第66話 とある村にて
アンジェと別れた後は、攫われていた彼女たちを連れて村を目指す。
本当ならステップキャンセルで移動できると楽なのだが、あれは両手で握れるぐらいが限界なので流石に八人での移動は無理だ。
そもそもが移動したという過程をキャンセルしているだけだしな。
もし俺の身体に触れておいてさえ貰えれば、スキルが発動できるのだとしても、問題は俺がそもそも八人を抱えて移動できるのか? という話である。
そして実際にはそれは無理だろう。
まぁもっと言えば彼女達が俺に触りたがらないだろうなというのもあるけどな。
……彼女たちの中にはなんとか喋れるぐらいまで回復したのもいるが、まだ目が虚ろだったりぶつぶつと何かを呟き続けている子なんかもいる……この状況は中々大変でもあるが――
とはいえメリッサとカラーナにも人数が多いと瞬間移動が出来ないんだと説明し、歩きのルートで移動を開始する。
とにかく脚を動かさなければ始まらない。
時刻はお昼を過ぎているだろうが、頑張れば陽が落ちる前にはたどり着けるだろうか――
不安なのは彼女たちの精神力と体力だな。
一応水は魔道具のボトルがあったから、それで各人に回し飲みしてもらったがな。
勿論俺は我慢する。男の俺が口を付けると彼女たちが飲まない可能性があるからだ。
ただ俺の、村まで歩けるか? という問いには、何人かの娘達が目で大丈夫だと訴えてきた。
とにかく早く村に戻りたいという意志も強いのかもしれない。
なので俺達は時折休憩を挟みながらも歩き続け、そして予定通り陽が落ちる前、時刻で言ったら午後の4時頃には彼女たちの住んでいた村に辿り着いたのだが――
◇◆◇
途中で聞いた話での情報ではあるが、彼女たちの村は、老若男女含めて今は三〇人程が暮らす小規模な村との事だった。
収入源は畑で取れる作物と養鶏によるもので、自分達の生活できる分程度を稼ぎほそぼそと暮らすようなそんな村だったらしい。
さてそんな村に、救出した娘たちを連れて脚を踏み入れた俺達だったが、そこで妙な光景に出くわす。
村の中心にあたる位置に恐らくだが、村人全員が集まっていたのだ。
まだ小さな子どもの姿も見受けられるし、彼女たちも随分と驚いている様子だったが――
「お前たち無事だったのか!?」
一人の老人がこちらを振り返り声を張り上げた。
すると娘の一人が、村長! と声を上げる。
なるほどこの老人が村長か。どうりで……何せ他の村人は少し離れた位置で集まり、状況を見守っているかのような態勢だが、そんな中この村長だけは集団から離れ中心で一人の男と対峙している。
そして――俺にとって気になるのは寧ろ村長よりも対峙している男の方であった。
その男の後ろには、明らかに村人とは違う屈強な戦士然とした者が八名付いている。
顔も厳つく、明らかに村人を威嚇しているようにも思えた。
村人が妙に不安そうな顔をしているのはそのせいか……一体何者なのだろう?
村長の目の前に立つ男の雰囲気は、後ろの連中ともまた違う。
むしろ貴族然といったところか。
かなり身なりはきっちりしていて、背は俺より頭一個分ほど低く、顔は面長。銀髪の髪を後ろで縛り総髪のような形にしている。
目は、というか顔全体に終始笑顔が張り付いているような、そんな面立ちで片側だけの眼鏡、片眼鏡というのだったか? それを着用していた。
出で立ちは皺一つ無い黒のスラックスに、Yシャツ、そしてシャツの上から金糸に銀糸とふんだんに取り入れたコートを重ねている。
腰には小さなポーチのようなものも、ベルトで固定されているな。
この身なりで考えると少し違和感もあるが――
そんな男と村の村長が向かい合っている。村長に関しては真剣な、いやどこか萎縮しているようにも思える様相。
どうみてもこれは只の客ではないな……
「ほう、この村にもまだこんなに若い娘がいたのですか。黙っているとは貴方もお人が悪い」
すると男は俺の後ろから付いてきていた娘たちを一瞥し、村長に向かってそんな事を言う。
奴の笑みが深まったような……そんな気がした。
「こ、この娘たちは盗賊に攫われていた娘たちだ。まさか生きているとは……戻ってくるのは絶望的と諦めていたんじゃがな……」
「ちょ! なんやあんた! そんな言い方ないやろ! てかなんやねん! こうやって無事戻ってきたいうのにもっと他にいいかたあるやろが!」
後ろからカラーナが吠えるように言う。
確かにこの村長の言い方はあまりに配慮に欠ける。
これでは折角助かっても彼女たちの心が救われない。
「ふむ、いやいや寧ろこの村にとってはありがたい事だと思いますよ。これで少しは借金の足しになるでしょうしね」
すると村長ではなく目の前の男が応えるように言う。
しかし、借金の? 何だこいつは? 何を言ってるんだ?
