第78話 ボンゴルとの決着
「はぁ、はぁ、ち、畜生! なんだってんだ!」
ボンゴルはとにかく走っていた。自分の敷地内を、息も絶え絶えに、だが捕まらないようにと必死に。
屋敷は壊され工房も倉庫も滅茶苦茶にされ、使用人もいなくなり、頼みの綱の人質作戦も上手くは行かなかった。
全てを失い、後ろ盾も何もない。頼みの銀行も奴らの言うように実はとっくに見放されている。
「あの野郎! 俺の力を利用するだけして切り捨てるなんて……」
ボンゴルはヒット達の手によって店が潰され始め、その後見つけた彼らに逃げられた時点で、一度銀行に駆け込んでいる。
そして支配人のゴールドを呼び、店がどんどん潰されているという旨を話し、協力を仰いだ。
だが、そんな彼に突きつけられた言葉はボンゴルにとってあまりに予想外なものだった。
「全く毎度毎度好き勝手いってくれる。これまでも随分と貴方のわがままに付き合わされました。更に今回は、あんな無茶苦茶な書類にまで承認書を発行してあげたというのにそのザマですか? 流石にもう付き合いきれませんね。貴方もそれ相応の能力を持つのですから、今回はご自分の力で何とかしてください。もしそれが出来ないような能無しなら――もう今までのようなサポートは期待しないことだな」
冷水を浴びせられたような、そんな気持ちにもなったものだが、ボンゴルはその場で抗議した。
自分がどれだけ領主に尽くしたか、俺の力があったからこそ、領民は誰も領主様に逆らわないのだろう! と、あいつらに武器や防具を与えるための工房も俺がつくってやったのだろう! とも。
しかし聞く耳はもたれなかった。その分好き勝手させたはずだ、だがもうこれ以上協力する義理もないと一蹴された。
思えば確かにボンゴルは、領主へのお目通りを許された数少ない人間の一人ではあるが、だが自分一人で会うことは決して許されなかった。
必ずゴールドに付き従う形でなければ会うことは許されなかったのだ。
メフィスト、ゴールド、そしてチェリオ伯爵……あの三人に比べるとボンゴルの扱いはおざなりなものであったともいえる。
まぁとはいえ、ゴールドのいうように相当好き勝手な行為が許されていたのも事実だが――
自分の力で何とかする――ドワーフの娘を攫うのが失敗したと知った時、ボンゴルの脳裏に過った言葉。
だからこそ、彼は自分のとっておきを披露した。たかが商人と侮ってる連中には特に効果的。
あれは己が持つ希少なジョブである【ストーキーパー】のスキル、【スペシャルトレード】によって手に入れた能力であった。
ボンゴルが持つこのスキルは、スキルや魔法の価値を判定し、その価値に見合った物を購入者が提供することでスキルや魔法のトレードを行うことが出来る。
このスキルの特徴は自分以外の第三者にも使用可能なことにあった。
そしてその特徴こそが、たかが一介の商人であったはずの彼が領主に目を掛けてもらえた要因でもある。
だが――勿論ボンゴル自身もこの能力を使用し手にしたスキルや魔法が数多くあるが、こと自分という存在がどれだけ強力な力を手にすることが出来ても、あまり意味がなかった。
理由は簡単だ、ボンゴルにそれを使いこなす能力がないからである。
どんなに優れた魔法やスキルも、使用する本人の力が伴ってなければ意味が無い。
だからこそ、先ほど連中に見せたブレストインフェルノ一発ですら、体力的にも精神的にも相当キツイのである。
もちろん所詮は只の商人にすぎないボンゴルは、魔力だってそれほど多くは有していない。
せめて普段から、自分に磨きをかけておけばまた違ったかもしれないが、ボンゴルはそういった事に労力を割くことをとにかく嫌った。
尤も、だからこそここまで醜く肥え太ったのだと言えるが。
だがまさか、ブレストインフェルノが、あぁもあっさり、しかもあんな幼いハーフエルフの娘に防がれるとはあまりに想定外の出来事であった。
おまけに切り札であるクリエイトショッピングで創りだした竜牙兵も即座に殲滅されたのをその目で確認した。
あれはあまりに規格外すぎる! ボンゴルは脂汗を滲ませながら、それでもなんとか落ち延びようと必死だ。
そうして逃げながらも必死に手を考える。既にスキルに使える金の量も少ないが、頼りはクリエイトショッピングだけである。
このスキルを使用すれば、己の知識として蓄えられている物であれば、対価を支払うことで具現化し手に入れることが出来る(但し具現化した物は創造者から一定距離離れるか一定時間経過すると消滅する)。
先ほどの竜の牙も自分の知識から取り出したものだ。
