ep5-シトニーと町へ
「マスター……起きて、マスター」
あれ、前にも似たようなことがあったような気がする。僕は重い体を起こして周りを見る。シトニーちゃんが僕の額をぺしぺしと叩いていて、その周りには見知らぬ男たちが倒れている。
「え……この人たちは……?」
「敵。僕を見た途端に襲いかかってきた」
なるほど、こんな森の中で可愛い子に遭遇すればそういう気分になるのかもしれない。こんな森の中なら……森の中!?
「ここはいわゆる異世界ってやつですか?」
「うん、異世界だね。日本はおろかこんな場所世界中どこを探してもないよ」
シトニーちゃんは空を見上げる。空には立派な翼をお持ちの火を吹くトカゲ、ドラゴンが群れをなして飛んでいた。それだけでここが異世界だと確信できた。剣と魔法が武器のファンタジーワールドにやってきたわけである。僕を売った友達を探して。
「カルバーニちゃんは近くの町まで行ってる。偵察ってやつだね」
「なるほど」
僕はもしかしたらと思い拳を握りしめてみたり目を凝らしたりしてみる。
「マスター、体に異常はある?」
「特になしかな。ちょっとだけ期待したんだけど……」
「へっ、使えねーなー」
シトニーちゃんは首を振りながらため息をつく。この子は性格がいいのか悪いのかわからない。
「おいおい、使い道ならいくらでもあるぜぇ!」
周りに倒れている男たちの仲間か、いかにも盗賊っぽい風貌の男たち五人が茂みの中から現れる。手にはカットラスを持ち、頭には黄色のバンダナを巻いている。いかにもすぎる。
「ふへへ、高く売れるなぁ、こりゃ。だが売る前に色々楽しませてもらわないとなぁ!」
「お前ら四肢を斬り落とせ!」
剣を手に襲いかかってくる男たちに、シトニーちゃんの表情は無表情だった。このシトニーちゃんは僕から見ても何を考えているのかわからない。
「待っててマスター、黙らせる」
腰にある短刀を抜いたシトニーちゃんは順手に持ち、腰を低くして一番近い敵に狙いを絞って構える。
「オラァ!」
力任せに降り下ろす一撃を躱し、足を払って転ばせた。そして二人目、三人目の剣を一人目を盾にして防ぐ。まだ生きている仲間を斬り殺し戸惑う男たちの胸部を一人ずつ突き、絶命させていき、五分足らずで一掃した。
「ふう、弱い。マスターよりも情けない男たち」
「どういうことだよ……」
「ん、何でもない」
シトニーちゃんは男たちの死体の側にしゃがみこんで何かを探しているようだった。そしてやがて小さな袋を探しあて、僕の方に投げて寄越す。
「お金。多分この世界で使えるやつだから」
「あ、ありがとう」
中を見ると金貨が五枚、銀貨が三枚、銅貨が一枚入っていた。どうやらこの小袋が盗賊たちの全財産のようでその後、僕とシトニーちゃんで他の盗賊を探ってみたけれど見つからなかった。
「どれくらいの価値があるんだろうねマスター」
「町に行ってみないとなんとも……」
死体の転がる場所で休むのは嫌だという意見が一致し、僕らは少し離れた場所に移動した。カルバーニさんが帰ってきたらすぐにわかるようにシトニーちゃんが木の上に上って見張ることにした。僕はこの世界の生物が他にいないかと地面を掘ってみたり茂みをかけ分けてみたりしてみるが蟻は蟻、虫は虫であり日本と特に変わった様子はない。ドラゴンと盗賊さえ現れなければ異世界だとは思わなかったかもしれない。
しかし数十分経ってもカルバーニちゃんの帰ってくる気配が一向にない。森の閑さが徐々に不安へと変わっていく。
「おかしいなー。カルバーニちゃんそろそろ帰ってきてもいいと思うんだけどなー」
「町はここからどれくらいの距離にあるんだ?」
「木に上ったら見えるくらい。マスターならともかくカルバーニちゃんの足ならこんなにかからないと思うんだけどなー」
「ですよねー……」
悔しいが事実だから仕方ない。
「シトニーちゃん。僕らも行こう。何かあったのかもしれない」
「わかった。ついてきて」
シトニーちゃんが走り出した。色々言っていたけれどやはりカルバーニちゃんが心配だったのだろう。いつもの余裕が感じられない。むしろ信頼しているが故に焦っているみたいだ。
僕もスピードを上げるシトニーちゃんになんとか置いていかれないように走る。
『始まりの都 リィン』
森を抜け、平原を走っているとやがて、道の所々に看板が見え始める。
始まりの都、なぜその名なのかは入ってみればわかるのだろう。今はただただ急ぐ。多分シトニーちゃんは看板など目に入っていない。カルバーニちゃんのことしか考えていないのだ。
「シトニーちゃん、止まるんだ!」
「やだ!」
「もう町だ!」
「知らない!」
町の入口が見え、人通りが多くなってきても風を切るかの如き速度で走り続ける。このままでは悪い意味で目立つ。いきなり変な噂が立つのは避けたいところである。
「落ち着け! シトニー!」
「うっ!」
動きを封じられたみたいに急に止まるシトニーちゃんと僕だが、すぐに止まれることもなく、勢いが無くなるまでには少し時間がかかった。
一息ついて見上げると町の入口、どうやらここリィンは『王都ツェペルン』に繋がる城下町のような場所みたいだ。『始まりの都』と書かれた立て札が町の入口にあり、遠く離れたところに巨大な城が見えている。
「行こう、シトニーちゃん」
「うん……」
冷静さを取り戻したシトニーちゃんを連れ、僕らは『始まりの都リィン』へと足を踏み入れた。