ep2-追われる理由
「マスター……起きて、マスター」
「んん……」
幼馴染みではないが女の子に起こされるという夢のようなシチュエーションにて目覚めた僕は、まずこの場所がどこなのかわからなかった。
周りを見ると天井には今にも消えてしまいそうな蛍光灯がひとつあり、決して綺麗とはいえない机と椅子、そしてベニヤ板が積まれているだけの倉庫のような場所である。
どうやら僕はシトニーさんに運ばれているうちにいつのまにか眠っていたようだ。なんとも情けない。
「ここなら大丈夫。ここでカルバーニちゃんの帰りを待つ」
僕は平らな板の上で寝ていたらしく、足元にシトニーさんがちょこんと体育座りをしていた。
安全な場所だからか黒い衣は脱いでいて、シトニーさんの姿を初めて目にすることになった。
ベリーショートのしっとりとした黒髪、そして服装はというとショートのかぼちゃパンツにぴっちりしたシャツというなんとも戦闘には向いていなさそうな装備だ。シトニーさんへの僕の感想を一言で言えば『漫画の世界から出てきた美少女』である。
「な、なんでそんなお洒落なんですか……?」
僕が思わず聞いてみると、ぼーっと正面を向いていたシトニーさんが頭が取れるんじゃないかという勢いで僕の方を向いた。
薄暗いがなんとか顔は確認できる。照れているのか怒っているのか、はたまたその両方か、そんな表情である。
「なに? 文句あっか」
それだけ言うとシトニーさんは顔を膝の間に伏せた。
会話終了。
どれくらい時間が経ったか携帯電話を忘れてきた僕に確認する方法はないのだが、不意に扉をノックする音が聞こえた。
三回のノック、足蹴り三回、五回のノック。シトニーさんは扉を見つめたまま開けようとしない。カルバーニさんと二人でノックの回数や仕方を決めているのだろうか、それとも敵か。
その後もノックが続く。
「開けてよー! 雨降ってきてるんだよー!」
声と共にすすり泣きと力のないノックが聞こえてきた。
しばらくして、遂にシトニーさんがゆっくりと腰をあげ扉の鍵を開けた。
ドアを開けると立っていたのは黒い衣に身を包んだ大きい方、カルバーニさんに違いだった。全身ずぶ濡れで、両手で顔を覆い震えているところから本気で泣いているようだ。
だけれどシトニーさんは何も言わない。
「すみません、か、カルバーニさん―――――」
「――――じゃんかぁ……。決めてたじゃんかぁ! ノック三回ねって!」
なんと、驚くことに最初のノック三回で開けるべきだったのである。
なぜシトニーさんは一歩も動かなかったのだろう。僕の頭をクエスチョンマークがぐるぐる巡る。
「いや、マスターが開けないからさ。こいつはひどいやつだなーと思って僕が開けたんだよ」
「えぇ!?」
「マスター。それ、ホント?」
「いや、誰かわからなかったので僕が開けるべきではないなーと思いまして……その、すみません」
「だよね、そうだよね」
カルバーニさんは頷く。
「ホント最低なマスターだよね、カルバーニちゃん。僕らホントにこんなやつに従わなきゃいけないの?」
僕の隣で足をばたばたさせながらシトニーさんが言う。言っておくが諸悪の根元はシトニーさんである。さすが悪と自負するだけのことはある。
「いや、悪いのはシトニーちゃんだよね」
カルバーニさんがシトニーさんへと詰め寄る。ここで初めてシトニーさんはすくっと俊敏な動きで立ち上がりカルバーニさんとの距離を開いた。
「え、僕が悪いの? 開けたの僕なんだよ?」
「いや、私ってわかってたんだよね」
「確信は持てなかったというか……」
「なんというか……とりあえず一発。歯、食いしばっといてね」
「え――――」
男子同士の会話でしか見たことのないようなやり取りが繰り広げられ遂に一発のパンチで解決するらしい。
いわゆる肩にパンチ『肩パン』と呼ばれる最近は学校などで禁止されてきている罰ゲームが行われそうな雰囲気だ。
「せぇのっ!」
「うぐぁっ!」
右腕を大きく後ろへと引いたカルバーニさんは、左足を大きく一歩前に踏み込み、腰を回転させた勢いと共にシトニーさんの腹を突いた。
