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異世界のキャンセラー~俺が不遇な人生も纏めてキャンセルしてやる!~  作者: 空地 大乃
第一部 異世界での洗礼編

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第73.5話 アンジェの軌跡

アンジェは何をしてるのか?という意見もあったので今回はアンジェの話です。

 アンジェがアーツ地方の異変を知ったのは、毎朝欠かせていなかった剣の素振りを、庭で行っていた時の事であった。

 

 突如上空から舞い降りた一羽のカラスがアンジェの肩に止まったのである。

 もしそれに敵意があったなら、常にアンジェに身を寄せるウィンガルグが反応しただろうが、それがないことでそれに悪意がない事をアンジェは知った。

 

 そして同時に珍しいなとも思った。こういった普通サイズのカラスは、魔物のイビルクロウの影響でその数はかなり減ったからだ。


 だがそれが只のカラスで無かったことは、そのカラスの口から発せられたのが鳴き声ではなく、人の言葉であった事で知ることが出来た。

 

 同時にアンジェはかなり驚いたものだが、その口から聞かされた内容で二度驚かされた。

 カラスはひと通り話し終えると霧散するように消滅した。

 

 何か魔法の類だろうか? などと思いつつも、アンジェはどうしてもカラスの話していた内容が気になってならなかった。


 カラスによると、どうやらアーツ地方がいま相当に厄介な事態に陥っているらしい。

 それは俄には信じられない事であった。


 アーツ地方はセントラルアーツの領主が治める領域が最も広い地域だ。アーツ地方は南側と西側には険阻な山脈が連なり、その為その二方に関しては面積もそれほど広くはなく、アーツ地方南部にアーツ地方西部と地域としては分かれているものの、セントラルアーツの領地として纏められている事がその要因としてある。


 そしてそれに次いでイーストアーツ、ノースアーツが並ぶ形だ。


 だがカラスの話した内容によると、どうやらセントラルアーツの領主の体制に変化があり、貴族を優先させそれ以外の臣民には倍以上の重税を課すようになったとか――


 更にノースアーツはシャトー伯爵の治める領地であった筈だが、突如魔物の大群に襲撃され壊滅状態に陥り、今はセントラルアーツの管轄下にあるらしい。

 しかも領主はその問題に取り組むことはなく、その為今はノースアーツ周辺もすっかり荒れ果ててしまったとか――


 ……この話を受けアンジェは愕然となった。なぜこのカラスが彼女にその知らせを告げたのかはわからない。

 だが、アンジェはそれを聞いて無視できるような女ではなかった。


 早速アンジェは騎士団に掛け合い、即刻アーツ地方に調査団を送るよう提言した。が、その話は即刻却下された。


 アンジェは何故か!? と随分喰らいついたものだが、その理由としてアーツ地方の異常などは今のところ一切報告がないこと。

 

 またアーツ地方からは弊害なく商人の行き来がなされていること等であり、そのような異常事態が発生しているのに噂話一つ流れてこないのはありえないというのがその回答である。


 また、アンジェが聞いた相手がカラスというのもその信憑性を疑わせる要因となった。

 そのおかげで、彼女に対してあからさまに口にする者はいなかったが、周囲の兵士たちの間では、おかしな事をいう女騎士という陰口さえさえ囁かれるようになった。


 その事に腹立たしさを覚えたりもしたアンジェであったが、冷静に考えてみれば確かに突拍子もない話であることも理解する事ができた。


 普通カラスから聞いた話を信じてくれと言われて、はいそうですかと何の証拠もなく動くものはいないだろう。


 正直いえばアンジェとて、無視してしまえば楽な話ではあった。

 だがそれでも彼女はやはり気になって仕方がなかった。

 そしてそういう時には先ずは自分が動く! それが彼女の性分でもあった。


 結局アンジェは城にも所属する騎士団にも一切告げず、単身王都を出た。

 これは勿論かなり問題ある行為であるが、それを知った王国側が、アンジェを追ってアーツ地方にまで赴いてくる可能性がある。


 勿論これでなにもなかった時は、それなりの処罰を受ける覚悟はアンジェにはあった。

 だが何もなければソレで良い、問題はこのカラスが告げた内容が真実であった場合だ――





 アンジェが先ず向かったのはアーツ地方北部にあたるノースアーツだ。

 もしカラスの言っていることが真実であれば、そこから入ることで嘘か真かをすぐに知ることが出来る。

 