ボンゴルのこの力は、肉体への負担は一切ないが、その分購入するのに金が必要になる。
金額は物の価値によって自動的に決められ、ボンゴルには設定が出来ない。
ちなみにこれはスペシャルトレードも一緒である。
ボンゴルはプライスダウンのスキルも所得してるため、それでもまだ通常よりは金銭的負担は少なくなってるが、それでも竜の牙一〇〇本を購入し、既に財布の中身も相当減っている。
本来ならば銀行に相当な預金があった筈なのだが、今回の件を片付けない限り下ろすのを許可しないとまで言われてしまった為、手持ちの残り少ない金しか弾がない状態だ。
どうする! どうする! と思考を巡らす。知恵を絞る――だが……
◇◆◇
「待てボンゴル! それ以上逃げても無駄だ! いい加減観念するんだな!」
俺はステップキャンセルを多用する事で、思ったより簡単にボンゴルに追い付くことが出来た。
何せこの男は、肥え太った見た目の通り脚が遅い。敷地も無駄に広いため、結局この男は自分の敷地内からも抜け出せず敷地内の庭園の中を走り回っていた形だ。
「ぜぇ、ぜぇ、ち、くしょう……こんなところで! ぜぇ、はぁ、貴様みたいな屑に! ぜぇ、ぜぇ、捕まってたまるか! ぜぇ、ぜぇ」
発言自体は未だ強気だが、息も絶え絶えでもう体力的には限界に近いだろうな。
この状態じゃいったい何が出来るのか? てところだが、さっきの事があるからそこまで油断も出来ないか……
「そんな事言って、もう息も上がって限界だろ? どう考えてももう終わりだ」
「けっ! 貴様こそたった一人で俺に何が出来る! あの化け物みたいな幼女エルフもいねぇだろうが!」
……なんか俺すげぇ舐められてるな。
いや、確かにさっきは殆ど活躍できなかったけど。
「俺をあまり舐めるなよ。てか直他の皆も追いつくと思うけどな。全員相当鬱憤も溜まってるようだし、いい加減悪あがきはやめて覚悟を決めろよ」
「ふん! 貴様こそいいように誘われたのか判らんのか馬鹿が!」
ボンゴルが太い指を俺に向けて突き出し、勝ち誇ったように言ってくるが……
「どういう事だ?」
「ふん! 馬鹿め! 周りを見てみろ! 既に貴様は取り囲まれているぞ!」
何!? と俺は思わず首を巡らし確認するが。
「嘘だよば~か!」
そう言い捨ててボンゴルが背中を見せて走りだす。
……イラッときた。てかこんな単純な手に引っかかる俺が情けない。
「ふざけんな! てか大体てめぇは脚が遅いのに逃げきれるわけねぇだろ!」
庭園内は植樹が邪魔してるからステップキャンセルはしにくいが、それでも追いつくのは容易いんだよ! 亀なみに遅いってのを理解――
「クリエイトショッピング! マジックボム購入!」
ん?
「馬鹿が! 引っかかりやがって! 爆発して死ね! 三秒だ! 三、ニ、おらぁ!」
ボンゴルはニヤリと口角を吊り上げ、振り向きざまに俺に向けて手にしたマジックボムを投げつけようとしてくる。
どうやったのかよくは判らないが、でも、それだったら。
――キャンセル!
「へ?」
投げようとしたはずのマジックボムが、手元にあることで目を丸くさせるボンゴル。
それを認め直ぐ様バックステップで距離を離す俺。
当然だが爆発までの時間は変化なく、つまり――
「な、なんだとおぉおおぉおおお!」
ボンゴルの悲鳴と同時にマジックボムが発動し、爆轟と共に周囲の植樹ごと庭園の一部が吹き飛んだ――
◇◆◇
「この豚まだ生きとるんかい」
「あぁ意外と丈夫でびっくりだ」
「う、うぅ、ち、ぐ、じょ、お――」
俺に追いついたカラーナが目を丸くさせその醜悪な豚を見下ろした。
その場に倒れた状態でありながら、ボンゴルはまだ息をしている。
というか怪我はそうでもなさそうだ。
受けた衝撃と走り回った疲れで、もう動けないといった感じではあるみたいだが。
「ご主人様、このぶ、ボンゴルの着ているものには魔法の効果が付与されているのだと思われます。それでダメージをかなり軽減しているのかと――」
カラーナと一緒に俺を追ってきてくれたメリッサが説明してくれる。
別にわざわざ言い直さなくてもこんな奴は豚でいいとは思うがな。
しかし、なるほどな、こいつ自身自分が恨まれてることはよく理解していたのかもな。
だから、何かあった時のために、防御効果の高い物を身につけていたわけか。
只の成金の着る、趣味の悪い服ってわけじゃなかったんだな。
「おおっとこれまた酷い有様だな」
「爆発が起きたみたいだが、なんだ? こいつがまた悪あがきに何かしたのか?」
「ふん! 俺の娘を攫おうとしただけでなくこんな事までするとはな。本当に往生際の悪いやつだ」
うん、ドワンやキルビルに、まぁぞろぞろとほぼ全員集まってきたなと。
