メデューサ姫の憂鬱
「セ、セレナ様、お話があります」
有名貴族、有力商家の子息子女が通い学業……もとい、縁を結ぶために設立された学園の放課後。
シルフェザー伯爵家令嬢セレナは1人の可愛らしい少女に声をかけられました。
……確か、最近、クラウゼ様と仲が良いアークロイド子爵家令嬢クラニア様だったでしょうか?
その少女は私の婚約者であり、この国のバーラナン公爵家のご子息のクラウゼ様と最近、仲がよろしいと噂されていました。
「お話ですか?」
「は、はい!?」
「……落ち着いてください。何のお話かは分かりませんが立ち話もなんですので紅茶でも飲みながらお話をしましょうか?」
自分からお話があると言っときながら、私の返事に声を裏返すのはどうなのでしょう? と言いたいところですが理解できなくもありません。
私の眼光はどうやらかなり鋭いらしく昔から人の目を見て話すと怯えさせてしまう事が多々あります。それもあり、巷ではメデューサ姫などと言う陰口を叩かれたりもしており、友人などもできません。そして、今回も勇気を持って私のような者に話しかけてこられたクラニア様を怯えさせてしまいます。彼女の様子に今回も反省するのですが生まれつきの眼光の鋭さは私にはどうしようもできません。
まったく、他人とお話をする時は相手の目を見て話せと言ったのは誰なのでしょうか? 私のような人間にしてはただの悪評を広めるだけの悪手としか思えません。
怯えた様子の彼女とはまともなお話を出来るような気もしないため、彼女を落ち着かせるために学園内のカフェテリアに誘います。彼女は小さく頷くと少し離れてうつむきながら私の後を追ってきます。
「セレナ様、いつもありがとうございます……今日も恐ろしい目つきですね」
「ローグさん、これでも気にしているのですから」
「それは申し訳ありません。お嬢様、メデューサ姫ご用達の蛇の巣へようこそ」
いつもあまりお客さんのいないお気に入りのカフェテリアに到着するとローグさんと言う顔なじみの男性店員さんが話しかけてきてくださいます。
ここの皆さんは目つきが悪いだけで私が人畜無害だと知ってくださっているため、気が楽です。ただ、ローグさんの言葉で私の機嫌が悪くなるとでも思ったのか、後を付いて来たクラニア様はうつむいています。彼女の様子にローグさんはくすくすと笑い、底意地の悪い冗談を言った後、席へと案内してくれます。
「あ、あの、セレナ様」
「まずは何か注文しませんか? 重要なお話なのでしょう?」
「は、はひ!?」
「ローグさん、今日のおススメを2人分、お願いいたします。支払いはいつも通りで」
完全に逃げ出したいと顔に書かれているのように見えるのですがそこまで怖がっている相手に話かけてくるのですから、よっぽどの事なのでしょう。長話になる事も考えられるため、紅茶とお茶菓子を頼もうとするのですがクラニア様は緊張しているため、勝手に選ばせていただきます。
「それで、何かありましたか?」
「は、はひ!?」
「セレナ様、申し訳ありませんがこちらをその目ではこちらのお嬢様が怯えてしまいます」
紅茶とケーキが並べられ、お話を聞こうとするのですがやはりクラニア様は怯えた様子です。これではお話にならないため、どうしようかと眉間にしわを寄せた時、ローグさんはテーブルの上にメガネを置きました。
メガネですか……正直、あまり好きではありませんが仕方ありません。
「あ……」
「これで大丈夫ですか?」
「は、はい……美味しい」
メガネをかけると少し圧力が和らいだようでクラニア様は私の顔を見た後、一瞬、呆けたような表情をされます。それでも緊張しているようで落ち着くために紅茶を一口飲まれます。
紅茶の味は彼女の気に入るものだったようでほっと一息が漏れました。やはり、自分のお気に入りの物が好評なのは嬉しい物です。
「そうでしょう。ここのお店は美味しい紅茶を淹れてくれますから」
「こんなに美味しいのにどうして……」
「それはここが蛇の巣ですから」
「ローグさん」
紅茶の味の割にお客さんがいない事に首を傾げるクラニア様にローグさんは楽しそうに笑います。
