第7話 足下
世の中のルールも道理も判らない馬鹿を追い払い、職員もかなりきょとんとしてはいたが、予定通り俺の番となった。
メリッサも不思議そうではあったけどな。てかこの反応とかみてると、そもそもこの世界にキャンセラーというジョブは存在していないのかもな。
確かにキャンセラーはゲームで存在したジョブだが、実装期間は短い。
何せバージョンアップしキャンセラーが生まれて割りとすぐに地球は滅んだからな。
まぁでもそのほうが俺としては有難い。正直キャンセルは自分で使うぶんにはいいが、下手な奴が使うと瞬時にして厄介なものに変わる。
「なるほど。盗賊を退治し、トルネロ様の荷を引き継いだと」
「問題はないと聞いているがな」
役所の人間に説明し判断を仰ぐ。眼鏡を掛けた生真面目そうな男だ。
まぁこの件に関しては特に訝しんでる様子も感じないし問題なさげではあるけどな。
「はい、規則としてこういった場合は引き受けた方に所有権を移せる事になってますので。ただ納品予定だったという事で同時に責任も移りますがそれは大丈夫でしょうか?」
「責任というと?」
これはゲームにはない話だから俺には判らない。
「まず元々の契約に従った納品の義務。つまりこの所有者権を移動させるのであれば馬車の中の酒樽はしっかりと届けて貰う必要があります」
「あぁそういうことか。問題はないし元からそのつもりだ。その料金はこっちで徴収していいのだろう?」
「それは構いません。それも含めての変更ですので。但しその場合税金は変更後のヒット様から頂く事になりますが……ヒット様は商人ギルドに登録するおつもりは御座いますか?」
商人ギルドか。
「いや、今はない。とりあえず先ずは冒険者ギルドの方に登録しようと思ってるしな」
実際のところはギルドの掛け持ちは別に問題はないのだが、俺は生産系のジョブでもないし登録する意味が無いしな。
「そうですか。それであればこの酒の分に関してはこの場で税を徴収させて頂くこととなりますが宜しいでしょうか?」
職員の言葉でメリッサが、あ!? と声を漏らす。
うっかりしていたという雰囲気だ。
それにしても税とはな。いや、しかしそれもそうか。本来ならトルネロがこの分の売上も定められた期間ごとに申告し税を支払っていたのだろう。
「それでいくらなんだ?」
「はい一樽に付き一〇〇〇ゴルド頂いております」
……一〇〇〇だと? 確かこの酒は樽一つで二〇〇〇ゴルドで卸してるという話だったが、税金でその半分を持っていかれるのか?
「この税はどうやって決められているのだ? 売値とかは考慮しているのか?」
「はい。トルネロ様は前もって値段は決められており、報告もされておりましたからね」
「……そうか、まぁいい判った支払おう」
一瞬迷ったが、この職員は別に嘘を言っているようでもない。淡々とはしているが仕事は仕事と割り切れるタイプにも感じられる。
騙そうという考えでも透けてみえてれば考えもあったが、正式なものならば仕方もないだろう。それに別に利益がないわけでもない。
「樽は一〇あるから一〇〇〇〇ゴルドだな。ここで支払えばいいのか?」
「いえ支払い窓口は別になりますので、今からお作りする書類をお持ちになってそこでお支払いください」
本当に役所的だな。
「判った、言われたとおりにしよう。それで馬車はそのまま使用して大丈夫か?」
「それは大丈夫です。馬車の所有者変更も行いますので。ただギルド証はこちらで破棄させていただきますので、変更の証明に関しては書面でとなります。ですので紛失されないようご注意ください」
まぁそれもそうか。ギルド証なんて悪用されたら大変だからな。
そして職員は手慣れた手つきで書類を作り上げ、それを手渡してきた。
支払い窓口は外にあるそうなので、一旦ギルドを離れマジックバッグから一万ゴルド金貨を取り出し、外の徴収窓口で支払う。
「ご主人様申し訳ありません……税の事をうっかり――」
メリッサが申し訳無さそうに顔を伏せ眉を落とす。
だが別に俺は怒ってはいない。
「気にするな。どうせ払わないといけないものだ」
俺は慰める思いもあってそう告げたが、やはりどことなくしゅんとしてるな。
