第83話 セントラルアーツからの逃亡
「な!? 俺を捕らえるだと?」
「そうだ! 伯爵様のご協力により、【銀の馬車亭】の使用人、及び宿主を殺害したのがヒット! 貴様であることはとっくに判っている!」
「お、おい、この死体――この奴隷商館の……」
「……とても残念な事ですが。その男もそこのヒットという罪人の手によって――私がメリッサと正式に契約を結んだ事を知り、突如激昂しその手に掛けたのです。何の罪もない人々を次々と殺害して回るとは正気の沙汰とは思えませんね」
「――なるほど。冒険者ヒット! いや狂人ヒットと改めよう! 貴様ここまでやったらもう言い逃れは出来んぞ!」
「ちょ! ちょっと待て。これは俺じゃない!」
「そや! ちょっと調べればわかるはずやで、ボスはそないな!」
「黙れ! 問答無用! 大人しく投降しないとあれば、容赦なく斬る!」
くっ! 聞く耳持たずってところか……これじゃあ――
「さぁメリッサ、そんな男の傍にいては危険だ、こっちへ――」
「きゃっ! いや! 放して!」
こいついつの間に――くそ! キャンセル!
「……ん?」
「ちっ、また妙な事を――」
ザックに見られてたか――だが、この男の手からは離す事が出来た!
「こうなったら一旦逃げるしかないな……」
「だったら任しとき!」
そういってカラーナが、スモッグボールを取り出し床に叩きつけた。
「な! 煙が!」
「くそ! 視界が――これではみえん!」
「――ボス、メリッサ、こっちや」
カラーナが俺とメリッサにだけ聞こえるように囁きかけてくる。
そしてカラーナに従い俺達は店を出て、そして門に向けてステップキャンセルで移動する。
もうあれこれ考えている余裕はない!
「こうなったら――この街を出て逃げるぞ!」
「ボス……そやな、うちはどこまでもついていくで!」
「わ、私もです! ご主人様の傍を決して離れません!」
――決まったな。
最悪メリッサが逃亡奴隷扱いにされる可能性もあるが……もう俺だって只の罪人扱いだ、だったら逃げ切るしか――
「待てい! ここから先は一歩も通さん!」
「チッ!」
俺はそこで動きを止める。いや止めるしかなくなった。
何せ前には、俺を捕らえるために配置された冒険者が壁になって立ち塞がっていたからだ。
隙間もないし、これではステップキャンセルで移動する事が出来ない……
「そこをどけ!」
「断る! 罪もない人々を死に至らしめ、更に伯爵に仇なす男を放ってはおけぬからな。このセントラル-アーツにおいて、冒険者を束ねしギルドマスターである私が、全身全霊を持って貴様を討つ!」
ギ、ギルドマスターだと? こいつが?
見た目には壮年な男で、立派な髭を蓄えている。
そして一級品とも言える全身鎧とハルバードを装備していて、確かにマスターたる風格は滲ませているが――
畜生、それにしても冒険者がこんなにも集まっているとは、実力は判らないが、正直マスターだけでも厄介か……
「ヒット――」
ん? 俺達の左右からも声が届き、また別の冒険者達が、でも……
「ダン、エニー、それに――」
「そんな、皆様まで――」
「なんやて! これじゃあ囲まれたも同然や!」
横目で見るメリッサの表情は悲しみに満ちている。
当然か、左右から迫るはダンとエニー、それにアロエーの森での件で親しくなった面々だ。
だが、俺達は罪人として手配されている……彼らだってギルドに登録する冒険者だ――でも、やるしか、ないのか?
「よし! いいぞお前たち! ギルドマスターであるこの私の命令だ! そいつらを捕まえるのに協力しろ! このまま挟み込めば――」
「悪いが……」
――え? 思わず俺は目を丸くさせる。
彼らは、俺達の傍に近づいてくると、その視線を、目の前のマスター達に向けた。
「俺達はこのヒットを逃してやるためにやってきたのさ」
「ヒット様。ここは私達が突破口を開きますので!」
「え? お、おい、だがこんな事したら?」
「な、何をいっているのだ馬鹿者共が! そこにいるのは伯爵に仇なす罪人だぞ! 宿の連中を殺した非道な男でもある! それに協力すると言うのか? そんな事をしたら二度と冒険者を名乗れなくなるぞ!」
「そんな事覚悟のうえだぜ」
「第一このお人好しなヒットが、何の理由もなく殺人なんて犯すわけないしな」
「よくわからない無茶苦茶な理由で、俺達の恩人を捕らえようとする冒険者なんて、こっちから狙い下げだ!」
「お前たち……」
「なんだ、お前ら全員揃って冒険者廃業かい? だったら俺が雇ってやるよ盗賊としてな」
「キルビル!」
「よう、シャドウから聞いたが全くお前疫病神にでも憑かれてるんじゃないのか? 面倒事に巻き込まれすぎだろ」
「あはっ、シャドウやるやん! キルビルも! ほんま大好きやで!」
「おいおい、そんな事言っていいのかい? ヒットに妬かれちまうぜ」
「はは……全く何だってんだよお前ら――」
キルビルの率いる盗賊達も、どうやらシャドウから話を聞いて駆けつけてくれたようだ……全くこれをみて、それでも信じるなというなら――無茶な話だ!
