第53話 それぞれの特性
そんなわけで俺はメリッサとカラーナの手を取り、ステップキャンセルでザンギフ山地に向かう。
ザンギフ山地は昨日いったマウントストーンよりは近く、東門を抜け南南東に向かった先にある山地だ。
目的となる山地にはマウントストーンほど高い山はなく、最大でも標高八〇〇m程度の山が固まっている。
その山地の比較的低地にあたる一角に、ゴブリンの潜む洞窟があるらしい。
そして俺達はキャンセル連続で、さくっと山地の麓に広がる森林にたどり着く。
そこからは、移動は徒歩がメインになる。
森の中は木々が多く、ステップキャンセルの位置取りが難しいからな。
しかし、実はさっきから気になることが一つ。
「メリッサ、元気が無いようだがどうかしたか?」
そう。メリッサが、ギルドで仕事を請けてから口数が減ったというか、なんか寂しそうというかそんな感じなのだ。
「……いえご主人様。ただ私自分が情けなくて」
「は? 情けないなんでだ?」
「そや、なにいうてん?」
俺とカラーナが疑問の声を上げる。情けなくなる要素なんてどこにもないだろ。
「……だって、カラーナは役に立つジョブを持ってますし、それに早速ご主人様の為にお仕事まで取ってまいりました。ですが私は何も……元はといえば私の為のお金集めですのに――ひゃん!?」
俺はしょげるメリッサの頭を優しく撫でてやる。すると可愛らしい声を上げてきた。
むぅ、このメリッサの反応はやはりいいな……いやそうじゃない。
「馬鹿だなメリッサ。そんな心配してたのか? 俺は前もいっただろう? メリッサには十分助けられている」
「で、ですが――」
「メリッサ。君は俺に色々教えてくれただろ? あのドワンの店だってメリッサに聞かなければ判らなかった」
「で、でもそれぐらいしか……」
「馬鹿言うな。俺には判らない物の価値もメリッサはよく知っているし、細かくとってくれているメモも役に立っている。それに前にエニーとダンを助けた時の薬草の効果だって、メリッサだからこそ判ったんだ。確かにカラーナはこうやって仕事を持ってきてくれた。でもだからってどっちが上とか下とかはないさ。メリッサにはメリッサのカラーナにはカラーナのいいところがあるんだからな。だからこそ俺はふたりに助けられているんだ間違いない」
俺はそこまでいってにっこりと微笑みかけてやる。
メリッサが瞳を閏わせ、ご主人様――と呟くように口にする。
「ほんまや。メリッサは心配しすぎやねん。てかこんなかで一番困ったちゃんはボスや! うちらがなんとかせんと、このボスはまともに生きていけるかも心配やねんで? メリッサは私が何とかしてやってる! ぐらいの気持ちで丁度いいねん」
……メリッサに比べるとカラーナの俺に対する評価が、随分と低い気がするが……
「俺のことはともかく、メリッサは十分誇っていいぞ。でもそれでも気になるならそうだな。俺はやはりメリッサはドラッカールートの方がいいと思っててな」
「る、るーとですか?」
メリッサが不思議そうに反問してきた。やば! ルートとかついゲーム風にいってしまった。
「いや、ドラッカーのジョブを先ずは持ち、その後チェッカーを目指すのがいいかと思ってな。メリッサがいいなら、丁度この当たりにも薬草関係は生えていそうだし、道すがら気になるのがあったら採取してみるのもいいかもしれない。それが後々実になるはずだし、色々役立つ事もあるだろう」
「ドラッカー……それが実に、それにご主人様の役に――」
メリッサの頬が緩む。少し暗かった表情にも明るさが戻ってきたようだ。
「判りました! ご主人様のご期待に応える為にも! 私頑張ります!」
