第50話 三人でベッドイン
「とりあえず今後の事を決めておこう」
俺はベッドに腰掛けるメリッサとカラーナを見下ろすようにして立ち、その言葉をふたりに投げ落とした。
ふたりとも少しきょとんとした顔になっているが、構わず続ける。
「先ずだ。既にメリッサには話しているが、俺の前では奴隷だからなどの遠慮はいらない。堅苦しい事はなしだ。自由にベッドを使ってもいいそ、食事中も奴隷だからと地べたに座る必要はない!」
「あ、あのご主人様……」
メリッサがおずおずと手を上げて俺を見上げる。
なので、なんだいメリッサ? と次の言葉を促す。
「その、カラーナはそもそも既に遠慮はしてないようにも――」
……俺は思わず口篭る。判ってはいたが、カラーナは特に何も言わなくても口調からして砕けてるし、ベッドには腰掛けるどころかごろごろ寝っ転がるし、食堂でも普通に椅子に座っていた。
正直かなり自由である。
「う~ん。だってボスそういうの気にしなさそうやし」
あっけらかんと言い放つ。いや、まぁそのとおりだけどな。
「で、話ってそれだけなん?」
小首を傾げながら聞いてくる。脚をなんかぱたぱたもさせている。
……ちょっとかわいいと思ってしまった。
メリッサも控えめなところがいいが、それとは正反対の天真爛漫なカラーナも改めてみると悪くはない。
健康的な褐色の肌と引き締まりつつも出るとこはしっかり出てるボディはまた違う魅力で溢れている。
似非関西弁もなれると気にならない。
て! そうじゃない!
「も、勿論本題は別だ! とりあえず当面の目標をお互い知っておく必要があるだろう」
「目標いうても、最優先はメリッサを奴隷として購入するための資金集めなんやろ?」
……まぁその通りだけどな。
で、メリッサが少し申し訳無さそうな顔をしているが。
「メリッサ、そんな顔をするな。さっきも言っただろう? これぐらいすぐ稼いでみせるさ」
「ていうか、そもそも必要な資金いくらなん?」
右手を差しだし、カラーナが質問してくる。
まぁ仲間である以上、知っててもらう必要はあるか。
「メリッサと契約するために必要な金額は二七〇万ゴルドだ」
「はぁ!?」
カラーナが驚きの声を上げる。まぁ気持ちは判らんでもないが。
「二七〇万って大金やないか! なんやのんそれ。ボスそれなのにうちに一〇〇万も使ったん? ほんまアッホやなぁ~~~~!」
両手を広げながら呆れたように言われてしまった……
「で、でも私はそんなご主人様が大好きです!」
メリッサ……うぅ、えぇ子だ。慰めの言葉とはいえ嬉しい。
「はいはいノロケはえぇとして。それで? 二七〇万ゴルドが必要として、いまボスはいくら持ってん?」
「……一二万ゴルドぐらい」
「……はい? え? 聞き間違いん? 今うち一二万ゴルド聞こえた気がするねんけど、一二〇万ゴルドの間違いやろ?」
耳に手をあて確認してくる。
だが俺の答えは一緒であり……
「一二万ゴルドだ。間違いない」
「ズコーーーーー!」
思いっきり前のめりに倒れた! リアクションも関西のノリか! しかも古めの!
「なんやのんそれ! ボス! 何やってんのや! はあ~~~~やっぱり嫌な予感があたったわ~早速これとかかなわんなぁ……」
額を抱えながら心底呆れたように嘆く。
泣くぞ。
「と、とにかく! 後五日以内に二六〇万ゴルド稼げばいいだけの話だ! 問題ない!」
「いや問題おおありやろ。一日五〇万ゴルド以上稼がんとあかんのに」
突き刺すようなジト目でカラーナは言ってくる。くっ、本当にズケズケと遠慮がないな!
