第63話 思わぬ苦戦?
「ひゃっほーー! エービルの言っていたとおりだぜぇ! それにしても女と聞いてたがここまでとはな」
「全くだぜ! こいつはすげぇ上玉だ! みろよあの褐色の女の身体。こうキュッ! としてて、でも出るとこはしっかり出ていてよ。たまんねぇぜ!」
「俺はあの肌の白い金髪ネェちゃんだな! 柔らかそうな身体で、でもあのおっぱいのデカさ! くぅ~~! 早くかぶりつきたいぜ!」
「おいおいどっちかなんて湿気たこと言ってんじゃねぇよ! 両方共喰いまくってやろうぜ!」
「ブヒー! ブフッ!」
「ブフフッ! ブフッ!」
予想はしてたがいかにも頭の悪そうなゲスな連中が、奥の通路から現れた。
盗賊団の連中が四人とオークが二体である。
そんな奴らは、メリッサとカラーナの姿を認めるなり、口端を歪め、ニヤけた目で値踏みするようにふたりを視だす。
俺のことなんか眼中にないってな具合だ。
頭のなかは下でいっぱいなのだろう。
おかげでメリッサも小さく、嫌――などと呟き嫌悪感が顕に。
恐らく身を捩って奴らの目から自らの美しいボディを隠したことだろう。
となりのカラーナも、キモい奴らや! と歯牙を見せ汚物を見るような瞳を連中に向けている。
だが奴らはその事すら興奮を覚えるみたいだけどな。全くとんだ変態だ。
……だが、一つ判ったのはやはり相手のハイ・イビルティマー……連中がエービルと呼んでいるのが恐らくそうだが、そのスキルでは魔物を通してこちらの詳細な情報までは掴むことが出来てないということだ。
奴らはこちらに女性がいるという事までは掴めていたようだが、その詳しい容姿までは理解できてないようだったしな。
一応オークの感情をある程度読み取ることが出来るんだろうなぐらいは判ったが、それ以上の事は無理なのだろう。
そして同時に最初の作戦が上手くいっているのも連中を見てれば理解できる。何せ――
「ところでよぉ、あの一人だけいる野郎はどうする?」
「あん? んなもんさくっとぶっ殺せばいいだろうが。どうせ大したことのない連中だ」
「そうだぜ! こっちは女だけ手に入ればそれでいいんだからよ!」
「男なんて用済みだしな。まぁ結構顔はいいようだから、余裕があったらオークにやってもいいかも知れねぇけどな」
この会話である。全く判りやすすぎるな。こいつらは完全に俺達を舐めて掛かってくれている。
きっと俺達は入り口のオーク二体ですら手こずる程度の腕前と思っていることだろう。
でも、それでいい。だからこそ次の手が生きてくる。
既にカラーナからこの先に罠が無いことは調べてもらっている。
その上でこの視界なら――だから俺は奴らの次の瞬間のバカ面を想像しほくそ笑みながら……
ステップキャンセルで一瞬にして距離を詰めた。
「ブフォ!」
「ブグゥオ!」
「な、なんだ!」
「こ、こいついつの間に!」
「オークの目の前に!」
奴らの隊列は前に壁代わりのオーク二体、その後ろに盗賊が三人という形。
ただこの通路は幅はまぁまぁある為、オークが並んでいてもまだ横に一人分ぐらいの隙間はある。
そして重要なのは俺が突然現れたことでオークを含めた全員の目が俺に釘付けになった事だ。
だが、これだとまだ気づく奴が現れる可能性がある為、俺は踵を返し再度姿を消して後ろに控えるメリッサの下へ戻った。
当然連中には再度俺が消えて一種にして移動したように見えた筈。
その驚きは相当なものだろう。完全に俺に注意が向けられている。
だからこそ、カラーナが横をすり抜けていたことにも気が付かない。
そして、俺を見て目を丸くさせていた連中の表情が瞬時に歪んだ物に変わる。
声にならない声を、息を漏らす程度の音を吐出させながら、首を押さえバタバタと三人の盗賊が倒れていく。
その後ろ首はカラーナの手で刈られ、醜悪な三人は完全に仕留められた事だろう。
そして残ったのはオーク二体。これも当然狙い通りだ。
「メリッサ、さっきと同じように無理しない程度に行くぞ!」
「はいご主人様!」
俺はメリッサの手を取りステップキャンセルでオークの正面に立つ。
そして直ぐ様、彼女を俺の背中側に回した。
俺の方が背が高いしそれなりに逞しい体だ、上手いこと盾になることが出来る。
オークはやはり少しギョッとしている様子だったが、すぐさま手持ちの棍棒で俺に殴りかかってくる。
外にある樹木を切り適当に加工したようなものなのだろう。
だが材料費はタダなので、オークに使わせるには持って来いといったところか。
マトモな武器を持たす気はあまりないのだろう。
見張りの持っていたものも、どこかでタダ同然に手に入れた物を使わせていたという感じだった。
