第65話 ゲス野郎共
「す、すまない。折角お借りした大事な武器を汚してしまった――」
アンジェは律儀にメリッサに謝罪しているようだった。
俺の背中に彼女の声が届く。
メリッサは気にしていないといっているが、まぁでもあんなものを突き刺した武器だからな……戻ったらドワンに見せて表面を上手く削って調整できないか聞いておこう。
しかし今はこいつのほうが問題だけどな。
「で? まだ歯向かう気なのかい?」
俺は最後に残った魔物使いである、エービルに尋ねる。
彼を守るように一体のオークが立ち塞がるが、既に他には仲間もいない。
盗賊たちは全員殺したし、オークだって他にはいないのである。
「くっ! 舐めるなよ! このオークは俺が従えさせてる中でも、一番腕が立つ!」
ふむ、なるほど。まぁ確かに一番近くで主を守らせるわけだからな。
当然一番使えるやつを置くわけか。
目の前のオークも鎧は一緒だが与えられてる武器は大剣と、やはり差はある。
ついでにいえばスキルの効果も付与されているのかもしれない。
確かハイ・イビルティマーのスキルには【ボディーガード】というのがある。
このスキルを使用されたオークは、活動範囲が主をいつでも守れる距離に限定されるようになるが、その分能力が格段に上昇する。
「そこから更に一歩でも近づいたら、このオークの刃が貴様を斬り裂く!」
「ブホォ!」
とはいえ他が全滅したこの状況で往生際の悪いやつだな。それともそんなに自信があるのか?
「ヒット。私も手伝おうか?」
「いや、大丈夫だ」
アンジェは頭も殺ったしな。俺にも見せ場は残してほしいところってな。
それに戦闘後で気が高ぶってるのか忘れてそうだけど……アンジェの今の格好は色々と問題がある。だから今はとりあえず下がっていてほしいところ。
さてっと、何はともあれ他のオークよりは強いらしいしな、折角だちょっとあれも試してみるか。
そう思った時には既に俺の身体は動き、オークに向かって跳びかかっていた。
「ば、馬鹿め! ジャンプなどすればいい的だ!」
エービルの喜色を含んだ声。なんかさっきも似たようなの聞いたけどな。
まぁ今回はクロスボウは担いでないけど。
で、跳躍している俺に向けてオークが身構え、その大剣を振り上げたその瞬間、キャンセルっと。
ブォン! という意気のいい音が耳に届くが、その時は俺の身体は飛びかかる前の状態に戻っていた。
そして視界に見えるは盛大に空振りして、おっととみたいな状態のオークの姿。
思わず変な笑いが込み上がる。
ムーブキャンセル。
それが今のキャンセルで、キャンセラーが使える戦闘用の四大キャンセルの一つ。
そもそも使用方法自体はキャンセルの一言で済んでしまうキャンセルだが、状況によってキャンセラーのスキルは結構細かく分かれている。
ターゲットキャンセルは戦闘中の相手の動きをキャンセルするし、アタックキャンセルは自分の攻撃の隙をキャンセルするスキル。
ステップキャンセルは移動の過程をキャンセルし高速移動を可能にしてる。
そして今のムーブキャンセルは自分の行動をキャンセル。まぁ例えは前に移動したという部分をキャンセルしたり、今みたいに跳躍したという行動をキャンセルするのが主な仕様。
そしてキャンセル後は、キャンセル前の状態に瞬時に戻す。
一見するとステップキャンセルぽくもあるが、あっちは移動専用で過程をキャンセルして結果を残しているので効果自体はかなり違う。
ムーブキャンセルはその特性上、相手のミスを誘うフェイントに取り入れたり、トリッキーな動きで相手を翻弄するのがメインだ。
ゲームでは使い所が難しいとされていたスキルだが、上手く使えば戦いの幅が広がる。
まぁ、そんなわけでお陰で相手は完全に隙だらけの状態をさらけ出してるわけだ。
なのでとっとと調理して終わらせるとするかなっと。さぁ! いくぜ!
ヒレ!【キャンセル】ロース!【キャンセル】肩!【キャンセル】肩ロース!【キャンセル】もも!【キャンセル】外もも!【キャンセル】ばら!【キャンセル】――そして最後は! ヘッド!