 もしノースアーツが無事であったなら、もうその時点でこの話は終わりだ。

 来た道を引き返し、今度はどう謝罪するかに頭を悩ませながら城に戻る必要がある。


 だが――その異常はアーツ地方に入る直前から顕著になった。

 領地をまたぐ場合は、通常砦なり町なりがあり、当然通ろうとするものを監視しているものなのだが――そこには誰もいなかった。


 ノースアーツとの境界には砦が設置されており、本来はそこに常駐する兵士が監視しているはずなのだが、そこには一人も立っておらず、更にアンジェは念の為砦の中も確認したが生きている(・・・・・)人間は皆無であり、その代わりに朽ち果てた人骨が散りばめられていた。


 それを見ただけでもこの地域の異常さが見て取れた。

 アンジェとしてはこの事をすぐに知らせに戻るか迷うところであったが、肝心のセントラルアーツの現状も見ておかなければという思いが勝った。


 それに中途半端な情報だけ持ち帰ってもまた一蹴されて終わりな可能性も否定出来ない。

 なのでアンジェはその脚でノースアーツの街にも脚を踏み入れたが、その様子は散々たるものであった。


 これが本当に人の住んでいた街かと思えるほどの荒れよう。

 家屋はほぼ全てが全壊に近く、領主の住んでいた屋敷には魔物が住み着いていた始末だ。

 アンジェはその魔物を全て駆逐した、だが、街中も魔物の住処と変わり果てており、とても全てに対処はしきれない。


 仕方がないので生存者が全くいないことを確認した後は、南下しセントラルアーツを目指し歩き続けた。

 途中何度となく魔物に襲われたが、ウィンガルグの力と王家に古くから伝わるという細身の宝剣エッジタンゲの前では敵ではなかった。


 ノースーアーツの領域を抜けた直後、アンジェは途中通りがかった小さな村に立ち寄った。

 だがそこで、アンジェはこの領地における惨状の一端を垣間見ることとなった。

 村民は皆今日の食事にもありつけない有り様であり、骨と皮だけになったような子供を抱きかかえる親の姿もあった。


 アンジェは思わず手持ちの食料を分け与えることも考えたが、ぐっと気持ちを抑え、それを出す手を止めた。

 手持ちの食料だけではこの村全員の分を賄うなどとても無理だからだ。


 ここで施すということは皆が苦しんでるのにそのなかで選別して施すことになる。

 他の者は面白く無いだろう。一時的な感情で動いては後で必ず後悔することになる。


 今自分にできる事はこの領地の状況をしっかり記憶し、そして真実を伝え王を動かすことだ。

 もしかしたら自分が黙って出たことで動くかもしれないなんて悠長な事を言っている場合ではない。


 そう心に決め、更に実情を知ろうと、心のなかで何も出来ない不甲斐なさを悔やみながらも、アンジェは村を後にした。


 そして更に歩みを続けるアンジェは途中鉱山の事を耳にし、そこを目指すことにした。

 いまこの領地で働いてる者の現状も知りたかったからだ。

 