その威力は女武者を屠ったシトニーさんが女の子らしくないうめき声と同時に体を『く』の字に折り曲げ、音も無く床にうずくまって動かなくなるほどである。
僕は衝撃の現場に言葉を失う。
カルバーニさんの『一発』は特撮でしか見たことのないパンチの威力だった。
「ではではマスター、シトニーちゃんがちょっと眠っている間に私が現状を説明してあげるよん!」
黒い衣を脱ぐと、その下は街で見かけるOLが着ているようなタイトスーツに踵はそこまで高くないヒール。そして暗闇の中でも輝くような金色の髪が現れ、腰の辺りまで垂れる。瞳の色は日本人にはいない透き通るようなブルーで肌の色は白く、ボタンの二つ上衣から豊満な胸が露になる。
この高身長にこのスタイル、パンツスタイルからまるでハリウッドに出演するアクションスターのようだ。シトニーさんが『美少女』だとすればこちらは完全に『美女』である。
カルバーニさんは前髪をかき上げると、先程まで僕が眠っていた板の上に腰を下ろした。
「君がまず何故突然あの女武者に襲われたか。その理由は簡単、君が『この世界にとって』悪者になっちゃったからだよね」
「悪者と言われましても僕はなにも……」
「そう、君はなにもしていないんだよ。だから可哀想ではあるけどそこは泡を噴いている可愛いシトニーちゃんと綺麗なカルバーニちゃんが護衛につくことで勘弁してほしいな」
「いや、だから僕は……」
「うん。まぁ悪者になった理由は君の友達がね、その……君を売っちゃった――――みたいな……」
「え! なんで!?」
知らない間に僕は友達に売られていたようである。
そんな友達をもった覚えはないのだけれど、衝撃の真実だった。
しかも世界を敵に回すようなことをしでかしたのだ。
『世界を敵に回しても』と言えば格好いい気もするけれど売られた方としては堪ったものではない。
「聞いた話だとその友人、君を襲ったあの鬱陶しい女武者に『黒幕は月野峰くんです!』って言ったみたいなんだよね。あの状況で言えるなんて回転が速いというかなんというか……。ま、それで君は悪の黒幕になったってこと」
「そいつが誰かも気になりますけど、何をしたんですか?」
「まぁ現実と空想の世界を一緒にしちゃったのか呪術やら召喚術やらをお遊び感覚で色々してたみたいでさ、たまたま成功しちゃったんだよね。ほら、妖怪とか化物とか幽霊とかっているからさ」
「いるんですか!?」
「いるよ~。住み分けされてるんだけどその壁が薄くなるエリアとか近くなる時とかはあるんだ。いわゆる心霊スポット、パワースポット、丑の刻とかね」
「はぁ……。本当にあるんですね……」
僕はこの世の真実を一つ知り、少しだけ感動した。
これで自分が被害を受けていなければ感動のあまり外に飛び出て走り回ったに違いない。
「うん。とにかくそのお友だちは召喚術を成功させちゃったわけよ。しかもヤバイやつ」
ヤバイやつと聞いて背中に冷たい汗が流れる。
カルバーニさんの顔が真顔に戻ったのが原因か、それとも声のトーンと共に気温が下がったように感じたのが原因か。
「数撃ちゃ当たる、いや、色んなものを混ぜたからかもしれない。鍵さえ開いちゃえば扉は向こうからでも開けられるよね?」
「え? あ、はい」
「つまりはそういうこと。お友だちは『鍵を開けた』」
「それでこの世界に影響が出たんですか?」
これが本当でないことを祈りつつ、聞いた。
「イエス。勘が良いねぇ。その友人が鍵を開けたせいで別の世界から色んなモノが入り込んできた」
「色んなモノ?」
「そうさ。この世界でいう『魔物』だよ」
「魔物……」
よく知る敵の代名詞だが、現実の世界に出てきてもらっては困る。
その友人とやらはなんてことをしてくれたのか。
「じゃあお二人が僕を助けてくれたのは何故ですか?」
「そりゃあ何もしていないのに裁かれるなんて世界の正義が許しても世界の理は許してくれないんだよね。何事にも正当な理由が必要なのさ」
「それで――――」
「そう。私たちが来たんだよん」
カルバーニさんは微笑んでそう言った。