第86話 砦での再会
結論からいうと砦には何も無かった。本当にこれっぽっちも。
蛻の殻に近い砦内には、白骨化した遺体が放置されていたりするだけであり、あの妙な現象を引き起こすような魔導器も見当たらない。
カラーナも盗賊の経験を活かし、方々さがし回ってはくれたが、返ってきた答えは一緒であった。
「あてが外れたか……」
カラーナとメリッサ二人を連れ、一番大きなその部屋を再度探してみたがやはり何もなく、俺は呟くように言って嘆息を付いた。
ちなみに砦の二階にあたるこの部屋は、元々は作戦会議か何かに使われていた部屋のようだ。
恐らく部屋の真ん中にテーブルなんかが置かれていたのだろうが、今はそのテーブルもバラバラの木片とかしてその辺に散らばっている。
まぁその分何もなくて広く感じるとも言えるが。
「ボスどないすんの?」
カラーナに問われ、う~ん、と唸る。正直領地から出られないとなると、現状取れる手はかなり限られてくるわけで――と、その時ボス! とカラーナが眉をキリッと引き締め、緊迫した声を発した。
「誰か上がってくるで!」
「あぁ――」
そう、確かに今何者かが、しかも多数の足音。
忍ぶつもりはなさそうな堂々とした足取りだ。
逃げるか隠れるかを考えたが、どうみてもこの部屋には隠れられる場所はないし、逃げようにもここには窓もなく出入口は一つだ。
今出ても鉢合わせするだけか、こうなったら広めのこの部屋で様子を見るしか無い、そして足音がすぐそこに迫り。
「やはりここに居たんだねメリッサ――」
そこに現れたのは、ある程度予想はしていたがチェリオ伯爵とご一行様だ。
この間と顔ぶれは変わっていない。
だが、それでもやはり解せなくはあるがな。
何せ俺は、ステップキャンセルを使用しかなりの高速移動でここまできた。
それにこいつらは、俺が何処に逃げたかなんて判りようもないはず……何せ俺は誰にもそれを告げてなかったしな。
だが、にも関わらずこいつらは、今俺に追いついている――
瞬間移動が使えるのがいる? だとしても全員で移動できるようなものなのか?
……どちらにしても、今はそれを考えていても仕方がないか――奴らがここにきた、それは事実だ。
「全くこんなところまできてやがるとはな」
「う~ん領地から逃げ出そうとでも思ったのかな~?」
「ふふっ、だとしたら無駄なことを……ここから逃げ出せるわけがあるまいに――」
「……どういう意味だ?」
俺は思わず含みのあるその言葉に対し反問する。
「……言葉のとおりですよ。第一どうやっても抜け出すことが出来なかったから、貴様はここにいるのでしょう? 随分とこのあたりに留まっていたようだしね」
チェリオが冷たい目で俺を見据え、そして答えた。
……こいつらはメリッサやカラーナとは恐らく違う。何故領地から出れないかを知っている。
そして……俺がここにいた事も知っていた――俺達の行動が筒抜けだったって事か……?
いや、留まっていた――その事だけを知っていたとなると、行動というよりは俺達がどこにいたのかまでは判ってたといったところかもしれないが……
「さぁ随分と手間を取らせてくれたが、メリッサは返してもらうよ」
「ふざけるなよ、貴様なんかに死んでもメリッサは渡すものか」
「そや! 第一今更なんや! 話は聞いたで! あんた一度メリッサを裏切っとるそうやないか!」
「カラーナちゃん、事情も判ってないのにいきなり裏切り扱いは酷いんじゃな~い?」
「ジュウザ! あんたが、あんたがそれ言うんかい――」
「うわぁ~怖いなカラーナちゃん。前はあんなに僕の事を慕ってくれてたのに――」
カラーナが奥歯を噛み締めジュウザを睨めつける。
裏切られたこと、当然それが腹ただしいのだろう。
今にも跳びかかりたい衝動を……メリッサの為に必死に抑えてくれてるのだと思う。
そう、とにかく今は下手に動けない。
だったら話をして隙を窺うか?
