第88話 それぞれの戦い
「ほんまなんやねんあんた!」
砦に残ったカラーナは、同じく残ったメイド服を纏ったセイラを相手しながら、苦虫を噛み潰したような顔を見せ叫んだ。
カラーナの気持ちとしては一刻も早くヒットの下へ駆けつけたいところなのだが、セイラがそれを許さない。
いくらカラーナが壁の穴から飛び出そうとしても、セイラは直ぐにそれを察し、彼女の道を塞いだ。
カラーナはそれでも、なんとかこのセイラから逃れようと、天井や壁をその野生動物さえも彷彿させる俊敏な動きで跳ね回り、フェイントも織り交ぜ翻弄しようとする。
「どや! これ、るぇ!?」
カラーナの動きを読んだかのように、先の尖ったダガーが三発天井に刺さる。
カラーナは気づくのが一歩遅ければ当たっていた。
投げられたのは鍔のない柄と刃が一体化した細身のダガーだ。
携帯性に優れ投擲の為に作られたような代物。
一瞬ちらりと視る限り、セイラはスカートの下のガードルにこれを仕込んでいたようであり――更に同じくメイド服の下に隠し持っていた革の鞭を取り出す。
「奴隷なのに鞭使いかいな――」
思わずカラーナが零す。だが、これは正しくはない。セイラはメイド固有スキルによりあらゆる武器を使いこなすことが出来る。
それが鞭なのは持ち歩くのに便利という点、そしてザックのいった足止めに最適だからだ。
鞭であれば思いっきりやったとしても殺すことはない。
最初のダガーが殺傷性には劣るタイプなのもザックの言いつけを守るためだ。
そしてカラーナは感じていた。このセイラは決して楽な相手ではないことを。
とくに自分にとって決して相性はよくないことも。
何せセイラは常に無表情で感情が読めない。更に動きにも無駄がなく、相手を観察し動きを読んで対応するカラーナにとっては厄介この上ない相手だ。
スパァアアァアン! と空気を裂く音が空間に広がり、カラーナが呻いた。
セイラの鞭がその背を捉え、褐色の肌に赤い線が刻まれる。
死ぬことはないにしてもその痛みは想像を絶する物だ。
奴隷をしつけるためにも使われるだけある。
電撃が走ったかのような衝撃に動きが止まりそうにもなったが、歯を食いしばり、とにかく隙を見逃さないようにセイラの動きを注視する。
彼女にとって敵はセイラではない。あのザックだ。セイラはあくまでザックの奴隷でしかない。
そしてセイラはその命令に忠実に従ってるだけだ。
だが――
「――集まれ焔、我が手の中に、顕現せよ長大なる炎槍【フレイムランス】」
抑揚のない詠唱に、カラーナの表情が驚愕に染まる。
フレイムランスは炎系魔法では初級程度のものではあるが、込める魔力が多ければ十分脅威になり得る。
しかしそれよりも、魔法を扱えるという部分の方が彼女にとって驚きだったといえるだろう。
形成されし炎の槍は、淀みなく床に着地したカラーナの身を狙う。
それを既のところで身体を翻し避けた。壁に槍が突き刺さると、同時に炎が広がり壁の一部を炭化させた。
「いや! これ、うち食らったら死ぬやろ!」
「……死なない」
「なんで言い切れん!?」
「…………」
「いや! だんまりかいな!」
そこへ再度空間が弾けカラーナの肩に痺れるような痛み。
セイラの鞭だ。
「つぅうぅう! ほんま痛いねんそれ! なんや! Sなん? どSなんあんた!」
「静氷なる疼き、手の中に礫、放つは氷塊――」
しかし無言で鞭が飛び、ついでに今度は氷の礫が飛んできた。
氷系の初級魔法アイスボルトだ。ダメージはファイヤーランス程でないが、礫を受けた箇所に凍傷を引き起こす。
それを何とか躱しつつも、カラーナは叫んだ。
「だんまりかいな! ほんま仮面みたいな顔してなんやのあんた! 第一なんであんな屑に従うねん! あんたも見てたやろ! 聞いてたやろ! あんな事を平気で……平気でやる奴なんやで!」
「……奴隷は主に従うだけ――」
言ってセイラは相変わらずの無表情で鞭を振るい続ける。
その様子にカラーナは激しい苛立ちを覚えた。
カラーナは比較的感情的になりやすい性格だ。カラーナ自身それを理解している。
勿論盗賊稼業においては、冷静沈着さが求められることもあり、事仕事においては自分を抑える術も心得ているが、普段はヒットに対して遠慮なく思ってる事を口にしたり大胆な行動に出たりする。
だからこそ、自分と正反対ともいえるこのセイラに対し苛々を募らせてしまうのだろう。