「おお~メリッサそのいきやそのいき~」
カラーナは相好を崩し声援を送る。メリッサも明るさを取り戻す。
これで心置きなく依頼に専念できるな。
俺は改めて、三人で洞窟に向けて歩みを再開させる。
メリッサはかなりやる気になってるようで、道々立ち止まっては木の根元に注目したり、色鮮やかな花を摘んだりしてくるようになった。
「ご主人様これがアロナ草、そしてこちらがオチツク花ですね。どれも調合次第で薬に――」
そんな説明をしながら薬の材料を持ってくれるメリッサが健気で堪らない。
しかし本当に詳しいな。こういう風に実際採取している姿をみるとよく分かる。
そしてそれらの薬草は、俺のマジックバッグにどんどん詰め込んでいく。
そんな事をしながらも次第に視界が開けてきて、そして山道に入り、少し進んだ先の緩やかな傾斜を登った先にその洞穴はあった。
「ここにゴブリンがいるんだな」
「そやな。うちが様子を見るわ。ボスとメリッサは少し待っててな」
そういってカラーナは、洞窟横の壁際に背中を付け、そろりと中を覗き込む。
「凄いですね……動きも滑らかで、音も立てず」
メリッサが思わずといった感じに感嘆する。
確かにカラーナは、かなり熟練された盗賊の動きを見せてくれている。決してよいと言えない足場でも、危なげない足捌きを披露してくれた。
彼女はこういった斥候役としてはピッタリといえるだろう。
そんな事を考えていると、カラーナが俺達を手招きしてきた。
俺はメリッサの手を取り移動し、カラーナの後ろにつく。
「とりあえず大丈夫そやな。ただ中は相当暗いみたいや。ここはうちが先頭歩いた方がえぇやろ」
そういってカラーナが俺に手を差し出してくる。
「ボスはうちの手をしっかり握ってな。逆側の手ではメリッサを放さんようにしい。全く両手に華やで。お店やったらたっぷり貰いたいわ」
カラーナは、にひひ、と笑いながらこれから魔物を狩りに行くというのに明るく軽口を叩く。
そのおかげでメリッサにも不安は感じられない。
いい感じのムードメーカーになってくれているな。
そして中に侵入。洞窟の中はマジで暗い。視界が悪いと俺のキャンセルステップも役に立たないのが欠点だ。
洞窟は少し進んだ先で下りの段のようになっていて、それをおりると闇は更に深みを増した。
だがカラーナは、それもあまり気にすることなく俺の手を引っ張りながら先に進んでいく。
「一本道やな。ちょっと曲がりくねってるけど楽なもんや」
正直俺には、カラーナの前方は殆ど視認できないが、彼女には見えてるらしい。
とにかく俺はメリッサが転ばないようにだけ気をつける。
そして彼女のいうように、若干曲がりくねった道を、足下に気をつけながらカラーナの後を追う。
するとピタリとカラーナがその脚を止め、俺もメリッサもそれに倣った。
「どうかしたのか?」
「しっ! ゴブリンがおんねん」
「ご、ゴブリンが……」
カラーナはちょうど湾曲した横道の先を覗きこむようにして探っていた。
そして腰からナイフを一本取り出す。
そういえばカラーナの武器は初めて目にするが――取り出したのはダガー。
勿論只のダガーではなく、柄から刃までがムーンストーンという特殊な鉱石で作られた武器だ。
全長は四〇センチ位あり、刃が途中で湾曲していて、見た目には三日月型。ムーランダガ-が正式名称。
この武器は、使い手によっては投擲武器として使用が可能で、ブーメランみたいに戻ってくるのが特徴だ。
そしてカラーナは右手で三日月型ダガーの柄を持ち、真剣な目で様子を探り、そして手早くそれを投げつけた。