「お、お二人の言うとおりです! 今更勝手ですチェリオ! 貴方は私を裏切り、そのせいで私は奴隷に堕ちた!」
「メリッサ――」
メリッサが自らチェリオに言葉をぶつける。
油断や隙、それを生み出すには狙われている自分が自らが出たほうがいいと、そう考えたのかもしれない。
実際チェリオの表情にもかすかな曇りがみてとれるしな。
「そうだ、貴様はその本妻とやらとどうせ毎晩宜しくやっていたのだろう? メリッサの気持ちも知らずにな! それなのに何を今更――」
「安心してよメリッサ。もう私に妻はいない――」
「何?」
俺は思わず問い返すように呟く。チェリオの表情は元に戻り、そして、ふふっ、と指を口元に添え少年のような笑み。
ただその奥底に、邪悪な何かを感じて仕方がないが――
「メリッサ。妻だけじゃないんだよ。もうこの世界に私達を邪魔するものなんていない。その証拠を見せてあげる」
そしてチェリオは、ガイド、とあのローブを着た男に呼びかける。
すると、そのガイドがチェリオの横に立ち、バッグを広げた。
あれは、マジックバッグか? だが一体何を――
「さぁメリッサ。これがその証明だ」
……そういって、チェリオがバッグから何かを引き出し、そして床にふたつの塊を置いた――て、これは! こいつ、何を!
「な、なんやそれ!」
「ひっ! そ、そんなチェリオ、まさか、まさか貴方、自分の、りょ、両親を――」
チェリオがメリッサに向けてにっこりと微笑んだ。
まるで、何かを成し遂げ親に褒めてもらいたい少年のように――だが、その行為はあまりに常軌を逸していた。
メリッサのいうとおりならば、今、床の上に並べられた男女の頭は、こいつ自身の両親のものという事になる――
「お前、伯爵ってまさか……自分の両親を殺して位を奪ったのか?」
「ふふっ、そうともいえるかな、ただ両親を殺したのは別に爵位を奪いたかったからじゃない。結果的にそれが付いてきただけの話さ」
なんてことはないように平然と言い放ちやがった――
「それにメリッサ、君への愛への証明はまだある、例えばこれ――」
そういってチェリオは、また別の女の首を床に置いた。
いい加減それに慣れてきている俺が怖いが……今度は随分と若い女の首――
「メリッサ、これはね、この屑ふたりを誑かし私を手に入れようなどと考え、私とメリッサの間を引き裂いた、ゴミみたいな女の頭さ」
「――ッ! そんな! 貴方まさか自分の……自分の妻を……」
「メリッサ……確かに形式上私達は結婚をした。だがそんな事どうでもいいことさ。あの時の私は弱かった、だが今は違う、領主様にも認められるほどの力を手にした。私は生まれ変わった、だから私と君の仲を引き裂いた屑どもをこの世から消してやったのさ。だけどねメリッサ。これだけじゃないんだ、君に最高のプレゼントを用意している。さぁ――見てくれ!」
チェリオは恍惚とした表情を浮かべ、メリッサに訴えるようにしながら、再びマジックバッグに手を入れ、今度は三つの塊を、無造作に髪の毛を掴み掲げたそれを、メリッサに突き出すように向ける。
すると――
「い、い、いやぁああぁああぁああぁぁぁあぁああぁああ! うぁあぁああぁあああぁ! どうしてぇえ! どうしてぇええええぇぇえ!」
尋常でないメリッサの悲鳴が俺の耳朶を打つ。
歯を鳴らす音が聞こえ横目で見たメリッサの表情は青白く、血の気が完全に消え失せたようになって目を見開き、肩がガタガタと震えている。
この様子は……まさか、この三つの頭は――
「ふふっ、気に入ってくれたかなメリッサ? 君を奴隷に堕としておきながら、のうのうと暮らし続けた屑どもの首だ。家族だなんていっておきながら、あっさりとメリッサを見捨てたどうしようもないゴミの頭だ。でも安心して、私がしっかり見つけてこの通り処分しておいてあげたからね」
「あぁあああぁああぁああああああぁあ!」
「メリッサ! メリッサしっかりしぃ! くっ! なんや! なんなんやあんた!」
「貴様! 自分で何をしたか判ってるのか! 何がメリッサの為だ! メリッサはメリッサは――」
「メリッサ……君はやはり私の理想の女だよ。こんな屑に流せる涙があるなんて。でも、もう悲しまなくていいんだ。もう私と君を邪魔するものは何もない。そう、私と君だけが幸せなら何もいらない。そうだろ? 邪魔なものはこれからもこうやって――」
こいつ! 人の話を全く――
「馬鹿な事を言わないで! どうして! どうしてよ! 私は見捨てられてなんていない! 父様と母様と妹が幸せになるために、その為に自らがそれを選んだの! 私は、私は皆がそれで助かるならそれで良かった! 生きていて笑顔でいてくれたならそれで良かった! なのに! どうしてぇええぇえ、どうしてよぉおおおお!」
メリッサの慟哭がその場を支配する。俺もきっとカラーナも胸を締め付けられるような思いで言葉にならない。
だが、だがこいつは――
「メリッサ……君は優しすぎるんだね。だからこんなゴミにもつい同情してしまう。でも無理しなくていい。大丈夫、これからは私が付いている。そうだこれが逆にこれがよくなかったんだね、だったらこのゴミはとっとと片付けて――」
「黙れ! もう黙れ貴様は! その口を閉じろ! お前のその身勝手な考えが! どれだけメリッサを傷つけているのか判らないのか!」
俺は堪らず双剣を抜き、その鋒を糞伯爵に向けた。
もう逃げるとかそういう話ではない。
こいつはここで殺らなければ!
