第54話 依頼達成したら腹がへる腹が満たされれば魔導店に行きたくなる
俺達は合図と同時に部屋に飛び込み、それぞれが作戦通りに別れた。
突然の侵入者にゴブリン共も驚いていたようで、それで確実に判断が遅れている。
俺は先ず横に移動しゴブリンボスまでの動線を確保した上で、ステップキャンセルでユニークのすぐ横に移動。
そして双剣スキルのハリケーンスライサーで回転しながら左右の剣を振り回し、ゴブリンボスにボブゴブリン、そして二匹のゴブリンも巻き込んで絶命させた。
この間、僅か数秒の事だ。予定通り、というか予定より多めに討伐した後、横のカラーナに目を向けるとボブゴブリンの心臓にソードブレイカーを一突き、もう片方のムーランダガ-を投げつけ、ゴブリン二匹の首筋を斬り裂いていた。
盗賊系はナイフやダガーなら二刀流で戦うことも可能。
カラーナもそれは同じだったようだ。
ただ左右で扱う武器を変えてるらしい。
もう一本のソードブレイカーは刃にギザギザの付いた武器で、その名の通り相手の武器にギザギザになった部分を噛ませ折ることが出来る。
まぁとはいっても、全ての武器が壊せるのではなく細身の剣やナイフなんかに限定される。
それ以外は絡めとる事自体を目的にしてる感じだ。
ムーランダガーとは違い刃は真っ直ぐでソードブレイカーの方が少し長い。
鋒が鋭く、斬るというよりは突くのがメインだ。
その為カラーナは二刀流といっても戦い方は結構変則的な気がする。
さて、俺とカラーナでほぼ倒した為、残りはゴブリン一匹か。
メリッサが気になり後ろを振り返ると、すでにゴブリンは絶命していた。
脳天を一突きだ。メリッサは額の汗を拭うようにした後、笑顔で俺とカラーナの下へ駆け寄ってきた。
すでに人型の魔物であっても、倒すのに忌避感ないようだな。
メリッサは中々心が強い。
「てかどんだけやねん。ゴブリンボスはそこまで簡単な相手ちゃうで?」
カラーナが呆れたように言う。あっさりボブゴブリン含めた三匹殺した君にいわれたくもないが――
「ご主人様はやはり凄いです。それにカラーナも、私が一匹倒してる間に既に終わっていてびっくりしました」
両手を大きな胸の前で握りしめ、メリッサは俺とカラーナを賞賛してくる。
まぁこないだの化け物に比べれば全然楽だったしな。
でも、とりあえず今回は前回みたいなのが出てこなくてよかった。
さて、仕事も片付いたので魔物の素材を回収してしまう。ボブゴブリンとゴブリンボスの身体にある水晶はゴブリンよりは大きい。
メリッサはその価値もよく把握していて、ボブゴブリンは一個五〇〇〇ゴルド。
ゴブリンボスに関しては五五〇〇〇ゴルドだ。
つまり、ゴブリンからの素材が三〇〇〇×四五で十三万五〇〇〇ゴルド、ボブゴブリンで五〇〇〇×二で一〇〇〇〇ゴルド、ゴブリンボスが五五〇〇〇ゴルドで全部合わせると、二〇万ゴルドになる。
おまけに――
「ボス宝箱あけたで。流石ユニークだけにいいの貯めこんどる。ゴブリンボスは光物好きやからな」
「でも確かに、価値のある輝石類が結構入ってますね。合計三〇万ゴルドにはなると思います」
ふむ、宝箱の中身のほうが高かったな――
◇◆◇
「報酬は素材代も合わせて二五万ゴルドにゃん。中々やるにゃんね」
ゴブリン退治も終え、俺達はさっさと街に戻ってきた。
ニャーコには褒められたが、先に寄っておいた店で宝石を売った金額のほうがやっぱり高かったな。
「まぁこの間のオーグよりは楽だったからな。そんなに苦労はなかったさ。ところでニャーコ、彼女なんだが冒険者としてとう――」
「いや、だからそれは別にえぇやろボス」
俺はニャーコにカラーナを冒険者として登録できるか聞こうと思ってるのだが、どうもカラーナが乗り気でなさそうだ。
何でだろうか?
