第71話 動かなきゃ始まらない
「どうしてあんな事を言ったんだドワン! あれじゃあまるで借金を認めたみたいじゃないか!」
連中が返った後、俺はつい語気を強めて詰問してしまった。
悪いのは連中なのは判ってるが口に蓋はしきれなかったんだ。
「そやで! うちかてもし誰もとめへんかったらどつきまわしてしばき倒していたと思うで! 何やのあの豚! ほんまごっつう腹が立つわ!」
「あ、あの借用書が偽りのものなら、ドワンさんが支払ったり店を手放すのはやっぱりおかしいと思います!」
三人で次々と言葉を重ねていくと、ドワンはやれやれといった感じに後頭部を擦り――そして寂しそうに微笑んだ。
「俺みたいのを心配してここまで言ってくれるなんてな。ヒット、あんたも連れの女の子もみんな本当にいい奴だな。俺はそんな客を持てたことを誇りに思うよ。でも、いいんだ、どうせそろそろ潮時かなとも思っていたのさ」
「馬鹿言うな! ドワンはまだまだこれからだろ? 腕もいいし何より自分の作るものに誇りを持っている! そんな職人もうこの街にはドワンだけだろ?」
俺が思いの丈をぶつけるように言うと、ドワンは顔を伏せたまま、ありがとうよ、と口にし。
「でもな、ここ最近は妙な噂のせいですっかり客足も遠退いた。このあいだ鉱山でも断られていたろ? ヒットのおかげで結局取引は続けてもらえることになっちゃいるが、あの時からこのままじゃヤバいかもなとは薄々感づいていたんだ。でも俺にも意地があってな、エリンギの奴も続けてくれと言ってくれたのもあって……まぁその事もあってあいつは無茶な売り方とかしてたのかもしれないが、とにかくその事に甘えてしまってた部分もあるんだ」
ドワンはぶっきらぼうなドワーフではあるが、その声には力強さが感じられ、顔つきには精悍さが滲み出ていた。
そう、ついこの間までは……だが今は、どこか諦めすら感じさせる声音で話を続けるドワンは、隠居しすっかり老けこんだ老齢の男性のような、そんな雰囲気を感じさせる。
「そんな、甘えてるなんてそんな事はありませんよ。エリンギ先生はドワンさんの事を本当に思っていますしその腕も信じております。だからこそ店を続けて欲しいんです」
「メリッサの言うとおりだ。第一この店をやめてしまったら生活はどうする? 家族だって悲しませることになるぞ」
俺はメリッサに追従するようにドワンに意見を述べる。
とにかく今のしょぼくれたドワンなんてみていたくない。
「……その家族が問題なのさ。正直いえばこれが俺だけの問題だったら意地でも引かねぇ! その気概はあるつもりだった。だけど銀行が絡んできたなら話は別だ。あの男も言ってただろう? 奴らは本当に容赦がない。間違いなくエリンギとエリンにも危害が及ぶんだ! 俺にとってあの二人は命より大事な存在なんだ! だから、だからよぉ……」
その言葉を聞いて……メリッサもカラーナも言葉を詰まらせた――
銀行の連中の不気味さはあの村でよく判った。
だからこそなのかもしれないが……
「それにしてもなんであんな奴に銀行が……」
「あのボンゴルは銀行、というよりは銀行の支配人とボンゴルは共に領主様に認められた存在らしい。だから他の貴族連中ともまた違う。相当に融通も聞くらしいな。ただボンゴルに関しては噂レベルと思っちゃいたが、持ってきた承認証を見るに本当だったようだ……」
それから暫し沈黙。メリッサとカラーナはこれ以上なんと声をかければといった感じだ。
が、俺はそれとはまた別の事を考えていた……領主の事はともかく――
「あぁそうだヒット、頼まれていた品は出来ている。ちょっと待ってろ」
「……ドワンさんすっかり元気をなくしてしまって――」
「全くやな、うち悔しいわこんなん。なぁボス……て、ボスなにブツブツいってん?」
ん? あぁそうかつい口に出てしまっていたか。
「ほらヒット頼まれていた品、先ずはこれがショックボルト一二本だ」
「……悪いな今はそれどころじゃないだろうに――」
「気にするな。それに今渡しておかねぇと、明日には店がもうないかもしれないしな――」
「そんな弱気な事!」
「……嬢ちゃんありがとうな。だがどうしようもない事ってのもあるもんなのさ。さぁヒットこれは頼まれてたもう一つ、例の槌だ。柄を短くしてヘッドも削って使いやすいように改良してある。まぁそれでも結構重量があるから、ヒット向きではないかもしれないな」
そういってドワンがカウンターに槌を置いた。
確かに……かなりコンパクトになっていて――使いやすそうだ。
そう、これは――これは!
