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武士大神(もののふおおかみ)   作者: ぽんた


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業(ごう)と軍神(いくさがみ)

 米田幸次よねだこうじは、松前藩士で鉄砲頭を任されている。


 剣術より砲術のほうに興味があり、鉄砲や大砲の技術を独学で学んだ。というのも、まだ米田が幼い時分ころ、藩でも屈指の剣の遣い手だった父親が、神居古潭かむいこたん開拓の為の開拓史一行の護衛を任され、その地で謎の死を遂げた。


 当時の調査では、羆や狼など獣に殺されたのであろうということだ。だが、二十名以上いた武士たちの遺体には、鋭利な刃物、すなわち、日本刀のようなもので斬られた痕がはっきと刻まれていたという。

 しかも、そのどれもが背に集中していた、と。抵抗どころか、逃げようとしたところを、背から斬りつけられたのではないのか。


 一行のなかの手練が、なんらかの理由で仲間を害したのではないか?

 それが、護衛役の米田の父親ではなかったのか?


 米田の父親の得物だけが血をたっぷりと吸い込み、目釘だけでなくなかごまで腐っていたという。

 米田の父親だけは正面から真一文字に斬り裂かれ、頸をほとんど切断されかけた状態でみつかっていた。

 得物はその掌に握られてはいなかったものの、遺体のすぐ傍らに落ちていた。


 かような噂がまことしやかに流れ、確証もないまま不慮の事故ということで、この一件は松前藩史の、けっして他藩には語られぬ歴史の一頁として闇に葬られた。


 この謎の惨殺事件は、当時幼かった米田やその家族に多大な影響を与えた。

 鋭い刃物は、幼かった米田に恐怖感を植えつけた。以来、米田は、いかなる刃物も苦手である。


 藩で禄を食むのに鉄砲術を選択するのは、当時は自然な流れであった。


 幸い、米田に鉄砲の才は備わっていたらしく、名手として一目置かれるようになる。

 とはいえそれは、新式銃ではなく、マタギがつかう火縄銃でのことである。それであれば、射程範囲に入るもの、それがたとえ栗鼠であろうが雀であろうが、どれほどちいさくても射止めることができる。


 松前藩自体、江戸からも京からも遠くはなれた蝦夷にあるだけに、武器もその術もいまだ昔のままである。

 このたび、まるで降って湧いたようなこの騒動のお蔭で、新政府軍から新式の銃を借りているが、ほとんどの藩士がその扱い方に苦慮している。

 銃そのものの精度は段違いに上がってはいるが、遣い手の腕がおいつかぬ。


 かようななか、米田はすぐに慣れ、鉄砲頭として地味に戦功を上げつづけている。

 

 先行していた長州・薩摩・佐賀の連合軍が後退し、隊の立て直しをはかっているという。

 そのつなぎとして、松前藩の一個中隊が進軍した。

 旧幕府軍が設けたちいさな関所のまえで射手を並べ、一斉射撃を開始する。


 その銃弾をかいくぐり、一頭の騎馬が躍りでる。それは、米田の小隊にまっしぐらに向かってくる。


「貸せっ!」

 米田は、射撃している兵卒からゲベール銃を奪い取り、その肩越しに撃つ。


 さすがである。


 騎手が転げ落ちた。


 周囲の兵卒たちから、感嘆の声が上がる。


 だが、撃った米田は、騎手が射撃によって落馬したのではないことに気づいた。それどころか、撃った弾丸(たま)があたっていないことも。


 その騎手には・・・。


 猟で鍛えた米田の視線()は、仰向けにたおれた騎手の上に、ちいさな人影が覆いかぶさっているのをとらえる。


 おそらく、弾丸(たま)はそのちいなさ人影にあたったであろう。


 たしかに、当たった、という感覚はある。

 

 敵は、少人数のようだ。主力は、おらぬらしい。


 米田がみつめるなか、騎手とちいさな人影はその姿勢のままなにかをいいあっている。


木々の間から、小者らしき二名が飛びでてくる。それから、騎手をすばやく騎馬にかつぎあげる。あっと思う間もなく、駆け去っててしまう。


 わずかに残る敵兵も、とっとと逃げてゆく。


 たった一人、ちいさな人影を残して・・・。


 その人影は、騎手をしばらくみ送ると、ゆっくり立ち上がり相貌(かお)を向けた。


「新撰組っ土方二刀が一刀佐藤龍、局長土方歳三の仇を討たんっ!」


 米田だけではない。そのときはじめて、松前藩士たち全員が相対した者の正体をしった。


 この蝦夷を、あらゆる戦を統べる「軍神」であることを・・・。

 

 気温が上昇している。陽はじょじょに昇りつつあり、青い空に一個の黒い点がゆっくりと円を描いている。


 米田は、ゲベール銃を力なくおろす。いつもより重く感じられる。部下たちに攻撃の命を下すことも忘れ、眼下のそれをただ茫然とみつめる。


 一町以上の距離は、「軍神」には関係ないらしい。瞬きすらしなかった。だが、それが足許に立っている。

 そして、はじめてその異相をまのあたりにする。


 正直、驚いた。

 きいた話から想像するに、地獄絵図にでてくる小鬼か、わっぱばなれした巨漢兇相を想像していた。

 だが、いま自身の足許にいるのは、まだほんの七、八歳位のちいさく華奢なわっぱである。左半面に二つの大きな傷跡がある。もともと、たいそう美しかったのであろう。残る右半面は美しく、左半面もけっして醜いわけではない。


