第89話 最悪な奴に処女を奪われて――
まさかこんな展開になるとは――
「そろそろ観念したらどうだ? まぁ観念しても殺すけどな。じっくりと甚振ってな! そしてテメェの目の前で、あの褐色の女を犯してやるよ! がはは! 最高だろ? なぁおい!」
……この男――こんな奴に絶対に殺られるわけにはいかない。
ザックの性格なら、今いった事は確実に実行する。
俺を生かさず殺さず蹂躙し、そしてカラーナを――
だがどうする? 俺は今のところ防戦一方だ。
それに、ここにくるまでに疲弊していたのが予想以上に負担になっている。
自身の動きが鈍くなってきているのがよく判るし、相手は即座にそれを看破し攻撃は更に激しくなった。
更に――
「おら! ブレイクサイクロ――」
くっ! キャンセル!
「な~んてな。嘘だよば~か!」
ちっ! ザックが舌を出し俺を嘲りながらブレイクショットに切り替え再び連射――
俺は既に全てを躱しきるのは難しくなっている。 更にこのフェイントだ。前に戦った時フェイントの一つでも使えればまだマシと思ったものだが、逆にそれを混ぜるだけでここまでキツくなるとはな。
体力が減っている時のキャンセルの無駄打ちは精神的にも来るものがある。
更にこいつの態度も俺を苛立たせる。
かといって、ブレイクインパクトが本気だった場合、今の状況で喰らうのは致命的だ。
「くはっ! てめぇがこんなに歯ごたえがねぇとはな。前にやられたのが馬鹿みたいだぜ。たくよぉ、まぁからくりが判れば大した事ないってな。てめぇのスキルは相手の動きを中断させるんだろ? 移動のは、ようは高速移動みたいなもんだ。そこまで判ればもう――あん? 別にいいだろこれぐらい。こいつはもうヘトヘトだ今更どうしようもねぇよ」
……何? ザックは攻撃する手を休めず、だが勝ち誇ったように俺のスキルについてを語る。
その後の反応は……やはりこいつは誰かと話している――
落ち着け。被弾はしてるが、防具の性能に助けられ命にかかわるようなダメージは受けていない。
疲れはあるが、しっかりしろ! ここで敗れたらカラーナだって只では済まないんだ!
こいつの反応……先ず相手はどこかから俺を見ている。
それは間違いがない。ただかなり離れている感じか……それでも会話が出来る――テレパシーのようなものか?
そして見ているのは――確か魔法にフォーサイトがあったはずだが……しかし長時間連続で使えるようなものではなかったか……
ザック――そういえばこいつの戦い方も妙だ。今こそ調子に乗っての連射。
だが最初はこいつらしくない待ちの姿勢。更に俺をとにかくよく視ていた。
視る――アドバイザー、助言か。だが只の助言だけのジョブなんてあり得るか?
いや、そんな筈はない。それにこいつはキャンセルにしろステップキャンセルにしろ一度は視ている。
つまりザックが視た俺の動きなどを元に見破り、そして打破する――
それが力? そうか、だからガイドはここにはいないのか……自分自身が戦う術を持たず、補助に特化したスキルであれば本人は攻撃を受けない離れた場所にいるはずだ――つまり……
「おらおらどうした! さっきから逃げてばかりじゃねぇか! そんなんじゃ追い詰められるだけだぞ!」
……みられなければ見破れない。恐らく間違いない。
ザックが付かず離れずで、ある程度の間合いを取ったままブレイクショットに拘るのはそれが有効だと判断しているからだろう。
尤も途中からはフェイントも織り交ぜては来たが、こいつの本来の性格なら、勝てると思った瞬間に突撃でもかましてきそうだが、それがないのもアドバイザーとやらの力か。
……しかし、あのガイドとかいう男。よっぽど自分の能力に自信があるのか……
わざわざダミードールを介して俺にジョブ名を教えたのもその自信からだろ。
多分相手のジョブはガイドの唯一無二のもの……なぜ俺以外にそんなジョブを持っているのがいるかは判らないが、だからこそ敢えてジョブ名を言うことで俺を惑わそうとしたってところか――
だが、今回はそれが完全に命取りだ!
そして俺は敢えて相手に背を向ける。
「あん? 何やってんだてめぇは? 馬鹿か!」
当然だが後ろから衝撃波は飛んでくる。
だが構わずステップキャンセルで砦まで移動する。
当然だが、俺の視線が見えなければ相手も対応できない。
「な!? 逃げてんじゃねぇぞ! こら!」
で、脳筋ザックはやはりある程度距離を詰めてきたか。
遠距離攻撃が出来るとはいえ、距離が離れれば俺も躱しやすくなる。
多分奴にとって一番最適な距離が、一〇から二〇メートルなのだろう。
そして俺は砦の壁を背にしたまま、スパイラルヘヴィクロスボウを取り出し――射つ!
「おっとあぶねぇ!」
だが、その一発は躱された! しかし構わずキャンセルショットで更に連射する!
