ep6-冒険者ギルド受付嬢
始まりの都とはよく言ったもので、リィンは宿屋から装備屋、服屋に酒場、とにかく旅立つ冒険者向けの施設が整っている場所である。今の僕らの最優先事項はカルバーニちゃんの捜索であり、まずは宿屋の一室を拠点に町の中を探すことにした。
『宿屋マルシェ』
老舗の風格漂う町の中でも大きな建物である宿屋に僕とシトニーちゃんは訪れた。拠点作りである。
「いらっしゃいませ。お一人様一泊40ゼル、お二人様になると二人部屋が少ないため100ゼルとなりますがよろしいでしょうか?」
シトニーちゃんと同じくらいの年齢に見えるシャーリーという女の子が店番をしていた。笑顔が似合う可愛らしい少女だが、来ている服や靴はボロボロなことに僕は違和感を覚えた。
「すみません、二人部屋でお願いします」
「えー二人部屋ー?」
「黙っててください」
「わかりました。100ゼルになります」
「すみません、これでお願いします」
僕はとりあえず銀貨を一枚差し出してみた。どれくらいの価値があるのかわからないが、金貨では価値がありすぎて銅貨だと足りないかもしれない。だからその中間の銀貨を出してみる。
「え! えぇと……何泊のご予定ですか?」
銀貨を差し出されたシャーリーは一瞬驚きの表情に変わる。だがさすが大店の店番、すぐに平静に戻り笑顔を振り撒く。
「すみません、何泊できますか?」
おかしな質問だったかもしれないが、シャーリーはそれでも笑顔で答えてくれた。
「五日間宿泊可能です! どうなさいますか?」
どうやら銀貨一枚で500ゼルのようだ。そのうち仲良くなった人に金貨や銅貨の価値も聞かなくてはいけない。貨幣の価値も知らないようでは物品の売買ができないからだ。
こんな広そうな世界で人を一人探すのだ。一日二日で見つかるような簡単な話ではない。手に入れた物品の売買もいずれすることになるだろう。
どちらにせよしばらくはここを拠点に動くことになる。宿代は前払いでも構わないはずだ。
「じゃあ五日間お願いします」
「はい! ではご案内致しますね!」
溌剌とした口調でシャーリーは僕らを先導し部屋へと案内してくれた。シトニーちゃんはそわそわして早くカルバーニちゃんを探しに行きたいようだけれど、闇雲に探しても見つからないのは目に見えている。
「さぁどうぞ! 朝食、夕食は声をかけていただければお持ちしますのでお気軽に申し付けくださいませ」
「ありがとうございます」
流石は数少ない二人部屋、内装は豪華で家具の質も良さそうだ。最も気を使うベッドに至っては日本のホテル並みに清潔だった。これでこの価格なら割安なのかもしれない。
「シャーリーさん、笑顔が凄いね」
「ねぇ、そんなことより早く探しにいこう?」
「もちろん。ここからは手分けして探そう。カルバーニさんは絶対この町のどこかにいるはずだから」
「うん。あとさ今思ったんだけど、よく僕の全速力についてこれたね。それとシャーリーさんってあの女の子? 名乗ったっけ」
「ん?」
よく考えればその通りである。無我夢中だったから気づかなかったけれど、僕は人間離れした身体能力を持つシトニーちゃんの全力疾走についていけたのである。これはこの世界に来て僕の身体能力も飛躍的に上昇したということなのか。そしてなぜ僕はシャーリーさんをシャーリーさんと思ったのか。
「それ、能力なんじゃないの?」
「え!」
僕もこの世界に来て能力を得たようである。それが戦闘用ではないとしても戦闘要員は既に二人もいるので良かった。だが身体能力についてはまだ謎が多い。都合よく説明してくれる人でもいればいいんだけど。
その後、日暮れを集合時間に手分けしてカルバーニちゃんを探すことになった。二手に別れた結果どちらかが行方不明になるという事態は最も避けたいが、カルバーニちゃんのことを考えるとそんなことを言ってはいられない。
シトニーちゃんと別れた僕はまず、情報が一番集まりそうな酒場を目指した。
「すみません。冒険者でない方はお断りしております」
装備屋。
「悪いな。冒険者じゃねぇやつには売ってないんだわ」
教会。
「申し訳ありません。冒険者で特別な任務を帯びていない方には答えられません」
服屋。
「ごめんなさいね、冒険者以外には何も言えない決まりになってるの」
