第91話 レジスタンス
アンジェは男たちに連れられ、彼らが隠れ家にしている洞窟に訪れていた。
イーストアーツから南東へ数キロ離れた山地に存在する洞穴のようなところである。
元々は魔物が塒にしていた場所らしいが、イーストアーツのギルドに所属していたという冒険者が倒し、なんとかこの場所を占有しているようだ。
とはいえ元は魔物が塒にしていたような場所だ。
当然このあたりは他にも魔物が多く、暮らしていくに最適な場所とはいえない。
しかし――レジスタンスを名乗る彼らにとってはここが重要な拠点であり。
「さっきはすまなかったな。一応は俺がここのリーダーを努めるゲイルだ」
「あぁ私はアンジェだ宜しく頼む」
改めて相手が名乗り手を差し出してきたので、アンジュはそれに応じ握手する。
ヒットと済ましていてよかったな等とアンジェは思ったりもした。
道すがら、一応彼女はこのレジスタンスを名乗る者達の隠れ家に来るまでに、ある程度話を聞いていた。
どうやら彼らは、ここイーストアーツを治める領主の目に余る暴君ぶりに絶えれなくなり、反旗を翻すために集った者たちらしい。
イーストアーツの街で暮らしていた者だけでなく、領地内の村々からも参加してきたものがいるようだ。
と、そこまで聞くと大層な感じもうけるが、実際はその人数は二〇人程度であり、その中に老若男女が入り交じっている上、子供の姿すらあった。
一応全員戦う意志はあるようなのだが、アンジェが見たところ実質戦えるのは半分もいない、八名程度といったとこだろう。
そう考えると、レジスタンスというには少々心許ない気もしてしまう。
「それにしても強いな。まさか騎士とはいえ、女にあぁもあっさり投げ飛ばされるとは俺も思わなかったぜ」
「ま、まぁ一応体術もある程度嗜んでいるからな」
そういいつつもアンジェの笑顔は固い。
アンジェからしてみれば、一応はレジスタンスを名乗る集団のリーダーが、あそこまであっさり投げられるのだから、こんな事で大丈夫なのか? と心配になってしまう。
「それにしてもレジスタンスとはな……道中村の様子もみてなんとなく察してはいたが、ここの領主もやはり酷いのか?」
ここもというのは、当然セントラルアーツの事も踏まえての発言である。
「酷いなんてもんじゃないな。前の先代の領主も決して手放しで喜べるような為政者じゃなかったが、跡を継いだ息子に比べれば全然ましだった」
「あのチェリオ伯爵は、領民にまともな暮らしをさせる気なんざ最初からないように思える。家畜扱い……いや、それならまだマシか。俺達が苦しんで死んでいくのを楽しんでるようですらあるぜ」
「私の村も……突然視察という名目で訪れた伯爵が、臭いと言い出し、そして浄化するためと村に火を放ち、村人すら生きたまま燃やして、のた打ち回る姿を楽しそうにみていたのです。私は運良く助かりましたが……他の皆は――」
口々に話された伯爵の凶行に、アンジェは陰鬱な気持ちになった。
彼らの話が真実であれば……いや真実なのであろう。
その話を総合するなら、今の領主は人の皮を被った化け物としかいいようがない。
「しかし、何故そのような嫡男に領主を継がせたのか……先代は今どうしているのだ?」
アンジェは疑問に思いゲイルに尋ねる。
すると渋い顔で発せられた言葉は――
「……先代は、チェリオ伯爵が自らその手に掛けたんだよ。父親も母親も、てめぇの妻までもな……」
な!? と思わずアンジェは絶句する。
少なくとも王国内ではそのような手段で位を奪うなど認められていない。
いや、それだけではない。敢えて口にはしていないが、セントラルアーツと同じくイーストアーツの領主が変わっていることも王国側は知らないはずだ。
「全く何から何まで酷いな。それでゲイル達は街に攻めこむために、あの場所にいたのか?」
「いや、流石にそこまでは……俺達は定期的にあぁやって街の様子を見に行って機会を伺っている。だが、あんな魔物まで街の周りを徘徊しだすなんて思わなくてな……全く只でさえ厄介なのが伯爵に付いてるってのに……」
「厄介なの?」
「あぁ……正直口にするのも汚らわしいが、一応は俺と同じ冒険者のザック、そして元盗賊らしいジュウザ、後は名前は知らない不気味なローブの男だ。連中は伯爵の警護を任されているようでな……ザックとジュウザってふたりには仲間も大勢殺されてる……本当は、ここのリーダーは、元マネジャーで俺なんかよりずっと逞しくて強い男だったんだけどな……槍使いの妹と一緒に参加してくれてたんだが――」