「おお~ボス凄いで~見事な解体や」
「ふっ、つまらぬものを斬ってしまった――」
「ふむ、いやしかしとても食べる気にはなれんな」
「あ、でも素材は肝ですね。精力が付くとか――」
意外にもそうなんだよな。だから途中のオークも解体して肝をバッグに入れてる。
さっきの空洞のだけはまだだけど、それは後で回収するとしよう。
「まぁ取り敢えず、今度こそ後がないな?」
俺は一人残ったエービルに死の宣告に近い言葉を投げつける。
するとがくりと膝を折り、諦めの様相を漂わせた。
イビルティマーにしろハイ・イビルティマーにしろ、ジョブ持ち本人の能力は極端に低い。
従わせている魔物が全滅することは、そく死に繋がるようなジョブだ。
「す、済まなかった――た、頼む、い、命だけは……」
地べたに頭を擦り付け命を乞う。
全く勝手な男だ。自分はそうやって助けてと願う相手にどれだけ酷い事をしてきたというのか。
本来ならこの場で首を斬り落としたい気持ちだが。
「ボス。こいつの事はギルドに任せてもらってえぇ? それにこんな屑、ボスが手を下す価値もないしな」
「……判った」
カラーナが俺の腕を取り告げてきた提案に俺は乗ることにした。
男はホッとしているようにも見えるが、馬鹿なやつだ。
盗賊ギルドに明け渡されるなんて思ってもいないのだろう。
こっちはアンジェの手前ギルドとしかいってないからな。
冒険者ギルドとでも勘違いしてるならおめでたいことだ。
「ヒットの判断ならば私も異存はないが、ただ囚われている者を閉じ込めている場所は教えてもらうぞ!」
汚物を見るような目をエービルに向けながら、アンジェが問う。
メリッサの隣には涙で目を腫らした若い娘の姿がある。
他にも囚えられている者がいることはきっと彼女から聞いたのだろう。
「わ、判った。言うとおりにする……」
既に頭も討たれた事で逆らう気は毛頭ないようだな。
ただ――
「その、なんだ。アンジェはその前に今の格好を何とかしたほうがいいかな……」
俺がアンジェから視線を逸しつつ、指摘すると可愛らしく、キャッ! と彼女が鳴いた。
う、う~ん、この反応思わず覗き見たくなるがそこはぐっと堪えるとしよう。
ちなみにアンジェの鎧と剣は部屋に転がっていたので直ぐに見つかった。
アンジェはそれを直ぐ装着し直す。
……少しだけ残念な気がしてならない。
ちなみにウィンガルグも狼の姿に戻りアンジェの身体に巻き付いているが……顔が少し悲しそうにも思える。
いやきっと気のせいだと思うが。
うん、だって精霊だ。そんな剣と一緒にアレに入れられたことなど気にしてる筈がないだろう。
さて、しかし人質にされていた娘に関してはここには着せるものがなかった……
なので取り敢えずこのエービルって奴からローブを剥いで包まってもらう。
これでかなりマシだ。
こいつはパンツ一丁になったが上等すぎるだろ。
その後、俺達はそのパンツ一丁の屑に案内させ、攫った娘たちを閉じ込めているという部屋に向かったが。
「ひっ! いや! こないでぇえぇ! もうこれ以上イヤああァああ!」
「お、お願いです。いうことを聞きますから。ここ、どっちでもいくらでも――好きにしてくれていいですから、もう、乱暴しないでぇ……」
そこに無事……とはとてもいえないが、とにかく命が無事だった者は四人いた。
全員若い娘だったが――予想以上の酷い有様に居たたまれない気持ちになる。
部屋は臭いがキツく、糞尿と精の入り混じった悪臭を放ち、アンジェにメリッサ、カラーナと一歩脚を踏み入れた瞬間に顔を深く顰めてしまったほど。
部屋の中は薄暗かったが、誰かがいるのは判ったので、俺は助けに来たと近づいてみせたが、全裸で放置されている彼女たちは半狂乱な状態に近く、男が来たというだけで失禁したり、ガタガタと震えてみたり――そして今の言葉だ。
自分から股を開いて、俺に懇願してくるその様に思わず顔を背けた。
さっき助けた娘も俺に対しては相当怯えていた様子だったが、これを見るにここで何があったか想像するに容易い。
結局彼女たちを落ち着かせるのはアンジェとメリッサに任せた。
カラーナはあまりそういう事は得意ではないようだが……ただエービルに対する目付きは鋭く冷淡なものに変わっている。
俺も同じ気持だが表情にはもっと直接的な感情がにじみ出ていたと思う。
こいつを今すぐぶち殺したいという気持ちだ。
「おい! おまん死にたくなかったら、ここの屑が貯めこんどった場所を教えんかい!」