さてボンゴルはどんな顔してるかと思えば――なんか土下座し始めたな。
「す、すまなかった~~~~! 頼む! 許せ! 俺を許せ!」
……なぜ詫びてるくせに、ここまで上からなのか理解に苦しむが――
「そ、そうだ! お前たち全員ボンゴル商会で雇ってやろう! も、勿論それなりの地位も保証するし給金だって弾むぞ! どうだ! 悪い話じゃないだろう?」
「……いや、そもそもボンゴル商会はもう終わりだろ」
「まぁそうでなかったとしても、お前のような奴のいる商会など願い下げだがな」
ドワンが吐き捨てるようにいうと、皆もそれに同意するように頷いた。
当然だな。てか、この状況でよくそれで通用すると思ったな。
「わ、判った! だ、だったら何でもいう事をきく! だ、だから!」
「いうことをきくのか?」
俺が尋ねると、あ、あぁ私にできる事ならなんでも! と返してきたので。
「じゃあその衣服を脱げ。下着以外全部だ」
「そ、それぐらいお安い御用だ! ほれ! ほれ!」
……形振り構っていられないってとこか。しっかしぶよぶよの醜い体だな。
本人と一緒で。まぁでも――
「うんオッケー」
「ゆ、許してくれるのか?」
「いや、ただ、これでもうお前の身を守るものがなくなったなと」
俺がニッコリと微笑みながら、死刑執行と言わんばかりの言葉を突き刺すと、周囲からぽきぽきと拳を鳴らす音が合唱のように奏でられ――
「ちょ、ちょっと待て。暴力反た――」
「うるせぇ! 店を潰された恨み!」
「ぐふぇえぇ!」
「娘を危険な目に遭わせた恨みだ!」
「ぼふぅうえうぇええぇえ!」
「醜い身体を見せられた恨み!」
「ごふぅ!」
「屋敷が広くてお宝を見つけにくかった恨み!」
「そ、そんなこと、ぎひぃいぃいい!」
「執事としてこき使われた恨み!」
「お、お前ま、みぎいぃいい!」
ちなみに執事も同罪なんでその後しっかりボコられたが。
「ドワンの店を潰そうとした罰や!」
「きもちいぃいいいい!」
「え、え~とご主人様の敵!」
「さいこぉおおおおぉおお!」
「何気持ちよくなってんだこの豚がぁあ!」
「ぶひいいぃいぃい!」
「なんか顔がむかつくから!」
「がっはぁあぁああぁあぁ!」
……まぁそんなわけで、ボンゴルはほぼ全員からボコボコにされ――ただでさえ肥えて醜い身体と顔が、腫れ上がり二目と見られないぐらいの様相に変わり果てた。
反省をしてるかどうかは判らないが、これで暫くは動くことすらままならないだろう。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"ァ"ァ"ァ"も、もうじまぜんから、ゆる、じで……」
涙ながらに訴えてくるボンゴルを見下ろしながら俺は言う。
「判った。これぐらいで勘弁してやろう。その代わりお前の知ってる領主の情報を教えろ」
とりあえず口だけはきける程度の状態を保たせたからな。
こいつは領主の事を何かしら知ってる可能性もあるわけだし。
「……わ、わがりまじだ。も、もう、あんな、あんな、れんじゅう、どうでも、いぃ、わだじは、りょうじゅにあい、ぞじで、能力で、あの領主にだのまれ、ちぇり――ガッ!」
ボンゴルがそこまで話したその瞬間、眉間に穴が穿かれた――矢だ。
射角から見るに、恐らく空中から放たれた矢が、ボンゴルの頭蓋を貫いたのだ。
「ボス! 上空や!」
カラーナの言葉で俺が顔を上げると、翼を生やした魔物が弓を持ってどこかへと飛び去っていく姿が見えた。
あれは……恐らくガーゴイル――本来は背中に翼、鳥のような嘴を持ち目玉の大きな醜悪な顔を持つ石像に、意志をもたせた魔物。
だが、今飛んでいたのは顔はどこか人に近かった気がするし、そもそもガーゴイルは弓を扱ったりはしなかった筈だ――
「駄目や! あんな場所じゃ追いつけへん!」
「あぁ俺のスパイラルヘヴィクロスボウでもあれは無理だな……距離が離れすぎている」
石像の癖に飛行速度が速いしな……くそ! もう少しだったというのに――
だが、石像の引き返していった方向から察するに、恐らくは領主の居城の方だとは思うがな……
「……思えばこいつも哀れなやつだったな――」
ドワンが物言わぬ骸と化したボンゴルにそんな言葉を投げ落とした。
確かにな……もしかしたらこいつもただ利用されていただけなのかもしれない。
だからって、こいつがやってきたことは許されるものではないし、同情もできないけどな。
それにしても、本当に哀れな最後だ。
まぁとはいえ、これで完全にボンゴル商会は、この街から姿を消すことになるってわけだ――




