ep1-理不尽ここに極まる
日常から非日常ではなく非日常から非日常というのもありだと思い書いた話です。
ということで作者の妄想が随所に練り込まれていますがご容赦ください。
異世界能力ちょいハーレム物語ですが主人公最強要素は含まれません。主人公が試行錯誤しながら頑張り成長するのが面白いと思うのです。
「名は?」
「月野峰重……」
この僕、月野峰重は今、人生を左右する選択を迫られているような気がする。
『気がする』と言うのも、そんな確信を持てるのはおそらく選択をした後にわかることであって今の僕には『気がする』としか言い様がないのだが、きっと、いや絶対この選択は人生を左右するものだと思う。
そう――――僕の目の前で刀を振りかぶる女武者からどう逃れるか、である。
「貴殿が黒幕だな。使命を果たさせてもらおう」
「いや、黒幕も何も―――――」
選択その一――――右に避ける。
選択その二――――左に避ける。
どちらの方が良いというのは恐らくない。
マンションの二階に突如現れるような女武者が普通の人である訳もなく、刀を振りかぶっている場違いな武者の攻撃を僕が計算して避けられるわけもない。
そもそも部屋が狭い。
避けたとしてもその次には確実に殺される。
だからほとんど負ける賭けでしかないのだ。
しかも、その女武者は僕に考える時間すらも与えてはくれなかった。
「さらばだ!」
結局僕のとった行動は選択その二。
利き足である右足で床を強く蹴って左に転がり間一髪で刀を躱す。
だが、自分でもアクション俳優になったんじゃないかと思えるその動きは無駄となる。
女武者が現れた時と同じように、突然僕と女武者の間に二つの影が割り込み、大きな方の影が女武者の刀を刃物の様な物で受け止めていたのである。
先程の選択が僕の人生を左右したかと言う話については、『左右しなかった』が正解である。
人生は本当何が起こるかわからない。
「はいはーい、悪役登場! 悪いね、この子をやらせるわけにはいかないよん」
「カルバーニちゃん、僕は先に行くよ?」
「ほいほーい、シトニーちゃんそっちは任せたよん」
「ほい、任された」
自ら悪役と名乗った二人の女声(声でしか判断できなかった)のカルバーニと呼ばれた方は女武者とそのまま戦闘続行、もう一方のシトニーと呼ばれた方は僕の体をひょいと脇に抱えると、部屋のドアを開けて素早く階段をかけ下り玄関から飛び出る。
悪役だからと言って忍者のように窓から屋根を伝って逃げたり超能力で瞬時に移動したりするわけではなかった。ただ、決して大柄とは言えないけれど男子高校生の僕を脇に抱えながら疾走できる腕力と脚力は普通ではない。
「え、えと、すみません。全く状況が飲み込めてないんですけど」
見慣れた夜の町、まだ車や人が行き交う国道をシトニーさんは走っている。
顔を黒い布で覆っているシトニーさんがどこを目指しているのかわからないが迷うことなく道を選択し、進む。
脇に抱えられている僕に衝撃や痛みは全くないが、恐らく彼女からすれば『取り扱い注意』と注意書きされた荷物を運んでいるのと同じ感覚に違いない。
「やぁマスター。僕の名前はもう知ってるだろ? この状況なんて後からいくらでも教えてやるから今は黙って運びやすいように掴まってろこの野郎」
言ってることが滅茶苦茶なシトニーさんはそれだけ言うと前を向いて走る速度を更に上げる。
カルバーニさんの『そっちは任せた』という言葉が引っ掛かるが、それはそのままの意味でこちらはこちらで相応の何かが起こりうるということなのだろう。
そして僕がいつも通学時に自転車で通る橋の下、河川敷を走り抜けようとしたとき、シトニーさんが減速する。
そして僕を気遣ってか少しゆっくりと止まる。
