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武士大神(もののふおおかみ)   作者: ぽんた


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詩人句人と今生の暇乞い

「新撰組が護る弁天台場に、救援に向かうよう」


 榎本総裁直々のその命が土方にもたらされたのは、早朝、まだ夜が明けきらぬ時分ころだ。


 疲れからか、土方は寝台で寝入ってしまっており、抱きしめていたはずの甥のほうが島田が準備してくれていた軍服に小さな体躯を包み、伝令の兵卒からその指令を受け取った。


 五月十一日、丑三つ時から開始された新政府軍の攻撃は、とどまることを知らぬ。


 海戦、陸戦ともに、箱館政府軍はあっという間に窮地に陥った。


 弁天台場の守護を任された新撰組は孤立し、各部隊は無論のこと、この五稜郭にも敵軍が迫りつつあった。


 榎本から与えられたのは、額兵隊からなる二小隊。

 わずか五十名では、もはや焼け石に水にもならぬが、どこも状況は同じ。

 ここは、数に恃むわけにはいかぬ。


 慌しい出陣。


 新撰組の隊士はたったの二名しか残っておらず、そこに忠助と末吉が土方の騎馬をひっぱってきた。


 庭先で少年が建物を振り返ると、榎本が自室の窓を開けこちらを凝視している。


 隊をまとめる主は、それに気がついていない。

 少年は、その榎本に挙手の敬礼をする。榎本も、ほぼ同時に答礼する。


 これで別れは済んだ。すべての段取りと打ち合わせは終わっている。


 榎本総裁は、必ずや少年の求めに応じ、生き残った者たちの為にその責を果たしてくれる。


 榎本武揚、海の男・・・。


 その根底には、どこか坂本を思わせるものがある。


 どうか自由な大海原のごとく、部下たちを、仲間たちを、包み込んでください・・・。



「土方君・・・」

 いままさに、五稜郭の門前より駆け出そうとしたところで、うしろから白馬が追ってきた。


 その目立つ馬の背にあるのは、これもまた自由なる詩人大鳥奉行である。

 無論、三名の側近、泊、川邊、澤井も一緒で、いまは騎馬に跨る三名は、いつもとかわることなく塵芥にまみれまくっている。


 大鳥隊は、あいもかわらず負け続きである。このときは、兵の補充で一旦五稜郭に引き揚げてきたところだ。


 無論、それは口実である。


 じつは、別れにやってきたのだ。


 土方の騎馬から少年が飛び降りると、大鳥の白き愛馬「白き稲妻ホワイトサンダー」号が騎手をいただいたまま狂ったように駆け寄る。

 小さな少年に馬首をすりつけ、さしもの少年もその勢いによろめいてしまう。


「よしよし、いい子だ白き稲妻ホワイトサンダー

 少年がその耳朶に囁きかけると、ようやっと白馬は落ち着いた。


 白馬も気がついている。


「例の逆落とし以降、わたしの愛馬は、道なき道を疾駆することを好んでたまらぬ」

 大鳥がおどけたように報告すると、土方が笑声を漏らした。


「あんたの漢詩よりかは、よほど役に立つでしょうな、その白馬の脚は?」

「ほう・・・」

 大鳥は、こぶりの顎を指で撫でながら応じた。


 にやにやといたずらっぽい笑みを、そのちいさな相貌に浮かべて。


「きみの句よりかはよほど、他者にきかせられるかと思うがね」

「ああ?なんなら、いまここであんたの為に、あんたの辞世の句をつくってやろうか?」

「面白い。では、わたしはきみに漢詩を送ろうではないか」


「目糞鼻糞を笑う?」

 大将同士の論争を、川邊と忠助が評する。


 それがほぼ同時に発せられたものだから、そこにいる将兵全員がふきだしてしまう。


「違いねぇ・・・。大鳥さん、たがいにここが正念場だ。どうか、ご無事で。健闘を祈ってます」

「きみもね、土方君・・・」

 馬上、大鳥が右の掌を差しだす。土方は快くそれに応じ、二人はかたい握手を交わした。


 たがいの将兵たちは、大将同士のその挨拶を無言でみ護っている。


 遠くで近くで、銃砲声がしている。

 鬨の声、悲鳴もまた潮風に乗って流れてくる。


「「白き稲妻ホワイトサンダー」、大鳥奉行を頼む。おまえは、いい脚を持っている。この戦が終わるまで、その脚で大鳥奉行を助けてくれ」

 耳朶に囁く少年。白馬は、馬首を上下に振ってそれを了承する。


「土方君、きみの甥はたいしたものだ・・・」

「大鳥さん、あんた大丈夫か?」


 どうもおかしい・・・。

 土方は、苦笑する。


「ああ、自慢の甥だ。こいつは、おれの自慢の甥だ。いわれるまでもない」


 土方が掌をひらひらさせながら自慢するなか、大鳥は自身の愛馬のまえに佇む少年と、ひそかに視線をあわせた。


 不覚にも、こみ上げる悲しみに嗚咽を漏らしそうになる。

 それをごまかす為、軍帽を無意味に整える。


 土方が向かうべき方角へと馬首を向けた隙に、掌を挙手の敬礼の位置に移す。その馬前で、少年も挙手の敬礼をする。


 稀代の暗殺者、最大の戦犯・・・。

 否、このちいさなわらべは、敵味方ともに認める軍神。


 その力は、けっして忘れられることはない。

 

 今生の別れ。


 兎にも角にも戦場を抜けだし、この別れだけはしたかった。

 やはり、きてよかった。

 


 大鳥陸軍奉行、あなたの将来さきに、幸多からんことを。

 いつまでも、その諧謔ユーモアをお忘れなきよう・・・。


 少年は、やわらかい笑みとともに直接心中に語りかけた。



 榎本も大鳥も、明治以降それぞれの分野で活躍する。


 このときの少年との約定を違えることなく・・・。


 榎本は、明治政府において大臣をいくつも経験して七十二歳で、大鳥は外交官や開拓史、技術者として奮闘した後七十八歳で、それぞれの天寿をまっとうする。


 両者ともに、敗戦の将としての責務をなんどきも忘れなかった。


 行動の根底には、このときの戦いで失われた多くの生命や矜持にたいする贖罪があったのであろう。


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