正直俺とメリッサは、カラーナの後ろで背中だけを見てる状態なので、投げたダガーがどうなっているかまで知ることは出来ないが――だが投げて少し経ち、戻ってきたダガーをカラーナは受け止めると、俺達に向かってニヤリと笑みを浮かべ。
「よっしゃ、五匹片付いたで」
どや! と言わんばかりの口調。
彼女の手に戻ったダガーの刃に染みが見える。恐らくゴブリンの血なのだろう。
しかし一発で五匹? 通常は一回投げて一匹、運が良ければ戻りでもう一匹ってところだが――
先を進むカラーナに手を取られ、俺とメリッサも後に続く。
すると地面に横たわる魔物の姿。
近づくと鼻が長く、楕円形の顔。大きめの瞳は黒目が小さく。耳は先端が少し尖ってる。
肌の色は黄土色で手に持ってる武器はそこまで上等ではなくオーグなんかと変わらない。
上背は一五〇cm程度だ。
うん、これは確かにゴブリンだな。それが五匹並ぶようにして倒れている。
見たところ全員が、首筋を切られ死んだって感じだ。
なるほど、カラーナは丁度首の横を斬るように進み、それでいてあまり勢いが落ちない軌道を計算して、ムーランダガ-を投げつけたわけだな。
う~ん大した腕だ。
とりあえずその死体を認め、俺とカラーナで手早くゴブリンの胸部を開く。
メリッサには一応、後方を確認してもらっておいた。
視界は悪いので音が頼りだが、まぁ一本道だし基本後方からやってくる可能性は低い。
そして身体の中の水晶を取り出し、先を急ぐ。
「ギェ!」
「ギェギェ!」
妙な鳴き声が耳に響く。暫くは直線が続いたので、先にいたゴブリンに見つかったようだ。
カラーナは闇に溶け込めるが、俺とメリッサはそうはいかない。
つまり見つかったのは俺達ってとこか――
「……逃げたな」
逃げた? と俺が繰り返す。
そやとカラーナが返し、慎重に行くで、と俺の手を引く。
メリッサに、大丈夫か? と声を掛けると、大丈夫ですと笑みを零した。
ここも足下が悪いから転けないように気をつけないといけない。
そして三十歩程進んだところでカラーナが足を止め、そして屈み込む。
真剣な空気を醸し出し、そして――これやな、と薄く被せられた土を手で払う。
暗くて一瞬わからなかったが、よく見ると通路を横切るように張られた一本の細糸。
それをカラーナがナイフで切ると、壁に仕掛けられていた矢が俺とメリッサの視界を横切った。
キャッ! とメリッサが可愛らしく声を上げ、俺の背中に貼り付いた。
罠に驚いたのだろう。そして俺は胸の感触を楽しんだ。
「何鼻の下伸ばしとんねん」
罠を解除したカラーナが、首を巡らせ半眼で俺を見上げるようにしながらいう。
嫌らしいものでも見るような目だ。俺の気持ちを見透かされたような気がして恥ずかしい。
「べ、別に伸ばしてない!」
「そうは見えへんけどな。全く、別にえぇけど、まだ罠あるかもしれんし、油断して変なとこ触らんといてや」
「わ、判ってるよ」
カラーナは嘆息を吐き、そして更に少し進んではその辺の石ころを床に投げトラバサミを解除し、更に片足だけを前に出し落とし穴を探り当てる。
こうして数箇所ほどあった罠は、全てカラーナの手により看破された。
そして罠を全て解除した後、暫く待っているとさっきのゴブリン共が様子を見にやってきて、そこを狙って手早くカラーナが近づき、三体のゴブリンの首を切り絶命させる。
あまりに鮮やかな手並みに、メリッサからも感嘆の声が漏れる。
うむ、闇の中ならほぼカラーナの独壇場だな。
だがこれは俺にとっては助かる。基本キャンセラーは自分以外をキャンセルするには、必ず視認する必要がある。
だから闇などで目視が出来なかったり、視界が悪かったりすると性能が落ちてしまうのである。
ステップキャンセルで移動できる距離が落ちるのもそれに起因する。
