第82話 伯爵の凶行
メリッサが目の前の男の名を呼んだ。チェリオ・バルローグ――それがこいつの名前らしい。
そして呼ばれたチェリオもメリッサを知ってるようで……再会? 確かにそう言った。
だが、カラーナとあのジュウザのように、その様相は互いに異なる。
そう、チェリオという男の表情はどこか恍惚としており、メリッサとの再会を待ち望んでいたような――
だが、メリッサに関しては強張った面持ちで、目も見開き、驚きは感じさせるが、再会を喜んでる雰囲気は感じられない――この差は?
とにかく俺はメリッサに視線を合わせ語りかける。
「メリッサ、あの男を君は知っているのか?」
するとハッ! とした顔で俺に視線をあわせ、わなわなと震える。
「ご主人様、あの人は――」
「私のメリッサを呼び捨てにするとはな。一体何様のつもりなのかな貴様は?」
「……私のだと?」
俺はメリッサからあのチェリオという男に視線を移動させる。
笑みを浮かべていた。ただ先程のどこか幼い少年のような雰囲気が……一変し、笑顔でありながらも非情で冷淡な様相に変わっている。
「そう、メリッサは私のだ。それを無理やり連れ回し、好き勝手動いてくれたようだな」
勝手だと? 何だ何を言っている?
「やめてください! もう私と貴方は関係がない筈です! それに今の私のご主人様はここにおられるヒット様です! 私がそれを望みました!」
メリッサが――声を荒げる。
しかし、こんなにムキになるメリッサは初めてみたかもしれない。
「……そや! そや、メリッサの言うとおりや! 今日かて、ボスと正式な契約の為にメリッサとボスはここにきとんのや! 横から出てきて邪魔すんなや!」
カラーナは一旦ジュウザという男から意識を逸し、俺とカラーナの件で抗議するように叫ぶ。
「……カラーナも言っているが。俺はそこの男と仮契約を結び、本契約の予約も済ましている。規約上予約中は誰にも邪魔されない。お前がメリッサに何の用があるか知らないが、メリッサはもう、俺のものだ!」
ここは敢えてはっきりと断言する。
俺の方こそこんな男に好き勝手されたくはない。
「……そういえば、その男の事がありましたねぇ」
「ひっ! ひぃ!」
チェリオはそう言って、視線を俺から離し、奴隷商人のその男に向けた。
チェリオの冷たい瞳に、男は恐れを抱くように両手で頭を抱えがたがたと震えた。
「貴様は……私のメリッサの腕を強引に取り、更に貴様ごときが名前ではなく奴隷などと――おまけに簡単な命もこなすことが出来ず、無能としか言いようがありませんね」
「も、申し訳ありませんチェリオ・バルローグ伯爵! ど、どうかお慈悲を――」
「ザック、あぁいった虫けらはどうしたらいいと思う?」
「そんなの決まってまさぁ」
チェリオの言葉に返事し、ザックが大剣を引き抜いた。
奴隷商人が悲鳴を上げ、弾けたように逃げだそうとするが――
「逃すかよ! 馬鹿が!」
叫び上げ、横にずれたザックがその刃を振るうと、グシャ! という肉が潰れたような音が耳に届く。
そして床に何かが倒れる音も――
メリッサを横目で見ると両手で口元を覆い、悲痛な顔つき。
俺は奴らから目を離せないが、何が起きたかは容易に想像が付く。
「全く不味そうなひき肉だぜ」
「酷い――」
「なんて奴らや!」
「カラーナちゃん、別に酷くなんてないんだよ。無能は罪だからね~使えない奴はそうやって死ぬか――君みたいに騙されて惨めにいきてくしかないのさ」
「――ッ!」
カラーナの短い呻き。にやにやと笑い、底意地の悪そうな目付きで奴はカラーナに目を向ける。
騙すといったな……そうか、さてはこいつが件の裏切り者――
……髪色は銀、前髪を左に流すようにして目は大きくてどことなく犬っぽい雰囲気もあるブラウンアイ。
頬にハートに矢を刺したタトゥーを入れている。
一見細身、上背は俺と同じぐらい。白地の内服とズボンに上から革系のベスト、脚は膝まである先の尖ったブーツだ。
装甲は厚くはないな……扱う武器は腰に装着されている曲刀か……
そして――不気味なのがもう一人いる。今のところザックのメイドと同じく、一切声を発していないが、濃緑色のローブ姿で、深めに被ったフードの奥から、爬虫類を思わせる双眸をこちらに向けてきている。まるで観察するように――
「しかしやっぱ、こんな野郎を肉塊に変えても面白くないよなぁ……やっぱテメェでないとよぉ――」
チッ、この野郎は野郎でやはり根に持ってやがるのか――こんなところで暴れられても厄介なんだが……ただ、いくらこの男でも伯爵と呼ばれたこいつの前では、伯爵?
――そうか以前ニャーコのいっていた……
「やめなさいザック。あの男はあまりに失礼な態度と行動をメリッサにとったのだから、掃除されても仕方ないですが――本当はメリッサの前であまり血なまぐさいものはみせたくないのですからね」
チェリオはそこまでいって、視線をメリッサに移すと、その両手を広げた。
「さぁメリッサ、そんな小汚い男の傍から離れて私の下へおいで。これからは一生私が守ってあげるから」
「い、嫌です! 私のご主人様はもう決まっております! 第一今更――勝手です!」
メリッサに目を向ける。胸の前でぎゅっと手を握りしめ、必死に訴えるその姿は心にくるものがあるな。
彼女は絶対に俺が守らなければ……そう守る、今はそういう状況だ――
「メリッサはこう言ってる。しつこい男は嫌われるだけだぞ? それに何度も言うが契約条件を俺は整えている。それが揺るぎない――」
「契約条件? 何を言っているのかな? もうとっくにそんなものは剥奪されているし――」
チェリオは口元に指を添え、不敵な笑みを浮かべる。
だが、どういうことだ?
