第62話 豚の胃袋団討伐開始
思わずカラーナに説教じみたことをしてしまったが、依頼自体はかなり美味しい事に間違いはない。
何せ盗賊団を潰せば一〇〇万ゴルド手に入るのだ。
前金で貰った五〇万ゴルドも殆ど手付かずで残っている。
一応アジトは例の如く洞窟ということで、魔導器のランタンをエリンギの魔導店で買っておいたぐらいだ。
ちなみに価格は一〇〇〇〇ゴルド。割と安いが光源である魔導石を加工したものは使い捨てで、なくなったら補充する必要がある。
だから本体は安めなのだろう。まぁそれでも他の店で買ったら二〇〇〇〇ゴルドぐらいするらしいが。
豚の胃袋団のアジトは俺が一番最初に目覚めたあの森の近くにあった。
メリッサを盗賊から助けた位置の反対側を抜けた先に、横に長い壁のような小高い岩山が聳え、その中にある洞窟の一つをアジトにしていたのである。
ちなみに随分簡単にアジトにたどり着いているようにも思えるが、それはステップキャンセルのおかげであり、普通であれば徒歩で休みなく歩いて七、八時間掛かる距離だ。
あの森は意外と面積が広い。
ただ森の外側をぐるりと回るルートを利用したのでその分早く済んだ。普通なら逆に大回りで時間が掛かるが、俺のステップキャンセルは確保できる視界の方が重要だからな。
まぁそれでも洞窟から一番近い位置から森に入ったりで、徒歩での移動も含め片道で一時間は掛かってしまったがな。
中々の距離なのは間違いないだろう。
で、俺達は今、その洞窟の入口を木々の影から眺めてる形。
その左右には当然のように見張りがいた。
ただ人間ではなくオークだ。
醜い豚の顔を持ち腹の出た胴体が特徴の魔物それがオークである。
そのオークは、身体に肩紐付きの鉄板を前後から挟めただけのような防具を身につけている。
ただオークの腹の脂肪は厚いので、この程度でも十分だと思われているのかもしれない。
繁殖してオークの兵士を増やそうとしてるなら、一匹一匹の装備にそこまで金も掛けていられないのだろう。
手持ちの武器も使い古された斧や槍だ。当然価値は低い。
まぁとはいえこの様子を見るに、イビルティマーが仲間にいるというのは本当のようだ。
ただ個人的にはもしかしたらそいつはハイ・イビルティマーなのでは? という思いもある。
イビルティマーとハイ・イビルティマーの違いは、従えさせられる数と範囲の違いぐらいだしな。噂にする方も面倒なら一緒くたにして考える事もあるだろう。
そして俺がそう思えた理由は、見ての通りだが、見張りにオークを立たせていたからだ。
普通のイビルティマーというのは、あまり自身から魔物を離れさせられない上、命令も簡単なものしか出来なかった。
だがハイ・イビルティマーになると行動範囲がかなり広げられる上、宝箱を開けさせて中身を持ってこさせたり、戦闘時に作戦を立てることが出来たりした。
見張りという行為はどう考えても作戦レベルの話なので、イビルティマーでは考えられない。
つまり相手のジョブは上位職。そして――少しは頭の回る相手ともいえるな。
イビルティマーにしろハイ・イビルティマーにしろ、従えさせている魔物の状態は効果範囲内であればある程度自由に掴むことが出来る。
だからこそ、恐らくこの見張りのオークは、連中からしてみれば倒しても倒されてもいいという程度の物。
本当の目的は侵入者の力量を測ること……といったところか。
ここでオークにやられるならその程度。
見張りが倒されるにしても、瞬殺か、苦戦していたか、それによって作戦を変えてくる可能性もある。
「ボス、あれどないする? 一気に叩く?」
「で、でも大きくて強そうですね……」
俺の肩から覗きこむようにしてオークの様子を探っていた二人が、俺に問う。
