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武士大神(もののふおおかみ)   作者: ぽんた


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古参之誠

 ここにいるのはいわゆる古参の隊士ばかり。いずれも近藤や土方に心酔し、ここまで付き従ってきた猛者である。


 島田は少年の背後でひっそりと佇立し、相馬は長椅子の端に座している。


 中島登なかじまのぼりは、京時代には監察方や伍長を務めた才気溢れる壮年の隊士で、抜け目なさと天然理心流の剣の腕前はどちらも近藤や土方の信頼の得るところだ。無論同郷でもある。

中肉中背、鋭い眼光、人好きのする笑みは、京時代には密偵としては無論のこと、職務以外での島原でも十二分に活躍していた。


 その中島は相馬の向かいに座している。いまは新撰組でも別働隊を率い、少年と連携をとりながら遊撃活動を行っている。


 蟻通勘吾ありどおしかんごは讃岐は高松の出で、「播磨住昭重はりまのすみあきしげ」という細身の長剣を我流でじつによく遣う。

 古参でありながら、ゆいつ平隊士で過ごしている変わり者だ。

 これは、実力がないのではなく、他者ひとの面倒をみるのがひとえに面倒臭い、というだけの理由である。

 背が低く、痩せているわりにはいつも精力的で、その膂力はすさまじい。まさしく蟻だ。笑うと両頬に笑窪ができ、体躯だけみればまだ子どものような姿形なりをしている。


 いまも、中島の横でちんまりと椅子に収まっている。


 安富才助やすとみさいすけは備中足守藩脱藩で、文武ともに長け監察方や伍長を務めていた。大坪流馬術の遣い手で新撰組の馬術師範も兼任していた。

 ゆえに風神や雷神もよく面倒をみており、いまも馬丁の沢忠助とともに騎馬の管理も率先して行っている。

 密偵としても優秀で、土方の信頼が厚い。

 どこにでもいそうななんの変哲も特徴もない風貌と体躯のこの馬術士は、馬と会話できる少年のこともおおいに気に入っていた。

 相馬の横で窓の外に視線を向けている。


 尾関雅次郎おぜきまさじろうは、大和国高取の産である。調役兼監察方を務めていた。

 そして、新撰組の旗頭の役も務めていた。長身で役者のような相貌は誠の旗印を掲げるにふさわしく、そしてまたじつによく映えたものだ。

 この尾関の掲げる誠旗の下、新撰組の隊士たちが京の町をどれだけ誇らしげに凱旋したことか。

 尾関は事務方として優秀で、どちらかといえば外部での密偵や戦闘よりかは内部での調査や取調べで活躍していた。

 宝蔵院流の槍術をそこそこ遣える為いまでも立派に戦働きができている。

 職務柄、陰湿そうに受け止められがちだが、じつに快活で義理堅い性質たちであり、他の調役とは違って隊士たちから頼られている。いまは安富の隣で落ち着かないようだ。


 沢忠助も加わっている。いまからの話に沢も必要だからだ。この陽気で目端の利く馬丁も、いまは神妙な表情で蟻通の隣に座している。


 末吉という名の小者も加わっている。山城の国の出身で、もともと近藤たちが京にやってきて、最初に世話になった八木家の小者だった。

 末吉もまた、武士さむらいに憧れていた青年で、すぐに沖田や藤堂と仲良くなり、二人は末吉に剣術を教えた。

 それがかなりの筋で、いまでは他の隊士たちと同様の扱いと機会を与えられ、活躍していた。

 小者としてさまざまな仕事をこなし、あまつさえ剣術の鍛錬もかかさぬうちに、さほど背は高くはないが、筋肉質の立派な体躯になっていた。

 目鼻立ちのくっきりとした相貌をしているので、いまは亡き伊東が目をつけたのはいうまでもない。

 小者としての働きは、近藤、土方だけでなく隊士たちの頼りとするところだ。末吉自身もまた取り立ててくれた近藤や土方への感謝と忠誠心から、いまでも小者として働きながら戦働きもしている。

