第49話 判ってくれてる人はいる
「ざけんじゃねぇ! この偽善者!」
「…………」
やれやれまたか――
俺は新しく仲間に迎えたカラーナ、そしてメリッサ、二人を連れてとりあえず宿へ戻ることにした――んだが、その途中、街路を歩いてると先程からよく罵声を浴びせられる。
恐らくあの時広場にきていた人間か、その噂を聞いたものなのだろう。
カラーナを奴隷として購入したことを、面白く思っていない連中が結構な数いるようなのだ。
「……なんかごめんなほんま」
「はぁ? なんでお前が謝る?」
「だってさっきから色々言われとるの、全部うちのせいや。……なぁほんまにえぇの? うちはこんなに嫌われとる。少しでも皆の為になんていうて、調子乗って――」
「それ以上言ったら怒るぞ? 気にしないっていっただろ。いいからお前は堂々としてろ。元気だけが取り柄なんだろ?」
「な!? 元気だけなんていうてないやろ!」
「あれ? そうだったか? 聞き間違いかね~」
暗い表情は消えさり、むぅ~と頬を膨らませて唸るカラーナ。それを見てメリッサも優しく微笑む。
そう、これでいい。カラーナに暗い顔は似合わないしな。
それに、誰に何を言われようが関係ないだろ。
そんなの俺がいくらでも受け止めて――
――ガツン!
「よっしゃーー! ヒットーーーー!」
「頭に命中したぜ!」
「きゃああ! ご、ご主人様!」
……油断したな。通りの向こう側から投げつけられた投石を喰らっちまった。
メリッサも思わず悲鳴を上げて口元を手で押さえているが、同時にゲスな笑い声が向こう側から聞こえてきた。
「よっしゃ次、俺はあの女を狙うぜ!」
「おいおい、もったいなくないかい?」
「何言ってんのよあんな犯罪女! それを庇ってる男もその奴隷もどうせ屑よ! 殺したって誰も文句いわないわね」
「そりゃそうか。よっしゃ顔は一〇〇点な!」
「いい加減にせいや!」
俺が強く拳を握りしめると、弾けたように叫びあげカラーナが前に出る。
「うちが憎いならうちだけ狙えばえぇやろ! このふたりは関係ないやろが!」
「うるせぇバーカ」
「てめぇを助けるような連中は、同じようにゴミなんだよ!」
「あんたのせいで税も上がるってのに偉そうにしてんじゃないわよ!」
「全くだ! 盗賊風情が堂々と街を歩いてんじゃねぇ!」
「さぁ投げようぜ! 他の皆もやれよ! 石でも矢でもこいつらに――」
こいつら――いや、この街か……今の俺にはこの街そのものが腐って見える。
調子に乗りやがって。カラーナも必死に涙を堪えて小さな肩を震わせて……もう関係ないか。
この際あいつらを――
「何馬鹿な事をいってんだい!」
て……この声は? 俺はその方向に顔を向ける。 すると、路地から出てきたふくよかなおばさんが、連中を睨めつけていた。
「あん? なんだババァ――」
「て、いてぇ!」
「ちょっとあんた、キャッ!」
「な、なんだこいつ!」
……そしてそのおばさんは、大根のような物を使って、口汚く罵ってきた連中をガンガン殴りつけていく。
「ち、畜生覚えてろよ~~」
「この糞ばばぁーーーー!」
……暫く殴られ続けて、連中はいかにも三下って捨て台詞を吐いて逃げ出したな……で、おばさんは腰に腕をやってフンっ! と鼻息を吹き出し。
かと思えば一旦路地に戻って、で、何か大量に野菜が詰め込まれた麻袋を抱えて――こっちにやってくる。
「……ん!」
「え?」
「ほらっ! 遠慮するんじゃないよ!」
「は、はぁ……」
俺は戸惑いながらも、おばさんが押し付けてきた袋を受け取る。
……結構重いな。
そしておばさんは顎に指を添えて、上から下までジロジロと舐め回すように俺を見てくる。
何だ? 一体?