「そこの者、少々聞きたいことがあるのだがいいだろうか?」


 アンジェは鉱山の入り口で妙に慌しい様子を見せるふたりを目にし、声を掛けた。

 ふたりは、なんだあんたは? と誰何してきたが、旅の騎士だ、とだけ告げることにした。


 素性は今はまだ明かさないほうがいいだろうと判断しての事だ。


「実はこのあたりの事を知りたくて聞いて回っていてな。最近何か変わったことはなかっただろうか? そして今この領――」


「はぁ!? 何呑気なこといってんだあんたは! まさに今その変わったこと、というかとんでもない事がおきてるんだよ!」


「鉱山の中でオーグが大量発生したんだ! 仲間も多く取り残されちまって、護衛の冒険者でも太刀打ち出来なくて仕事どころじゃねぇんだこっちはよ! 本当にまいっちま――」


 その話を聞いた瞬間アンジェは私が何とかする! と告げ鉱山の中へと駆け出していた。

 魔物が民を苦しめてるとあっては騎士として放っておけるわけもない。

 後ろからアンジェを止める声が聞こえたが足を止めることが無かった。

 

 横穴を抜けた先は比較的大きめな空洞であった、そこでアンジェは多量のオーグが陣取っているのを発見、その駆除に努めるが――オーグを全て倒した後一人の男に声を掛けられる。

 

 その男はヒットと名乗った。どうやら冒険者らしい。一緒に奴隷の女性も連れて歩いている。 

 最初の印象はあまり良くなかったアンジェであり、奴隷を盾にして戦うような下衆な男というイメージを持った程だったが、メリッサという奴隷がヒットという男に厚い信頼をおいてることを知りアンジェも考えを改め非礼を詫びた。


 そしてこの出会いはアンジェにとって色々と忘れられないものとなる。

 何せ彼女にとってヒットは初めての男となったわけだから、忘れたくても忘れられるわけもない。


 アンジェはヒットとの初めてを経験した後は、一緒に坑道の奥へと進み、見たこともないような魔物と対峙する事となった。

 その戦いで、たかがオーグと侮っていた自分がどれだけ甘かったかを思い知ることともなったが、ヒットの助けもありなんとかその化け物は倒すことに成功した。


 その頃にはアンジエはヒットを完全に認めるほどになっていた。

 いや、それだけではない、奇妙な感情も――だがアンジェはそれを認めることはせず、とにかくやるべきことを成すためにヒットと別れ鉱山を後にした。


 ヒットとメリッサに領地の事を色々と聞けたのは大きかった。

 途中の村のことも含めて間違いなくこのアーツ地方はおかしな事態に陥っている。

 何より領主が変わったことすら伝わっていないのは明らかに変だ。


 アンジェはもはや一刻の猶予も許されないだろうと考え、王都に戻る決意をし帰路を急いだのだが――しかしどうやってもこの領地から出ることは出来なかった。

 おかしいと思った。入ることは容易であったのに出ることが出来ないのだ。


 アンジェの心中は穏やかではなかったが、ここで諦めるわけにはいかないと別のルートを模索し、更に移動を続けたが、途中あのカラスがまた自分の肩に降り立ち人の言葉を話した。


 セントラルアーツまで来てほしいという。

 アンジェは少し迷ったが今となっては頼れるものは少ない。

 

 アンジェはそこで向きを変え、災の元凶とも思えるセントラルアーツに赴くことを決意した。

 が――


「げへへ、こいつは随分とまぁ綺麗な騎士さんもいたもんだな」

「だがたった一人で旅とは感心できねぇなぁ。俺達みたいな連中に狙われることもあるんだぜ?」

「こいつを連れて変えれば頭もきっと大喜びだぜ!」


 途中で下卑た笑みを浮かべながら、自分を捕らえようとする下衆な盗賊連中と遭遇する。

 だがアンジェには全く問題とならない相手であった。


 あっさりと殲滅し、そして残った一人から豚の盗賊団の団員であることを聞き出す。

 本当はすぐにでもセントラルアーツに向かいたかったのだが、騎士としての矜持がそれを許さなかった。


 知った以上は放っては置けない。アンジェは残った団員の案内でアジトに向かう。

 しかしアンジェと見張りのオークに近づいたその男は、あっさりと仲間の筈のオークに殺されてしまい、更にオークはアンジェにも襲いかかってきたが、アンジエは見張りのオーク二体の首を撥ね、そして自分の仲間でさえあっさりと切り捨てる連中に怒りを覚えながら洞窟の奥に向かうが――五体のオークでさえ物ともしなかったアンジェも、人質を取られては手も足も出なかった。


