第80話 銀行から金を奪え!
「いや、ようこそいらっしゃいましたライト卿!」
「いやいや、こっちこそ無理を言って悪かったね」
「そんな事はありません。ライト様程の御方であれば多少の無理ぐらいは……して? そちらの方々は?」
柿の蔕のような髪型をした丸顔の男が俺達を見て目を丸くさせる。
こいつは銀行で働く行員だ。
見たところ、ここではそれなりの権限を持たされているようだな。
で、当然だが俺達、正確には俺、メリッサ、カラーナ、そしてシャドウの四人で銀行に来ているわけだが――
「こっちの彼は最近雇った私の護衛でね。ほらここのところ物騒だから。私にもそういうのが必要と思ってね。で、こっちのふたりは……まぁ言わなくても判るよね?」
「あぁ成る程成る程。いやしかし流石ライト卿ともなると連れて歩く奴隷も一味違いますな。本当に美しい!」
「うん、ありがとう」
シャドウ……まぁ今はライトを名乗ってるが、こいつはライトに扮してる時はシャドウの時よりも明るく人なつっこい笑顔で相手と接する。
まぁ淀みがないな全く。相手も相手でライトに対する態度はやはり一般の受付前で待たせてる人に対するものとは違うな。
何せ入り口からして違う。ライトぐらいになると銀行前で警護している奴が、わざわざ付き添って別のちょっと豪華な出入口まで案内してくれるぐらいだからな。
で、俺達に関しては今シャドウが言ったように俺は護衛、メリッサとカラーナは俺ではなくシャドウの奴隷として付いてきてる風を装っている。
銀行には顔が知られてる可能性もあるってことで、昨日と同じくカツラを被ったり俺は護衛らしい装備に、女性ふたりはやはり高級なドレスに身を包まれている。
それぞれメリッサは身体のラインが強調されるような、その身にフィットしたドレス。
カラーナは、ゆったりめでスカートの裾が大きく広がった、落ち着いた雰囲気のあるドレスだ。
「勿論三人も一緒で構わないよね? この私が連れを外で待たせるなんて少々格好付かないし」
「それはもう! 勿論でございます、どうぞこちらへ。あ、ただ入る前には、皆様の名前は帳簿に記入して頂く形になりますが」
「あぁそれは問題ないよ」
シャドウが応えると行員は前を歩き、どうぞこちらへ、と案内を始める。
下る階段の手前で、
「ではこちらに記帳をお願いします」
と言われ、先ずはシャドウが帳簿の前に立ち――そして自分の手持ちのペンと帳簿の前でペン差しにさされたペンを入れ替えた。
「え? あのそれは――」
キャンセル。
「……ん?」
「どうかなさいましたか?」
「え? あ、いえ……」
「そうですか。ではこちらに記入させて頂きますね」
「あ、はい。よろしくお願いいたします」
行員は笑顔を浮かべ、シャドウが自分の持ってきたペンで記入するのを認める。
それに続いて俺達も帳簿に記入していった。
記入を終え同じ方法でペンを入れ替えたあと、どうぞ、と案内され一緒に階段を降りていく。
今俺たちが記入したペンは後で字が消えるタイプの物だ。
見られてはいるが、筆跡などとにかく後々バレる可能性のあるものは極力排除しておきたいという狙いから作戦に取り入れられている。
そしてそのまま連れ立って向かった先に――この銀行の巨大金庫が鎮座していた。
まぁここまではシャドウから聞いていたとおりだけどな。
いや、それにしても昨日頼まれて翌日には実行とは流石に思わなかったけどな。
どうやらシャドウは、昨日俺達がボンゴル商会を潰してる間にこの予定を決め、銀行に伝えていたようだ。
つまり俺の能力を知った時から、この計画は考えていたって事だ。
「それにしても驚きましたな。当店の金庫が大丈夫か知りたいと言われた時は」
「いや、ほら、最近銀行が盗賊に狙われたというのを耳にしてね。それで気になってしまって。やっぱり預けてる方としては、しっかり守られているか気になるところですし」
