ep4-現代から異世界へ
家に戻ってきた僕とシトニーさんは特に何かをするわけでもなく、僕は朝食の続きを、シトニーさんは絨毯の上で寝そべってゴロゴロし始めた。その様はまるで休日の妹のようである。
「ねぇマスター。別に私たちに対して言葉遣いを気をつける必要はないんだからね」
仰向けでこちらを見つめるシトニーさん。
「なんで僕らがマスターのことをマスターって呼んでるか教えてあげようか? 僕らがそう決めたからだよ」
良いこと言ったとでも言いたげにシトニーさんは頷くが、全く意味がわからなかった。僕は彼女たちと出会う前も出会った後もマスターと呼ばれるに相応しいことは何一つしていない。
そもそもマスターとはなんぞや? と言いたいくらいだ。
「何も考えなくていいよ。僕らの気分かもしれないしそうじゃないかもしれない。ただ、僕らがそう決めたんだからそれでいい。マスターは僕らのマスターで僕らはマスターの従者だ。言葉遣いも気を遣われるとこっちがやりにくいからね」
「でも……」
「黙って頷けこの野郎」
僕がマスターという設定はどこへいったのか。この従者は従者と呼ぶには全く自由すぎる。でも、こんな事を言ってくれると僕の方もある程度気を許しても良いみたいだ。
「じゃあシトニー」
「あ?」
「えぇ!?」
「嘘だよ、マスター。シトニーでいいよ。むしろシトニーちゃんの方がいいかもしれない」
「シトニーちゃん」
「なんだいマスター」
そう振り向くシトニーちゃんは何とも小動物、例えるなら猫のように可愛かった。気まぐれだが優しい、昨夜の件で彼女がどれだけ僕に気を遣ってくれたかは既にわかっている。
「おすおすただいまー」
そうこうしているうちにカルバーニさんが帰ってきた。
元気な声からそこまで悪い状況ではないことが読み取れた。これからの僕らの行動は今からのカルバーニさんの言葉で決まる。悪い状況じゃないのは嬉しい。
「ほらマスター。さっきのやつ」
シトニーちゃんがニヤリとして僕の制服の裾を引く。
「か、カルバーニちゃんおかえり……」
「うぇっ!」
おそらくシトニーちゃんの作戦、いや見たかったものは見れたのである。
カルバーニさんは頬を真っ赤に紅潮させ、目線が泳ぎに泳いだ。これは照れているのだろうか。いや、流石にカルバーニさんほど色々経験していそうな女性がそんなことで照れたりはしないだろう。
「な、なななな何?」
「いや、名前呼んだだけだけど……」
「そ、そうだよね! そうだよね!」
床ではシトニーちゃんがにんまりとしている。よほど面白かったみたいだ。カルバーニさんは未だもじもじしている。
「カルバーニちゃん、マスターは僕らのマスターなんでしょ? 言葉に気を遣われると困るよね?」
「いや、それは自由だと思うんだけど――――」
「『さん』より『ちゃん』の方が良いでしょ?」
「え!? ま、まぁ距離は縮まるからいいんじゃないかな」
「だってさマスター」
「と、ともかく! これからの事を今から説明するからよく聞いて!」
カルバーニちゃんは無理やり本題をねじ込んできた。だんだん自分がシトニーちゃんに嵌められていることに気づいてきたのである。何というか思ったよりもカルバーニさんはちょろいのかもしれない。
「君の友達はこの世界にはもういなかった。多分開いた扉の向こう側、異世界に迷い混んだんだろうね。迷い混んでもおかしくないけどね」
異世界……。僕が思い付くのは今日本に居座っている魔王がいた世界。魔王がいるような世界と言えばゲームの中のような世界しか思い浮かばず、ファンタジーに満ち溢れた世界である。
「行くしかないの?」
面倒くさそうにシトニーちゃんがカルバーニちゃんを見上げる。そしてジャージのパンツの裾を引っ張って下げようとする。だが、真面目モードのカルバーニちゃんはそれを無視して話を続ける。
「マスターの無罪を証明するにはね。あ、マスターはここに残ってくれてもいいよ。残っていた方が安全だしさ。私たちはマスターの無罪を証明するために行かなきゃいけないんだけど」
「えーマスター残るの?」
だだをこねるシトニーちゃんのためということもないではないが、二人だけに任せて僕だけ留守番というのは精神的に辛い。それにその友達には僕からも言いたいことがある。
「いや、もちろん僕も行くよ」
「あーあ足手まといが増えちゃうぜ? パンツ丸出しのカルバーニちゃんよぉ」
「きゃあ!」
無視ではなくただ気づいていなかっただけのカルバーニちゃんのパンツはイメージとは違いレースのついた純白のものだった。僕は思わず目を背けるが目に焼き付いたパンツが頭の中を埋め尽くす。
「シトニーちゃん、後で殴るから……」
「それより先にやることがあるんでしょー。マスター待ってるよ」
「そ、そうだった! とにかく簡易の扉は貰ってきたから今から行くよ!」
「ジャージは返しておかなきゃね。乾燥機に洗濯した僕らの服入ってるから着替えようか」
「うん! マスター、ちょっと待っててね」
二人はそうと決まると洗濯機のある洗面所へと移動した。その間に僕は僕で出来る限り足手まといにならないような服装に着替えようと試みるが、結果柔らかくなったジーンズにパーカーを羽織るだけになった。
「お待たせ、さ、行こうか」
二人は昨日と同じ服装、カルバーニちゃんが黒のタイトスーツ、シトニーちゃんがかぼちゃパンツにTシャツと二人とも戦闘向きではない服装に戻る。
「マスター、私たちの手を握って目を瞑って」
「女の子と恋人繋ぎ出来て光栄に思えよマスター」
「そんな余裕ないよ!」
「行くよ……いち、に、さん―――――」
眠りに落ちるときと同じ感覚、自然と意識が薄く、遠くなっていった。
この時、まさか異世界でも悪役になることになるとは思ってもいなかった。