第48話 二人目の奴隷
「それではこれが契約書だ。よく目を通しておくといい」
俺は奴の馬車の中で今、一枚の紙切れに目を向けている。
俺の横にはメリッサ、そしてさっきまで晒しあげにされていたカラーナの姿がある。
あの後、俺がカラーナを買うと宣言した後の騒ぎは中々凄いものだった。
再び聴衆の怒りが頂点に達したようで罵詈讒謗の嵐で、中には舞台に上がろうとしてる連中まで現れ始め、罪人を助けるのか! この街から五体満足で出れると思うなよ! 等とまぁ酷い言われようだった。
まぁ出来るものならやってみろといったところだったわけだが。
だけどな、ヘタしたら収拾がつかないんじゃねぇのかとさえ思われた場の混亂を、この男は再び一喝して沈静化させやがった。
そして再び作り物の笑顔を振りまき、お買い上げありがとうございますと頭まで下げ、契約のためと俺達を馬車に招いた。
この男の馬車は真っ赤な車体に豪華な意匠の施された大層立派なものだった。
きっとそれだけ高いのだろ。どれだけの悪事に手を染めればこんな物が買えるのかって話だな。
……俺がもし、この男を殺すことが出来るなら、きっとその方が早いだろう。
そんな事をふと思う。街中を敵に回したってメリッサとカラーナを連れて、とっととこの領地を逃げ出してしまえばいいのではないか? とも思える。
だが、正直言うと厳しい――領地から逃げ出すという選択肢も、メリッサの領地からは逃げ出せないという言葉が気がかりであるし、そして何より、今俺の前で笑顔を貼り付けているこのメフィストも、心底不気味だ。
ハゲの左右にはしっかり護衛が張り付き、俺に対する警戒心を強めたままだが、それでも野郎と思えばこのふたりをぶっ殺し、このハゲ頭も撥ね飛ばすぐらい出来そうな気はしていた。
だが、それもこの顔を目にし、いざ行動に出ようとして――躊躇われる。
底知れぬ重たい空気が俺の身体に絡みつく。そして訴えかけてくる。この男は護衛なんかよりよっぽどヤバいと。
そう考えるなら、さっきこの男が聴衆を焚き付けるために行っていた大げさな演説も只のパフォーマンスであり、この男からしたら道化を演じていたにすぎないのでは? などということさえ思えてしまう。
そして俺は、一つだけ確信できることがある――それは間違いなくこの男何らかのジョブを持っているであろうということ。
しかもかなり強力な――だけどそれが何かは掴めない。
ただこの男はきっとジョブを持っている――その予感はある。
だが、何のジョブか――見たところどうみても戦士系ではない、盗賊系でもないだろう。
だとしたら魔法系だろうか……生産系ならばそこまで脅威ではないと思うが。
とりあえず改めて基本に戻って考えてはみる。このゲームではジョブは大きく分けて――
戦士系――武器を使った戦闘を得意とする系統。一部素手に特化したものもある。
魔法系――様々な魔法を扱うのを得意とする系統。使用する魔法の種類でジョブが分かれる。
神官系――聖の魔法に特化した系統。回復や防御力を高めたり補助系も使いこなす。攻撃系の魔法も一部存在する。
盗賊系――探索や潜入など裏方的行動を得意とする系統。気配を消したり罠や鍵の解除が得意。
射撃系――弓矢などによる遠距離からの攻撃を得意とする系統。唯一弓や投擲のスキルが使える。
生産系――何かを作り出す事に特化した系統。商人向け。
その他――どの系統にも分類されないもの。メイドなどがこれにあたる。
以上の七系統が存在した。基本的にはジョブはこのどれかに属するが、例えばアンジェのエレメンタルナイトのように魔法系と戦士系が複合された系統もあったりする。
そしてもう一つ――特殊系。これは俺のキャンセラーがそれだ。
元々運営の発表では今後キャンセラーのような特殊系に属するジョブも増えていくという事だった。
ただ結局それは隕石の件でキャンセラー以外実装されなかったけどな。
ちなみに特殊系はその下に必ず別の系統が付く形で呼称される。
つまりキャンセラーの場合は正式には特殊戦士系だ。
まぁただ、ここで特殊系を考慮しても仕方がないか。結局俺しかいないわけだしな。
「どうかしたかな?」
チッ……流石に長々と眺めすぎたか。訝しそうな目で尋ねてきたな。
「ちょっと気になったんだが、この奴隷が犯罪を犯した場合は持ち主の責任とするっていう表記は普通あるものなのか?」
「それか。まぁ本来はその表記はないがな、ただ知っての通りその奴隷は元が犯罪者の上、逃亡の前科もある。その奴隷を買おうというならそれぐらいのリスクは覚悟してもらわねばな」
……なるほどな。まぁ本当はそこまで気にしていたわけじゃないけどな。こんな表記一つで気が変わるなら最初から買うなんて言っていない。