またトラップにしても、発動した瞬間それを察し確認する事が出来ればキャンセルで乗り切る事も可能だが、そうでなければ回避ができない。
だからこそ、出来るならカラーナのスキルで事前に見破るほうが確実なのである。
「やはりこういう洞窟なんかはカラーナのジョブとスキルは役に立つな」
「まぁ伊達にうちも盗賊稼業やってたわけやないしな」
まぁ恐れいったってところだな。
そしてその後も、カラーナの洞察力で罠は全て回避。
出てくるゴブリンも殆どカラーナが倒し、素材も四〇を超えた頃――突き当たり近くで一つの扉を見つけた。
「どうやらこの奥に結構いそうや。でもここより先はなさそうやな」
カラーナが扉に耳を当てて中の様子を探る。聞き耳のスキルのおかげで、扉をあけなくてもある程度中の情報を掴むことが出来るわけだ。
そして、中の情報を掴むとカラーナは取っ手に手を掛けるが。
「むぅ、生意気に鍵が掛かっとるわ」
「鍵がか? 大丈夫か?」
「まぁこれぐらいはちょちょいのちょいやねん」
俺が訊くとカラーナが腰を屈め、耳のあたりから針金のような物を取り出し、鍵穴に差し込む。
流石盗賊のジョブ持ちといったところか。
キーピックのスキルもしっかり使いこなす。
しかもカラーナが作業を始め、一秒程度でカチャッ――と鍵の開く音が聞こえた。
なるほど、どうりで昨晩カラーナも部屋から出てきてた筈なのに、戻ったらしっかり鍵が掛かってたわけだ。
そしてカラーナは音を立てないように拳半個分ほど隙間をあけて、そして部屋の中を覗き見る。
この辺の慎重さも流石である。
「ボス、ユニークのゴブリンボスがおるわ。で、護衛にボブゴブリンが二匹とただのゴブリンは五匹おるで」
ユニークの言葉で俺の手を掴むメリッサの力が強まった。
身が強張ったといったところかもしれない。
何せユニーク絡みではこの間、謎の化け物と対峙したばかりだ。
「ユニークはゴブリンボスだけか?」
俺が訊くと、カラーナが振り返り怪訝そうに問い返してくる。
「そやけどなんでやん?」
「いや、前の依頼で変わったユニークが出たことがあってな。それで用心の為さ」
「ふ~ん。でも他はおらへんね。ここ壁に松明掛けてるから結構明るいねん。ボスも戦いやすいと思うわ。ところでメリッサは戦闘イケるん?」
「はい、大丈夫です!」
俺が振り返ると眉を引き締めきっぱり宣言した。
駄目だといってもきかないだろうな……
「中は罠の心配はなさそうか?」
「そんなんあるわけないわ。そんなに広いわけちゃうし、罠を置くスペースなんて無い」
だったらいけるな。ゴブリンはただ戦う分にはオーグのイエロー程度の実力だ。
そしてボブゴブリンは上背がゴブリンより高く、体格もいいが、その分動きが鈍重でとろくさい。
唯一気をつける必要があるのはゴブリンボスだが、それでもこの間の化け物よりは遥かに格下だ。
「よっし、じゃあメリッサはただのゴブリンを上手いこと引き付けて各個撃破。但し絶対無理はしないこと。カラーナはボブゴブリンの一匹を相手しつつ、メリッサのサポートも頼む。俺は瞬間移動で速攻ボスを撃破。その後ボブゴブリンを相手し、終わったらゴブリンに移る。この程度の相手俺達なら楽勝だ。さっさと片付けよう」
「お~~なんか初めてボスっぽいと思うたわ」
「ご主人様は流石です。瞬時にして私達の事を理解して作戦を立ててしまうのですから」
カラーナは音が立たない程度の拍手をみせ、メリッサには感嘆の言葉を投げかけられた。
うむ、ちょっと照れくさいぞ。
さて、じゃあサクッと中の魔物を倒してしまうかな――
今回はカラーナがかなり活躍!
ゴブリンぐらいはあっさり撃破したいところ。
 