 アンジェの強さを脅威と見た豚の盗賊団の頭は、攫ってきた村娘の一人を盾に彼女を脅したのである。


 結局アンジェは盗賊どもに拘束され、危うく薄汚い連中とオークによってその純潔を汚されるところであったが――そのピンチを救ったのはヒットであった。


 この一件があってアンジェの中では更にヒットの存在が大きくなっていたが、それでもアンジェは気の迷い! と納得させ、助けだした村娘はヒットに任せ、予定通りセントラルアーツに向かった。


 そして、そこでアンジェはカラスを創りだしたという張本人と出会うが――相手の反応はどこかがっかりとしていたようでもあり――


「貴様! 人の事を呼び出しておいて失礼ではないか!」


 思わず指を突き付け怒鳴り散らしてしまったものだが、

「いやいや気を悪くされたなら謝ります」

と、どこかつかみ所のない態度で応対され調子が狂ってしまう。


 とはいえ現状を聞く限りは、とにかく領主に謎が多いこと、またこの領地では今は大商人のボロンゴ、銀行の支配人であるゴールド、この地方の奴隷ギルドを管理するメフィスト、そして東のイーストアーツを治めるチェリオ伯爵が特に領主に優遇されており、それぞれかなりの権限を持たされていることも知る。


 アンジェにとって驚きだったのは、東のイーストアーツの領主がその息子に変わっていたこと、そしてセントラルアーツの管理下に置かれていたことだ。


 この地は既に領地の区分ですらあやふやなものに変わっている。

 

 アンジェは居てもたっても居られなくなり、今自分に何が出来るかを彼に尋ねたが、その答えは、

「取り敢えずなにもないので大人しくしていてください」

という素っ気ないものであった。

 

 彼曰く、王国側が本腰入れて調査にでも乗り出してくれることを期待したのだが、まさか無鉄砲な女騎士がたった一人でやってくるとは思わなかったとのこと。

 

 アンジェは正直何十倍にして言い返したい気持ちだったが、何故か虚しくなるだけの気がしてそれは諦め、彼のおすすめの宿というのを聞き、結局その日は宿をとり休むこととなったのだが――その宿でアンジェはヒットと再び再会を果たし……そして産まれたままの自分の姿を晒してしまうことになってしまったのだった――






◇◆◇


「……改めて見てみるとヒットの事を書き過ぎてるな……お、おかしいな。いや! でも重要な事だしな!」


 アンジェは城を出てから欠かさず続けてきた日記を眺めながら独りごち、頬を染めた。

 後々にでも王国に伝える資料となると思い付け続けていた日記だ。

 だが、確かにその中身はヒットとの出会いや再会に関してになると妙に文章量が増えている。

 私もカラーナのように裸でベッドに潜り込むなど出来るだろうか? と何故そんな事を書いたのかも理解できない一文は、ペンで、これでもか! と塗りつぶした程でもあるが――


「まぁとにかく……」


 更にそう呟き、アンジェは領主の居城に繋がる道とを阻む川を前にして一つ唸った。

 