「うん? どうしてだ? 折角だし登録しておくといいだろ?」
なのでそのまま疑問をカラーナにぶつける俺だが――
「……ヒットにゃん。多分彼女は判ってるにゃん。自分じゃ冒険者登録ができにゃいって」
俺は思わず、は? と声に出しニャーコを睨めつける。
「そ、そんな怖い目で睨むなにゃん……」
「で、でもどうして駄目なのですか?」
メリッサも同じように疑問に思ったのか、ニャーコに問いかけた。
すると彼女は猫耳を揺らしつつ、はぁ~と溜息を吐き出し。
「忘れてるにゃりか? 彼女が奴隷に堕ちた理由にゃん」
その言葉で俺は、はっ! と気がつく。
メリッサも短い声を漏らした。
「そういう事にゃん。どんな形であれ犯罪行為に及んだのは事実にゃん」
上目で様子を伺うようにしながら、ニャーコが応える。
確かに……カラーナは義賊とはいえ、窃盗を働きそれが原因で捕まった。
犯罪行為に走ったものは、冒険者として活動は出来ない。
……流石にこれに関しては、俺も文句をいうわけにはいかないな。
内容がどうであれ、窃盗は犯罪として判断される。当然といえば当然の流れだ。
「済まないカラーナ……」
俺は彼女に向き直り頭を下げる。ちょっと考えれば判りそうなものなのに無駄に彼女を傷つけた。
「よしてやボス。別に気にしてへんって。それに冒険者になれんくてもボスの手助けはできるしな~」
「そうにゃりね。別に冒険者以外に協力して貰うのは、自己責任ではあるにゃりが、問題はないにゃん」
……まぁそうなんだけどな。そうでなきゃメリッサだって依頼についてこれないって事になる。
「無茶をいって悪かったな」
「別にいいにゃん。気にするなにゃん」
俺はニャーコに謝りの言葉を述べた後、貼ってある依頼書に目を向ける。
だがこれといったものは残っていない。まぁとりあえず合計五十五万ゴルドと今日稼げる分は稼いだしな。
なので今日のところはギルドを後にする。また明日依頼を探すとしよう。
だけど結構早くに依頼を終えたので、陽が落ちるまで時間はまだあるな。
なので三人でお昼でも食べるか? という話になったのだが――
「犯罪奴隷を連れてる客はゴメンだよ!」
……何件か立ち寄ったが、大体こんな感じで店に入ることすら許されなかった。
そして俺の苛々が募る。火でもつけてやろうか?
「う~んしゃあないなぁ。ボスうちの知ってる店に向かう?」
「うん? どこかいいところ知ってるのかカラーナ?」
「いいところかはわからへんが、追い出されることはないと思うで」
ふむ……まぁ確かにこのまま苛々をつのらせてるよりはマシだな。
そしてメリッサと一緒にカラーナに案内されるがまま後に続くが――うん、スラムに入っちゃったな。
「ここやここ。なんか随分久し振り思うわ」
そういって彼女が指さしたのは随分とぼろ、いや味のある定食屋のような店だった。
先頭に立って、ガラガラと引き戸を開けカラーナが店に入っていく、俺とメリッサもついていく。
「らっしゃい! て、カラーナじゃねぇか!」
「おお~なんかひさしぶりやけど、相も変わらず煌めいとるやん」
「おうよ! こちとら産まれてからこれまでハゲ一筋よ!」
「おいカラーナ! お前捕まったんだって?」
「そうそうドジっちゃったんよ~」
「なんか今奴隷やってんだって話聞いたぜ。どんな野郎なんだよ主は」
「後ろのこの男や。ちょっかい出すんやないで~」
「おおそっちのねぇちゃんも随分と巨乳だなおい!」
「うちの友達や! 手を出したら承知せんど!」
「おお、こわ。やっぱ女の子は後ろの子みたいなお淑やかそうな子がいいな」
「違いねぇや」
「お転婆でわるうござんした。全くその口閉じんとはったおすで!」
「おお、怖」
「まぁでも元気そうで良かったぜ」