確かにオークの実力はオーグやゴブリンよりも遥かに上だ、特にメリッサが心配する気持ちもわかる。
だから俺はふたりに思ってることをそのまま告げた。
「あのオーク相手なら俺達は間違いなく苦戦することになるな」
◇◆◇
「くっ! この下衆共が!」
豚の胃袋団の頭である、カルロスに向かってアンジェが吠えた。
今、彼女は後手を鎖で縛られ自由に身動きがとれない状況で拘束されている。
愛用の武器は奪われ、騎士の主張でもある鎧すら剥がされた状態であり、唯一残されたのはパープル色の上下の下着のみである。
そんな彼女だが騎士としてのプライドは失っておらず、目の前で下卑た笑みを浮かべる盗賊たちを相手にしても気丈な態度は変えようとしなかった。
だがその姿勢は逆に漢共を興奮させ、嗜虐心を煽ってしまう。
「がはっ! この女騎士さんはこの状況でも弱みをみせねぇとは。本当に可愛げがないぜ」
そう言って豚の胃袋団の頭であるカルロスは、オークの顔よりも更に一回りほど大きい脂肪に包まれた丸顔を歪ませ、不細工な笑い声を上げる。
すると周りの手下共も一緒になって下品な笑い声を上げた、
それを耳にしたアンジェが強く強く歯噛みし、醜い醜悪なオス共を怒りの篭った視線で睨めつける。
「ぐひっ、だけどいいなぁその表情。そそるよぉ。そそられるよぉ! 全くそれにしても愚かだな女! どこで聞いたかしらねぇが、わざわざ単身でこんなところまでやってきてよぉ!」
「全くだ! 見張りのオークを瞬殺したのは大したもんだと思うしなぁ」
「ここまで来て随分と大暴れしてくれたもんだけどよぉ」
「こっちが人質とったらすっかりおとなしくなりやがってなぁ!」
「ざまぁないったらないぜ! ぎゃはっっはっっはっはっっっはぁぁああぁあ!」
周囲から下品な喚きがこだまする。
その言葉にアンジェは不快感を露わにし、
「くっ! ゲス共が!」
と吐き捨てるようにいう。
そんな彼女の視線は、首筋に剣をあてられた若い女に向けられていた。
「全く騎士さんてのも難儀なものだな。騎士道ってやつかい? 正義の為にとか大層な御託並べていたが、こうなっちゃてめぇなんざ只の女だよなおい?」
カルロスが歪んだ笑みから好色な笑みにかえ舌なめずりをし、そしてアンジェの前で屈み込み、その形の良い顎を芋虫のような指で摘み上げる。
「それにしてもいい女だぜ。やっぱ貧乏な村娘なんかたぁわけが違う。ぐはっ! オークなんかの繁殖相手にはもったいねぇなぁおい!」
「頭! 当然その前に一度ぐらい味見させてくれるんですよね?」
「あぁそうだな。勿論最初は俺だが、その後はてめぇらにしっかりまわしてやるよ。他の女と同じようにな」
頭の言葉に周囲の盗賊たちが色めきだつ。彼らはこうやっていつもオークの繁殖用の女に関しては先ず自分たちで味わっていた。
「き、貴様等みたいな下劣な連中に慰み者になるぐらいなら、私は自ら死を選ぶ!」
「ほぉ? そうかい? その状況でまぁよくそこまでいえたもんだ。だけどなそんな事をしたらそこの女も他のまだ無事な女も全員ぶっ殺してオークの餌にするぞ? それでもいいのか?」
「ぐっ、き、貴様ら! どこまで卑怯な!」
「ぐはっ! いいなぁその顔は本当に。だけどなぁ俺らは卑怯上等。そんな言葉褒め言葉にしかならねぇんだよ。まぁ安心しなぁ俺達でたっぷり楽しんだ後は、オークの群れにあてがって、そっちでも楽しませてやるからよぉ。ぐひひ、羨ましいなぁおい。人間とオーク両方からたっぷりかわいがって貰えるんだからよ」
カルロスがそう言い放つと、盗賊だけではなくその周りにいたオークたちも鼻息荒く、ブヒブヒッ! と騒ぎ立て始めた。
新たに餌を与えられそうと知り興奮し始めているのだろう。
