第60話 メリッサと薬とギルド
目覚めは背中に伝わるふたつの心地よい感触と共に訪れた。
俺は横を向いたまま眠っていたようで、そこにカラーナが寄り添っている形なのだろう。
もし第三者がそれだけみたなら、恋人同士以外の何物でもない気はするが――
まぁとにかく、柔らかいクッションの感触をひとしきり楽しんだ俺は、布団を捲り腕と背を伸ばし、ふぁあぁ……と大口を広げ、酸素を肺一杯に取り込んだ。
時計を見ると時刻は朝の7時。そろそろ準備してメリッサを迎えに行ったほうがいいだろう。
視線をすぐ横で寝ていたカラーナに落とす。
スヤスヤと眠る横顔が可愛らしい。いつもの元気っ子なカラーナとはまた別物の愛らしい寝顔だ。
メリッサと一緒にいられるだけでも幸せなのに、こんな可愛らしい褐色美少女まで俺に付いてきてくれてるのだから、こんな幸せな話はないな。
そう思いつつ俺はカラーナを揺すり、朝だぞと伝えてやる。
「う~ん。あさぁ?」
瞼を擦り、まだ眠気の抜けきってないポワンとした表情を見せながら、カラーナが起き上がると、その靭やかな身体を包んでいた布団が、バサッ! とマットの上に落とされる。
が、その瞬間俺の目が見開かれ、二つの双丘に釘付けになる。
そこには自然のまま聳え立つ、褐色で、人間国宝と謳われる陶芸家によって造られた最高級の器のごとく、形の良いお椀型の膨らみが――
そう何も覆うことなく産まれたままのカラーナの姿があったのだ。
「なっ! ななんなっ! な! なんで裸なんだ~~~~~~!」
俺の驚きの叫びは、恐らくこの宿全体に響き渡った事だろう――
どうやらカラーナは裸族だったようだ。
いや別にだからといってしょっちゅう裸でいたいとかそういうことではなく、少なくとも寝るときに関しては本来裸で寝るタイプだったらしい。
尤もそれは、一人部屋で寝る時限定の話では本来あったようで、この宿においても一人で泊まっていた時は裸で寝てたらしいが、メリッサがいるときは流石に遠慮していたようだ。
と、いうのがカラーナの説明なのだが、腑に落ちないのは、何故メリッサといるときは気を使って精々下着のままでいたのに、俺とふたりきりになった途端、裸になったのか? という話だ。
朝食の際それをカラーナに尋ねると、
「それだからボスは駄目なんや。ほんまかなわんわ」
と答えになってるんだかなってないんだか判らない返事で濁されてしまった……しかも妙に不機嫌になるからそれ以上は聞けないし。
仕方ないから俺はもうその事を問うのは止めた。とりあえずカラーナは俺とふたりきりの時は裸になってしまうようだ、ということだけ脳内にインプットする。
……悩みの種が増えたな。カラーナは減るもんじゃないし気にもしてない言ってたけど、俺は別の意味で厄介な感情、つまり煩悩が増す。
キャンセルにも限界があるぞ!
まぁそれはそうと、朝食を食べ、昨日着替えた衣類はアニーに教えてもらったとおりに裏で干し、メリッサを迎えに行こうかと宿を出ようとしたところでそのアニーに引き止められた。
そして手渡しで一万ゴルドを受け取る。どうやら例の馬車のレンタル代とのことであった。
ただ部屋をタダで借りていてそれをこのまま貰うのも悪い気がする。
なのでアニーに半分は渡そうかなとも思ったのだが、どうやら彼女は彼女でしっかり別に受け取ってるらしい。
流石だなと思う。なので一万ゴルドをありがたく受け取り、俺とカラーナはエリンギの魔導店に向かう。
一万ゴルドは大したことないようにも思えるが、毎日一万ゴルドなら月で三〇万ゴルドだ。悪い金額ではないだろう。
「ご主人様おはようございます~」
エリンギの魔導店にいくと――目を真っ赤にさせたメリッサが俺達を出迎えてくれた。
髪もボサボサで瞼も腫れぼったい。
おいおいどうなってるんだ?
「あ~おはようございます~ヒット様ーーーー! ううぅううう昨日はごめん、きゃっ!」
そして奥からパタパタとやってきたドワンの奥さんが、またなにもないところでコケた。
少しは落ち着きなさい。
「ううぅう、本当に本当に本当に、ごめんなさいぃいぃいい!」
かと思えばそのまま土下座の体勢になって謝ってきた!
俺もカラーナも思わずポカンとしてしまう。
「みゃみゃ~おにいたん、みゃみゃをゆるしゅてあげてなの~~」
今度はそのママの横に駆け寄ったエリンが、悲しげな顔で俺に訴えてきた。
そんな顔しないで! 心苦しくなるから!