「あぁなるほど。いやいやお気持ちは判ります。何せライト様の預金額は相当なものですし……ですがご安心を、当銀行の警護体制は完璧にて優秀。更に見ての通り、この金庫の扉は分厚く強堅。最上級の攻撃魔法を一万発喰らっても傷一つ付きません!」
……まぁ確かに扉はなかなかごつい作りだ。特に大げさに言ってるような感じもないな。
「へぇ~それは凄いね。でも鍵が奪われたりとかそういう可能性はないのかな?」
得々と話してきかせる行員に、シャドウが人差し指を立て問う。
「ふふっ、ご心配には及びません。この金庫は特殊な魔導技術によって施錠されております。こちらの壁に石版がございますよね?」
行員が金庫の直ぐ手前の壁に取り付けられたそれを指さし告げる。
確かに壁から出っ張るような形で、彼の顔ぐらいの大きさの石版が設置されていた。
「えぇありますね」
「この石版にですね。私の持っている行員専用のプレート――これで触れると……」
――ガシャン。
行員が、冒険者証ぐらいの大きさである銀色のプレートを石版に重ねると、金庫の扉が開く音が聞こえた。
「このように扉が開く仕組みではあるのですが、しかしこのプレートは、金庫を管理せし行員の魔紋(魔力の指紋のようなもの)が記録されているので、本人以外が、万が一このプレートを盗み出し使用したとしても、扉は開かずすぐにトラップが発動し、この背後に鉄柵が落ちてきて閉じ込める仕組みとなっております」
ほぅ、とシャドウが感心したようにいうと、得意気に、ではこちらを、と金庫の扉を開き中を見せてくれた。
「このように内側も頑強な作りですので、この扉を抜けることなく入り込むなど不可能。万が一それが出来たとしても、扉が閉まっている状態の時は魔法の効果により、侵入者がいた場合はそく電撃の魔法が発動し曲者の動きを封じ警告音を鳴らし周囲に知らせた上、鉄柵も落ち逃げ道を塞ぎます。どうですか? これだけの仕掛けが施されていれば、いくらなんでもこの金庫の中身が盗られるなんて事はありえないとわかりますよね?」
「ふむふむ、なるほどなるほど。つまりこの金庫からお金を取り出せるのは、まさに今のように担当者が扉の鍵を開けている間だけという事ですね」
「正にそのとおりでございます。どうでしょう? 判って頂けましたでしょうか?」
「えぇおかげさまで。色々と参考になります。それにしてもほんとうに素晴らしい。これであれば安心ですね」
ひと通りの説明を聞き終え、シャドウが納得したように頷くと、行員は破顔してみせたが――
「さて、それではと――」
行員がそれを口にした時、突如俺達の周りが闇に包まれた。
「な!? これは! どうなって! て、ん?」
が、すぐに明かりは取り戻される。
「ふむ、どうやら魔導器の調子が悪いようですね」
シャドウが顎に指を添えそう告げる。
この地下は、当然表からは明かりが入り込まないので、魔導器による照明で明かりを確保している。
「いやいやこれはお恥ずかしい。全く後で手入れのものを呼ばなければ……」
弱ったよな表情を見せつつ、男は俺達の姿を眺め回す。
自分以外の四人がしっかりいるかを確認しているようにも見えた。
「うむ、まぁ一応念の為――」
そういって行員が扉を開け足を踏み入れ、金庫の中を確認した。
そしてひとしきり見た後戻ってきて。
「いやはやどうにも心配症で。ですが大丈夫のようですね、まぁ何かがいても扉を閉めればすぐわかるのですが」
後頭部を擦りながら説明するように俺達にいい、一人納得した後、
「それでは閉めさせて頂きますね」
と扉に手をかけ押していき扉を閉めた直後。
――キャンセル!
俺がスキルを発動。そのせいで閉まる音は聞こえない。
恐らく扉もわずかに開いた状態が維持されているはずだ。
行員に疑問の色が滲んだが、それもキャンセル!