「わたしから、はなれてください」

「軍神」がいう。その声音は、わっぱ独特の甲高いものである。


 それは米田にたいしてではなく、米田の部下たちにたいしてである。

 米田は部下たちに下がるよう、銃を握らぬあいたほうの掌を振り合図を送る。


 じりじりと後退する部下たち。

 一人のわっぱに、一個中隊が翻弄されている。


「軍神」を怖れているからである。

 それは、松前藩だけでなく新政府軍全軍にいえる。


「わたしは、新選組局長であり箱館政府陸軍奉行並土方歳三の小姓佐藤龍と申します。いえ、辰巳と申したほうがいいでしょうか?わが主を射殺・・した、あなたの名を教えていただけますか」

 さきほどとはうってかわり、おし殺した凄みのある声音。


 米田は、それが自身を威嚇してのことではなく、かれの部下たちにきこえぬようにとの配慮であることをなにゆえか直感した。


「松前藩鉄砲頭、米田幸次」

「米田先生、ずいぶんといい腕をおもちだ・・・」

 さらに、米田につめよる。


 なにも感じられぬ。殺気も敵意も・・・。


「ゲベール銃の射程距離は、一町から四町位です。その距離で、人間ひとの心の臓を撃ち抜くのは至難のわざです」

 そのとき、米田は気がついた。


 わざと撃たされたのだ。米田がこのわっぱの主の心の臓を撃つよう、騎馬をその射程線上に駆けさせ、主の心の臓を狙わせ撃たせた。

 それを、わっぱ自身が庇い、被弾したのだ。


 怖ろしい・・・。

 米田は、心底震えた。


 はたして、人間ひとにかようなことができるのか・・・?


 わっぱの隻眼が細められ、異相にやわらかい笑みが浮かぶ。


「ええ、人間ひとではありませぬので。ところで米田先生、帯刀されぬのですね?よほど銃の腕に自信が・・・」

「軍神」は、米田の腰にあるべきはずのものがないことに気がついたらしい。


 だが、言の途中で不意におし黙る。笑みは、こわばっている。


「あなたは、あの・・・。そうでしたか・・・。なんたる皮肉・・・。やはり、ごうは巡るのですね」

 一人呟きつつ、異相を地に向け嘆息する。

 その間、米田はなにがなにやらわけがわからず、ただ茫然とそれをみ下ろしている。


「米田先生、お父上のこと、あなたとあなたのご家族が受けた遺恨や苦難・寂寥、そして、あなたの部下や朋輩たちにいまから起こること、すべてにたいし謝罪いたします。かようなことでは償いにはなりませぬが、あなたには土方の生命いのちを奪ったことと、わたしの首級くびとで、手柄をあげていただきたい」

「わたしの父親?どういう・・・」


 まさか、まさか二十数年まえのあの出来事の張本人が、このわっぱだと?いったい、どういうことなのか?


「あなたは、わたしに傷つけられて半日は気を失います。目を覚ましたとき、わたしの首級くびが用準備されています。それをもち、黒田陸軍参謀のもとを訪れていただきたい。土方射殺の報告と、首級それを差しだせば、米田家は戦後どう転ぼうとも悪いようにはならぬはずです」

「ちょっ、ちょっとまってくれ・・・。わたしだけ、助かれというのか?」

 米田は、囁き返す。


 部下を、仲間を裏切ることなどできるはずもない。


「ここにいる全員が、これ・・をみています。気の毒ですが、後日の禍の種は残すわけにはいきませぬ。米田先生、これは戦なのです。生き死は運命さだめ。たとえここで死なずとも、違う場所、違う理由わけで、かならず死んでいたはずの人々です。そうわりきっていただきたい・・・」


 そうだ。そうわりきらねばならぬ。


 少年は、ほんのわずかの間隻眼を天空へと向ける。


「主の生命いのちを救う」という、大義名分でおこなう殺戮。


 否、それが「大いなる神カムイ」による人間アイヌへの理不尽な淘汰・・・。


「あなたに、選択肢はありませぬ。米田先生、父上の仇を討てたことを、せめてもの慰めにしてください」


 やはり、自身の撃った弾丸たまは、このわっぱにあたって、否、わっぱがわざとあたったのだ。

 それが致命傷になっているかまでは、この会話だけでは判断できぬが。


「やはり・・・。ぐわっ!」

 いい返そうと、ふたたび口唇をひらきかけた刹那、自身の体躯が宙に浮いた。


「あなたは、半日ぐっすり眠ります」


 耳朶にそう囁かれたと同時に、意識が途絶えた。



 少年は、両のかいなに抱える米田を放り投げる。米田の体躯は、ゆっくりと弧を描きつつ低木の茂みの向こうに消えた。 


最期の戦い・・・。


 一個中隊二百名ちかく。無慈悲で無責任な破壊行為をするのに、いまさら死の舞で自身の意識を飛ばす必要もない。

 しっかりと自身のおこない・・・・を自覚し、地獄への割符とすべきだ。


 米田の弾丸たまは、背から入って心の臓ちかくで止まっている。これもまた、業の一つ・・・。

 だが、これでよかったのだ。はじめての人殺しの決着かたはついた。もっとも、それは、こちら側の一方的な解釈にすぎぬであろうが。


 愛用のくないを懐からとりだし、それぞれの掌中におさめる。

 ずいぶんと長くつかいこんできた殺戮の道具。これをふるうのも、これが最期。


「わたしを殺せっ!」

 この大戦おおいくさの最大の戦犯が、大音声で叫ぶ。


 戦意をなくし、背を向けて逃げてゆきそうな敵兵たちにたいして・・・。


「殺されたくなくば、必死に戦え!最後まであらがえ。そして、この辰巳の首級くびを、見事あげてみせよ」


「軍神」の鼓舞である。

 勇気と戦意をあたえられた兵卒たちは、それぞれの得物を構え、戦意と殺意を高め、奮い立つ。

 

「軍神」に殺されぬ為に、そして、それを殺す為に・・・。


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