「それにしても二〇〇〇ゴルドの酒で一〇〇〇ゴルドも徴収されるとはな。前からこんなに高いのかい?」
とりあえず別の方向で話を振ってみる。
するとそれは、とメリッサが口を開き。
「実は先代の伯爵の頃はもっと安かったのです。ですが先代が突然病死し、その唯一の長男が領主として後を継いだのですが……今までのやり方では温すぎるといいだし、突如税の額を上げ始めたのです」
……なるほどな、重税を課すってやつか。このあたりは流石にゲームでは出てこない事柄だが、リアルの世界にかわればそれもあるだろう。
「しかし突然税をあげられては領民もたまったものではないだろ? 文句はでなかったのか?」
「確かにご主人様の言うとおり反発もあったのですが、今の領主は税金の重さを身分で分けておりまして、領主にとって有益な貴族などは逆に安くしておるのです。特に騎士団長などは優遇しており、たとえ反乱を起こされても大丈夫なよう対策を講じております」
なるほどね。有力貴族を抱えておけば、いざとなっても彼らを動かし鎮圧出来るということか。特に騎士が味方についているのは大きいってところだろうな。
「話は判った。まぁどっちにしても今の俺は、大事なメリッサを傍に仕えておけるよう金を稼ぐのが先決だしな。税金は少しは痛いが頑張るとしよう」
そういってニッコリと微笑んでみる。
「ご主人様――そんな勿体無いお言葉でございます」
うん。両手を口に添えて涙までウルウルと溜めて頬も紅潮させて、ちょっと大げさすぎませんかね?
まぁいいか。とりあえず喜んでくれてるみたいだし。
さて、それじゃあ馬車に乗って先ずこの酒を納品しにいきますかっと。
◇◆◇
トルネロが届ける予定だった酒場は広場からみて南西の通り沿いにあった。
表口は閉まっていたので裏口にまわり、声を掛けてから中に入ったわけだが――
「なんだトルネロの奴。盗賊にやられて死んじまったのかよ、たく使えねぇ」
この酒場のマスターだという黒髭の親父が吐き捨てるようにいった。
見た目にはむさ苦しい男だ。そして態度も見た目にそぐう立派なもんだ。
トルネロというのがどんな人間か俺は知らんが、取引相手だった男が死んでいるのにこの態度か。
まぁ俺には関係ない話だがな。
「それで、てめぇがトルネロの代わりに酒を届けにきたってのかい?」
「……あぁそうだ。その書面にある通り所有者変更は済ませている」
ジロジロと値踏みするように見てきた上に、てめぇ呼ばわりとはな。
全くこんなやつの経営してる酒場がはやるのかね? まぁ少なくとも俺は絶対こないけどな。
「わかったわかった。じゃあ樽はそこの空いてるところに置いていけ。俺は準備があるから終わったら適当に帰っていいぞ」
「……いや、その前に代金を頂きたいんだが」
俺が当然の権利を主張すると、あぁん? と不満そうに舌を回してきやがった。
やばいな、なんとなくだがこいつから屑臭が漂ってきてる。
「その書面に書いてあるだろ? 代金を受け取る権利が俺にはある」
チッ! と舌打ちしてきた。メリッサも嫌悪感を露わにしている。
「がめついやつだ。これだからギルドにも登録してねぇやろうは、たく」
ブツブツ文句を言いながら奥に引っ込んだ。
がめついもクソもないだろ。こっちは既に税金だってとられているんだ。
「ほらよっ。これでいいだろが」
男は貨幣の入った革袋を投げてよこした。一つ一つの所為が腹ただしいが俺は中を改める。
しかし――
「おい! 五〇〇ゴルド銀貨が一〇枚しか入ってないぞ!」
「それがどうした? 俺がてめぇに払えるのはそれだけだ。正規の商人でもないくせに文句行ってんじゃねぇよ」
「はぁ? 何を言ってるんだ貴様は。こっちこそそれじゃあ話にならないな。こっちは税として一樽で一〇〇〇ゴルド払ってるんだ。赤字になってまで商品を卸す義務はない」
「そうかそれなら違約金を払ってもらうぞ。契約では期日以内に納品されなければ一〇〇〇〇〇〇〇ゴルド支払うとある」
こいつは本気でそんな事をいっているのか? 契約の意味を理解しているのか? てか一〇〇〇〇〇〇〇ゴルドとか頭おかしすぎだろ。