と、このように冒険者ではない僕はどこへ行っても相手にされず無駄な時間を過ごした結果、冒険者ギルドへとやって来ていた。僕がこの場所を避けていた理由は手続きに時間を取られること間違いないと思っていたからだけれど、『急がば回れ』の通り、最初からここに来ていればもっとスムーズに情報が集められていた。
立派な顎髭を蓄えた装備屋の店主によるとこの世界での冒険者ギルドの役割は傭兵、探索及び未開の地の開拓、素材の売買だという。困った事があれば冒険者ギルドへ依頼し、達成の証明と引き換えに報酬を冒険者ギルドに支払う。冒険者ギルドは報酬の内何割かを差し引いた後、冒険者に報酬額を支払うというシステムになっている。何でも屋のようなイメージである。
しかし冒険者の多くはギルドの支援を受けながら未開の地を切り開き地図を埋めていくことに精を出しているらしく、二つ名を与えられる冒険者も中にはいるとのことである。
「お邪魔しまーす」
僕は冒険者ギルドの中に入り、受付へと向かう。イメージ通り酒場も併設されていて昼間から酒を飲む強面の冒険者たちが数多く見られた。珍しいとされる女性の冒険者も見られ、かなり際どい鎧を装備していて、男たちの注目の的となっていた。
「はい、冒険者ギルドです。本日は何になさいましょう?」
元気のいいお姉さんがギルド指定っぽい制服に身を包んでいる。受付嬢のメルシェさんもかつては冒険者をしていたようである。
「登録をお願いします」
「登録ですね! ではこちらの書類にサインと、必要事項の記入をお願い致します」
メルシェさんはペンと数枚の紙を差し出し、椅子を持ってきてくれた。僕は他の冒険者の邪魔にならないよう少し横に避けて記入していく。
必要事項といっても名前と出身のみで、僕は出身をリィンと誤魔化した。
「はい! カサネ様でございますね! では、こちらに右手を置いてください」
メルシェさんは分厚くて巨大な本を取りだし、パラパラとページをめくっていく。開かれたのは六芒星のような紋章が書かれているページで、真ん中に空白がある。
「ここにゆっくりと手を置いてください。あなたの強さが数値となって現れ、何かしらの能力を持っている場合は数値と付随して現れるようになっています」
言われるがままに僕は右手を空白の真ん中になるように置く。小さい頃にやった手形をとるような感じだった。
「はい大丈夫です。ではしばらくお待ちくださいね。少しすれば浮き上がってきますので」
僕は待ち時間を使って冒険者に話しかけてみることにした。強面の冒険者の中で一番話しやすそうなのはやはり女性の冒険者だ。何より女性の情報力は凄い。
「すみません、少し聞きたいことがあるのですが」
「ん、なんだい?」
際どい鎧の凛々しいお姉さんの名前はラザベル。まさに女戦士という感じだ。椅子に立て掛けている剣も身長ほどもある大剣だった。
「昼過ぎ頃に黒い変わった服を着た金髪の女性を見ませんでしたか?」
「黒い……金髪の……うーん。アタシは知らないねぇ。どうかしたのかい?」
「仲間でして。行方がわからないんです」
僕がそう言うと女戦士の目が変わる。
「人身売買かもしれないねぇ。最近見た目のいい女が攫われる事件が何件か発生してる。今は女が高く売れるから盗賊たちの動きも大胆になってるんだよ」
「その中に驚くほどに強い人とかいますか?」
カルバーニちゃんが負ける相手なんて想像できない。シトニーちゃんを襲った盗賊たちは物の見事に返り討ちに遭っている。
「聞いたことないな。だがやつらは酒に薬を盛ることもある。卑怯な手段もお構いなしさ。女の一人歩きは危険だ。もしかするとその子もやられたのかもねぇ」
「そうですか……ありがとうございました」
「なんのなんの。それよりアンタ、行くのかい?」
「えぇ。助けなきゃいけないんで」
「そうかい。そういう男はモテるぜ」
「そうですか……」
違う。モテる男なら始めから女性をそんな目に遭わせない。こうなった以上シトニーちゃんも危険となった。
その時、椅子が勢いよく倒れる音がギルドに響く。
ケンカでも始まったのかと冒険者たちは音の方を向く。しかし椅子を倒したのは受付嬢のメルシェさんだった。メルシェは蒼白な顔で僕の名前を呼んだ。
「カ、カサネ様………」