「そうか判った。それと奴隷の制限についてだが」
「あぁ何か希望があれば付与してやるぞ。何せ大事なお客様だからな」
全く白々しいこった。不敵な笑みまで浮かべてるしな。本来なら誰も買い手が付かないと踏んでいただろうに悔しそうな素振りすらみせない。
いや、寧ろ楽しんでる気さえする。
「そうかだったら制限は全て消してくれ。どうやら口も聞けなくしてるらしいがそれも解除だ」
「……全てだと? ジョブ規制も含めてか? 逆らったら激痛を与えるなんてものは当然いるのだろうが――」
「それも無しだ。逆らったらどうするかなんてこっちで何とかする。とにかく全ての制約を消すんだ。それと隷属器は首輪以外で頼む。こんな趣味の悪いものつけさせて置けるか」
「……くくっ、やはりお前は面白い男だ。奴隷に制限を与えない等とはな。だがお人好しすぎるな。まぁ制限を解くのは構わないが精々寝首をかかれないよう気をつけることだ」
「……俺はこれまで何度もお人良しといわれたが、ここまで言われて嫌悪感を抱いたのは初めてだな」
「中々口の減らない男だな。まぁいい。これがお前の分の契約書だ」
「……あぁ、じゃあこれが一〇〇万ゴルドだな」
俺はそういって一〇〇万ゴルドと契約書を交換する。
その後カラーナの制約は外され、隷属器もメリッサと同じ腕輪タイプの物に変更となった。
「まぁまたどこかで会えるのを期待してるよ」
馬車から俺達が降りると、メフィストがわざとらしい笑みを浮かべながらそんな事をいってくる。
「その時は、あんたにとって嬉しくない状況でお願いしたいものだな」
なので俺が刺すような眼差しで返すと、そんな状況が来るといいな、と言い残し馬車は俺の前から去っていった。
……さてっと。結局これで更に一〇〇万ゴルドを使ってしまったわけだがな――
◇◆◇
「シャルダーク公、本当に良かったのでしょうか?」
走り続ける馬車の中、護衛の一人がメフィストに尋ねる。
「私のやり方に何か文句があるのか?」
「!? め、滅相もありません! 失言でした! どうかお許しを――」
メフィストがギロリと男を睨めつけると、彼は慌てて謝罪し深々と頭を下げる。
その姿に、ふむ、と口にしつつ。
「それにしてもあの男と一緒にいた奴隷。メリッサか……ふふっお前は知っているか? あの女かのチェリオ伯爵が探していた女だ。まさかあんなところにいるとはな――」
顎に指を添え、新しい玩具でも与えられたような、そんな笑みを浮かべる。
「しかしな、奴隷を扱う身として購入予定にされている奴隷の情報を流すなどは出来ん。私自ら規則を破るなど出来るはずもないからな。だから貴様も絶対にこの事をチェリオ伯爵に告げては駄目だぞ? 勿論判っているよな?」
目の前の男に、じっとりとした瞳を向け、示唆するように口を開く。
「は、はい承知しております」
すると男は恭しく頭を下げ肩を震わせた。
そんな彼に、君は規則を守れる男だと信用してるよ、念を押すようにメフィストが告げるのだった――
◇◆◇
「メリッサ! 勝手な事して本当にすまなっかった~~~~!」
俺は奴らの馬車が見えなくなったのを認めた上で、メリッサの前で速攻で土下座し地面に頭をつけるぐらいの勢いで必死に謝りの言葉を述べた。
何せメリッサを必ず俺の奴隷にする! その為の金などすぐ貯まる! といった直後のこれである。
折角緊急依頼を解決し手に入れた二〇〇万ゴルドはレンタル代と前金で半分消え、更にカラーナを購入するために支払った一〇〇万でそれも〇になった。
残った金額は一〇万ゴルド程度である。
メリッサを購入するにはあと五日間で二六〇万ゴルドが必要なのだ。
一日五〇万と少し金を稼がないといけないことになる。なんてこった。
しかし――メリッサはどう思ってるだろうか。軽蔑してるだろか。
今顔をあげたら蔑むような目を向けられているかもしれない。
甲斐性なしと三行半をくだされても本来おかしくないほどだ……。
「ご主人様、そんな謝るなんてやめてください!」
え? メリッサの慌てたような声に俺は頭を擡げる。
するとメリッサが聖母のような笑みを浮かべ、そして俺の腕をとり、お立ちになってください、と口にする。
「私はご主人様を誇りに思います。カラーナの為にあそこまで出来るご主人様は私にとって最高のご主人様です。もしあそこで彼女を見捨てるような真似をしていたなら、私のご主人様に対する信頼は揺らいでいたかもしれません。ですから――」
そこまでいって俺が立ち上がるのを確認した後、メリッサはにこりと微笑み。
「ですからご主人様はどうぞ胸をお張りください。それだけの事をご主人様は致しました」
「……メリッサ――」
メリッサのキラキラと煌く濁りのない瞳を見つめながら、俺は呟くように口にする。