 彼もまた立派な古参兵の一人である。その末吉は、控えめにドアの横に佇み、ひっそりと控えている。


 この部屋の主である土方本人だけがいない。

 迫る新政府軍をどう迎え撃つかの軍議を榎本総裁の部屋で行っているためだ。しばらくは戻ってこない。


 その間に、島田、相馬、中島らが新撰組を率い、弁天台場に向かう手はずになっていた。


 この場に集まっている古参兵全員が、島田から内密に今回の件は打診されていた。

 そして、それに不承不承ではありながらものるつもりでいまここに集まっている。

 名目は市村を送り出すというていにはしていたが、じつは密かに土方に別れの挨拶をしにきたのだ。


 もっとも、される側はなにも知らず、そうとは気がついてはいないのだが・・・。


「ここにいるのは、はや兄弟みたいなものだ。なんの気兼ねもいらぬ」

 安富がむっつりとした表情で囁いた。


 とくにだれかにきかれるわけではないが、ここにはいない土方に対し、やはり後ろめたいものがあるのだ。


「どうしても、この方法しかないのか?」

 蟻通もまた、いつもの陽気な声音はいまはすっかり影を潜め、頬の笑窪も姿なりを潜めている。


「坊、ここにいる全員がおまえの申し出に、納得しているわけではないということをいっておく」

 前屈みになり、太腿の上で両の指を絡め合わせつつ、中島もまた真摯な表情で告げた。


 それに合わせ、全員が大きく頷く。


「わかっています」、と小さな隊士。


 新撰組では、そのほとんどを暗殺と密偵とで過ごし、隊外でもまた暗殺や密偵として暗躍している稀代の暗殺者。


 その小さなわらべは、土方のデスクの横で島田を後ろに従えて立っている。

 それでも、座している長身の尾関と目線の位置とほぼおなじ。


 少年は、大人たち一人一人と視線をゆっくり合わせていく。その心中を推し量りながら・・・。


「あなた方とともに過ごせたことに、まずは礼をいわせて下さい。ありがとうございました。心から誇りに思います」


 窓の外では、すでに陽が傾きつつあり、五稜郭の新緑も真っ赤に染まっている。行き交う兵卒たちも真っ赤に染まっている。


 まるで血のようだ、とずっと外をみている安富は思った。


「この戦の終結は近い」

 その言に、だれかが息を呑んだ。


 無論、だれもがわかっていた。最初はなから、これはただ矜持を護り意地を通しぬくだけであること。途中からはそれに近藤局長をはじめ、散っていった同志たちの弔いという理由が加わった。


 所詮、新政府軍に一泡吹かせたくて抗っているにすぎないのだ。


 誠の旗の下、京の町を、自身らの信じる仲間を、そして誠の志を、ひとえに護り、多くの人たちにわかってもらいたかった。


 負け戦・・・。


 劣勢は否めない。これだけの戦力差は逆転するどころかもはや小さな窪みを埋めることすらできぬ。


 華々しく散るか、あるいはひっそりと自害するかの選択を迫られる時期。それをひしひしと実感しつつある。


 とうに覚悟はできている。どうせなら、誠の旗を高々と掲げ、敵の弾丸を喰らえばいい。だれもがそう思っていた。


 だが、それを口の端に上らせることはけっしてなかった。ゆえに、いまこうしてあらためていわれるといやでも現実を実感させられる。


 これまでの覚悟を、信念を、意地を、すべてを否定されようとしている。


「勝てば官軍、負ければ賊軍。われわれはこれから賊軍として、反逆者として現在いま生きている人々に、そしてこれから生まれてくる人々に扱われることとなります。それでも、生きていればこの将来さきなんらかの形でまた抗えるかもしれない。いまこのときの屈辱と無念を返せるときがくるかもしれない・・・」