オークは見た目通り、腕力は通常の人間なんかとは比べ物にならないぐらいある。
だから、その程度の武器でも十分相手に脅威を与える事が出来るのだろう。
防具だけは簡単な鉄板を用いたものを装着させているが、これはいざとなった時の壁役として役立てるためだと考えられる。
何せ今も先頭を切っていたのはこのオークだった。
女を攫って子作りに励ませているのも、所詮使い捨てで死んでも構わないと思っているからだろ。
だがそれでもツメが甘いとは思うけどな。
取り敢えず俺はオークの一撃目を躱し、もう一体のオークにはキャンセルを掛けておいた。
どちらも棍棒だから、あまり射程距離を考える必要はないな。
棍棒を空振った方のオークの身体は大きく横に流れている。
繊細さに掛ける大味な攻撃しかできないオークは、常に一振り一振りが全力だ。
だから躱してしまえば見事に隙が生まれる。
前は鉄板で守られてるオークも、側面はがら空きだ。所詮前掛け程度の防具だからな。
だからがら空きの脇を認めた後、俺は自分の腕を広げる。
俺自らが攻撃するためではない。その隙間からメリッサに突きを撃たせるためだ。
そのがら空きの脇腹に彼女の刺突が抉り込まれる。
若干顔を歪めるオーク。だが一撃で殺せるほどのダメージはない。
しかし元々それが狙いだ。
そして、横にいるもう一体のオークも表情に苦痛の色を滲ませる。
背後にカラーナが迫っていた。
首を押さえている辺り、そこにソードブレイカーによる突きでも喰らったのだろう。
ただカラーナも盗賊系であるため、力自体はそこまでない。
本来なら彼女は最初の盗賊を殺ったように、相手に気づかれない内に急所を狙い何時の間にか倒してしまうような、そんなやり方が基本だ。
相手に気づかれている状態であっても、自分からは仕掛けず、隙を突いて急所を狙う。場合によっては卑怯とされる手でも躊躇なく使うし、逃げることも厭わないそれが盗賊というジョブである。
まぁそんな彼女だが、オークに関しては敢えてその手は封印し、自分から適当に攻撃を仕掛けるという戦法に徹してもらう。
メリッサにも同じような事は言っている。同時に今回ははっきりと伝えもした。
メリッサにはやはり戦士系は無理だと。
確かに以前俺はメリッサに戦士系統で剣士でもいけそうだと思ったことはあった。
実際彼女は器用で、剣士になったとしてもスキルなどを駆使すれば戦えないことはないだろう。
しかし彼女には火力が圧倒的に足りないという欠点がある。つまり力、攻撃力だ。
そしてこればっかりはある程度体質なども絡んでくるから一朝一夕ではどうしようもない。
勿論それでも今からじっくりと鍛えるという手はあるかも知れないが、それにはやはり時間も必要だし何より俺が彼女にあまり筋肉的な物を付けてもらいたくない。
今のままのメリッサがいい!
いや、まぁそれはいいとして、無理してまでそっちにいくことはないというのが俺の考え。
彼女は戦いの専門家を無理して目指さなくても頭脳と知識がある。だからこそ生産系の道に専念してほしい。
と、いうような事を伝えたわけで、話を聞いた時は役に立てないかと思ったのか肩を落としていたメリッサだがな。
勘違いはされたくないので、サポートとして期待しているんだよ、と伝えるのも忘れない。
人には適材適所というのがあるしな。
でも、だったら何故今回オークを相手してるのが俺じゃなく、メリッサなのかといったところだが、逆にだからこそこの場ではメリッサで良かったといったところだ。
おかげで作戦を聞いてからは、自分でも役に立てるんですね、とメリッサも微笑んでくれた。
何せ連中は相手の能力の判断をオークで見ている。エービルという奴はジョブのスキルでオークの状態を掴むことは出来ても、盗賊たちの様子までは探れないからだ。
だからオークを相手にするメリッサの攻撃から、少なくとも火力には劣る相手だと判断してくれるだろう。
カラーナに関してもそうだ。
しかし、ここで俺がでてしまうとまた話がややこしくなる可能性がある。
たしかに他の戦士系のジョブに比べれば、力で劣るキャンセラーだが、あくまでそれは実力がある程度同じもので見た場合の話。
いくらなんでも高がオーク程度の相手では、ちょっと攻撃を加えただけでかなりのダメージを与えてしまう事になる。
それで相手に警戒されると面倒な事になる可能性もある。
そんなわけで今の俺は双剣をクロスさせての十字受け等での防御や、時折キャンセルで翻弄するのに徹する。
オークは頭が足りないからキャンセルしてもあまり深く考えていない。
尤も俺にしたって、敢えて隙を作って馬鹿を見せるのも忘れないけどな。