ただ、その言い方では私のせいでこのお店に閑古鳥が鳴いているようではありませんか? 非難の意味を込めて彼を睨みつけてみるのですがここのお店の店員さんは巷でメデューサ姫と言われている目で睨みつけようが気にする事はない。
「そんな可愛い顔を睨み付けられても何も怖くありませんね」
「……むう」
「あ、あの」
「ああ、セレナ様の目つきが悪いのは単純に視力が悪いからです。メガネをかければ良いのに好きじゃないらしくて、この有様です」
私とローグさんのやり取りを見て、クラニア様は完全に腰が引けていますが、ローグさんは噂の原因が私にあると言うのです。
「そ、そうなんですか?」
「……だって、メガネが可愛いと思えないんです。それにフレームも邪魔ですし、動きにくいですし」
「いや、良く見えないからと言ってメデューサ姫と言われるくらいな目つきをしている方が可愛くないですよ。まったく、多少キツメには見られるけどメガネをかければかっこ可愛いお嬢様なのに」
メガネはあまり可愛い物がないのでかけていたくありません。私なりの美学があるのですと言うのですがどうやら不評のようでローグさんの言葉にクラニア様は全力で頷かれています。
……どうしてでしょう。納得が出来ません。
「それで、何かご用でしょうか?」
メガネをかけた事でクラニア様はだいぶ、落ち着いたようですがなぜかじっと私の顔を見て顔を赤らめています。
なぜ、彼女が顔を赤らめているかはわかりませんが本題に入ろうと考えます。私の婚約者であるクラウゼ様に近づいている子爵家の令嬢……単純に考えれば私に婚約者の位置から降りて欲しいと言う事でしょう。
それ自体は別に問題はありません。元々、親同士が決めた関係ですし、お互いに愛情などはありません。ただ、1つ気になるとすればクラニア様にこんな事を言わせに来る事ですかね。婚約破棄をしたいのでしたらご自分の口で言われれば良いですのに。
「あ、あの。セレナ様、今からお姉様とお呼びしてもよろしいでしょうか!!」
「……はい?」
「ダ、ダメでしょうか?」
婚約者であるクラウゼ様の情けない様子にため息が漏れそうになった時、クラニア様の口からは予想から斜め上を爆走した言葉が発せられました。
突然の言葉に手にしていたカップを落としてしまいそうになるのですが彼女は頬を赤らめながら私の顔を上目使いで見るのです。
……状況整理が出来ません。
状況が整理できないため、助けを求めるようにローグさんへと視線を向けます。彼はこの状況を完全に理解できているのか肩を震わせて笑っているのです。
……そんなに面白い状況なのでしょうか? ただ、そうは思えません。
「あ、あの。クラニア様はクラウゼ様と私の婚約を解消させたかったのではなかったのですか?」
「そうではありません。私はメデューサ姫と呼ばれるお姉様にののしって貰いたかったのです。そのため、クラウゼ様に近づきました!! ですが、今のお姉様を見て、それだけでは満足できなくなりました。お姉様、私をお姉様のお側にあの冷たい目で、その凛とした声でこの私をののしってください!!」
……最初、怯えて見えていたのは歓喜の声を上げないようにしていたからのようです。そして、確定しました。この娘は触れてはいけない人種です。
若干、遅れはした物の状況整理が出来ました。その瞬間に腰が引けて行きます。
「え、えーと、わ、私は取り巻きのご令嬢を側に置く趣味はありません。それに人を罵倒するような趣味もありません」
「大丈夫です。お姉様はドSの才能があります。ドMの私が保証します!!」
そ、そんな保証は要りません。
に、逃げないといけません。このお店での飲食は実家の方に請求されるようになっています。この場から逃げても無銭飲食にはなりません。ただ、今から逃げると言う事をローグさんに視線で合図を送ります。彼はすでに肩を震わせるでは収まらないようですぐそばにあるテーブルを叩いて爆笑しています。
「も、申し訳ありません。私、用事を思い出しました」
「待ってください。お姉様」
この状態で合図を送っても意味がないと判断し、逃走を試みます……当然、捕まりましたけどね。
……ど、どうしたら良いのでしょう? 一先ずはクラウゼ様に相談してみましょうか?