「うちも、うちももう我慢できへん! こんな奴ら生きてる価値もなしや!」
「……生きてる価値もない? 何を馬鹿なことを。全く調子にのっているな――大体私のメリッサを呼び捨てにするなと何度言わせる!」
「何が私のだ! ふざけるな! 貴様なんかにメリッサをどうこういう資格なんて――」
「……そもそも貴様らは、私に対して頭が高過ぎる、さぁ、跪け――」
ひざま、何を馬鹿――な!?
「な、なん、や、ボ、ス! こ、れ……」
「くっ、くぉ、ば、ばか、な、こん、な――」
と、突然俺の身体が何かに押さえつけられたような――そして強制的に一瞬にして地べたに這いつくばるように跪けさせられ、くっそ! 頭も上がら、無い! きゃ、キャンセル!
――くっ! 駄目だ、効果が完全に起きたものはキャンセルも出来ない。
「さて、今もいったが、私とメリッサにとって邪魔なものは、いい加減排除しなければならないね」
俺の耳に奴の剣を抜く音が届く。そして首筋にひんやりとした感触――こいつは……
「チッ! あいつは俺がやりたかったんだがな」
「まぁ仕方ないよ。伯爵を怒らせたんだしね」
「……さぁメリッサ、君を誑かす屑の首を私が今直ぐ斬ってあげる――勿論その次はそこの醜い肌の女もね……」
ちくしょう、せめて、頭を、頭を上げられれば……
「――どういうつもりかなメリッサ?」
「ご、ご主人様に手を出すのは私が許さない! その剣を収めなければ! わ、私が貴方を――」
「無理だよメリッサ。君は私を殺せない。大体本当にやる気なら、ッ!」
「おいおい今の避けなかったら本当に刺さってたぜあれ」
「へぇ本気だねぇメリッサ様」
メリッサ……まさか、伯爵に剣、を? だが、無茶――
「こ、今度は外しません! この剣はご主人様より賜った逸品! 只の剣では、きゃあ!」
メ、メリッサ! くそ! 頭が上がらないからいったい何が起きているのか、何を、何をして――
「……この男から賜った? メリッサ、そんなものは只のゴミだ。今度私がもっと良い剣をプレゼントしてあげるからね」
「あ~あ、あっさり弾かれちゃった」
「あ、あ、そん、な……」
俺の耳に届くはメリッサの狼狽する声――メリッサは俺たちを助けようとして、だが、失敗した?
「メリッサ、いい子だから大人しくね。大丈夫すぐにすむから……」
……いよいよ俺の首から、冷たい感触が離れた――そして、その瞬間、刃が振り下ろされる音――マジでこれで、終わり、なのか?
「やめてーーーー! 付いていきます! 貴方に従います、ですから、ご主人様とカラーナの命だけは、どうか、どうか――」
刃の振るう音が止まり、それでも俺の首は繋がっている。
だが、これは――
「メ、メリッサ、な、に、を――」
「そ、や、駄目、や、そん、な、の――」
頼む、はやまるな、メリッサ……
「……ふふぅ、ははっ。そうか! やっと決心がついたんだねメリッサ! そうと決まれば直ぐに街に戻ろう! さぁ準備を!」
「はい帰還の玉は既に出しておりますので発動いたします」
「流石だねガイド! さぁメリッサこっちだよ。街にはすぐに付くよ。私は領主だ! この私の治める街を君に見せてあげるよ。さぁ!」
この伯爵――急に態度が変わり、既に俺達の事は眼中にないと? だけど、こんな、こんな奴に!