「そんなに頼りがいあるようには見えないんだけどねぇ~」
悪かったな。
「でも、よくやったよ! 見なおした!」
そういっておばさんは、俺の腰をばんばんと叩いてくる。少し痛い。
で、今度はカラーナの方に顔を向けて――
「ごめんね――」
表情を落とし、そう告げる。
え? と短くカラーナは返しその目を瞬かせた。
「私もあの場にいたんだよ。でも本当は助けたかったのに……でも勇気が出なかったんだ。あのブラックキャットには私だってお世話になったのにね……脚が竦んでなさけないったらないよ――だから謝らせて、本当にごめんな!」
深々と頭を下げるおばさんに、ポカーンとした表情を見せる褐色娘。
どう返していいかわからないって感じか。
全く仕方のないやつだな。でも――
俺はカラーナの頭の上に手をおいて、再びわしゃわしゃと思いっきり髪を掻き撫でる。
「な!? ちょ! あんたまた何すんの!」
「いるじゃないか」
「え?」
「こうやって、カラーナのやってきたことをちゃんと判ってくれている人が、いてくれたじゃないか」
「そ、そうですよカラーナ! しっかり感謝してくれている人がいるんです!」
俺とメリッサの言葉で、彼女の涙腺は緩みに緩み、堰を切ったように涙が溢れ。
そしておばさんに向かってただ、ありがとう、を連呼した。
俺はそのおばさんに御礼をいう。
しっかり守ってやってくれよと言われた。
当然だなと思えた。嫌いになりかけたこの街だが少しだけ考えを改めた。
おばさんと別れた後は、とりあえず今日は宿に戻ろうという話になった。
勿論向かう宿は決まっているが、その途中は色々と変化があった。
とくに西側の地区に入るなり、その違いは如実になっていく。
相変わらず暴言を吐いてくる連中はいた。だが横からそれを止めるものもいた。
場合によっては、俺達に文句を言ってくる連中を、どこからともなく現れた強面な男たちが取り囲むという場面も見られた。
そして路地に入り歩いてると、やはりガラの悪そうな男が肩を怒らせながら俺に近づいてくる。
メリッサが、ご主人様……と不安そうな声を漏らし、男は俺の目の前で立ち止まると、首をぐるりと回し、下から覗き込むようにしてガンを付け、そして、てめぇ、と口を開く。
なんだ? 絡まれてるのか? と身構えるが。
「その子を泣かすような真似をしたら、俺がタダじゃおかねぇぞゴラァ!」
……うん。まぁ勿論そんな気はないが。
「あ、あぁ当然だ」
そう答えると、ふん! と鼻を鳴らし彼女に、
「カラーナ! なんかあったら遠慮なく俺にいってくれよ!」
と言い残して立ち去っていった。
「ふふっ、あいつあんな感じだけど悪いやつじゃないんよ」
どうやら知り合いだったらしい。
そしてカラーナの味方は結構多いようだ。ただ、どういうわけかガラの悪いのが多いのが気になるけどな。
メリッサも、個性的な人ですね、と言っていたが顔は少し引き攣ってたな――
「あんたら広場で一悶着あったらしいじゃないかい!」
俺達が宿に戻ると、意外にもアニーが起きていて、開口一番そんな声を上げる。
なんとなく顔が険しい気もするが――
「まぁちょっとな。でも、まさかもう泊めてくれないとかではないよな?」
するとアニーがカウンターの天板を強く叩きつけ、そして、そんなの――と妙に迫力のある声音で発し。
「いうわけないに決まってるじゃないか~いやぁそれにしても見なおしたよ~やるじゃないかぁ~」
……なんか急にまた、ふにゃぁっとした顔つきに戻り、なんか褒めてきたな。
どうやらカラーナを奴隷として迎え入れたことも知っているようだ。
「良かったね~カラーナちゃん。いいご主人様に巡りあえて~」
「う~ん、でもなぁ~ちょっと人が良すぎな気がすんねん。だから不安の方が大きいわ~」
腕を組みうんうんと顎を振るカラーナに、おい! と突っ込む。
隣ではメリッサも楽しそうに笑っていた。
「というわけで~今日からあんたらはタダでいいや~あの部屋は好きに使ってね~」
「……はい? え? タダって本気か?」
「本気も本気だよ~それにカラーナちゃんの荷物も既に移しておいたし~」
「!? はぁ? な、何いってんだドサクサにまぎれ――」
「おお~流石ママや~気が利くし」
「いや! 気が利くじゃない! だったらせめてシングル三つにしてくれ!」
「いやだよこの人は。いくらなんでもタダでシングル三つは無理さね。ダブルでも十分三人で寝れるし贅沢言わない言わない」
おばちゃんみたいに手を振って、何をいってるんだこの女!