「まぁ、しかし盗賊に攫われたような汚れ物では、あまり良い査定はつけれませんねぇ。精々一人二〇〇〇〇ゴルドといったところですか? 金利分としてみても全く足りませんね」
薄ら寒い笑みを浮かべたまま、男はいう。
てか金利? 汚れ物だと?
「言ってる意味がさっぱり理解できないな。突然戻ってきた子を物扱いとか……何考えてるんだ一体」
俺はふたりに近づきながら文句を述べる。
すると片眼鏡のレンズを直しながら、男が俺に顔を向けた。
「ふむ、私からしてみれば突然やってきて口を挟む貴方のほうが理解できませんがね。誰なのですか一体?」
男の誰何に俺はその顔を睨めつけながら応える。
「俺は冒険者のヒットだ。わけあって旅の途中、盗賊たちにこの娘達が囚われているのを知り助けだした。それなのに折角こうやって村まで連れ帰って見れば、こっちはそっちのけで物騒な話をしてる。文句の一つも言いたくなるさ」
「ほう! なるほど、無事戻ってきたのは盗賊から貴方が取り戻したからですか! これは勇ましい。いやいや冒険者の皆様には私も普段からお世話になってますからね。ここは是非お礼を」
……正直こんな奴にお礼を言われる筋合いじゃないんだがな……てか――
「そもそもあんたこそ誰だ?」
「おっとこれはご挨拶が遅れ失礼致しました。私セントラルアーツにて銀行の支配人を任されておりますゴールド・ステイルと申します。以後お見知り置きを――」
随分と洒落た振る舞いで挨拶をしてくる。笑顔も崩れない。
だが、そのレンズの奥の光は邪悪に満ちているような、そんな気がしてならない。
しかし――
「銀行やて……」
ふと、カラーナの呟きが俺の耳朶を打つ。
そう、そうだ銀行だ。
こいつが一〇〇万ゴルドを失うこととなった銀行の……肩書からいったら責任者か?
それにしても、まさかこんなところで出会えるとはな――
「ところで一つお聞きしたいのですが、あの後ろのふたりは貴方の奴隷ですか?」
ゴールドはメリッサとカラーナの方を指さしながら訊いてくる。
なので俺は不機嫌を露わにしてそうだと返してやった。
「左様ですか。いやいや失礼、万が一でもこの村の所有物であったなら、あれだけの奴隷なら少しは借金の足しになるかもと思ったのですが、残念ですね」
「――ッ!? さっきから聞いていればふざけたことを!」
「おやおや気を悪くさせたなら申し訳ない。ただこれは既に貴方には関係のない話。この村と銀行との問題ですからね。さて村長、とりあえずその娘と子供は借金のかたとして明け渡してもらうとして、残りの金額はどういたしましょうかねぇ……」
ねっとりと纏わりつくような声でゴールドが言う。
村長はぐぬぬぅ、と顔を伏せ唸るばかりだ。
そして――俺はちらりと捕まっていた彼女たちを振り返るが……不安そうな表情を見せている。
当然か、折角無事戻ってきたと思えば銀行の連中に身売りされようとしているんだ――
「い、いい加減にしろ!」
「ちょ! 馬鹿お前やめろって!」
「うるせぇ! こんなふざけた話を聞いて、黙っていられるかよ!」
怒鳴りあげたのは離れたところで不安そうに静観を保っていた村人の一人だ。
手に鍬を持った男で、全体的にある程度年齢がいき、痩せこけたような村人が多い中では、まだ逞しい方とも言える。
その男は、他の村人の制止も聞かず村長の横までのしのしと足を進める。
「ゴロン! お前は引っ込んでいろ!」
「馬鹿言え! 大体このまま言われるがままにしておくつもりか? 俺は納得いかねぇ!」
「……ふむ、どうやら貴方は私に何か不満があるようですね?」
当たり前だ! とゴロンが人差し指を突きつける。
相当に憤慨しているのか、額には青筋がピクピクと波打っているな。
「大体! なんでわざわざ村がてめぇのいう銀行とかいうのに強制的にお金を預けさせられないといけねぇんだ! おまけにでたらめなノルマまで課せられてよ! 金利分が払えてないから借金だと? ふざけるな!」
「何を今更。それは領主様が変わられて直ぐにお知らせしたではありませんか」
「な! 何が知らせだ! 有無も言わせず紙切れ一枚だけ置いていっただけだろ!」
「それは当然ですよ。領主様が決められた事なのですから、貴方達に文句をいう権利などありません」
