第67話 意味がない
後書きまで読んで頂けると嬉しく思います
「気が済みましたか?」
ゴールドの声が俺の耳に届く。
そして恐らくゴロンの耳にも――そんな彼の表情は驚愕に満ちていた。
だが、きっとそれは俺も一緒だろう。
確かにゴロンの振り下ろした鍬は、目の前の男の頭蓋を捉えた。
だが、にも関わらず、この男は平然な顔をしてその言葉を口にしていた。
「そ、そんな、そんな……」
ゴロンは握っていた鍬を手放し、戦くように後退していく。
鍬が地面に落下し倒れそうになった柄をゴールドが掴んだ。
木製の柄を持つ平鍬だが、先端部分は鉄の補強がされているし先も鋭い。
当然、普通は思いっきり振り下ろされ無傷という事はありえない。
だが、ふむっ、と男はそれを平然と眺めていた。
……よく見てみると護衛と思っていた周りの男達も全く動いていない。
最初から問題にならないことは判っていたような、そんな感じだ。
しかし……どうなってる? 何故こいつは無傷でいられるんだ? まさかこいつジョブ持ち? しかしだとしても一体何だ?
疑問が頭のなかをかき乱す。だが、そんな俺の気持ちとは裏腹に、ゴールドが動き始め。
「さて、どんな形であれこの私にこのような物を振るった事を見過ごすわけにはいきませんねぇ」
手持ちの鍬をひとしきり眺めた後、視線をゴロンに向けてゴールドはいい放った。
すると村長が意を決したように口を開き。
「も、申し訳ありません。こいつには私からもきっちり言っておきますのでどうか……」
頭を下げる村長だが、ゴールドは眼鏡を直す仕草を見せた後、薄い笑みを浮かべ村長に応える。
「貴方は寧ろ喜んでいいですよ。私が彼から借金分を直接回収してあげますから」
不気味な笑みを浮かべたまま、ゴールドは村長の脇をすり抜け、数歩分離れた位置でわなわなと震えるゴロンに近づいていく。
何だ? 直接……回収?
「お、お前なんなんだ! なんなんだよ!」
「私は只の銀行の支配人ですよ。領主様に任命されたね。ですので領主様のご意向に添えるようにこうやって回収に回ったりもしてるのですがね。ところで――」
そこまで言ってゴールドはゴロンをじっと見据え。
「貴方はご自分も借金があることを理解してますか?」
俺はこの男の考えが読めず動くことが出来ないでいた。
ゴロンも急な質問に戸惑っている様子が感じられる。
「ふざけるな! こ、こんな不当な借金俺は払う気はない!」
「ほう、払う気はないですか。そうですか。ですがそれは認められませんね。借金を理解していて、それでいて支払えないなどそんな身勝手が許される筈がありません」
「だ、だったらなんだ! 俺から取れるもんなんてどうせ何もない!」
「そんな事はありませんよ。貴方には直接身体で払ってもらいますから」
身体? 楽しげに口端を歪めながらゴールドが言っているが、一体どういう事だ? そっちの趣味でもあるのか?
「さて、ではまずそれを回収しますか。【左腕】!」
ゴールドは相手に指を突きつけながら声を張り上げる。
だが、なんだ? 左腕?
「あ、あぁああぁああ! うでぇ! おでのうでぇーーーーがぁああああ!」
「なっ!?」
俺の口から思わず声が漏れる。視線の先では……左の肩口から先が消失したゴロンの姿――馬鹿な! 一瞬にして腕を消し去ったというのか!?
「さて次に回収するのは右脚です!」
「ぎゅひいぃいいいあ、あじいぃいい!」
今度は右脚の付け根から先が消えた! バランスを崩しゴロンはその場でゴロゴロと転がりまわる。
顔を苦痛に歪め……一切の出血はないようだが、痛みはあるようだ――これはスキル? しかし何のだ!? 俺の記憶ではこんなのは――
「左目――」
「ぐうぃいいいぃいいああああぁあ眼があぁあ、おで、の、め、がががががぁああぁあ!」
目までだと!? ゴロンが残った右腕の方で消失した方の瞼を押さえ苦痛の声を上げる。
くっ! 流石にこれ以上みているだけにはいかない!
「さて。そろそろ飽きてきましたし――もう死んでください。回収しますよ心臓を!」
キャンセル!