「盗賊かそれもいいかもなサニー」
「そうねダン」
「よっしゃぁ! 俺達も今日から盗賊だ! 冒険者なんてぶっつぶしてやろうぜ!」
「その意気だ新入り共! さぁ派手に暴れてやろうぜ!」
街中に漢達の蛮声が轟き渡る。
そして一斉に冒険者の壁に向けて、元冒険者と盗賊の連合が突撃した。
「くっ! この愚か者どもが! お前ら! 冒険者ギルドの威信にかけて! ここを防ぎきれ!」
そして鳴り響く剣戟の音。詠唱により発動した魔法が飛び交い、その一帯はまさに戦場の如き様相を醸し出す。
「ボス!」
「あぁここは俺も!」
「ヒット! てめぇは黙って突破口を開くのを待っていやがれ! 全員お前たちを逃がすためにやってんだ! てめぇが戦闘に加わっても意味が無いんだよ!」
「だ、だが――」
「そこの漢の言うとおりだ! ヒットお前は脱出することだけ考えろ!」
キルビルに同ずるように、ダンが首を巡らせ必死の形相でそれを告げてくる――そうだ、俺がここで下手な動きに出たら、彼らの行為が無駄に……
「ふたりとも、俺はここで待つ! きっと突破口を開いてくれると信じて――それが俺の役目だ!」
「……そやなボス! キルビル達はやってくれるで!」
「私も皆さんを信じます――」
そして――
「ヒット! 壁が崩れた! そこから、早く逃げろ!」
「判った! ありがとうみんな!」
俺は冒険者達が倒され切り開かれた逃げ道を認め、動線を確保し、ステップキャンセルで、一気に――抜けた!
――ーキング……
ん? 何か今……後ろから、俺を狙った冒険者か? だが今は逃げることが先決だ!
「やったでボス!」
「ご主人様これで!」
「あぁ街を出ることが――」
「させぬわ!」
な!? 横からギルドマスターがハルバードを振るって、くそっ! こいつ何時の間にか壁の後ろに控えていたのか――
とにかくこれを避けて、て!
「おっと、ヒットをここでやらせるわけにはいかないな」
「モブさん!」
俺は思わず叫びあげる。何せ俺とギルドマスターの間に割って入り、奴の一撃を受け止めたのはモブの戦斧だ!
「お、お前モブ――貴様まで」
「ふん、昔は俺の後ろを先輩先輩ってついくるだけで頼りなかった洟垂れ小僧が、マスターとやらになって随分偉そうな口を利くようになったじゃねぇか」
「モ、モブさん――」
「安心しろヒット! ここは俺がしっかり引き受けた! てめぇはさっさとこの街を出ろ!」
この時のモブの背中を俺はきっと一生忘れないだろ……まさかこんなに大きく感じるなんてな。
「モブさんありがとう!」
「モブ様この御恩は忘れません!」
「なんかようわからんけど、格好えぇでおっさん!」
俺達三人はそれぞれモブに感謝の言葉を言い残し、彼の気持ちに応える為に街からの脱出を目指すため西門に向けて疾駆した――
◇◆◇
ダイモンは今、非常に頭を悩ませていた。何故なら――
「おいダイモン急げ! 罪人がこの門にむけて迫ってる! さっさと門を下ろすぞ!」
「わ、わ~ってるよ」
そう、その知らせを受けたのは数十分ほど前。罪人扱いで手配書も回ってきているヒットが、追手を逃れ街からの逃亡を図っているというのだ。
このセントラルアーツの門は、魔導器による仕組みで開閉を行っており、門の左右の柱に設置された魔導器に二人の守衛が魔力を注ぐことで先ず鉄格子が下り、その後門が閉まるという仕組みだ。
(ヒットの旦那……俺はどうしたらいいんだ)
冷静に考えれば、長いものに巻かれていきてきたダイモンの選択は一つしかありえない。
所詮ヒットは情報を売ってやっただけの客でしか無いのだ。
そんな男のために、ダイモンが何かしてやる義理はない――だが……
「おい来たぞ! 手配書のとおりだ! あの男がヒットだぞ! さっさと門を閉めろダイモン!」
「そ、それがよぉ! 魔力を込めても全く作動しねぇんだ!」
「はぁ? 何をいってるんだ! くそ! こんな時に!」
そういって守衛の一人がダイモンの元に駆け寄り、柱の魔導器に魔力を込めた。
「はぁ? おいダイモン別になんでも、グギャ!」
ダイモンはそのまま守衛の頭を柱に叩きつけ気絶させた。
彼自身、一体自分が何をしているのか理解できなかった。
「ダイモン! すまない!」
「ダイモンさんありがとう!」
「中々イカスやないか! 感謝しとるで!」
相棒が地面に崩れ落ちた直後、ヒット達は西門を抜けセントラルアーツの街を脱出した。
それを認め苦笑いを浮かべるダイモンだが。
「恨むぜ旦那――おかげで俺も今後は逃亡生活だ……」
門の前に立ち彼らの背中を見送りながら、ダイモンはそう独りごちるのだった――
 