「くくっ、おめでたい事だな。お前のいう契約条件というのはこれか?」
そういってここにきて初めて口を開いたローブの男が、何かを掲げるが、紙? 契約書か?
「どうやら気づいたようだが、そうこれは契約書さ。チェリオ様とメリッサ様の奴隷契約が結ばれた証拠のな」
「なっ!?」
「はぁ? あんた何アホぬかしとんねん! そんなん無理に決まっとるやろ! うちのボスが契約予定で予約しとるし、仮契約まで結んどんのや!」
「そ、そのとおりです! 一体何を――」
カラーナが声を張り上げ文句を述べる。
そしてメリッサもそれに続くが――
「メリッサ――こんな事になって本当に申し訳なく思う。だが君には隷属の魔法式が組み込まれてしまった。だから今回だけは仕方がないんだ。でも大丈夫、私は君を奴隷扱いなんてしない。愛する妻として迎え入れるつもりだ」
「……お前話を聞いているのか? カラーナとメリッサはそんな契約は納得が――」
「私のメリッサを気安く呼ぶなこのゲスが!」
くつ! こいつまた表情が!
「ふぅ、私とした事が少々取り乱してしまいましたが……しかし、この契約は正式に奴隷ギルドからも承認を受けているものさ。そして確かに本来なら予約されている奴隷を別の誰かが契約するなど不可能」
……こいつ、一応それは理解してるのか?
「それが判っているなら話は早いだろ。つまり――」
「ですがその権利を失えば話は別だ。そうヒットといったな。お前には既に奴隷を買う権利がない」
「はぁ? おまん何いうてんねん? わけわからんわ」
「カラーナの言うとおりだ。何故俺の権利がなくなる?」
「そんなの簡単ですよ。そもそも罪人にそんな契約を結べる資格が与えられるわけもない」
「ざ、罪人って、何を言っているのですか! ご主人様は罪なんて犯していません!」
「……可哀想なメリッサ。君はその男に騙されているんだよ。第一その男は今この瞬間にも罪を犯しているではないか。奴隷商館の罪もない店主を無残に殺してしまったわけだ。全く、可哀想に」
「――ッ! 何を言ってるんだ! それをやったのはお前の傍にいるザックだろ?」
「はぁ? 何言ってやがるんだてめぇは? 俺は見てたぜ、てめぇから逃げようとしたその店主をぶっ殺したのをよ」
「あぁ確かに僕も見てたかなー」
「勿論私もですよ……」
「な、ふざけるんやないで! そんな話通用――」
「それが通用するんだよカラーナちゃん。なにせチェリオ様はイーストアーツを治める伯爵で、更にセントラルアーツでもかなりの権限を持っていてね」
「おいおい、それだと俺達が嘘をいってるみたいじゃねぇか。俺は本当の事しか話してないぜ?」
「そのとおりですよジュウザ。この男を殺したのも宿で虐殺行為に及んだのも全てここにいるヒットなのですから」
俺は絶句した。まさか目の前で、ここまで堂々と殺人の罪を着せられるとは思わなかったからだ。
それに――
「宿、だと?」
「あぁそうだ。まさか忘れたとはいわねぇよな? 俺とやりあった、あの宿だよ」
「それは覚えてる……だが、虐殺行為なんて身に覚えはない!」
「おやおや可哀想に。私はしっかり報告を受けてますよ。あなたはあの宿で私が信頼し雇っているザックに因縁を吹っかけ、更に騙し打ちをし気絶させている間に、宿の支配人を一人殺害、更に給仕の女にまで乱暴を働き逃亡したと」
「そうそう更にひでぇのはだ――」
ザックが嫌らしい笑みを浮かべながら唇を舐め、
「てめぇは昨日再びあの宿を訪れ、口封じに宿主と使用人を全員殺害、てめぇに一度乱暴された女が泣きながら、お願い許して……もうやめてぇぇぇ、と懇願してるにも関わらず蹂躙し、最後にはバラバラにしてぶっ殺したってな。本当に可哀想に、俺は今にもその光景が目に浮かぶようだぜ」
「あはっ! 本当に見てきたように言うよねザックは」
これは見てきたようにというか――こいつらが実際にやったのか……まさか俺一人を陥れるために、あの宿の人間を全て殺したってのか?
……イカれすぎだろ――
「ひ、酷い! どうして、どうしてそんな酷いことを!」
「そうだねメリッサ。これで判っただろう? その男は酷い男なんだ。さぁこっちへおいで」
この男、メリッサに対してだけは本当に少年のような無邪気な笑顔を浮かべるが――やってる事は正気の沙汰とは思えない。
「な、何いうてんねん! どう考えてもそれやったのおまんらやろ! ボス関係あらへん!」
「カラーナちゃん、そんな事はどうでもいいんだよ。チェリオ伯爵がそこの男が殺ったといえばそれが真実さ。だってその証拠に――」
ジュウザという男がそこまで口にすると同時に、奴隷商館の扉が叩きつけるように開かれ、鎧やローブなどを装備し、武器を構えた男女が店内に雪崩れ込んできた。
何だ? 一体どうなってる? 俺は眉を顰め、連中を見回すが。
「貴様が冒険者ヒットだな! 我らは、今回の宿での惨殺事件の犯人として、ギルドマスターの命により貴様を捕らえるように仰せつかった! 抵抗するようなら殺しても構わないとも言われている! 命が惜しければ大人しく投降しろ!」
伯爵の策略にはまりヒットは犯人として狙われる事に――
どうなるヒット!?
次の更新は2015/04/10日0時を予定
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