俺は思わず槌に手を伸ばす――
「て! ちょボス! 何してんの! こんな時に素振りして!」
「え? え~とご主人様?」
「いや、使い心地を見てくれているのだろう――あぁ中々様になって……」
「ドワン! 大丈夫だ!」
俺は素振りを止め、彼を振り返り顔を引き締めそう告げる。
するとドワンが目を丸くさせ、は? と声を上げた。
なので俺は改めて宣言する。
「この店は大丈夫だ! 俺が必ず何とかする!」
「ボスほんま!」
「ご主人様!」
カラーナは期待に満ちた目で、メリッサは嬉しそうな表情で、俺に言葉を返す。
「いやヒット! 無茶を言うな、期限は明日だ、そんな短い期間で――」
「大丈夫だ! 俺を信じろ! 明日までに絶対に俺が――ボンゴル商会をぶっ潰す!」
「へへっ、旦那知りたい情報ってのは何ですかい?」
ダイモンがごまをするように手をこすり合わせながら、相変わらずの見る人によっては怖い笑顔で聞き返してきた。
ドワンの店ではあぁいった俺だが、それを行うには色々と情報も必要だ。
だからダイモンを頼ってきたわけだがな。
「そうかじゃあ教えて欲しい。ボンゴル商会の事なんだがな」
「へ? 商会? また妙なところを調べてるんですな旦那」
「妙ってなんやねん! 大事な事や! いいからとっとと教えてや!」
カラーナが吠えるが、俺はまだ何を知りたいかは言っていなかったりする。
おかげでダイモンも困り顔だが。
「ダイモン、実は知りたい情報というのは――」
俺はダイモンにそれを尋ねるが。
「う、う~ん、悪いそこまで行くと俺の専門外だ。ちょっとわかんねぇや」
ダイモンはちょっと誤魔化すように舌を出しながら答えてきたが、全く可愛くないぞ。
「ざっけんなや! 何やねんそれ! 全くこの街一の情報通が聞いて呆れるわ! 奥歯から手突っ込んで尻の穴がたがた言わすで!」
「ちょ! ちょ! 落ち着けって!」
「そうですよカラーナ! それに言ってることが逆です!」
……興奮した時のカラーナの口調が段々荒くなってるような気もしないでもないが……とはいえ。
「しかし本当に結構知らない事が多いもんだな」
ため息混じりに俺がいうと、面目なさげに後頭部を擦るダイモンだが。
「でもその情報なら、きっとシャドウの旦那ならしってると思うぜ。言ってみたらどうだい? 旦那仲良いんだろ?」
……何時の間にかそんな話が出回っているのか――だが、どっちにしろ用があったしな、そうかあいつのほうがそういう事に詳しいか。
……よく考えたらそりゃそうか――
「多分今日あたりならシャドウの旦那は自分の店にいると思うぜ」
ダイモンからその話を聞いた後、俺達はシャドウの店を目指し歩き始める。
「それにしてもなぁボスがシャドウとも顔見知りやったとは世の中広いようで狭いなほんま」
「え? カラーナも知ってるのですか?」
メリッサが意外そうに尋ねたな。ただカラーナも裏社会にいたわけだし、知っていてもおかしくはないか。
「勿論や。うちに宿の手配をしてくれたのはシャドウやねん。それにキルビルとも旧知の仲らしいねん」
宿の手配? それに盗賊ギルドのキルビルと……て!
「キルビルとってそうなのか!?」
「なんやボスもそれはしらんかったん?」
「あぁいや、ギルドにそういう仲のがいるとは聞いてたがまさか、てかあいつマスターだろ? シャドウとは寧ろ敵対してるんじゃないのか?」
「あぁそれは前のマスターの話やな。キルビルはその頃から協力しとったらしいけど、キルビルが前のマスター殺して今の座に落ち着いたねん。で、今はそのままシャドウの買い取りを黙認しとるんやって」
「こ、殺してですか……」
メリッサが顔を引き攣らせているが、そこはやはり盗賊ギルドだからな。力が物を言う訳か。
「なるほどな。でも宿の手配って事は……もしかして逃亡の手助けを?」
「うん、まぁそういう事になるかな~色々気にかけてもらってたんやけど……」
シャドウがそんな事までしてたとはな……でもそうなるとカラーナと俺達が出会えたのもシャドウのおかげって事か? う~ん――まぁとにかく俺達はそんなカラーナからの意外な情報を聞きつつも、前にシャドウから聞いていた店に向かった――
◇◆◇
シャドウの店はスラムの中でもかなり奥まったところに存在した。
一応場所は聞いていた俺だったが、看板もない上、建物も目立たない妙に虚ろな感じすら思えるものだったので、探すのに少々苦労はしたがなんとかみつけ、扉を開け中に入る。
入ってみるとこぢんまりとした店で、シャドウの言うところの、自分が気に入ったであろう品が棚の上などに置かれている。
ただ種類はバラバラなので雑多な雰囲気も感じられた。
「いらっしゃいませ~何かお探しですか~」
すると奥から割烹着のようなものを身にまとった少女が現れた。
おかっぱ頭で黒髪、年齢は一〇歳前後といったところだろうか?