「……ん?」
俺は、ゴールドが口にするのとほぼ同時に奴を視界に収め、キャンセルを発動した。
正直奴のがどういう力なのかさっぱり判らないが……スキルか魔法であった事は間違いなさそうだ。
何せキャンセルが効いたようだからな――但し……
残り時間一五分――その時間、俺はこいつにもうキャンセルが使えない。
つまり、この男は俺にとってそれだけ脅威になり得るという事か? 一体なんなんだこいつは……
俺の脳裏に危険信号が鳴り響く。何かがヤバいと訴えてくる。
そして男が俺を振り向いた。その顔は変わらず笑顔だが、レンズの奥の瞳に疑心が満ちている。
「……貴方、今何かしましたか?」
周囲の男共の雰囲気も変わる。俺を睨めつけ、命令あればすぐに命をとりに来そうな、そんな空気――だが俺にとっての脅威はこの男だけ……駄目だ! 耐えられない!
俺の腕が双剣に伸びた――その時。
「駄目やボス!」
「おやめくださいご主人様!」
俺の左右の腕にしがみつく二人。カラーナとメリッサ――
メリッサは潤んだ瞳で、カラーナは必死な様相で、俺が思わずとろうとした行動を止めに掛かる。
正直二人が近づいていた事にも気が付かなかったな……それだけ俺の意識がこいつに釘付けだったって事か……
ただ、ふたりが止めに来てる理由は判る。彼女たちもこの男の所為で理解したのだろう。
今俺が手を出すのはあまりに危険だと――
だが、どうする? ごまかせるのか?
俺は正直次の言葉が出てこない。するとゴールドは俺とふたりをジロジロとみやった上で。
「ふむ、まぁいいでしょう。こちらも何の根拠もなく決め付けるのは早計でしたしね」
ゴールドはそこまで言って今度は村長に身体を向ける。
何だ? 俺は、見逃された?
「さて村長。その男の事はもういいですが、ただその分程度じゃ当然回収分は足りません。それは判ってますね? ですから戻ってきた娘と子供たちは頂いていきますよ。尤もそれでも全く足りませんから、次にまた私達がくるまでにしっかり計画を立てておいてくださいね」
「……判った――」
村長が……奴の要求を飲んだ。さっきの男は倒れたまま動かない。
死んでいることはないだろうが、痛みに耐え切れず気絶したのかもしれない……
「ご主人様……」
「ボス、駄目やここは……」
メリッサとカラーナの細い声が耳朶を打った。
俺のことを心配しているのか?
だったらもう、大丈夫だ。そうだ俺達はしょせん盗賊から救った娘を届けにきたにすぎない。
そこから先はこの村の問題だ。そもそも俺にはもう関係がない。
少々首を突っ込みすぎたんだ――もう静かに立ち去ろう。
それで――
「さぁ皆さんさっさと回収してしまいましょう。こんなところで時間を掛けていられない」
ゴールドの命令で男たちが遂に動き出した。集まっていた村人の中から子供を乱雑に掴み上げる。
更に俺達が連れ帰った娘たちも囲まれる。
イヤッ! という涙混じりの声も聞こえてきた。
「こいつ漏らしやがった!」
「こっちは自分から股開き始めたぜ」
「おい! 暴れてんじゃねぇぞゴラァ!」
「おやおや駄目ですよ、一応は汚れ物でも商品になるんですから。壊したら元も子もありません」
「ですがゴールド様。既にぶっ壊れているのもいますよこれは」
「ふむ、それは困りましたね。査定額から少し引かねばいきません」
平然とそんな事を言いのけるゴールド。
村に戻る途中、少しは精神的に回復してきた女の子達も、男共に囲まれた事で盗賊たちの記憶が蘇ったのか……再び正気を失いつつある――
こんな状態で……売られる? こんなわけのわからない理由で――やめろ余計な事は考えるな。
俺にできる事なんて――できる事は……
「待て! やめろぉおおぉお!」
俺は思わず叫びあげていた。
俺に寄り添っていたカラーナとメリッサが俺を見上げる。
凄く心配そうな目で……でも大丈夫。
俺がやるのは――
「待てというのは私にいったのですか?」
「そのとおりだ。子どもと女を形に持っていくのは……やめろ」
「……おかしな事をいいますね? そもそも貴方には関係のない話でしょうに。第一こちらもそれが仕事なのでね。ただ待てと言われても――」
「いくらだ?」
「……はい?」
「だから――いくらだと訊いているんだ。この村が支払わなければいけない金額がいくらかと!」
「……そうですね五〇〇万ゴルドになりますが、どうなされるお積りで?」
五〇〇……くっ! だが――
「判った。その分は俺が支払おう。それで勘弁してやってくれ――」
◇◆◇
「確かに五〇〇万ゴルドは受け取りました。しかし、貴方も物好きですね。こんな村のためにそこまでするなんて、まぁ私は助かりましたがね」
ゴールドは結局終始作り物の笑顔を貼り付けたまま、俺を変わり者のように言ってくる。
それに……反論は出来ないな――