カラーナがドスの聞いた声で叫ぶ。すると男は震えながら金の隠し場所を教えてくれた。
アンジェとメリッサに断って、俺とカラーナでエービルにそこまで案内させる。
すると途中別の道に繋がっている横穴をみつける。
どうやら金の在処とは別らしいが……酷い臭気が漂ってきてる。
さっきの部屋とはまた別の、これは腐敗臭――
「おい! こっちには何があるんだ!」
頭をよぎる予感に声が自然と荒ぶる。
前を歩くエービルの肩が震え、そろりと俺を振り返った。
「そっちは何も――」
「嘘をつくな! 今すぐ殺すぞ!」
「……そっちはオークの養豚所だよ」
「……先にそっちを案内しろ」
「み、見たっていいことないぜ?」
「いいから早くしろ!」
憤怒に満ちた声音で怒鳴りつける。するとしぶしぶと足先を変え、穴の奥へと進んでいくが――
屑に案内させた奥はかなり暗かった。
だが何かがいて蠢いているのはよく判るし、鳴き声からそれがオークのものであることも理解は出来た。
ただ、やはり暗いので俺はマジックバッグから魔導店で購入したランタンを取り出し、前を照らすが――
「ブヒッ、ブヒィ~」
「ブヒャ! ブヒャ!」
「……なんやこれ――」
右腕を口元にあて足を止め戦く。カラーナの表情は驚愕に満ちていた。
俺だって……さっきのアレだけでも気持ちは怒りに満たされたものだが、この光景には逆に冷静になれた。
人間想像を遥かに超える事態に遭遇すると、逆に落ち着いてしまうものなのかもしれない。
その場にはさっきの部屋よりも遥かに多くの女性達がいた。
但しその命は既にない。中にはかなり日が経ってしまっているのもいるのだろう。
この臭いは間違いなく腐臭。
そして――その骸に大量に群がっているのがオークだ。
まだ成長しきれていない、悍ましいオークだ。
そのオークが恐らくは己を産んだ母体を、もしゃもしゃと食べていた――
今も何体かは食事中……奴らが村から娘を攫ってきたのは、オークの子供を孕ませるというだけでなく、餌にする為でもあったということか。
俺は、その眼に焼き付いていく光景を直ぐにでも消し去りたかった。
だから双剣を抜き、耳障りな騒音を奏でる化け物どもに近づき、次々とその身に刃を突き立てていった。
どんなものでも子供は可愛いというが、こいつらに関してはそんな感情は全くわかない。
害虫を駆除するような、そんな感覚で糞虫共を斬り刻んでいく。
中には既に魔物としての本能に目覚めているのか、殺意を込めて飛びかかってくるのさえいたが、関係がなかった。
とにかく今すぐ排除したい。俺にその眼を見せるな。顔を近づけるな。
人間様を――喰らうな!
「ボ、ボス……」
「問題ない。全部片付いた」
恐らくカラーナが心配したのはもっと別のことかと思ったが、俺は無表情のままその事だけを告げ、そして顔をエービルに向ける。
「くぅ、折角、折角ここまで増やすことが出来たのに――」
残念そうに肩を落とし、口惜しそうにいう。
こういう男は、例え目の前で弱者が謂われなく殺されようが何も思わないのだろう。
「……なんで人を食わせていたんだ?」
俺はこのゴミ虫を冷たく見下ろすようにしながら詰問する。
「……餌を用意する手間が省けるからに決まってんだろ? それにオークを産んだ女なんざ壊れちまってもう使いもんにならねぇゴミだしな! 新しい女なんざまたどっかから調達すればいいってのが頭の考えだったんだよ! けへっ!」
エービルはせめてもの抵抗とでも言いたげに、薄汚い口を開いた。
俺の頭にチリチリとした熱を感じる。
「不愉快だ、早く金目の物がある場所まで案内しろ」
俺の言葉に舌打ちを返すのが聞こえた。
「こっちだ」
「どっちだ?」
「だからこっちだと言って――ぎいぃいいいいひいぃいい指ぎゃぁぁあっあああああ!」
屑が俺の問いに、指をさしながら不機嫌そうに答えたから、俺も思わず衝動的にその人差し指を一本切り捨てた。
まぁ別に悪いとも思わないが。
「ぢ、ぢぐぢょ……」
「指ぐらいで済んでマシやと思うんやね。うちだって……ほら! そんな痛がってる暇があるならさっさと案内しいな!」
カラーナの声が尖る。俺も、さっさとしろ! とその腹を蹴りあげた。
蹲ってみせたが、再度剣を抜くフリをすると、ひぃいいいぃ! と情けない声を漏らし立ち上がり先を急ぎだす。
動けるなら早くしろグズが。
……それにしてもこの光景はメリッサとアンジェには見せないで正解だったな――