「問題ない。俺は冒険者だそれぐらいすぐ稼げる!」
「……何か色々不安なるわ」
そのダメな人を見るような目をやめてくれ。軽く凹む。
「まぁとにかく。それで明日からは冒険者として依頼を色々こなしていかないといけない。それで質問だが、カラーナは何かジョブを持っているのか?」
「勿論や。でなきゃあんな真似は出来ないやろ。こうみえてバークラーや」
「なるほど……バークラーか。それは中々って! バークラー!? 高位職のバークラーか?」
「そや。どや? 意外と使えそうで驚いたやろ?」
「あぁ、まぁ少しな……」
バークラーはゲームでは盗賊系のジョブにあたる。
闇の中に潜んで行動するのが得意という設定のため、夜の街や暗い洞窟などで力を発揮できるタイプだ。
ただ昼は、基本的な性能はシーフと変わらないという極端なジョブでもあるが。
「そういえばメリッサは何かジョブ持ってるん?」
カラーナが彼女に尋ねる。そういえば俺も正確に聞くことはなかったな。
ゲームでは奴隷にしてからはジョブを付ける事は可能だったが、その先入観で持ってないものとして考えていた。
トルネロとかいうのはドラッカーにしようとしてたようだが。
「いえ、私はジョブを禁じられてるので今のままだと持てないですね」
「あぁなるほど。隷属器のせいやねんな。かなわんね」
ふむ……やはりメリッサは持っていなかったか。それにしても隷属器はジョブを持つことも制限されるんだな。
そういえばあのハゲもそんな事いってたし。
ふむ、ここでとりあえず改めて基本に戻って考えてはみるか。
このゲームではジョブは大きく分けて――
戦士系――武器を使った戦闘を得意とする系統。一部素手に特化したものもある。
魔法系――様々な魔法を扱うのを得意とする系統。使用する魔法の種類でジョブが分かれる。
神官系――聖の魔法に特化した系統。回復や防御力を高めたりの補助系も使いこなす。攻撃系の魔法も一部存在する。
盗賊系――探索や潜入など裏方的行動を得意とする系統。気配を消したり罠や鍵の解除が得意。
射撃系――弓矢などによる遠距離からの攻撃を得意とする系統。唯一弓や投擲のスキルが使える。
生産系――何かを作り出す事に特化した系統。商人向け。
その他――どの系統にも分類されないもの。メイドなどがこれにあたる。
以上の七系統が存在した。基本的にはジョブはこのどれかに属するが、例えばアンジェのエレメンタルナイトのように、魔法系と戦士系が複合された系統もあったりする。
そしてもう一つ――特殊系。これは俺のキャンセラーがそれだ。
元々運営の発表では、今後キャンセラーのような特殊系に属するジョブも増えていくという事だった。
他とは違う一風変わった特殊なスキルを使いこなすのが特徴とかだったな。
ただ、結局それは隕石の件でキャンセラー以外実装されなかったけどな。
ちなみに特殊系はその下に必ず別の系統が付く形で呼称される。
つまり、キャンセラーの場合は正式には特殊戦士系だ。
まぁただ、ここで特殊系を考えても仕方がないか。結局俺しかいないわけだし。
「カラーナがジョブを持ってるのは、奴隷になる前に習得したからか?」
「そやね。でもあのままやったらその力も封じられてたわ。ボスが許可してくれたおかげで元通りやけどな」
「なるほどな。隷属器ってのも厄介なものだが……それでやはり隷属器とは別に隷属の魔法っていうのも身体に施されているのか?」
「うん、まぁそやな……」
少し沈んだ声で返してくる。まぁ気分のいいもんじゃないだろうしな。
「辛いことを聞いて申し訳ないが、その魔法を施したのは、あのメフィストとか言う男か?」
これはどうしても聞いておく必要がある。
「それは判らんねん」
「判らない?」
「そや。うちその魔法をかけられるときは目隠しされて、神殿みたいなとこ連れて行かれ、暗闇に全裸で放り投げられたねん」
ぜ、全裸――
「という事は場所も判らないのか?」
「悔しいけどそや。なんとか気配で知ることが出来れば思うて探ってみたんやけど無理やった。闇に放り投げられた時は、目隠し取ってもらったんやけど、何もない部屋やったしな。印象に残っとるのは地面に浮かんだ魔法陣がうちの身体に染みこんでいったことぐらいや」
……なるほどな。それがメリッサの言っていた魔法式なのだろう。
それにしても場所も相手も不明とはな。
「ご主人様、私もカラーナと同じです。隷属の魔法を掛けられるときは、誰が掛けたかは判らないようになってるようです」
……なるほど。確かによく考えてみれば誰が掛けたか判ってしまえば、何かしらの手で魔法を使ったものが暗殺されたりする可能性もある。
連中はそれを避けてるという事か?
「話は判った。ところでメリッサは他に何か制約は受けているのかい?」
「私の場合は主に逆らったら身体中が激痛に襲われるようになっておりました。ただ、今は主がいない状態なのでその制約は解かれていますね」
「それはよかった。だがそういえば仮契約の話の時はそのことを言われてなかったな」
「仮契約の間は制約ではなく文面で傷つけるのを禁止にしてますので、それで済ましてるのだと思います。規約違反は罰金としてるので、制約は掛けないほうがお金になる可能性が高いと思っているのでしょう」
「なるほどな。ふむ、仮契約の間はジョブの制約を解いてもらうのも難しいのだろうか?」
あの時その事も聞いておけばよかったかなと、今更ながら思うけどな。
「それも仮契約の間は……隷属器に購入者の希望する制約を掛けたり外したりするのは本契約のみなので……」
ふむ、上手くいかないものだな。
しかし、そういえば俺はゲームの世界としての知識しかないが、実際はジョブというのはどうやって手に入れてるんだ?