「くっ! 殺せ!」
思わずアンジェの口から漏れる言葉。騎士としてのプライドが、こんな連中に汚されることを許さず、いっそのこと殺すがいい! という気持ちから出たのだろう。
だが、それを盗賊たちが許すはずもなく――
「ふんっ! 何もせず殺すか馬鹿が! てねぇはこれから死ぬよりもずっと辛くて惨めな目に合うのさ。てめぇが死ぬのはその綺麗な腹に醜いオークの餓鬼を身篭ってからだぜ、ぎゃははははぁああ!」
「さぁ頭! もうたまんねぇぜ!」
「その女さっさとむいちまおう!」
「邪魔な布切れを早く剥いじまってよぉ! プライド高い騎士様の恥辱にまみれた顔をよぉ!」
「……待ってくれ頭」
その時、一人壁際で座り、黙り続けていた男が声を発す。
その表情は好色にまみれた他の連中とは違う真剣なものであり――
「侵入者だ。数は……三人、今見張りのオーク二体がやられた」
なにぃ~と、カルロスの視線がアンジェから外されハイ・イビルティマーの男に向けられる。
「それで実力は?」
野太い声で頭が問うと、男はローブの中から除き見える骨ばった顎を擦り。
「そこの女と違い、オーク二体に結構苦戦してるようだな。辛くも勝利といったところだが、ぎりぎりオークに勝てる程度の実力だ」
「チッ、なんだその程度なら問題はないだろう」
「あぁ。だがオークの反応、この興奮具合を考慮すると仲間に女がいるな」
ハイ・イビルティマーの口にしたその言葉で、豚の胃袋団の漢共の表情が一斉に変化した。
そう勿論、性的な興奮を覚えた物にである。
「よかったなぁ。少しの間てめぇを相手するのはお預けだ。まぁその間たっぷり覚悟を決めておくんだな」
カルロスは女騎士アンジェに猶予を与える言葉を吐き、そして醜悪な笑みを浮かべたまま連中に告げる。
「よ~~っしてめぇら! どうせならその女もとっとと捕獲しちまって、この騎士と一緒に味見と洒落込もうぜ!」
◇◆◇
「ボス。うちなんか背中に悪寒を感じたんやけど……」
「わ、私も何か嫌な予感が――」
見張りのオークを時間を掛けて倒し、洞窟を進む俺だったが、前を行くカラーナが肩を震わせ、メリッサの不安そうな声が背中を撫でた。
まぁ盗賊のアジトを突き進んでるのだからその気持ちもわからないでもないけどな。
ちなみにこの洞窟は昨日いったゴブリンの住み着いていた洞窟に比べると起伏は少なく、平坦な道が続いている。
この横穴は途中何箇所か別方向に穿かれた穴も見受けられたが、そのどれもが小さく、人が行き来している様子も感じられなかったので、そのへんの穴は無視して進んでいる。
何よりも盗賊共が利用してると思われる通路上には、等間隔で松明が掛けられているからな。
ゴブリンのいた穴に比べれば随分と判りやすい。
念の為ランタンを購入しておいたが今のところは必要なさそうだ。
尤も視界が良いことそれ自体が、安心させるための罠という可能性もあるので、カラーナには前を進んでもらい用心させている。
だが、どうもこれといった罠は存在しないようだ。
カラーナ曰く、よっぽど腕に自信のある連中なんやな、との事だ。
つまり罠なんかに頼らなくても、なんとでもなると思ってるわけか。
で、更に入り口の見張りである。相手はあれで事前にある程度実力を測れるとも思っているのだろう。
だからこそ、俺達がオークに苦戦してみせた事で余裕とでも思ってくれたのか。
カラーナが一旦足を止め、俺もその横に付く。
正面は二〇メートルほど先で通路が左に湾曲しているが、その方向から男共の声とオークの鳴き声が響いてきたのである。
「さてどうやら向こうさんものこのこやってきたようだな」
そのうち姿を現すであろう、マヌケな盗賊連中を頭に浮かべながら、俺達は戦闘態勢に入った。