そして店内に笑い声が鳴り響く。どうやらここの客達は、みんなカラーナのことはよく知っているようだ。
まぁやはりというかなんというか、ほぼ全員いかにも堅気じゃありませんって顔をしてるが、中身は表通りを歩いているような連中よりずっとマシに思えるな。
「お! ここが空いとるでボス~」
あぁ、と俺は返事しメリッサとカラーナの示したテーブルに向かう。
注文は、いつものあれ宜しくな~、と言ってカラーナが頼んでくれた。
「でも、流石カラーナのおすすめの店です。みなさん良い方ばかりのいい店ですね」
メリッサが優しくカラーナに微笑みかけ、ここの印象を告げる。
確かに見た目はともかく悪い感じはしないな。
「でしょ~可愛い子ちゃん。みんなこうみえて仲間には優しい連中ばかりだからよ~。で、よかったら一杯どうだい?」
一人の男が酒瓶片手にやってきて、メリッサに酒を薦めてくる。
彼女は少し困った様子だが。
「アホか! こんな時間に酒飲んでるのあんたぐらいやって」
「う~ん、そんなもんかい?」
「そや。メリッサも困ってるやろ。それより最近なんかおもろい話あったかな~」
男の事はカラーナが上手くあしらう。流石に馴染みだけあって、対応が熟れてるな。
そして尋ねられた男はコップの酒を呷ってから、う~ん、と上目で唸り考える。
「そうだな。そういえば南西の通りの酒場が一軒潰れたようだぜ」
「それの何がおもろいんや」
カラーナが唸るようにいう。
「まぁ店が潰れるぐらい最近じゃどこも珍しくもねぇけど、そこは何時の間にか金が消えた! とか騒いでたらしいぜ? 泥棒に入られたとかでもないらしくてな。まぁあんまり騒ぎすぎて、銀行の手から逃れようと誤魔化してた金だったのがバレて、借金背負って潰れたらしいな~結構マヌケな話だろ?」
……気のせいか心当たりがある話だな。メリッサもどことなく笑い顔がぎこちない。
まぁそれがあの店だとしても関係ないけどな。
「ふ~んちょっと変わってるけど別に大した話じゃないな~」
「そういやゲスな盗賊団が、近隣の村とか襲って女を攫って回ってるらしいぜ。豚の胃袋団とかいうふざけた連中だ」
「あぁ知ってるぜそれ。ギルドにも断らず好き勝手やってる潜りの連中だろ?」
「なんや、そんな連中まで現れとるんか。まったくたいがいやなここも。でもそれやったらギルドが始末するやろ?」
始末か。あっさりそんな話が出る辺りはやはりアングラだなと思うな。
メリッサも少し困惑してるし。
「それがそいつらの中にイビルティマーがいるらしくてな。結構手練なようでオークの野郎を従えてるらしい。女攫ってるのも半分は繁殖の為らしいぜ。オークを増やして更に好き勝手やろうとしてるみたいだって話だ」
「……オークかいな」
カラーナが声音に明らかな嫌悪感を滲ませ、顔を顰める。
まぁその気持ちもわからないでもない。
ゲームでも裏設定ではオークは異種、特に人間を好んで繁殖行為に及ぶとあったからな。
ついでにいうと、発情期のオークは雄雌関係ないらしい。
単純に性欲を満たすためだけに他の種族を狙ったりもするらしいな。
「ふ~ん。でも潜りの盗賊団かぁ……」
カラーナが何かを考えるように目を伏せてるな。
あんまり変な事に首を突っ込んでほしくはないがな――
「はいはい。食事の時ぐらいは物騒な話をやめてほしいね。ほれ注文のスペシャル定食お待ち」
話題を締めるように声を上げ、ふくよかな店主がテーブルの上に食事を並べていく。
けど、これはまた中々……
「おお! これやこれ。やっぱこのボリューム最高やわ」
カラーナは、相当嬉しいのか喜色満面ってところだが、しかし量が凄い。
内容は肉の照り焼きのような物に、焼き魚に野菜、そして大盛りの焼飯が皿の半分ぐらいを埋め尽くし更に山盛りだ。