 アンジェは今朝方、ドワーフの店に向かうといったヒットと別れた後、直接北門まで趣き現領主との謁見を願い出た。


 あの男からは下手に動かれても迷惑と暗に伝えられてはいたが、それでじっと黙っていられるような性分ではないのがアンジェだ。


 寧ろここは堂々と自分の身分を偽ることなく、正攻法で行くことで領主も無碍には出来ないだろうと踏んだのだが――


 それは結局空振りに終わった。

 しかもいないというならまだしも通せない理由が、会う必要がない、と告げられたからだという。


 アンジェは思わずその場で警護を任されている騎士に、

「仮にも王国騎士たるこの私が趣き、会いたいといっているのに門前払いとは失礼ではないか!」

と怒鳴り散らしてしまったほどだ。


 だが結局門番はいくら言っても首を縦に振ることはなかった。

 ならばとその足で銀行に向かい、更にボンゴル商会にも赴くも、それに関してはどちらも不在という有り様。


 こうなったら奴隷ギルドに向かおうかとも考えたら、場所がセントラルアーツ内ではないことと、流石に領主の息がかかっているという奴隷ギルドに、一人でいくのは無茶が過ぎるかと考えを改め――そして今にあたる。


 アンジェの目の前は幅が五〇メートル程度の川。

 この場所は中流にあたる。下流では見張りの目に付く可能性があったので、丘を登りこの場所から向こう岸へ渡るルートをアンジェは選んだ。

 領主が会わないというなら直接会いに行くまでというのが彼女の考えである。

 

 尤もみたところ、川の流れもそれなりに急であり、しかもアンジェの体であれば軽く飲み込むほどは深い。

 鎧を着衣している今の状態では川を泳いで渡るのは無理がある。

 なので――

 

「さて飛ぶか――」

 

 軽く屈伸をした後ウィンガルグの頭を撫でながらそう呟く。

 歩いて渡れないなら飛べばいい。それがアンジェの出した結論であった。


 そして――軽く助走をつけて跳躍すると同時にウィンガルグがマントのような形状に姿を変え、そしてアンジェを補助するように強烈な追い風を起こす。


 マントがはためき、その靭やかな肢体が風に乗り、ぐんぐんと飛距離を伸ばす。

 精霊獣の力を使えば幅五〇メートルの川ぐらいは問題にならなかった。


 風に乗ったアンジェの体がぐんぐんと向こう岸に近づいていく。


 しかし、上手くいった――アンジェがそう思った直後向こう岸に体が触れたその瞬間、その視点が反転した。


「へ?」

  

 思わず間の抜けた声を発してしまう。アンジェの瞳に映るは、自分が飛んだはずの対岸。

 つまり目的地は背中だ。

 風の効果も切れ、このままでは川に落下してしまう――それを察した直後アンジェは背後に向けて剣を振るい、強烈な突風を起こし自分の身を再び元の岸へと誘った。

 

 これはアンジェとウィンガルグの息があっていたからこそ上手くいったといえる。

 ウィンガルグがアンジェの次の行動を読みきれず刃に纏われるのが少しでも遅れていたら今頃主は川の底だっただろう。


「助かったよ。ありがとうウィンガルグ」


 言って微笑み、その細指でウィンガルグの顎を撫でる。

 声こそ発してないが、目を細め気持ちよさそうだ。

 