「ふふっ、まぁでも貴方の名前は覚えておきますよ。それではまた何処かで――」
最後にそう言い残しゴールドとその護衛らしき男たちは、村を立ち去った。
……結局盗賊達のアジトから手に入れた四〇〇万ゴルドどころか、手持ちの一〇〇万ゴルドまで使って支払いを肩代わりしてしまった。
ははっ、マジで何やってるんだか俺……
「ボス、何してんねん――ほんま人が良すぎるわ……」
カラーナが俺の手をぎゅっと握りしめたまま、どこか悔しそうにいう。
そしてもう片方の腕はメリッサが取り。
「でも……私は間違っていると思いません。ご主人様の行ったことは……」
「メリッサ……でもボスの支払ったんはメリッサの――」
カラーナがそこで喉を詰まらす。
だがメリッサが首を左右に振り、いいのです、と言って優しく微笑む――
……いいわけなんてない。俺は彼女に申し訳が――
「一応はお礼を言っておくべきですかな」
その声に俺達が振り返ると、そこには村長が立っていた。
彼の表情はそういいつつも、あまり嬉しそうではない。
「あんた、一応ってなんやの! ボスが支払ってなければみんな連れ去られてたんやで!」
「それはそうでしょうな。ですからそれには一応礼を言っておくといっている。全く別にこちらが頼んだわけでもないのに無駄金を叩いて頂き心から感謝致します。この通り頭も下げます」
言って村長は深々と形だけの頭を下げる……
「これでいいですかな? ではもうとっとと村から出て行って貰えますかな?」
「そ、そんな言い方! ご主人様は皆さんのために!」
「私達の為に? あぁまぁそうなんでしょうな。貴方がたはそうやって金だけ支払えばそれで満足なのでしょう。全くどれだけ稼いでるかしりませぬが余裕があって羨ましいですな。そうやって盗賊から娘たちも救い村を金で救い大層ご満悦でしょう」
「……何がいいたいんだ?」
「別に何もいいたいわけではない。だがお前はそうやって金だけ払えばそれで終わりかも知れないが、私達にはこれからがあるのだよ。お前のやったことなど所詮問題を先送りにしたにすぎん。また時が来れば奴らはやってきて金の件を問われる。その時に用意できなければ、お前がわざわざ盗賊から持って帰ってきて大金叩いたあの娘たちも連れてかれるのさ。全く余計な事をしてくれたものだ。今ならまだ諦めがついたかもしれないのに、貴様のせいで余計な問題が増えたわい。あの娘達だって今だけは助かったと喜んどるかもしれんが、時が経てば何れ売られる恐怖に再び悩まされる事になる。子供達だって親は諦めがついてたんだ。それをお前たちのせいで無駄な希望を持ってしまった。それとも何か? お前はまた奴らがきたら金を払ってくれるのか?」
「な!? ふざけんじゃないで! なんでボスがそこまでせんといかんのよ! てか助けて貰っておいてそんないいかた」
「誰が助けてなど頼んだこの愚か者どもがーーーー!」
村長の怒鳴りあげた声にカラーナの口が閉ざされる。
「そうやって貴様等は街に戻って酒場か何かで英雄気取りに話すのだろうよ。村を救ってやったなどとな。だが言っておくぞ私は貴様等に助けてもらったなどとこれっぽっちも思っとらんわ! 寧ろ余計な苦しみを増やしただけだ! みろ私の息子を! 恐らく貴様が何かしてくれたんだろうがな。あんな状態でこれからどうしろというのだ? 左手を失い右足を失い片目まで失った。もうまともに生きることなど難しいじゃろう。なぜじゃ? なぜ殺させてやらなかった! 貴様等のやってることなど所詮その場しのぎの行為でしかないわ! そんな形だけの善意も施しも! やられるほうからしたら迷惑なのじゃよ! 判ったか! この愚か者どもが!」
……どうやらあのゴロンという男はこの村長の息子だったようだ――
村長の向こう側に見える彼は、意識を取り戻したのか他の村人に支えられるようにしながら何とか立ち上がっていた。
ふと俺の目と残ったゴロンの片目があった気がした。
その瞳はどこか恨みの念が篭っているようにも思える……目玉の失われた闇穴がただただ痛々しい――
そしてそんな俺をじろりと睨めつけ、村長がため息混じりに口を開く。
「ふぅ。私から言いたいことは以上じゃ。だが金を払って貰ったのも事実。形だけのありがとうは伝えておくよ。だが貴様等みたいな連中にはもう二度とこの村には足を踏み入れて欲しくないものですな」
というわけで色々ボロボロのヒットですが……
既にご意見も頂いておりますがまたこれかよ!と思われてる皆様も多いと思います
ですので前もってこれだけは書いておこうかと
もうお金の件で悩むのはここまでです!三度目の正直です!と……
今回で明確な敵もほぼ登場しましたので……えぇヒットはやる男です!
そして次回意気消沈のヒットについにメリッサとカラーナが!?




