反する想いが心中でずっとわだかまっていた。
だが、最近の山南はひかえめにいっても目に余るものがある・・・。
「あぁわかってるよ、新八」
土方は、昔の呼び方で応じた。
「斎藤、いってくれるだろう黒谷へ?なんとしてでも会津藩が出張るように説得してくれ」
「・・・。承知」
無口な斎藤がなにゆえ説得の任を?と誰もが思ったとしても黙っていた。斎藤自身も含めて。
斎藤にはわかっていた。この任は、自身にしかできぬということを。
「坊はどうするんです、土方さん?まだ茶屋に潜入してるんですか?」
「いや、総司。あいつはいま、黒谷の依頼で動いてる。だが、今宵には戻ってくるだろう。今宵は壬生狼をだす」
土方は、それだけいうと座を立った。
部屋からでていきしなに山南と視線が合ったが、土方は自身からそれを逸らした。
同じ愚をまた繰り返すことになるのか?そう考えると気が重い。
いや、進むべき道のためには、鬼にでも畜生にでもなってやる。そう覚悟したはずではなかったのか?
廊下にでると、前川邸の庭の桜の木の枝に朱雀がいた。右腕を上げると、大鷹は宿り木をそれへと移してきた。大鷹の爪が着物を通して腕の肉に喰い込んだが、そんなことはどうでもよかった。
「朱雀、黒谷にいってくれ。坊に伝えるんだ。今宵、壬生狼の力が必要だ、とな」
大鷹の小さな瞳は澄んでいた。このうだるような暑さのなかでも、この大空の覇者は涼しげにしている。
「キイッ!」
甲高く一声啼くと、大鷹は翼を広げて飛翔した。
大鷹が黒谷へと飛んでいくのを確認するまでもなく、土方は廊下をあるきはじめていた。
今宵はしくじれねぇ・・・。
土方は、心中で決意をあらたにした。