彼女の抑揚のない声、感情の起伏を読み取れない表情。
操り人形のような所作。その全てがカラーナには気に入らなく、そして――理解が出来ない。
ボスごめんや――心のなかでそう呟く。
それは、カラーナが、この戦いは簡単には終わらないことを理解したからである――
◇◆◇
「くくっ、いくら冷静を装っても動揺は動きに出るものよ――」
戦いを繰り広げるその様子を、目を通して観察を続けながらガイドがほくそ笑む。
戦場に立っていたのが、彼の姿を模したダミードールである事をヒットは全く気づけなかった。
そしてガイド自身は今は彼らと数キロ以上離れた安全な森のなかで、ザックに指示を送り続けている。
アドバイザー――このジョブはパートナとしての契約を結んだ相手に対し、そのジョブ名が示す通り有意義なアドバイスを送る事のできるジョブだ。
アドバイザーと契約を結ぶと、その時点でアイコンタクトのスキルが発動し、パートナーの視界を通してアドバイザーは色々なものを探れるようになる。
この状態であればアドバイザーは離れた位置からでも仲間の視界を通して相手を視ることが出来る。
そしてウォッチャーズアイのスキルによって相手の動きやパターンから瞬時に判断しその能力を看破する。
そしてウォッチャーズアイによって看破した情報はパートナーラインによるパーフェクトアドバイスによってパートナーにリターンし伝えることが出来る。
アドバイザーは一度でも視ることができれば、その力を看破する。故にどんな強力なスキルでも魔法でも、アドバイザーの手にかかれば瞬時に見破られ二度は通じない。
アドバイザーのスキルはチェッカーと似てるようにも思えるが実際は大きく異る。 鑑定のスキルは、見た相手の能力を知ることは出来るがそれだけである。
それに対しアドバイザーのスキルは、実際に能力を視ることでどんな技かを理解し打破する。
但しアドバイザーはそれの名称などまでは直接聞かない限りは知ることが出来ないし、視ていない技は当然知ることが出来ない。
ヒットとの戦いにおいてガイドが知ったのは、相手の能力が敵の動きを強制的に中断できるという事。但し連続使用は不可能である事だ。
勿論そのスキルがキャンセルという名称であることまでは知り得ることは出来ないが、彼からしてみればそんな事は大した問題ではない。
事実、彼のアドバイスによってザックが構えを変えた事で確実に戦況は有利に働いた。
そしてもう一つヒットが使用していた能力。
これも、ある地点を目標とし瞬間的にその地点まで移動することが出来るスキルである事を知り、更にその移動には結果が残るまでをも理解した。
そこまで判ればあとは打破するのは簡単であった。
ヒットは移動するときに必ず目標を視る。これが発動するための絶対条件であることもガイドは知った。
故にヒットの目線を認め、その後消えたならばスキルを発動した事になり、そのタイミングに合わせて攻撃を重ねれば――確実にあたる。
結果が残るという事は、攻撃を受けた場合、当然その結果も反映される筈だからである。
その仮定は、ザックが撃ちだした拳をヒットが喰らった事で実証された。
もしこの際ザックが拳でなく大剣による攻撃を重ねていたなら、ヒットは絶命してた可能性すらある。
だがガイドがそれをせず一先ず拳で確認させたのは、彼自信が慎重な性格であった事に起因する。
大剣での攻撃は、あたればダメージは大きいが外れれば隙も大きい。
それを恐れた。結果が残ると判っていてもそのタイミングはシビアだ。
ガイドがザックの身体能力をそこまで信用しきれなかったという事もある。
たとえ柄を短く持つコンパクトな動きでも、肉薄した状況で外すのは十分命取りになり得るのである。
だがこれでガイドも自信が持てた。次に同じことをしてきたならザックの剣戟によって確実に死に至るだろう。
そしてガイドは今もヒットを観察し続ける。たとえヒットが用心し移動系のスキルを使用してこなかったとしても、戦いが長引けば長引くほど相手の能力を丸裸にすることが出来る。
アドバイザーは助言による補助に特化したジョブであるため、自身の戦闘能力は皆無に近い。
だからこそガイドは自分自身が戦うことよりも、相手が為す術もなく自分の助言によって無様に負ける姿を見ることに至福の喜びを感じる。
「くくっ、てめぇは俺の目で看破され、為す術もなくてめぇが憎むザックの手で蹂躙されぶっ壊されるのさ――」