「!? ふ、ふざけたことばかり言いやがって! 大体てめぇら自分たちの要求ばかりでこっちの願いなどさっぱり聞き届けもしないだろ! 畑の近くまで引かれてた川だって、とっくに干上がってんだ! おかげでこっちは数キロ離れた場所までわざわざ汲みにいかなきゃならねぇ!」
「そうですか。よかったではないですか。たかが数キロで水場まで到着できるんですから」
な!? とゴロンが絶句した。
いや、当然だろう。流石にそれは……
「俺が口を挟むのもなんだが、流石にそれはいっていることが無茶苦茶じゃないか?」
「無茶? 何故ですか?」
「あんたらはお金を預けてほしいんだろ? だがその金を生み出すためには作物をしっかり育てる必要がある。その為には感慨は必須だろ? ならせめて干上がった川への対応ぐらいなんとかしてあげるべきじゃないのか?」
「そ、そうだ! 彼の言うとおり! そのせいで土も痩せこの村の収穫量も激減している! 鶏の餌だって不足しているんだ! おかげであんたのいう預金額を収める為に収穫したものは殆ど手がつけられず村の連中だって録な飯にもありつけないんだぞ!」
……確かに村人の多くは着ているものも殆どボロだし、貧相な体付きのなのも多い。
相当に貧しい思いをしているということなのだろう。
「……殆どということは少しは手を付けているという事ですか?」
は?
「少しはって……野菜の余った葉とかそんなんでも飢えをしのいでいるんだよこっちは!」
「葉っぱですか? おやおや贅沢ですね。こっちの求める金額には全く届かず借金だけが増えていってるというのに、そんな物を口にしているとは」
……何をいっているんだこいつは?
「大体領主様の取り決めた規則にも従えない連中が、畑で採れた作物を例え葉っぱとはいえ口にするのが間違っているのですよ。全くそんな贅沢が出来る余裕があるというのに文句ばかり口にするとは少々甘やかしすぎましたかね?」
「おいあんた! ふざけすぎだぞ! 第一採れた作物も食べれず一体何を食えと言うんだ!」
俺は思わず声を荒らげて言ってしまう。
だが、この男は、ふむ、とその相手を苛立たせる笑みを浮かべたまま顎に指を添え。
「ならばこういうのは如何でしょう? 貴方達も生きていれば糞尿をするでしょう? それを食すのです。それで腹も膨れるでしょう」
「な……」
俺はその答えに唖然としてしまう。
ゴロンという男も一緒なのだろう。口を半開きにさせて呆けている。
「もしくはそうですね。ここにもたくさん食料があるではないですか?」
「しょ、食料だと? そんなものどこにあるってんだ!」
「この土ですよ。ほらその辺一面に広がっているでしょう? この土を食えばいい。それに土を掘れば虫も出てくるでしょう。それも大事な栄養源になることでしょう。うむ、いいアイディアだ他の村にも伝えてあげるとしよう」
ゴールドは、ぽんっと手を打ち、満面の笑みてとんでも無いことを口にした。
しかもその表情からは、冗談などではなく本気で言っているであろうことが感じられる。
「ふ! ふざけるな! そんなの人間の食うものじゃないだろ!」
ゴロンは左手を水平に振りぬきながら叫んだ。
怒りにわなわなと肩が震えている。
俺も他人ごとながら同じ気持ちだ。そしてこんな事を平気で言えるこの男は明らかに狂っている。
「人間? これは驚きました」
ゴールドは頭を振りながらため息を吐くように口にし。
「指示された金額も、まともに期日に用意できない連中が何を言い出すかと思えば。いいですか? 家畜だって売れば金になるのですよ? でも貴方がたはその金も用意出来てないのです。その時点で貴様等など家畜にも劣る存在なのです。全く魔物だって素材を売れば金になるというのに、何の足しにもならない役立たずの分際で川をなんとかしろなど良く言えましたね? この際ですからはっきり言っておきますが、金にもならない貴様等の命など、領主様のお言葉をお借りすれば虫けら以下なのですよ。そのあたりしっかり理解して頂かないと――」
「も、もう許せねぇ! この野郎!」
「お、おい馬鹿よすんじゃ!」
しかし村長の言葉も聞かず、ゴロンは鍬を両手で振り上げて、ゴールドの頭に思いっきり叩きつけた。
これだけの事を言われたのだ。
彼の気持ちもわかる。
だが――周りに護衛らしき連中がいたにも関わらずゴールドの頭にその鍬が見事命中したのだ……
まさかあたるとは、俺も正直驚きなのだが――