「そういえばちょっと聞きたいのだが、そもそもカラーナはどうやってジョブを手に入れたんだ?」
「はぁ? 何いうてるん? ボスだってジョブ持ちやろ?」
「まぁそうなんだが、実は自分の場合しか知らなくてな。他のジョブや人がどうなのかちょっと気になった」
「そやかて、皆大体同じやない? 手に入れたいジョブに関しての鍛錬やったり勉強やったりしていれば、こうふわっと降りてくんねん」
「降りる?」
「そや。ボスにやってあったやろ? こう何かが自分の中に降りてくんねん。それに従ったらジョブが持てるんや」
……ふむ。正直いうと完全には判らないが、なんとなくなら理解出来た気もする。
一応頭のなかにジョブ名やスキル名は浮かぶからな。
この表示がきっと頭に浮かんだりするのだろう。
「そうだな。やはりみんな同じみたいだ」
「当然やな。ボスも今更やなほんま」
カラーナは腕を組みどことなく呆れたようにいう。
「でも羨ましいです。私はジョブを持ったことがないですし……」
「ふむ。だけどメリッサ。俺はメリッサは色々才能があると思っている。剣もいけるし、それに薬草や他にも物の価値を見抜く力もある。個人的にはドラッカーとチェッカーの資質があるとも思ってるしな。今は隷属器で制限されていて身に付けることが出来ないようだが、正式に契約しその制限を解除すればすぐにでも降りて来るんじゃないかと思うがな」
「そや! 制限されていてもジョブに必要な勉強や鍛錬は出来るし、しっかり蓄積される筈やしな!」
俺とカラーナの話に耳を傾けていたメリッサは、嬉しそうに顔を綻ばせ。
「ご主人様とカラーナのお話を聞いていたら自信が湧いてきました!」
「うん! メリッサその意気やな!」
「あぁメリッサならきっと出来るさ」
俺とカラーナはそう伝え、そして。
「…………」
「…………」
「…………」
……話すことがなくなった。明日の予定も言ったしな。てか時間的には普通は、まぁなんだ。
「てか明日も依頼請けるなら早いやろ? そろそろ寝んと」
「……そうだな」
「ご、ご主人様もお疲れでしょうし、そろそろ、その……」
確かに俺は今も立ち続けているがな。
……どうしよう。
「よし! 俺は床で寝るから二人は――」
「なんでやねん!」
「それは駄目ですご主人様!」
タイプの違うツッコミが左右の耳に飛び込んできた。
「全くなにいうとんねん。ほらボスはこっち!」
「え! お、おい!」
カラーナに引っ張られベッドの真ん中に倒されるようにして寝かされてしまった……
「で、うちはこっち。メリッサはそっちな」
「え? は、はい……」
……配置も決められた。俺から見て右腕側がメリッサ。左腕側がカラーナだ。
「で、うちはこっち向いてるから後はふたりでどうぞご自由に」
「ふぁ!?」
「な、何言ってんだ! 何もしないからそんな気遣い不要だ!」
大体仮契約期間はそもそもそれが出来ん! いやそうじゃなくてもおいそれと手を出せるわけもないが。
「と、とにかく俺はもう寝る! お、お休み!」
そういって俺は布団を被り目を瞑る。
「…………え? ほんまに寝たん?」
「ご主人様は寝付きが宜しいので――」
「いや、てかもしかして本当にボスはメリッサに手を出してないん?」
「え、えぇまぁ――」
「はぁ!? なんでやねん! メリッサこんなに綺麗やのに!」
「で、でもどちらにしても、今はそういった事が出来ない契約ですので……」
うん、ばっちり聞こえてるけどな。聞く気はなくても。
てかメリッサの脱ぐ音が――ぐぬぬ!
「あぁそんなのあったんか~でも勿体無いで。メリッサこんないい身体してんのに。ほんま勿体無いわ」
「あ、あまり見られると恥ずかしいです……」
「いいやん別に。お風呂でも散々みとるんやし。てかうちも脱ぐわ。その方が楽やし」
いや、ちょっと待て! 脱ぐってどこまでだ!
……ま、まぁ上までだろうけど――
「う~ん、でもやっぱり胸の大きさは負けるわ~うち結構自信あったんやけど」
「あ、でもカラーナの引き締まった身体、素敵だと思います」
「そかな~? うちはメリッサみたいな柔らかそうな身体が羨ましいわ~」
……寝れん! 当然だ! いやそもそも本当に寝るつもりでもないけど、しかしこれは俺には刺激が――くっ! とにかく今は煩悩をキャンセルだ! キャンセル! キャンセル! キャンセ――