「……なるほどな。逃げると見せかけてそんなものでカウンターを狙うとはな」
ザックは俺のボルトの連射を余裕の表情で躱していく。
このままでは全くあたる気がしない。
恐らく一発目で看破されたのだろう。
「無駄だぜ! そんなものあたりはしねぇ。寧ろ壁際に追い詰められたのはテメェだった、な!」
ボルトを避けながら隙間をつくように撃たれたブレイクショット。
俺はそれをギリギリで躱し、砦の壁が抉れ――
「馬鹿が、折角の武器を落としてたら世話ねぇぜ!」
ザックの嘲るような笑み。俺の足下にはクロスボウ本体。
とても拾わせてくれる状況じゃないか。
ならば! と俺はザックに向けて――突撃する!
「なんだ? 決死の特攻ってかぁ? だったら俺のブレイクショットで返り討ちにしてやるよ!」
宣言しザックがスキルを放つ構えを取る。
だが俺は――
「馬鹿が! テメェの考えぐらい目の動きでわかんだよ! 死ね!」
刹那――俺の視界に映るは……派手に空振りしたザックの姿。
「な!?」
目を見開き顔に驚愕の色が浮かぶ。
当然か。あの状況で、俺が奴のすぐ横に視線を動かし、そして消えればステップキャンセルだと思うだろ。
だが実際は――ムーブキャンセル。俺の行動をキャンセルし事前の状態に戻す。
これであれば奴が視た位置は関係がない。
つまり、今の俺の位置は飛び出す前の壁際であり、そして足下にはスパイラルヘヴィクロスボウ。
これは絶対に外せない。
一度視られれば次にはこの手はもう効かないだろう。
俺は即座に屈み、落ちていたそれを肩に構え、空振りし隙だらけのザック目掛け――ショット!
「が、があぁああぁぁあああああ!」
ザックの悲鳴が広がる。
例え俺のスパイラルヘヴィクロスボウでも、レザーガルムアーマーまでは貫けても筋肉に包まれたザックの身体は貫通することが出来ない。
だが、それでいい。
込めてる弾はショックボルト。今奴が悲鳴を上げてるのは電撃によるショックから。
そして俺はそれを――
ショット!【キャンセル】ショット!【キャンセル】ショット!【キャンセル】ショット!【キャンセル】ショット!【キャンセル】ショット!【キャンセル】
「ぐががががががががががががーーーーーーが、あ――」
そして、俺のショックボルト連射をその身に受けたザックはビリビリと身体を痙攣させ、プスプスと煙を上げ焦げ臭い匂いを残しながら、大の字になって地面に倒れた――
ガイドは恐らく自分のジョブが謎であることから、その不気味さ故、俺がザックではなくガイドを見つけ倒そうとすると思ったのだろう。
当然そうなれば俺の意識は散漫し、ますます奴の術中に嵌ることになる。
だから俺は、この場ではガイドの事は一旦諦めザックを倒すことだけに集中した。
だからこそ逆に、奴の能力を看破できたってとこか。
勿論直接聞いたわけではないから、予想があたってるかは不明だが、そこまで大きく外れてはいないだろう。
まぁそんなわけで、俺は今、無様に倒れるザックを見下ろしているわけだが。
「く、そ、てめ、が、がらだ、が、しびれ、なにしや、が――」
「貴様に教える必要はないな」
言下に応えると、ザックが痙攣している顔を若干歪ませた。
「てめ、ぇ、なん、ざ、に、やら、れる、とは、な」
……どこか覚悟を決めてるような雰囲気も感じるがな――
「……てめ、どういう、づ、もり、だ?」
「……貴様なんて俺が殺る価値もない」
俺は背中を向けてザックに言い残し足を進める。
カラーナのことが気になるしな。
「くかっ、がはっ! あ、甘ちゃんだ、こ、こいつはとんだ、あまちゃんだぜ! 馬鹿が! 俺がこれで改心するとでも? 俺が心を入れ替えるとでも? そう思ってるならてめぇは、本当にどうしようもねぇ馬鹿だぜ!」
どうやら口はきけるようになったらしいな。まぁ首を巡らせ覗きみてみたが体の痺れはまだ残ってる。
動くことはまだまだ無理だろ。
「いいかてめぇ! 今度あった時はてめぇの目の前で女やりまくって! 後悔させてやる! 絶対だ! 覚えてろおおぉおおぉお!」
俺は背中でザックのゲスな言葉を受けながら、砦の二階に向け跳んだ。
◇◆◇
砦でのカラーナとセイラの戦いは白熱していたが、その様相には変化が見られた。
直前までセイラの方が多彩な攻撃で主導権を握っていたが、現状は寧ろカラーナの方が翻弄しているのだ。
その理由は、セイラの無駄のない動きにあった。彼女は確かにその攻撃は正確無比で一見隙も見当たらない。
だが、その為かその攻撃はあまりに素直すぎた。逆にカラーナは騙し上等の盗賊世界で生きていた女だ。
最初こそセイラの無表情と人形のような動きに戸惑いはしたが、時間を掛ければ寧ろパターンを読むのは容易く、そして逆に自分は普通ならば絶対にしないであろう、大げさな動きや隙だらけの宙返りなどを敢えて行うことで相手のミスを誘い――