瞳のクリクリっとした可愛らしい女の子で、頭には犬耳……ニャーコと同じ獣人系だな。
「あぁいや、実はシャドウに会いにきたんだが……」
「はい?」
俺が彼の名を口にすると、少女は小首を傾げるようにして返してくる。
うん? 聞こえなかったか?
「いや、だからシャドウ――」
「おりませぬ」
「はい?」
今度は逆に俺が疑問の声を発す事になってしまった……
「なんやあんた? ボスはシャドウに会いたい言うとるんやから、それを――」
「なるほど。つまり貴様等は……主の、敵――」
「え? いや敵って……」
メリッサが困惑した声を発す。
俺も正直にどうなってるんだ? て感じだが――その瞬間この少女から強烈な殺気が発せられ、袖から何かを取り出そうと……おいおい、ちょっま!
「はいはいそこまでですよコアン。彼らは大事なお客様なのですからね」
「シャドウ!」
「主殿!」
奥から、コアンと呼ばれた少女に聞こえるように手を叩きながらシャドウが姿を現した。
やっぱいたんじゃないか……
「本当に主殿のお客様……そうでしたか、それは大変失礼致しました」
するとシャドウが顔を見せた瞬間殺気は消え、コアンがペコリと頭を下げた。
うん、まぁ結局何もなかったからいいけど……
「いやいやすみませんねぇ。基本的には私が場所を教えた客しかこないのですが、たまに妙なのがやってきたりするんで、その時は追い返すか、諦めないようならサクッと殺しちゃって下さいと言ってあったもので」
「え! 殺し!」
「中々とんでもない事をいっとるで……」
確かに……シャドウ本人はくすくす笑っているが……
「お前、そんな事こんな幼い子に頼むことじゃないだろ……」
俺は半眼でそう告げる。一体どういう関係かは判らないが、育て方としては色々間違えてると思うぞ!
「あぁ、ご心配には及びません。彼女は元々暗殺ギルド所属ですから。色々あって今は私の手伝いをしてますがね」
……予想の斜め上を行く回答が来てしまった。
こんな幼い感じの子が暗殺ギルドとは、思わず彼女に目を向けるが、殺気がなくなった今は無邪気にニコリと微笑んでくるばかりだ。
「う~ん人は見かけによらんゆうけど、さすがシャドウの付き人ってとこやね」
「ふふっ、それにしてもカラーナ。話としては聞いてましたが、ヒット様の奴隷になられたのですね」
「あぁ……うん、まぁ色々手を考えてくれたんやろうけどそうなったんや。でもうち今のボスすっきやねん。だから返ってよかったと思ってるわ」
カラーナにも色々事情があったんだろうが、随分とカラッとした感じに答えている。
まぁ好きとかは改めて言われると照れくさいが……
「そうですかそれは良かった。私としても結局隷属魔法の解除式を知るものは見つけられませんでしたしね……そろそろまずいかなと思った矢先にあれですから、対応が遅れてしまい申し訳ない」
「えぇんよ。あれはうちもどうかしてたんや……あいつは裏切り者やのに――また会って騙されたんや……」
「裏切り者ってシャドウキャットが捕まる原因になったという男の事か?」
「そやねん。なさけない話やけどな」
「あの件に関しては私も失敗でしたね。銀行に忍び込むのは流石にやめた方がいいと忠告したつもりだったのですが、その相手が裏切り者だったわけですから、まぬけな話ですよ」
ふむ、なるほどな……それでか――て!
「は!? 銀行だって!?」
俺は思わず驚いて素っ頓狂な声を上げてしまう。
「う~んそやねん。ちょろっと銀行の金でも皆でくすねようと思ったんやけどな」
「く、くすねるって……」
メリッサが目を丸くさせて復唱する。
「まぁ大胆な計画でしたよね。でもそれで捕まり更に逃亡までしたのに、今はヒット様の奴隷として大切にして頂けているなら、何よりですね」
「そやな仲間の事はあれやったが……でもボスに出会えて救われたねん」
言ってふたりして笑みを浮かべているが……いやまぁ確かに結果的に俺がカラーナをって感じなんだろうけど、まさか銀行をねらってたとはなぁ――
どうやらヒットはボンゴル商会を潰す気みたいです
さて次の更新は
2015/04/04 0時予定です
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+.(・∀・)゜+.゜LVUP♪
 