エービルというゴミが案内してくれた部屋には鍵の掛かった箱があり、それの開け方は判らないなどと宣っていたので、更に指を三本切ったが本当に知らない様子だった。
まぁこの箱程度の鍵は、カラーナのスキルであっさり開いたがな。
それを見て、だったらさっさと開ければよかっただろ――などと愚痴を零したのでもう一本切り落とした。
これで右手もスッキリしただろう。
悲鳴を上げてゴロゴロと転がり煩かったがな。
箱の中には金貨で四〇〇万ゴルド入っていた。かなり貯め込んでいたようだな。
これで金額も見事に達成できた。
だが、この連中が金を手に入れた方法を考えると素直に喜べない俺もいた。
「ボス気持ちもわかんけど、金は金や。こんな連中に使われるぐらいならボスが手にしたほうが意味があるやろ」
「……そうだな」
俺は自分を納得させ、その金貨をマジックバッグに放り込んだ。
そして部屋にある適当な長さの布も持って皆の下へ戻ることにする。
いつまでも囚われていた娘を裸にさせておくのはな。それに裸体を晒させたまま外にでるわけにもいかないしな。
これであれば包まれば、取り敢えず身体を隠すことが可能だ。
エービルに関してはここで役目も終わりだ。カラーナが見つけてきたロープで後手に縛り、脚もがっちりと縛り上げた。
右手の指を失ったこいつには、もう解くことは不可能だろう。
折角なので、これから迎えに来るのが盗賊ギルドである事も教えてやった。
ついでにカラーナが、この男がこれから受ける責め苦を親切に伝えてくれた。
その途端エービルは顔色を変えて、涙ながらに、助けてくれぇ助けてくれぇ……と訴えていたが、たっぷり拷問を受け続けて苦しみぬいて死ね、と伝え、勝手に死ねないように布を使った猿轡もしっかり噛ませ、俺とカラーナはその場を後にした。
メリッサとアンジェの下に戻ると、捕まっていた娘たちは大分落ち着きを取り戻した様子ではあった。
ただそれでも口数は少ないし、表情もまだまだ暗い。
これだけの目にあったならそれも仕方ないか……元々は普通に村で暮らしていた女の子に過ぎないわけだしな。
唯一の救いは、どうやらオークとはまだ済まされていなかったって事か――
「あの男はどうしたのだ?」
「あぁ、奥で縛り付けて放置してある。先ず逃げられないし、後のことは別の人間に任せる形だ」
「そうか……だがこの場から連れて行って貰えてよかった。もしずっと私の前にいたなら、我慢できず斬り捨てていたかもしれん……このような――」
……生き残った中には、事情を話してくれたのもいたのだろうな。
それで話を聞いて、とても耐えられる自信がないと――メリッサも表情に影を落として辛そうだ。
この様子だとやはりあの光景は見せておかなくて正解だったな――
とにかく俺はアンジェとメリッサにあの部屋で見つけた布を渡し、彼女たちに包ませるようお願いした。
カラーナも一緒になって四人の娘の身体を布で覆う。
俺はなるべく近づかないように努めた。
男に対する恐怖心はまだまだ抜けきりそうにない。
それだけの事を、あの連中は行ったのだ――
「その、ここまでしてもらって申し訳ないのだが、彼女たちの事はヒットに任せてしまってもいいだろうか?」
洞窟の外に出たところで、アンジェが申し訳無さそうに言ってくる。
どうやらどうしてもいかないといけないところがあったようだ。
だが道中この盗賊のアジトの事を知り、いてもたっても居られなくなり、救出にやってきたらしい。
ただ卑怯な手にあい、結局自分が囚われることになり情けないともいっていたが――
「あぁ判った。どっちにしろこの子達は村まで送るつもりだったしな。どうやらみんな同じ村のようだし」
洞窟を抜ける途中、なんとか会話が出来そうな娘と、簡単にだが話をし、彼女たちの住んでた村は判っている。
地図でいくと、ここから北北東に一〇km程進んだ先にある村だ。
アロエー森林との中間ぐらいでもあるな。
「ありがとう。助けてもらっておいて勝手なことばかりいって申し訳ないが、正式なお礼はまた後日にでも――」
俺は気にするな、と言ってここでまたアンジェと別れた。
しかし忙しい女騎士さんだな。
……てか王都に戻るんじゃなかったのか? しまったその辺の事を聞くのを忘れていた――が、まぁいいか……
盗賊団は死んで当然の連中でした……
アンジェとはまた一旦別れることになりましたがさて……