「これで、うちの勝ちやな――」
セイラを壁に押しあて喉元にナイフを突きつけていた。
カラーナの表情はどこか満足気でもある。
恐らく、何時の間にかこの戦いを楽しんでいたのだろう。
「……私の負け……好きにしていい……」
「……なんやのそれ? 全く折角おもろかったのに、何かしらけるわぁ。てか好きにしていい言うてもな」
と、そう弱ったように口にした後、はっ! と思い出したように目を丸くさせ。
「そやボス!」
「俺がどうしたって?」
カラーナが振り返ると――部屋に戻ってきていたヒットの姿があった。
◇◆◇
二階に戻ったが俺の心配は杞憂に終わった。壁の穴に飛び込んで部屋を見回すと、あのザックの奴隷であったセイラにナイフを突きつけながら、カラーナが振り返り俺の名を呼んだからだ。
どうやらカラーナが勝利したようだが、それに対してのセイラの応えは好きにしろだったらしい。
しかし相変わらず表情に乏しいが、まぁ暴れられても面倒なので両手は縛らせてもらった。
「一応縛りはしたが、お前の主であるザックはもう終わりだ。この後どうするんだ?」
「…………」
だんまりか。本当に思考が掴めないな――
「てかボス! なんやねん! あの男まだ生きとるやないか! ボス、まさかあんな男にまで情けをかける気なん? 流石にうちは納得いかんわ!」
「だろうな。俺だって本来なら自分の手でぶち殺したいが――」
と、言いつつもセイラの顔を見るが変化はない。
特にザックに拘ってるわけでもないのか……まぁその方がいいけどな。
「やったらなんでボス、あいつ放っておくねん!」
「それはな、俺なんかがやるよりよっぽどいい方法があることに気がついたからさ」
俺がカラーナに近づきつつそう言うと、え? と首を巡らせ俺を見つめながら怪訝に眉を顰める。
「いいか! 動けるようになったら絶対ヒット! てめぇの前で女を犯し! そしててめぇを殺す! 絶対だーーーー!」
「……あんなこというとるけど」
「あぁ、でも見てみろカラーナ。どうやら効果が現れてきたみたいだ」
「効果って……あ!?」
どうやらカラーナも気がついたようだな。
だが確かにシャドウの言っていた通り、どこで役立つかわからないもんだ。
「がはっ! 見てろよヒット! 絶対に俺が……ん? な、なんだてめぇら! どっから湧いてきた!」
ザックもどうやら気がついたみたいだな。
ちなみに俺が砦に戻ったのはカラーナが気になるのも勿論あるが、恐らく大量に現れるであろう魔物から避難するためでもある。
それにしてもマジで効果てきめんだな。シャドウから貰った魔物を惹きつける匂いを放つ瓶。
あいつは気づいてなかったみたいだが、去り際に密かに置いてきた。
「あれ、ハイエナリザートや……生きたまま餌を喰らうエグい奴やけど――」
「あぁ、それだったら丁度良かったじゃないか」
うん、多分今の俺の表情は相当やばいものになってるかもな。
この状況で間違いなく口角吊り上げてると思う。
「こ、この野郎! く、くるんじゃねぇこら!」
ちなみにショックボルトを大分射ち込んでるから鎧はもうかなり傷んでる。
その為――
「が、があぁああぁあぁああ! いてぇ! いてぇぞ畜生! この俺が、こんな! こんなトカゲ野郎に!」
うん鎧ごとむしゃむしゃ食いだしたな。でも意識はあるみたいだがな。
流石生きたまま喰うってだけある。
「あ、ボス、オークもやってきたで!」
「それは面白いことになりそうだな」
「ブギぃ! ブファ!」
「な!? ぶ、豚野郎が! てめぇ一体何を! な! 何でズボンをおろしやがる! 俺は男だこら! やめろ息のくせぇ豚のくせに!」
「確か発情期のオークは男女関係ないんだったな」
「そ、そやなボス。でもこれはみれたもんじゃ……」
「や、やめろ! そこは入れる穴じゃねえ! ぶっ殺すぞ! こ、あ"ーーーーーーーー!」
……てか、こんな状況でも元気になってやがるなあいつ。
どんだけ変態だよ。
「うわぁ~~自業自得やけど流石にちょっとエグいかもしれへん……あ! ハイエナリザートが!」
うん。どうやらソーセージか何かと勘違いしたかな? 大口を広げ牙たっぷりの口で――
「ぐあああぁああぁああ! やめろーーーー! それは喰いもんじゃ、ひぎいぃいいぃい! 俺の俺の大事な息子がががががががぁあぁあ!」
それからザックは、オークに処女(一時的でも女になったしな)を捧げ、更に多数のオークにまわされた状態で、どんどん増える魔物達に生きたまま少しずつ喰われていった。
屑の末路は魔物の腹の中で排泄物にかわり、そして排便されるのがお似合いって事だ。
さんざん好き勝手やってきたんだ。最後は己の処女を捧げて逆に喰われるんだから、もしかしたら本望かもしれないな――
大事な我が子を失い処女まで奪われたザック。
まぁ当然の末路ですが。
さてセイラはどうする!