「そういう問題じゃないだろ!」
「あ、でもメリッサは嫌かなぁ? うち邪魔やろか?」
「い、いえ、そ、そんな事はないですよ」
「ほんま? あ、安心してな。うち隣でそういう事してても気にせんし、食べたりもせ~へんから」
「お前は一体何をいってるんだ? てかメリッサより俺の意見はどうなる!」
「アホか! 寧ろこんな美女ふたりと一緒の部屋で過ごせるんやし、そこは泣いて喜ぶところやろ!」
「な!?」
「そうそう。あ、でもあんまり激しいのは勘弁ね。床が抜けない程度でお願いしたいかも~」
「何を言ってるんだあんたは!」
「てか、ここまできて女に恥をかかすもんやないでボス」
「恥って……てか、はぁ? ボス!?」
「あぁ、うちそういう組織に所属してたし、その方が呼びやすいねん。宜しくな~ボス~メリッサもね」
「は、はい宜しくカラーナ」
てか話がなんか纏まってる! くっ、なんか初日からこいつペースで進んでる気がする……
「まっ、そういうわけだからこれ鍵ね。ウフッ、愛の巣として存分に活かしたまえ」
悪戯っ子のような笑みを浮かべて……絶対コイツ楽しんでやがるな――
もう何をいっても無駄なので俺は諦めた。それに純粋に無料なのは嬉しいしな。
部屋には荷物を入れる為の箱が、一つ増えていた。
これにカラーナの荷物が入ってるのだろう。
彼女に聞くと中には着替えが入ってるらしい。
そして一旦落ち着くためにベッドに腰を掛けると、当然だが俺を挟むようにしてメリッサとカラーナも腰をかける。
うん、なんかスゴイ状況だ。やばいな緊張してき――
「はぁ~~~~~! やっぱり広いベッドはえぇなぁ~~」
たと思ったら、カラーナが背中からベッドに倒れこみ、そのままゴロゴロし始めた。
メリッサと違ってカラーナには遠慮がない。
「う~ん、でもなんかふたりの嫌らしい匂いがするし」
「しねぇよ! するわけないだろ!」
「えぇ~? でも激しく愛しあってんのやろ?」
「あ、愛し――」
メリッサの顔が真っ赤に染まる。額から煙が出そうな勢いだ!
「こ、この部屋は成り行きで選んだだけで、別にそういうつもりで選んだんじゃないぞ!」
「別に照れんでもえぇのに」
「だから違う!」
くっ! ヤバい、マジでこいつのペースに引き込まれている!
とりあえず気を落ち着かせようと風呂と夕食を頂くことにした。
三人で風呂にいくと、一緒に入るボス? なんて訊いてきたが、男と女で分かれてるだろ!
全く。風呂にいくとモブさんがいた。よくあうな。そして広場の件も知っていた。
結構話題になってるらしい。
「最近はヒットの噂を聞くのが楽しくなっちまったよ」
そんな事を話してくるようにもなった。一体どんな噂が流れてるんだ――
そして壁の向こうから聞こえてくる嬌声。壁もっと厚くしろよ……上も塞ぐとか、てか女湯の方は他に客いないのか!
まぁそんなわけで、風呂から上がった後は二人を待ち、出てきた後で食堂に向かう。
「アニーから聞いてるからタダで大丈夫だよ。それと野菜ありがとうね~」
ショタにしか見えないシェフに、笑顔でお礼を言われた。
しかしここもタダだとは、寧ろお礼を言いたいのは俺の方だな。
そしてやっぱり料理は美味しかった。あのおばさんがくれた野菜も料理に取り入れられてたがそれがまた旨かった。
で、同時にやはりカラーナはうるさかった。彼女は本当によく喋る。
おかげでこれまでと雰囲気は一変した。
ただメリッサは彼女の冗談でよく笑う。まぁ俺も結構笑ったかな――こういう雰囲気は嫌いではない。
夕食を堪能した後は、シェフにお礼をいってそして部屋へと戻る。
さて、問題は――これからだ。
人は顔で判断してはいけません!
そして愛の巣を手に入れた三人……夜はどうなる!?