「……ご主人様――ごめんな、さい」
メリッサの声が俺の鼓膜を寂しく揺らした。悲しみに満ちた声音。でも、俺は、動けない。
助けることが出来ない――足音が離れていく。
そして、何かが発動した音も――メリッサ、俺は、俺はどうして、畜、生……
その後、部屋に訪れた静けさ――だが。
「か、カラー、ナ、だい、じょう、ぶ、か?」
「ボ、ス、大丈、夫、わか、ら、ん、けど、無事、や……」
良かった、だが、メリッサが、くそ!、早く、追いかけたいのに、まだ自由が――
「よぉ、中々無様な格好だな」
「――な!? そ、の声」
この声は……ザック……なんでこいつが――
「おっと流石に判ったか。そうだ、俺は残らせて貰ったぜ。何せてめぇとケリをつけねぇといけねぇからな」
「な、何、いうて、んね、ん。メリッ、サ、が、殺すな、いう、た、やろ――」
「あぁ言ったな。だからチェリオ伯爵はそれを守ったぜ。だけどな俺に殺すなとはいってないだろ?」
……屁理屈こねやがって。
「ちなみにその効果はな。伯爵様がいなくなっても暫くは続くんだ。でも安心しろよ。回復するまで待ってやる。でねぇと俺の気が収まらねぇからな」
待つ?
……そして、壁の破壊される音が耳に届く――
「へへっ、快調快調ってな。さて折角だからお前たちが動けない内にいいことを教えてやるよ」
いいこと、だと?
「あのメリッサの家族いんだろ? あれをな、甚振ったのは俺だ。まぁ拷問といってもいいかもしれないがな」
「!?」
「それにしてもあの伯爵も中々エグいぜ。まぁ男は本当俺もどうでもいいから、まぁ生爪剥いだりひと通りの事はやったがな。やっぱ女だよな。顔見て判ったろ? 母親も妹もかなりの上玉だ。俺はよぉ興奮しちまってな。当然やるこたぁやったぜ? まぁ痛みを与えるのがメインだったから、やりながらも肉を剥いだり、指を刻んだりそんなのも忘れなかったけどな。まぁ逆に俺はそれが気持ちよくてなぁ、あぁそうだ妹はよぉ、初物だったんだぜ? これがまたいい感じで泣くんだよ」
――くっ! 糞が!
「だけど、あの伯爵もいい性格してるぜ。俺にやられてる間にもな、お前たちのせいでメリッサは奴隷に堕ちた、お前たちのせいでメリッサは不幸になったって責めまくってな。最後には妹なんて、お姉ちゃんごめんなさい、ごめんなさい――てなもんで泣きじゃくりだしてよ。まぁでも、それでもあの伯爵ときたら気が収まらなかったようでなぁ、父親をさっさと殺してしまったのも失敗したと思ったのかね。豚の盗賊団ってのに所属してたイビルティマーを呼んで、母と妹をオークにまわさせやがったのよ。ヒデェもんだろ? そんでオークの子供産ませてその産まれたオークに餌として生きたまま食わせて、最後に伯爵自ら首を刎ねて殺したてわけさ。まぁそれで気を良くしたのか、豚の盗賊団が好き勝手動けるよう冒険者ギルドに圧力かけたりしてたみたいだけどな。全く、なぁどうよ? 中々面白い話だった――」
「うぉおおおおぉおおおおぉ!」
俺の身体に自由が戻る。
その瞬間俺は弾けたように飛び出し、ザックに向けて手にした双剣を振るう! こいつだけは! こいつだけは!
「おっと! 回復したか――だったらこっちに来な! こんな狭いところじゃなくて外で決着つけようぜ! おいセイラ! てめぇはもう一人の女足止めしとけ! 動けない程度には傷めつけていいぞ!」
ザックは俺の攻撃を躱すと、そう言い残し壁に空けた穴から外に飛び出す。
チッ! 脳筋野郎が! だけど俺は絶対にてめぇを! 許さねぇ!
「ボス! ちっ! あんた邪魔や!」
「……命令を守るのが奴隷の務め――」
カラーナの声を背中で聞きながら、俺も穴から飛び出した。
視界に映るはザックと……あのガイドとかいう男。相手はふたりか――だが、上等だ! だったらふたり纏めて! ぶっ殺す!
伯爵は少し狂気が入ってますね
そしてザックとの戦いです
 