そこまでいって一旦目を伏せ、悲しみをその顔に宿らせ。
「実はちょっと前に俺たちはあの街に攻め込んだんだ。何せ何時の間にかあの街からは騎士さえもいなくなっていたからな――十分チャンスと思ったんだ。でも結果は散々たるものでな。その時攻め込んだ手練の仲間もリーダーとその妹も、ザックただ一人の手で――」
そこまで聞いてアンジェは何があったかを察し、哀れな死者を思い心を痛めた。
しかし得心がいかずアンジェは、なぜそのザックという男はそのような行為に及んでおきながら冒険者を名乗れるかを尋ねた。
それに対して返ってきた答えは、伯爵はセントラルアーツの領主に忠誠を誓っており、その権限で問題視されていないというものだった。
(そんな事あり得るのか? いや、この領地だけの話なら十分可能性はあるか……何せ)
この領地からは出ることが出来ない――その事を思い出し眉を顰める。
そう、アンジェは王都に戻ろうとノースアーツから出ようと試みたが、入るときは問題なかったが出ることは何度試みても不可能だったのである。
「けどな、チャンスってのは来るもんだぜ! なぁ頼むよアンジェ、俺達に協力してくれないか?」
「は? わ、私がか?」
「そうだ! 情けない話だが、正直俺は前の戦いでリーダー達が盾になってくれて何とか逃げ延びることは出来たが、本来リーダーなんて器じゃねぇんだ。ただ冒険者である事とこの中で一番ランクが上ってだけの話でここらの魔物も何とかって実力でしかねぇのさ。だがあんたは違う! ここに戻るまでも魔物をあっさり倒してたし、流石騎士だけある! 実力も申し分ない! 頼む!」
そういわれても、と戸惑うアンジェ。正直本来の目的としては伯爵に会い、セントラルアーツの領主の事を聞き出すことだ。
街に入りたいという意味では多少は目的の重なるところはあるが……
とりあえずアンジェは、彼らに自分の身分を伝えていないことは正解だなと、そこだけは安堵する。
彼らには初めてヒットに会った時のように、流れの騎士といって誤魔化している。
街に来たのも、領地のあまりの荒れように心を痛め、伯爵に話を聞きたくなり、という事にしている。
今、もしここで身分を明かせばアンジェに対する期待は確実に大きくなるだろ。
ここにいる皆の精神状態を考えれば、王国騎士がやってきたという事を自分たちのいいように捉え、そして悪い意味で士気が上がりかねない。
しかも一度それを知ったなら、断った瞬間に王国への不信感を生みその怒りの矛先は間違いなくアンジェに向く。
もし彼らに襲われたとしても遅れを取るようなアンジェではないが、彼らの置かれてる状況は理解できるし、その辛さも判る。出来れば傷つけたくはない。
(しかしだからといって――)
彼らの目的はほぼ間違いなく今のチェリオ伯爵を討つことだ。
だが、立場的には王国の一正騎士でしかないアンジェが、安易にそのような行為に加担するわけにも行かない。
正直こういう時は、規律に縛られることなく、自由な身の上である冒険者が羨ましくなるアンジェである。
しかし――だからといってここで無下に断るのも夢見が悪い。
何より伯爵の事を知ってしまった。
「……正直今の段階では私も即答はできない――」
仕方がないとアンジェはそう切り出した。
色めきたっていた周囲の雰囲気が、瞬時に重苦しい物に変わり、ゲイルに関しては一気に不機嫌になった。
正直判りやすすぎて幸先が心配になるレベルだが――
「そこで、私が単身で潜入し、街と屋敷の様子を探ってこようと思う。それをみて今後の事を判断しよう。それに皆だって何の作戦も立てず闇雲に攻めこむわけにはいかないだろ? だから可能なら私が街に潜入する手助けをしてくれると助かるのだが――」
「も、勿論だ! いやそうだな。実際自分で見た方がいいものな。あ、でも気をつけてくれよ! まぁその腕なら心配はいらないと思うけどな」
表情が一変し、ゲイルが笑顔を見せ、場の空気も明るさを取り戻した。
その姿にとりあえず安堵した。
アンジェにとってこの作戦は、一応自分の本来の目的にも繋がるが、彼らに歯止めをかける思惑もあった。
何せ彼らはとても危うい。今アンジェが計画に乗るといえば、後先考えず突っ走る可能性があるし、断るといってもそれがきっかけで、だったら俺達だけで、とヤケになりかねない。