 少年の子どもらしい声音だけが、静かな部屋のうちに流れていく。


 大人たちは、それぞれの姿勢でその声音にきき入り、想いに浸る。


「生き延びてこそ、生きていてこそ、です。ここにいる全員が、新撰組に、土方局長に殉ずるつもりであることは承知しています。ですが、あえて申します。それは、犬死です」


 数人が、少年の隻眼を睨みつける。


「馬鹿げた戦で、あなた方の生命いのちを絶つ必要はどこにもありません。そして、あなた方全員が生きる気力に溢れていることもわかっています。それをどうか大切にし、生き延びてください。そして、いつか新撰組のことを、近藤・土方両局長のことを、真実を知らぬおおくの人々に伝えて下さい」


 隻眼を睨んでいた者も、外や部屋の内に視線を泳がせていた者も、ひとしく視線を自身の足許に落とした。


「おまえだけが、局長に殉ずると?局長はどうなる?」

 尾関に問われ、少年はしばし隻眼を閉じて瞑目して心中で逡巡した。


 どこまで仄めかせばいいのか?


 生き残る者には、できるだけ情報を与えたくない。無事に生き残り、新政府軍の追及の手をすり抜け、最終的には新しい道をあゆみ、平穏に生きていく為に・・・。


 腹部の傷がまた開き、血が流れ落ちていくのが感じられる。

 軍服の上着をさりげなく合わせ直す。眩暈がする。血は脚を伝い、そのうち足許の床を、外の夕陽の色と同じように赤く染め上げるだろう。

 そのとき、背後の島田が、大きな掌を少年の肩に置くとそのまま自身に軽く引き寄せた。自然、少年は島田のがっしりとした体躯に寄りかかる格好となった。


 島田は、自身の軍靴を少年の足許に置く。そこに少年の血が滴っていく。だれも気がついていない。島田以外は。

 少年の状態を感じ、すぐに利かせてくれた配慮。その機転に、少年は頭が下がる思いだ。同時に感謝する。

 これで、いましばらくはごまかせる。


「新政府軍は、この政権の事実上の軍事責任者たる土方歳三の戦死・・と、天下の大罪人たる辰巳の首級くびで、この戦を終えることを約しました・・・」


 これまでとはうってかわった押し殺した大人びた声音。

 とおまわしの表現ではあったが、ここにいる兄弟たち・・・・には理解できたはずだ。


 全員の視線が、発言した者に集まる。


「局長は明日、戦死・・なさいます。その報は、はやければ明日の夜にでも弁天台場に届くでしょう。すでに箱館政権ここには複数名の間者が紛れており、新撰組われわれが弁天台場を死守する情報も新政府軍あちらにもたらされています。あなた方には、向こうでそれぞれの生命いのちを護ることだけに、専念して頂きたいのです。そして、降伏後はどうかそれぞれのゆくすえだけを考え、新しい道を見出し、あゆんで頂きたい。再度、申し上げます。明日、五月十一日、土方局長は戦死なさいます」


 沈黙がこれほど辛いものだと、この場にいる全員が感じているであろう。

 たがいの鼓動すらきこえそうだ。


 土方局長が明日死ぬ・・・。


 全員が、あらためて覚悟せねばならぬ。


 もう二度と、土方に会うことはできぬ。

 これ以降、土方はこの蝦夷で、新政府軍に討たれたものとせねばならぬ。

 そして、局長を喪った哀れな敗残者として、新撰組の隊士全員が生き恥を晒す。


 ここにいる自身たちは、そう思わせるようふるまわねばならない。新政府軍の連中にたいして。味方の軍にたいして。


 新撰組の他の隊士たちにすら・・・。


 これが、自身たちやほか隊士たちを、あらゆる意味で護る

 なにより、土方自身を護る為、最善のであるのであろう。


 ならば、ここは黙ってこの小さな策士の計略にのるしかない。


 そう頭ではわかっている。頭では・・・。


「坊、なにゆえ、おまえの首級くびだけが必要なのだ?」

 この話し合いがはじまってからというもの、安富はむっつりとした表情を崩そうともせぬ。

「なにゆえ、榎本総裁や大鳥奉行のそれは必要ないのだ?」

「安富先生、この政権の最高権力者はおれです。おれの首級くびこそが、敵には重要なのです。あなた方は、辰巳についてはほとんどなにも知りませぬ。知っていることは、土方局長の得体の知れぬ甥が、ときおり新撰組隊内でこそこそ動いていた、ということくらいでしょう?」