メリッサがそこまで言ってくれるなんて……感極まるとはこのこ――
「何言うてんねん! アホかいな!」
……俺が感動仕掛けているところを、似非関西弁が邪魔をする。
そういえば彼女がいた。てか今俺が買ったんだ。
俺とメリッサはカラーナの声に身体を向け直す。
そこには仁王立ちで腰に両手を当て、眉間に電光を走らせ、眦が吊り上がり、唇が曲がっている。
よくは判らないが相当ご立腹の様子だ。
「奴隷として招き入れた子の第一声が怒鳴り声とは思ってもいなかったがな」
俺は肩を竦めて言葉を返すが、それを聞いたカラーナはずんずんと俺に足を進め、鼻先に褐色の指を突きつけてくる。
「そんなこと誰が頼んでんねん! うちいったやろ? 目で訴えたやろ? うちの事は放っておけって! 絶対買うないうたやん! 何? 気づかんかったの? 鈍感か! 大体一〇〇万ゴルドやぞ! 大金やん! ごっつい大金やん! それをホイホイ支払ってほんまアホとしかいいようないわ!」
う~ん偉い剣幕で捲くしたれられ非難されてしまったぞ。
「カラーナご主人様は貴方の為に――」
「それが余計なお世話いうてんねん! 大体うちはそんな無理して買ってもらってもうれしゅうないわ!」
「カラーナ別に俺は無理したわけじゃないぞ」
まぁ実際は殆どの資金を使ってしまったわけだが。
「嘘つけや! 無理しとるやろが! 大体どうすんねん! こんな事で資金使って! それでメリッサを正式な奴隷に出来るんかい!」
「!? なっ! お前なんでそれを!? メリッサ喋ったのか?」
「い、いえ私はそこまで――」
「あほか! そんなん聞かんでも判るわ! メリッサには隷属器が嵌められていても、あんたはそれみたいに対になるものもってないやろが!」
カラーナが俺の左指に嵌めている指輪を指し示しながら言う。
確かに彼女の言うように、この左手に嵌められたこれは、カラーナの隷属器と対になるもので、俺がカラーナの主人であることを証明するためのものだ。
そして当然メリッサの分を俺は持っていない。
ただこの指輪はパッと見は普通の指輪と何ら変わらない。
俺は右手には特殊効果のある指輪を既に何個か嵌めてある。
それなのに――
「ふん! 元盗賊をなめたらあかんで。あんたの持ってる指輪は全て、魔法の加護が与えられるタイプやろ? 詳細の事は判らんでも大体の事は判るんや!」
むぅ、流石もとシャドウキャットのメンバーだけある。よく知らないけど。
「大体メリッサもメリッサや! なんであそこで笑顔で許すねん! そんな事じゃ絶対将来この男調子にのるで! 今のうちに言える時にいうとくんや! 暫く立ち直れんぐらいにけちょんけちょんに言うたらんかい!」
「えぇ! で、でも私は――」
メリッサがカラーナの迫力に押され始めている。関西人恐るべし。まぁ異世界人だが。
「あの、でも私はカラーナが助かって、嬉しいです」
首を少し傾けて、天使のようなスマイル。
むぅこれを受けてはさしもの関西系褐色娘も黙るしか無いか。
ちょっと呆けてるし。
「はぁあぁあぁ……なぁメリッサ、あんたわかっとんの? うちが奴隷になるって事はもしかしたらライバルになる可能性もあるかもしれないって事なんよ?」
「え、えぇ! い、いえ。そ、そんな、で、でも――」
う~んメリッサが急にわたわたしだしたな。それにしてもライバルって……奴隷の上下関係のことか? そこは仲良くやってもらいたいんだけどな。
「まぁとにかくだ。金のことは別にカラーナに心配してもらう事じゃない。それにそんな事じゃご主人様失格だしな。だからその事をとやかく言うのはもうなしだ! そして――カラーナがいくら嫌でも、駄々をこねても、もう俺の奴隷だ。決定事項だ。だから……簡単に放してもらえるなんて思うなよ?」
俺はそういってカラーナに微笑みかける。
するとカラーナの表情が崩れかかったが、それが照れくさいのかくるりと背中をみせ。
「全くほんまアホや。アホ過ぎるわ。お人好しもたいがいにせんと、痛い目見ても知らんで!」
「その時は俺がその程度だったと諦めるさ。それに――あのハゲに言われるよりはカラーナにお人好しと言われたほうが心地いい」
「……馬鹿」
そう呟き、くるりと振り向き白い歯を覗かせた。
「全くしゃあないわ! 奴隷なっちゃる! でも覚えときぃ。そこまで言ったからにはもう返品不可や! 絶対はなれへんで! うちは元義賊団シャドウキャットメンバー、元気が取り柄の褐色娘、カラーナや! 宜しくな!」
そう言ってウィンクを決める。
するとメリッサが前に出て、はい! これからも宜しくねカラーナ、とほほ笑みを返す。
まぁ何はともあれ、これで俺の二人目の仲間が出来たってわけだ――
というわけで無事カラーナも奴隷に!
ハーレムルート突入?