 だが、直後、ウィンガルグの目付きが変わる。それはアンジェも一緒であった。


 ガサガサと枝葉の擦れる音。風によるものではない。音は兎を追う獣の如き勢いで近づいてくる。

 そこには間違いのない殺気が混じっていた。


 振り返ると、茂みから影が三つ飛び出しアンジェを囲み、

 更にのそりと現れた一つが前を塞いだ。


「リザートマンか――」


 忙しなく黒目を動かし、瞬時に自分の置かれた状況をしり対策を頭のなかで組み立てる。

 足場も悪く後方に川、前方には木々が邪魔をするこの状況では逃げるのは難しい。

 ならばやるしかないかと剣を構えるが――前の一体だけは他のリザードマンとは明らかに違う。


 左右と背後に一体ずついるリザードマンはアンジェのよく知るタイプだ。

 トカゲの顔を持ち二本足で動き回る。

 コボルトやオークと同じく、人間が使うような武器も扱い、それに尻尾による攻撃も加えてくるので油断できない相手ではある。


 ただ――このリザードマンの装備には違和感があった。

 確かにリザードマンは人間の武器を使用するが、大抵は拾ったものや倒した冒険者などの装備を奪って使い続ける為、質が良くなかったり手入れが行き届いていない場合が多い。


 だがこのリザードマンは揃って左手にバックラー。右手にアイアンソード。そして胴体にはチェインメイル。

 これが三体とも全く同じように装備されているのだ。


 しかもどれもそれなりの質は保たれているし、アイアンソードに関しては刃と柄が一体化した作り易い量産タイプだ。


 この示すところは、つまりこのリザードマンは人の手によって飼い慣らされている魔物である可能性が高いという事であり――


 そして正面を塞ぐは他とは違い限りなく人に近い様相の魔物。リザードマンと重なるのはトカゲのような鱗を持っていて尻尾が生えている事ぐらいである。


「貴様何者だ? 何故私を襲う?」


 アンジェは見た目から、正面のリザードマンもどきはもしかしたら会話が成り立つかもしれないと詰問してみる。


「――シャーーーー!」


 だが返ってきた言葉はリザードマンのそれだ。ついでに伸びた舌も細長いトカゲのものであった。

 それで会話は無理と判断したアンジェは、速攻でまず周囲の従来のリザートマンから排除にかかる。


 リザートマンは一匹あたりの実力は、冒険者でマネジャーの戦士系であれば一対一で勝つことが可能なぐらいである。


 その為油断さえしなければアンジェにとっては敵ではない。

 ウィンガルグの風の力を己の宝剣に宿らせ、瞬速の剣筋で左右の二体を鎧ごと切断し纏めて片付ける。


 更に振り向きざまに繰り出した刺突でもう一体の眉間を貫いた。

 だが問題はもう一体。恐らくこの中では、その異様な風体の魔物がリーダー格であるのは、手持ちの武器が質の良いロングソードであることから理解した。


 そして背後から迫る魔物に、振り返ると同時に剣戟を叩き込むバックスラッシュソードを繰り出す、が、バックラーによって防がれ、さらにその丸みを帯びた形状を利用し受け流そうとさえしてきた。

 

 やはり実力が他のリザードマンとは明らかに異なる。

 動きもどこか人間臭い。


 アンジェはバランスを崩される前にバックステップで距離を置いた。

 すると相手は前に一歩踏み込みソードマンのスキルである一文字斬りを繰り出してくる。

 

 一瞬にして空間に一を刻むそのスキルをすんでのところで躱し、ぎょっとした目を敵に向けた。

 だがその時、相手の口角がニヤリと吊り上がったのをアンジェは見逃さなかった。


 謎の魔物は更に逆足で一歩踏み込み、返しの刃でその細首を刈りに来た。

 一文字斬りと見せかけてメインが別にある剣の上位スキル三日月、タイミングも絶妙でアンジェには避けれそうにない。


 だから――咄嗟にウィンガルグを盾状に変化させその剣戟を防いだ。

 恐らくは勝利を確信していたであろう、相手の同様が僅かな隙をうみ、アンジェはそれを見逃さなかった。


 一閃――アンジェの横薙ぎの刃がその首さえも刎ね飛ばした。

 歪な塊は宙を舞いながら茂みの中へと落ちていった。


 そして残った胴体が前のめりに崩れ落ち、土に赤黒い鮮血が染みこんでいく。


「……少し、危なかったか。私もまだまだ精進が足りないな」

 

 そう呟きながら再び川向うを見据える。

 この魔物を使役しているのがあそこに鎮座する領主であるなら、間違いなく王国に害をなす存在といえるだろう。

 だが、現状はこれ以上ここでできる事は少ない。


 なのでアンジェは決意する。


「――こうなったらイーストアーツに向かい、チェリオ伯爵とやらから意地でも話を聞いてやる!」


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