それがワンプレートに収められている。
「これで六〇〇ゴルドやで? やっすいやろ~」
「確かにこの量でこれは安いな……」
「でも私食べきれるかな……」
メリッサが目を丸くさせながらいう。確かに彼女がこれをもりもり食べるところは想像が付かない。
とはいえ口にしてみると味付けは絶妙ではっきり言えば旨かった。
量は確かに多かったが俺は完食。
メリッサはやはり食べきれなかったが、もったいないと言ってカラーナが余りは引き受けた。よく食べるな……一体どこに入ってるんだか――
まぁ何はともあれ、腹も満たされた俺達は店長に礼を伝え、食堂を後にする……が、帰り際、カラーナ! と声を張り上げ店の連中が集まってきた。その光景に俺も目を丸くさせてしまうが。
「その、なんだ……俺らだって本当は広場で何があったかなんて知ってたんだ。それなのによぉ……本当はお前に合わす顔なんて――」
そこまでや! と言ってカラーナが申し訳なさそうに語る男の口を指で塞ぐ。
「それ以上はいいっこなしやで。それにうちはあんたらがいつも通り接してくれたのに感謝してるんや。広場の事はもう忘れや。それにそのおかげで……いい巡りあいもあったんよ。まぁあの状況でうちを助けようなんて、お人好しのアホとしかいいようないけど、結構気に入ってんねん」
……お人好しのアホってやっぱ俺のことだよなぁ。まぁ何故か悪い気はしないけどな。
「……あんた! カラーナの事頼んだで! あの状況でそんな馬鹿が出来るあんたなら信頼できる!」
……なんか真剣な目で訴えられたな。
まぁその答えは決まってるけどな。
「当たり前だ。もうカラーナは俺の大事な――仲間だしな」
俺がそう口にすると、カラーナは息を大きく吐き出し肩を竦めてみせた。
なんかやれやれって感じだなおい。
「これや。奴隷が仲間やなんて変わりもんやでほんま」
「でも、それでこそご主人様です」
二人の反応にちょっと照れたように頬を掻きつつ、強面の客達に見送られ俺達は食堂を後にした。
中々いいランチだったな――
さて、そんなわけで今日はこれで宿に、というにはまだ少し早かったりする。
そこで俺は結局初日に行くことが出来なかった、エリンギの魔導店に行ってみることにした。
場所はメリッサが知っていたので、今度は彼女の案内に従って先に進む。
エリンギの魔導店は、ドワンの店のある場所から二つほど外れた路地の中にあった。
三角屋根の建物で、古いけど手入れは行き届いている感じ。
どことなくアンティークショップみたいな雰囲気も感じる。
「うちはあんまこういう店きたことないわ~」
カラーナが店を眺めながらそんな事を言う。
まぁ確かに彼女のイメージにはあわないか。
そんな事を思いつつも、シックなドアを開けると、店内にカランカランと洒落た音調の鈴の音が響き渡る。
ドアに取り付けられた鈴の音だ。
すると、は~い、という可愛らしい女性の声が届き、そして奥からパタパタとセミロングの金髪をした女性が駆け寄ってくる――が、ぺちゃんとコケた。
見たところ何も障害物がないところで、見事にコケた。前のめりに。
「あいたたたた――」
しこたま床にぶつけた鼻を擦りながら、店主と思われる彼女が上半身を起こす。
魔導店というだけあってか、薄紅色のローブに身を包まれた女性だった。
それにしても床が木で良かったなと思う。
「め、眼鏡眼鏡――」
「…………」
で、今度は床に落ちた眼鏡を探し始めた。俺の足下にあるので拾って渡して上げる。
「あ、ありがとうございます~~」
そういって赤縁眼鏡を彼女は受け取り、それを耳に掛けた。
それで俺は気がついた。彼女の耳が尖っていることに。
どうやらこの店主はエルフらしい――