「いやいやいいものを見せてもらいました、ところで――」
そしてその直後シャドウが話しかけると、行員が振り返り、ニコニコの愛想笑いを浮かべ、はい、なんでしょうか、とシャドウへと近づいていった。
どうやら上手くいったようだな。
正直かなり緊張したが――トラップをキャンセルする場合と同じことではあるが、このキャンセルはキャンセルポイントが非常にシビアだ。
まぁ昨日シャドウに、模型みたいなのを見せてもらい練習はしたんだけどな。
全く翌日が本番だっていうからこっちも必死だったぜ。
まぁ模型はこんな凝った仕掛けではなく、扉を閉めると勝手に鍵がかかるという程度のものだったが、ポイントは一緒だからな。
まぁでも成功したのは間違いがないか。何せカラーナが入り込んだはずなのに中の仕掛けが作動していないしな。
しかし、それはそうと――
「いや実はこの娘が貴方の事を随分気に入った模様で――」
そういってシャドウの横に並んで立ったメリッサを行員に紹介する。
「え!? わ、私をですか? いやしかし、私ごときがライト様の奴隷をそんな恐れ多い」
「いやいや普段からお世話になってますしね、また一度よければ――さぁご挨拶を。失礼のないようにね」
「はい。――と申します……」
ちなみに俺達は当然だが偽名を使いシャドウに付いてきている。
帳簿に記入したのも勿論偽名だが、まぁあれは時間が経てば消えるけどな。
で、メリッサが奴の両手を取り色々と話しかける。
行員の顔が相当締りのないものに変わり、その視線はメリッサの谷間に釘付けだ。
全く時間稼ぎの為とはいえ、メリッサが視姦されるのは耐え難い苦痛だ!
……しっかしこいつもチョロいな。まぁメリッサ程の女性ならそれも仕方ないと思うが――
そして暫くメリッサと行員が会話していると――扉が僅かに開いた。その瞬間――
「きゃーーーー!」
「うぉ! なんだまた明かりが!」
再び闇が訪れ、メリッサの絹を裂いたような悲鳴。
ナイスだメリッサ! この声なら扉の閉まる音が聞こえない。
そして行員が慌てたように、またか!? 等と口にしたが、その直後再び明かりが取り戻された。
「な、なんだ、また魔導器の調子が……いや全くこんな事めったにないのですが――」
「いやいや、意外とこういう類の物はそういうことも多いですからね。私の屋敷も重なるときはこういった事がよくあります」
「いやはやお恥ずかしい。後で管理のものにキツく言っておかなければ……」
そういいつつ行員は金庫の扉に手を掛け、鍵がしっかり掛かっているのを確認する。
「うん、問題無いですな」
「ラ、ライト様、そ、そろそろお時間が」
行員の所作を認め、カラーナがなれない口調でシャドウに告げる。
するとシャドウは頷き――
「おっと、彼女の言うようにこの後予定があったのをうっかりしていた。それではこの奴隷の件はいずれまた――」
シャドウが辞去をすると、行員は好色な笑みを浮かべつつ、はい! またのご連絡をお待ちしております、等といいながら、俺達を出口まで見送ってくれた。
こうして無事全てを終え、シャドウと一緒に銀行を出た俺達だったが――
「はぁ~~~~! い、生きた心地がしなかったぜ!」
俺は大きくため息を吐き出しそう述べる。
「ほんまや。全く無茶やで、ボスは信頼しとるけれども、扉が閉まった瞬間はドキドキもんやったよ」
「わ、私もその瞬間は心臓が破裂しそうな思いでした――」
「……まぁ俺はその後、あのスケベそうなおっさんにメリッサが目で汚されるのが許せなかったけどな……なんとか我慢したけど」
「え、ご、ご主人様私の事を心配してそこまで――」
メリッサが両手を頬に添え、感慨深そうに瞳を潤わす。
ま、まぁ大事なメリッサが作戦のためとはいえあんな奴に汚されるのは堪まったもんじゃないしな。
「ははっ、まぁ色々と思うところはあると思いますが、とりあえず店に戻って中身の確認と致しますか。恐らくは五〇億ゴルド近くにはなると思いますから――」