そうやって徐々にダメージを与えていき倒すのが理想だ。
しかしドワンの選んでくれた武器は、やはりメリッサにピッタリだったな。
ウィンドエストックは魔力を込めれば風の力で突きの距離が伸びるので、俺を盾にしていてもメリッサの攻撃は届くし、風の刃なら膂力に頼らなくてもある程度のダメージは期待できる。
本当に相手に大したことないと思わせる上では、理想的だな――
◇◆◇
「おかしい……」
周囲の連中が女の話で盛り上がる中、エービルは一人顔を歪め、そして瞑目した。
改めて従わせているオーク達の状況を掴むためである。
入り口を見張らせていたオークが何者かを発見したのは三〇分程前の話だ。
ハイ・イビルティマーであるエービルは、周りがどんな状況でいるかにも関わらず、壁端に座り集中状態を保つようにしている。
だからこそ何か異常があったときには直ぐに気がつく事ができた。
そして効果範囲内の、下僕と化した魔物であれば、その精神状態や体力などもある程度は掴むことが出来る。
故に侵入者の中に女がいることも察知することが出来た。
エービルの主な仕事は、自分のスキルを使いオークを頭の命令通り動かすのがメインだ。
彼のスキルである【イビルサーヴァント】は範囲内の魔物を従わせ、そして範囲内であれば現在の魔物の状況も掴むことが出来る。
ハイ・イビルティマーとして修練を積んだ今の彼の効果範囲は半径三kmに及ぶ。
これは同ランクのジョブ持ちと比べてもかなり優れた数値だ。
勿論今いる洞窟内程度であれば、どこに向かわせたオークであってもかなり情報を掌握できる。
そして最初にやられたオークに関しては、今の彼のボスにあたるカルロスに告げた通り、相手は随分と苦労していたというのが彼、エービルの判断であった。
そして連中を倒し女を捕獲するために頭の命令に従って三人の手下が選ばれ、エービルもまたオークを再度二体付き従わせた。
そして侵入者と盗賊たちはこの洞窟の中間地点にあたる場所で遭遇、戦闘態勢に入ったわけだが――
「また……やられた――」
戦闘開始から三〇分は、そこまで驚異的な数字ではない。それにオークは決して手こずっているようでもなかった。
最初こそ何かに戸惑っていた様子も感じられたが、その後はオークの感情から察するに、寧ろ追い詰めているという感覚であり、その途中でちまちましたダメージを受け続けていたものの、決定打には欠けていた。
それでも殺られてしまったのは、粘り強い相手の攻めで、細かい傷によるダメージが蓄積していき、最終的には疲れたところに決定打を貰ってしまったといったところだ。
しかしこれは、単に運が悪かっただけのようなそんな気さえもする。
ただ、気になるのは今回は他に豚の胃袋団のメンバーがいたことだ。
だが様子から察するに、そのメンバーも殺られてしまった可能性が高い。
しかしエービルが知ることが出来るのは、従わせているオークの事だけである、他の盗賊がどんな風にやられたかまで知る由もないが――
(とにかく黙っておくわけにもいかないか)
エービルはのそりと立ち上がり、頭であるカルロスに向かって現在の状況を伝えた。
「はぁ? またやられただと? なんだそりゃ! 大したことのない連中じゃなかったのかよ!」
「……オークの状態を探るに、確かにそこまで大した連中には思いません。オークにはかなり苦戦をしているようですし――今回は相手は運でなんとか勝利したようなそんな節もあります。どちらにしろこの戦いぶりをみるに、相手は相当疲れているだろうとも考えられますが――」
すると、チッ、とカルロスは不快そうに顔を歪ませながら舌打ちし。そして手下たちを見回すようにしながら声を荒らげた。
「こうなったらてめぇら! この部屋の手前にある空洞でそいつらを迎え撃て! あそこならそこそこ広いし戦いやすいだろ! 今度はオーク四体つれて、八人で向かえ! それで終わりだ! 絶対に突破されんじゃねぇぞ! とっとと女を連れて戻ってきやがれ!」
四体か――とエービルが零す。勿論命令には従うが、あの女にも四、五体のオークが殺られている。なのでさっきまで戦士として利用できたオークは全部で一〇。その内四体がやられ、今その四体までもが万が一やられては残りは二体。
更に豚の胃袋団のメンバーもカルロスとエービルを抜かせば戦力は二〇人。
既に四人やられているため、今向かう八人がやられると――いや、と彼は頭を振った。
自分の考えは間違っていない。侵入者はこれだけの人数相手に勝てるほどの実力者ではないはずなのだから――
アンジェが出てこなかったですが……