今のように協力すると断言しなくても、前に進めそうな提案を行うことで、一旦は小さな目的を持たせ、伯爵を討つという部分から一時的にでも目を逸らさせる事ができる。
更に彼らを作戦を組み込むことで使命感をもたせ、それでいてメインはアンジェが街に潜入することなので、実際は彼らの危険度は低い。
後はある程度話しながら、絶対無理はしないよう釘をさしておけば、無駄に命を落とすようなこともないだろう。
「判った。それじゃあ早速作戦だが――」
そこまで考えたアンジェは、一旦瞑目した後、レジスタンスの面々に向けて話し始める。
どちらにせよアンジェが街に入りたいのは事実だ。だからこそここはしっかり話し合っておかなければ――
◇◆◇
「どうだいメリッサ。ここが私が治める街さ」
どこか誇らしげに語ってくるチェリオだが、正直メリッサは返答に困った。
いやそれどころか顔を曇らせ、その異様な状況に心を痛める。
ヒットの為に決意し、チェリオに大人しく従ったメリッサは、帰還の玉の効果でイーストアーツの街まで一瞬にして移動していた。
そしてチェリオは、その後メリッサを連れ街を案内し始めたのだが――彼女には何故彼がそこまで自信ありげに、そして笑顔でそんな事を言えるのか判らなかった。
街はあまりに酷い有様だ。人々の住む家屋はボロボロで、街には全く活気もなく、そもそも人の数もかなり少ない。
何故かは判らないが、街の門やその周囲、そして伯爵の屋敷の手前にまで、魔物が配置されているような状況だ。
「……どうして魔物が――」
メリッサが呟くように言う。すると彼は笑顔を浮かべたまま振り返り。
「この魔物たちは私とメリッサの街を守るために派遣して貰ったんだ。下手な騎士より役に立つからね。でも大丈夫だよ、絶対にメリッサに危害を与えないから」
そんな答えにもなってないような返事に、眉を顰めながらもチェリオの後を歩く。
すると目端に、ボロボロの家屋の壁により掛かる男性を捉えた。
彼は何かをしきりに呟いている。
メリッサは思わずその男に駆け寄った。チェリオが呼び止めるが構うことはなかった。
「大丈夫ですか!」
「……み、水、水を――」
そのあまりの様子に、メリッサが両手で口を塞ぐようにし、酷い……と喉をつまらす。
彼は、既に年齢さえも判別がつかないほどに衰弱しきっており、その身体は殆ど骨と皮だけの状態だ。
「……メリッサ、確かにこれは酷いよね」
すると伯爵が横に並び声を落とす。
思わずメリッサは彼を振り返り叫んだ。
「水を! 早く水を! こんな状態で――」
だが、メリッサの訴えがチェリオの耳に届く前に、彼の剣が男の首を切り裂いていた。
が――がッ、と声にならない声を発し、そして男は大地に倒れた。
男の首から溢れる出血はあまりに少ない。
「ジュウザ。この酷いゴミを魔物に片付けさせておいて」
後ろから付いてきていたジュウザにチェリオが命じると、判りました~と軽い調子で応える。
そんなジュウザの声を耳にしながらも、メリッサはその場で呆然と立ち尽くし――
「ど、うし、て、どうし、て」
そう細い声で繰り返す。
「ごめんねメリッサ。やっぱりこんなゴミ目障りだよね? 私達の暮らす街にやはり汚いゴミは不要だったね。私の配慮が足りなかったよ。よし! もうこの際だから残ったゴミは全部魔物たちに片付けさせよう。大丈夫、もう大分ゴミは減っているから、そんなに時間を掛けなくても――」
パシィイイィイイン! という高い打音が周囲に広がった。
メリッサの右手が、チェリオの頬を捉えたからだ。
「殺しなさい!」
頬を押さえるチェリオに、メリッサの悲痛な叫びが降り注ぐ。
ボロボロと涙を零しながら、メリッサは振り絞るような声で更に続けた。
「さぁ! 私は貴方に逆らいましたよ! 貴方は気に入らないものはそうやってすぐに殺すのでしょう? だったら殺しなさい! 私を! その手で! その血塗れた手で! 私を殺せ!」
覚悟を決めた瞳で、叫び、訴える。
だがチェリオは、その言葉を聞いても笑顔を浮かべ。
「嫌だな、メリッサを私が殺すわけないじゃないか。そうか、もしかして疲れているのかな? だったら屋敷に戻ろう。今日は君の為にご馳走を用意させている。メリッサが心地よく休める部屋も用意させているんだ。さぁいこう」
メリッサの訴えも、気持ちも、チェリオには届かない。
泣きじゃくるメリッサの腕を引き、強引にメリッサを連れチェリオは屋敷に戻っていった。
自らの一方的な愛を満たす為に――屋敷という名の牢獄に……
 