 たしかに、いわれてみればこのわらべについて知っていることはすくない。だが、情報の大小の問題ではない。そのわらべ生命いのちそのものが、いまは問題なのだ。


「わたしたちは、よくも悪くも大人だ。すくなくとも、おまえの立場や価値は理解しているつもりだ」「はっ!笑わせるな、安富先生よ」

 黙っていた蟻通が、その言とともにかわいた笑声を上げた。


 それはじつに痛々しく、胸を打つものだ。


「おれは、そんな気取った口上をいうつもりはねぇ。坊、死ぬなっていってももう遅いんだろう?なら、おれたちはおまえのいうとおり、かならずや生き残ってみせる。この真実とともにな」


 実力がありながら、面倒臭いという理由だけで平隊士ですごしてきた蟻通の小振りの相貌をみつめる少年。ほとんどわからぬほど息を詰めてしまう。


 そこにみたものは、まぎれもなく死相・・・。


「ならば蟻通先生、あなたはどうか伊庭先生や野村さんたちのいるアイヌの村にいって頂けませんか?」

「はあ?なんでそうなる・・・」

 同時に、当人も含めた全員があることに思いいたる。


 少年の特殊な能力・・・。

 それは、いまは亡き井上源三郎のときにも発揮されたということを、井上の死後に知ったのだ。


「この辺りの守護神たるコタンコロカムイが、そこへ案内してくれます。どうか今宵のうちに・・・」


 蟻通は、小さな相貌の小さな口唇の間から、ありったけの息を吐き出した。

 上半身を、長椅子の背に勢いよく押しつける。


「くそっ!」

 心の底から毒突く。


 ほかの者たちは、かけるべき言をもたないでいる。


 よもや、かようなところで予期せぬ死の宣告を翳されるとは。


「ああ、わかった。承知した。武士に二言なし。舌の根もかわかぬうちから、おまえの提案に反論などできるか、くそったれ!」


 それまで一言も発さず、その存在感さえなかった相馬が控えめに笑った。つられて忠助や末吉、島田も笑いだす。


「ああ?なにがおかしい、おまえら?おれは、ここにすらいられねえんだぞ。まったく・・・」

 蟻通が不意に口を噤む。


 長椅子に背を預け、小さな相貌は部屋の天井に向けられている。


「くそったれ・・・。おれを助け、ほかのおおくの生命いのちをかばい、なにゆえおまえだけ?不公平だと思わぬのか・・・?」


「おれのこのちっぽけな生命いのちで助けられる生命いのちより、おれがこれまで奪ってきた、そして、これから将来さき奪われるであろう生命いのちの方がおおいのです。これがおれの業。おれの定められた命運・・・」


 肩にある島田の掌はあたたかい。そして、なにより優しい。


「先生方、あとのことは頼みます。先生方の未来に、幸おおからんことを。わたし・・・は、あなた方のことも・・・」


 み護ります、という言は心中でいうにとどめておく。


 だれの胸にも、少年の想い、そして決意は響いているであろうから。


 話し合いは終わり、蟻通は伊庭たちのいる神居古潭のちかくのアイヌの村へ旅立ち、島田をのぞく新撰組の隊士たちは、防衛地である弁天台場へと進発した。


 この後、古参隊士たちは土方戦死・・の報につづき、箱館政権降伏の報を受けると、あっさりと誠の旗を降ろした。


 その旗は、島田が京より自身の腹に巻き、大切に運んできたものだ。


 土方亡き後、局長を継いだのは相馬で、相馬が新撰組最後の局長となった。


 新撰組は、この戦の終結と同時にその歴史を閉じる・・・。



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