「あ、あのご主人様。私からもお願いします。どうかエリンギ先生を許してあげてください」
「せ、せんせ? いや! てか意味がわからないから! とりあえず頭をあげてください!」
と、いうわけで頭を上げ涙目でのエリンギの説明だと、まぁそういえば昨日、本人もいっていたが、夫のドワンにこっぴどく叱られたようだ。
まぁ理由は勿論あのマジックボムの件だな。
でもそれにかんしては、こっちとしては既に怒る要素は欠片もない。
何せショックボルトをタダにして貰った上にマジックボムまで頂いてしまった。
さらに言えば昨日の戦いで俺が助かったのも、その魔導器のおかげである。
これで文句なんて言っては罰が当たるぐらいだ。
なのでもう気にしてないと告げると、エリンギと娘のエリンに感謝されまくってしまった。
本当に逆に申し訳ない気にもなる。
「それはそうと、メリッサはなんというか凄い眠そうにも見えるがどうかしたのか?」
「そやな。瞼も腫れぼったいし折角の美人さんが台無しやで」
とりあえず話を変えようと別の話を振った俺に続けて、カラーナもメリッサの変化を指摘する。
するとメリッサは照れくさそうに、じ、実は、と頬を掻き、そしてふたつの小さな小瓶を差し出してくる。
それを受けとり、これは? と尋ねつつ中身を確認すると、何やら液体が詰まっていた。
「それはメリッサちゃんが、昨晩一生懸命調合して作った薬なんですよ。一本は熱病に効くとされる薬、もう一本は精神を安定させる薬なんです」
エリンギがパンッと手をたたき嬉しそうに教えてくれる。
そういえば、あの時手に入れた薬草類は一緒に置いておいたことを俺は思い出した。
「これをメリッサが? いや凄いな。本当にびっくりだ。ありがとう凄く嬉しいよ!」
「いや、でもほんま凄いわ。流石メリッサやな」
俺とカラーナが出来上がった薬の感想を告げると、瞳を潤ませメリッサが、ありがとうございます、と口にした。
感極まるってところか。お礼を言いたいのはこっちの方なんだけどな。
「メリッサちゃんは本当に頑張ったんですよ~通常ジョブとスキル持ちでないと薬の調合には時間も手間もかかります。いくら魔導器の力があるとしても、一日でなんて普通は出来るものじゃないし、大体諦めちゃいますからね~」
ふむ、なるほど。ゲームではそもそもドラッカーでなければ薬の作成そのものが出来なかったが、この辺はやはり違うんだな。
まぁ冷静に考えればチェッカーでないのに物の価値が判ったりもしてたしなメリッサは。
「でも一日がかりだったんだろ? 流石にそれだとヘトヘトだろ? 今日は宿で休んでたほうがいいかもしれないな」
「そ、そやな! 確かにメリッサは今日は無理せず休んどったほうがえぇかもしれへんわ!」
見た目にもかなり疲れてそうだしな。ただ何故かカラーナのテンションが上ったような気も――
「いえ! 大丈夫です! これぐらいでへこたれてはいられません! ご主人様の奴隷としてしっかり今日も働きます!」
「そ、そうか? 無理はしなくてもいいんだぞ?」
「してません大丈夫です!」
む、むぅ眼力が凄いな……思わず気圧されそうだ。
「メリッサちゃん。これ私から、疲れが取れる魔法薬よ。これで少しはマシになると思うから。それとこれは何かあったら使ってね」
「あ、ありがとうございます! 先生!」
メリッサはエリンギから受け取った内の一本の瓶の中身を一気に飲み干す。
栄養ドリンクみたいなものだろうか?
それにしてももうすっかり先生扱いなんだな――
「あ、それと注文のあったボルトの方は作成に掛かってますので明日には出来ると思いますよ~」
「あ、あぁありがとう助かるよ。じゃあそれは明日取りに行くとするかな」
「はい。主人の方で他にも手を付けてるのがありますから、明日は主人の店の方にいけばお渡し出来るようにしておきますので――」
なるほど。つまり明日はドワンの店の方にいけばいいって事だな。
俺はそれを了承し、メリッサを連れて三人で店を後にした。
「な、なぁボス。今日の仕事の事なんやけどうちに心当たりがあるんや。ちょっとそっちやってみん? 結構稼ぎもえぇと思うねん」
三人で魔導店を出て、道すがらカラーナがそんな事を俺に提案してきた。
そりゃ稼ぎのある仕事なら有難い限りだが。
「あ! もしかしてまたお仕事を取ってきたのですかカラーナ?」
メリッサが小首を傾げるようにしながら尋ねる。
なるほどそれでか。
でも、だとしても妙によそよそしい気もするが――
「ま、まぁそんなとこや」
「そうか。だったら依頼書があったりするのか? それともこれから取りに?」
「う~んそれなんやけど、とりあえずボス、ついてきてもらってもえぇ?」
ついていく? ふむどうも妙な雰囲気もあるが、まぁ仕事だって言うならな。雰囲気的に何か厄介な事なのだろうか?
まぁとりあえず話ぐらい聞くべきだろうしな。
なので俺は、カラーナの提案を了承し彼女の後についていくのだが――
◇◆◇
「ほう、こいつが今のカラーナの主でボスってわけか」
「…………」
え~と、状況を整理してみよう。
取り敢えず今、俺の目の前にはまるで狼のごとく眼光の鋭い漢が、椅子に座って俺を見上げている。
そしてその周りには、強面の恐らく護衛っぽい男が二人。
一人は巨漢。もう一人は長身痩躯の男。
俺を睨みあげてる方は丁度その中間って感じだが、腕は太く只者ではない雰囲気を外に放っている。
と、いうか実際只者ではないだろう。何せ――
「ふむ、まぁ初めましてだが、俺はこの盗賊ギルドでマスターをやらしてもらってるキルビルだ宜しくな」
はい、そう。カラーナに連れて来られたのは――盗賊ギルドだったわけなのです。
てかどういう事だカラーナ! メリッサもビビリ気味だぞ!
というわけでメリッサが!薬を作ってくれました
……何かを期待した方にはもうしわけない!
でもカラーナは褐色裸族でした
そして何故盗賊ギルド!?