「マスター、悪いやつが来たよ。いや、悪役は僕らで向こうは正義の味方か」
「どういうことだよ、シトニーさ―――――」
僕の言葉を遮るように僕らの真上にある橋が二つに両断された。
綺麗に、すぱっと。
この橋は五年くらい前に造られたもので当時はテレビや新聞に大きく取り上げられていたと思う。そんな橋が一瞬にしてあっけなく崩れていく。
轟音と共に巨大なコンクリートの瓦礫が降り注ぎ、シトニーさんは僕を担いだまま瓦礫たちを避けて橋の下から脱出する。
すると、それを待っていたかのように一人の女武者がシトニーさんの前に立ちはだかった。
「人質は返してもらおうか!」
女武者は刀を抜きながら言う。
人質というのが僕のことなのか誰のことなのかはわからないが、とりあえず戦いに発展することは避けられないみたいだ。
「マスター、失礼します」
シトニーさんは丁寧に僕を地面へと下ろし、自分の後ろに避難するよう指示した。僕は言われるがまま安全そうな木の裏に隠れるが、橋を両断したような敵を相手に木の裏に隠れたところでなんの意味もないことに気づく。
「この世を揺るがす悪の使者よ、滅するがいい! 真影流奥義、幾千槍ッ!」
女武者の目の前、しかも空中に無数の刀が現れる。まるで夢でも見ているかのようだが現実に違いない。
なぜなら橋の周りには早くも大勢の人だかりやパトカー、救急車などが集まっている。僕の見る夢がこんな細かく凝っているはずがない。
「毎度思うけど卑怯だよね……!」
無数の刀は一斉に、槍で突き刺すように真っ直ぐシトニーさんに向かって飛んでいく。
槍の突きを超えて銃撃のように飛んでくる刀たちを、シトニーさんは短刀を右手で逆手に持ち、右手を左手で支えながら一振り一振り弾き落としていく。
女武者の打ち出す刀の長さは身長ほどの大太刀から脇差しほどのものまで多種多様で、対するシトニーさんの得物は手から肘ほどまでの長さしかない短刀である。
「避けるか……。ならば真剣勝負だ!」
「うるさいよ。暑苦しい」
八相の構えで女武者は走ってくる。
それに対しシトニーさんは短刀を順手に持ち変え、体勢を低くして女武者に向かっていく。黒衣を纏ったその動きはまるで影が移動しているようだった。
女武者の刀の間合いにシトニーさんが入ると、ギリギリの位置から女武者は真っ直ぐ鮮やかに橋を両断する力で刀を振り下ろした。
「真っ直ぐすぎるよ」
シトニーさんは体を反らせて躱し、膝で地面を滑り懐に潜り込むと、鎧の布地の部分である首元に短刀を突き立てた。
そして短刀を両手で握り、貫く。
やがて力なく女武者の手から刀が落ち、膝から倒れた。
シトニーさんは絶命を確認すると、女武者に突き刺さっている短刀を引き抜き、女武者の内着で血を拭ってベルトにある鞘に納めた。
「マスターもう大丈夫だよ」
シトニーさんが倒した女武者の死体は、都合の良いゲームやマンガのように消えたり塵になったりはせず、時代に似合わない鎧兜を身に付けたまま地面の上に転がっている。
「マスター、これが敵。正義の味方だよ」
「正義の味方が敵ってことはあんたは悪ってことか?」
「そうだね、僕らは悪者。世界を正しく導こうとするアイツらを敵に回したからね。んで僕とカルバーニちゃんは間違った世界にならないようにする方」
「え……?」
「ま、つまりはそういうことだよ。今は説明している時間はないから先を急ぐよ」
「わからないけどわかった」
情けないけれど僕は再び脇に抱えられ、今度は少しでも運びやすいように体勢を工夫してみる。
「くっつきすぎ。ぶん投げるぞ」
「あ、やめて」
僕はすぐさま体を丸くした。
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