「だったらそっちも契約どおり一樽二〇〇〇ゴルド支払え! それでなければ契約不成立だ」
「はぁ? お前頭大丈夫か?」
男はそういうと何やらカウンターの前まで行き、引き出しを開けゴソゴソと漁りだした。
そして少しして一枚の紙をもって戻ってくる。
「ほらこれを見てみろ、契約書だ」
屑が俺に契約書を見せてきたのでそれを確認する。
「確かに一樽二〇〇〇ゴルドと書いてあるだろ」
「あぁ確かにな。だが名義をみてみろ、ちゃんと支払い相手にトルネロと明記してあるだろ?」
「だから俺は所有者変更を行いここにきている」
「そんなのはそっちの勝手だ。俺はあくまで報酬を払うのはトルネロとしている。つまり本来はてめぇに一ゴルドだって払う必要ねぇんだよ」
はぁ? なんだその理屈は。大体そんなのがまかり通るならそもそも所有者変更をした意味が無いだろ。
「だったらそもそもこの契約はなしだな」
とにかくその理屈ならそもそも契約に意味が無い。当の本人は死んでしまってるしな。
「ところがそうはいかねぇ。違約金のところをよく読んでみろ。違約金に関しては名前の明記はなく責任者への支払い義務が生じるとあるだろが。つまりその酒をおいてかねぇなら、所有者変更をし責任が移ったてめぇに違約金を請求する権利が俺にはある」
俺はその場で絶句した。なんだその契約は。平等性の欠片もない。俺にとって不平等契約もいいところだ。
いやそれに第一これは――
「くっ、ふざけた契約書だ! 第一これ違約金のところに明らかにあとから追加した後があるだろ!」
そう。この契約書、違約金の金額が明らかにおかしい。何せ文字に桁が三つ程かぶっている。
「あん? お前それで後から付け加えられたって証明が出来るのか? 契約書はこの一枚しかないだろ?」
……こいつ、俺がトルネロが持っている方の契約書を持参してないと察してこんな事をしたのか……確かに馬車には契約書そのものは入ってなかったが――
「ご主人様……」
メリッサも心配そうな顔でいってくる。
それにしてもこんなふざけた契約書があるとはな。おまけにこいつは後から桁を追加してるのに知らんぷりだ。
「とにかく一樽五〇〇払うのは俺の善意でしかねぇんだ。判ったらとっとと酒を置いていけ」
……チッ、こうなったら仕方ないか。
「判った。メリッサ、酒を運ぼう」
「え!? でもご主人様!」
メリッサが驚いて目を丸くさせている。だけどな、これも仕方ないんだよ。
「ふん、やっと理解したか。判ったらさっさと運べよ」
「あぁ但し納品の確認はしっかりとってもらうぞ。後で文句をいわれても嫌だからな」
「ふん! 忙しいが仕方ねぇな、それぐらいやってやるよ」
とことん偉そうなやつだ。メリッサはやはりどこか納得していない様子だが、とにかく酒を店に運び入れる。
「これで終わりだな。じゃあ、メリッサ。馬車が心配だから先に戻っていてくれ」
「……はい」
メリッサは顔を伏せどこか悔しそうだな。
「それとメリッサ俺が戻るまでは大人しく馬車で待っててくれ。馬車でだぞ? いいか?」
「え? あ、はい」
不思議そうな顔をしてメリッサが裏口を出た。
さてっと。
「それじゃあこれが納品分の酒だ。問題ないな?」
「あぁ確かに一〇樽あるぞ」
「そうか。じゃあ俺はこの五〇〇〇ゴルドを受け取るそれでいいな?」
そういって俺は袋の中から五〇〇ゴルド銀貨一〇枚を取り出しバッグに入れる。
「あぁこれで無事取引は完了だ」
「あぁそうだな。じゃあ俺はその取引を――キャンセルだ!」
「はぁ? お前なにい……」
「どうした?」
「うん? あ、いや」
馬鹿は顎を押さえて首を捻る。
「じゃあこの酒は持ってかえるぞ」
「な!? まてふざけるな! そんな事をしたら違約金だ!」
「それは冗談じゃないな。じゃあ最初に言っていた五〇〇〇ゴルドでいい。支払ってくれ」
「……あ、あぁそうだったな」
言って髭男は空になった革袋に再び銀貨一〇枚を入れて戻ってくる。
俺はそれを取り出してバッグにしまう。
「じゃあこれで契約成立だが――これもキャンセルだ!」
その後俺は、このマスターがもう金はねぇどうなってんだ! と叫び出すまでこれを繰り返した――




