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武士大神(もののふおおかみ)   作者: ぽんた


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兄貴たちのいたずら

 この辰巳の小さな体躯。


 依代だったはずの、神の器にすぎなかったはずの精神こころと身体・・・。


 その強靭な精神こころは、人間ひとでは到底太刀打ちできぬほど強大で、未知なる力を抑え込んでいる。

 意識を奪われぬよう、常に強くあり続けねばならならぬ。


 それがどれだけすごいことか、不可能に近いことか、人間ひとごときにはわからぬ。


 これまでの器とはまったく違う。この器が壊れてしまうのは、じつに残念だ。

 寂しくなる。じつに愉しかった。残念でならぬ・・・。


 神のなかの神・・・。

 わたしは、さらに高位に位置する神に創られし試作品・・・。


 四神の末弟であったはずのわたしが、さらなる上の神々のいたずら心か、あるいは興味本位か、混合神として転生せねばならなかった・・・。


 わたしはまたいかねばならぬ、未来さきへ・・・。

 兄たち三神に会いたい。古のように兄神たちと戯れたい・・・。


 すぐ上の兄神は、約束を忘れることなく添うてくれているというのに・・・。


 猛き白虎の慟哭・・・。


 わたしのことを、この器のことを、憂てくれている・・・。


 われらを召喚せし巫女もまた、この器のことを案じている。


 巫女よ、否、われら四神を生みし母神よ、間もなくこの器を返そう。


 そして、わたしはまた彷徨しよう。


 次なる召喚に備えて・・・。


 それまでは、兄神とわたしが力と生命いのちを分け与えた人間ひとたちがこの世を面白くしてくれるであろう・・・。  


 強き小さな器よ、あとわずかその意地を、想いを貫き通すがいい・・・。


 そう、ばけものとして、そして、人間ひととして・・・。


 傷の痛みはすでにない。


 感じられぬ。


 だが、胸が痛い。


 痛くて痛くて、両の掌で掻き毟りたい。


 動かしにくい左半身。なんとかもってくれた。なんとかやってこれた・・・。


 あたたかい。


 これが人間ひとの、叔父・・のぬくもり。


 離れたくない。今宵だけは、今宵だけは・・・。


「なんだって?ああ?なんだって、くっついて回ってはおれの逢瀬を邪魔してやがったんだ、おめぇは?」

 寝台の上でわたしをやさしく抱きしめた姿勢のまま主が叫んだ。


 わたしが試衛館に転がり込んだ当初の話しをしていた。

 そう、昔話を。


 主は、夜な夜な近隣の村々を回っては目当ての女子おなごを抱いていた。

 いわゆる、夜這いというやつだ。みてくれのいい主だ、どの女子おなごも夜這いを心待ちにしていたものだ。

 それを、わたしは無粋にもついて回っては邪魔をしていたのだ。


 最初は、主もわたしを撒こうとあの手この手を試みていた。

 隠れたり、懐柔したり。


 しかし、相手が悪い。わたしは玄人だ。

 そのうち連れていってくれた。そして、そのうち女子おなごのほうでもわたし付きでも気にしなくなった。


 もっとも、わたしのほうが照れ臭く、ばつが悪かったのだが・・・。


「命じられました」

 わたしは正直に答えた。


 胸元から見上げると、主が文字通り目を白黒させている。


「ああ?命じる?かっちゃんが?」

「いいえ」

 わたしは頭を振った。


 近藤局長がそんな無粋なことをするわけがない。


「新八兄と左之兄・・・」

 絶句している。


「土方さんが悪さをしないように。女子おなごを泣かせないように見張ってろ」

 新八兄と左之兄がそう命じた。


 そう付け加えると、主はますます眉間に皺を寄せた。


 兄貴分たちのほんのいたずら心・・・。だとわたしはいまでも信じている。


「他に、他になにかいうことは?怒らねえから、他になにか頼まれてやったことがあるんなら、いまここで正直に話せ」


 こういうのが、普通の人間ひとの叔父甥、あるいは身内同士が交わす会話なのだろうか?

 罪の告白を?


「発句集を・・・」


 主の両肩がぴくりと動き、眉間の皺がそれに連動して濃く刻まれた。睨まれた。


 誰もが畏れる「鬼の副長」の一睨み。わたしは、その強烈な眼光から一つしかない眼をそむけて俯いた。


 きっと普通のわらべはこうするのであろう。


「副長の部屋の内に作られた隠し戸棚の内側からときどき持ち出していました」


 わたしを抱く両方の掌に力が入った。痛い・・・。


「ですが、用が済んだら戻していました。ちゃんと元の場所に・・・。しょっちゅうじゃありません。局長が発句帳に記された後だけです・・・」


 主がまた目を白黒させた。


「それを誰が命じたかはわかってる。いうな・・・」


 掌の力は籠められたままだ。


「総司のやつ・・・。どうりで、ときどき隊士たちがおれのほうをみて笑ってやがったはずだ。おめえはなんだってそんなくだらねえ命を受けやがった?ええ?夜這いにしろ創作活動にしろ、あいつらになんの関係もないし迷惑だってかけちゃいねえ・・・」


 仰るとおり。


 そして、わたしがそれを受ける必要もなかった。


 ほんのいたずら。ささやかな息抜き。大きかろうと小さかろうと組織に入れば、周囲に人間ひとがいればどんなことでもある程度あわせる必要がある。それが密偵や暗殺を業とする者の鉄則。ゆえにわたしは兄貴分たちのいたずらに加担した。


 味や風味などわからぬ飴やら団子やらの報酬を目当てに・・・。


 不意に主が笑いだした。両方の掌は、また優しくわたしの背を、頭を撫でてくれる。わたしも笑った。


 これが普通の人間ひとのささやかな日常・・・。


 胸が痛い。痛くて痛くてたまらない。でも、このままこれがずっとつづいてくれればいい・・・。ずっと・・・。


 今宵だけは・・・。今宵だけは・・・。



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