第46話 晒し者
「さぁ皆さん、どうぞよく見てやってください! この女、盗賊団シャドウキャットのメンバーであるカラーナの惨めな姿を! 全くこんなあどけない顔をしておいて、この女は他の仲間と共謀し、この街の平和を脅かした極悪人でございます!」
失敗してもうたわ――目の前に広がる群衆を見下ろしながら、カラーナは心のなかでそう呟いた。
今、彼女は広場に作られた祭壇のような舞台に上げられ、手枷足枷を嵌められたまま、見せしめと称され晒し上げにされている。
すぐ隣で演説を行うわ、ここアーツ地方における奴隷ギルドの管理者、メフィスト・シャルダーク公爵である。
彼はカラーナに嵌められた隷属器の首輪から伸びた鎖を手に取りながら、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ続けている。
カラーナは悔しさについ唇を噛み締めた。
ついこの間までは、貴族専門に窃盗を行う義賊団シャドウキャットに所属していた。
だがメンバーの一人の裏切りにあい、アジトが発覚しそして全員が捕まったのだ――
「ふざけるな!」
「死んじまえ!」
「殺せーーーー! 処刑しろーーーー!」
「拷問をかけろ! 徹底的に犯してから火炙りにしてしまえーーーー!」
カラーナの眼下で声を上げる民。だが声を上げてるのは綺羅びやかな衣装に身を包まれた貴族然とした者達が殆どであった。
平民と称される領民たちも野次馬のごとく集まっては来ているが、皆どこか戸惑った様子が感じられる。
シャドウキャットは貴族から盗み出した物の殆どを、貧しい領民たちに配って回っていた。
今この場に集まる聴衆の中には、その施しを受けたものもいることだろう。
だからこそ、彼らも戸惑っているのかもしれない。
「ふむふむなるほど。いやいや確かに皆様の気持ちはよく判ります。何せこの女のせいで、皆様が必死に汗を流して稼いだお金が、理由もなく奪われたのです。しかもそのお金はもう二度と皆さんの手に戻ることはないでしょう」
ふざけるな! とカラーナは思わず叫びあげたくなった。いや実際に口を大きく開き声を出そうとした。
だが隷属の首輪の効果によって、声を出すのは禁止されている。
カラーナは買い手が付く前に、奴隷を運ぶ馬車から逃げ出した。
だからこそ追跡者に狙われていた。そして彼らに拘束された彼女は、今はこのメフィストの奴隷としてこの場に立たされている。
「ざけんな! 身体で返せ!」
「生きたままバラバラに切り刻んでしまえ!」
容赦の無い言葉がカラーナにぶつけられる。しかしカラーナはそんな連中に恨みの篭った視線をぶつける。
それは彼女だけの恨みではない。仲間の恨みでもない。民の恨みだ。
ここに雁首揃える貴族たち。領主に選ばれたという立場を笠に着て、勝手気ままに振る舞い民たちから搾取する。
決して領主様に逆らえる筈がないことは、メンバー達だって判っていた。
だがそれでも一石を投じたかった。その為に生まれたのがシャドウキャットだった。
「ふむっ、皆様の怒りもご尤もでございます。しかもこの女は、奴隷として罪を償うという事すらも放棄し逃げ出したのです! このような罪人を許しておけるでしょうか?」
「許せるわけがないわ!」
「その顔を性根と同じようにずたずたにしてやるといい! 鼻を削り醜いオークと同じ姿にしてやるといいわ!」
「オークを連れてきてやらせろーー! 豚は豚とやるのがお似合いだ! そしてそのまま豚の餌にしてしまえーーーー!」
「ふふっ、どうだ? これが真実だこの豚が!」
メフィストが顔を歪め、カラーナに罵声を浴びせかけてくる。
だが言葉は出なくても彼女はその炯眼を憎きその男にぶつける。
「まぁみてあの眼」
「本当。あれは正に犯罪者の眼ね怖いわ」
醜い女に何を言われても心は折れない。もしかしたら自分はここで処刑にされるかもしれない。
だが覚悟はできている。例えその時がきても声が出なくても、最期は貴族共をこの糞野郎と嘲笑って死んでやる!
そう心に決めている。唯一の心残りにあのふたりの顔が浮かぶが――頭を振って後悔は消し去る。
そう自分は間違ってなんかいない。きっとそれを判ってくれている人々だっているはず――
「ふむ、どうやらこの連中は、義賊だなどと宣って全く罪を反省していないらしい。自分たちのやったことが正しい事と信じて疑わないのです。まったくもって愚かな話だ! 私はここアーツ地方の領主様に言伝を預かっている! なんと、この女が所属していたシャドウキャットによる被害分は、全て税として領民たちより負担して貰うことについ先程決まったのです!」
――そう信じて疑ってなかった……だが、この男から吐出された言葉は……
「一人の責任は全員の責任! 領主様を愛すべく民なら当然の事! 尤もこれは貴族の皆様には関係がありませんが、ここにあつまりし多くの平民の皆々様には、きっとこれまで以上に厳しい税の取り立てが待っていることでしょう! 当然だ! 多くの平民がこの義賊の施しを受けているのだ!」
カラーナの表情が愕然としたものに変化する。心に僅かな歪が生じる。
「そ、そんな……」
「これ以上税が厳しくなったらとても暮らしてなんていけません!」
「どうか、どうかご慈悲を……」
カラーナの目の前で――跳梁跋扈する貴族に苦しまされている人々が懇願する。
その眼に涙さえ浮かべているものもいる。
「ふふっ。辛いか? 苦しいか? でもそれも仕方がありませんな! 全てはこの女の行為のせい! 義賊だ? 正義だ? その結果がこれだ! この盗賊団の浅慮な行いが、結果として多くの民の負担を! 重くし! 苦しめる!」
間違っていた? 自分たちのやっていたことが――全て? カラーナの心に生まれた罅が少しずつ広がっていく。
「……ふざけるんじゃないわよ!」
「何が義賊よ!」
「なんであんたのせいで、私達まで責任をかぶらなきゃいけないのよ!」
貴族だけではない。重税に日々苦しまされている民たちが、彼女たちが少しでも助けになればと配り歩いた人々の眼が、憎悪に満ちる。
「くたばれ糞女!」
一人の貴族が罵声と共に投げた投石が、カラーナの身体に命中した。
「そ、そうだ! くたばれ!」
「消えろーーーー!」
「死ねよ! この偽善者が!」
そしてそれを皮切りに、貴族以外の人々もその手に石を持ち――カラーナに向けて投げつける。
「そうだ! 殺せ! 殺せ!」
「殺せ! 殺せ! コ・ロ・セ!」
「「「「「コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ!コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ!」」」」」
雨あられのように飛び交う投石。カラーナの顔に身体に石があたり傷が増える。
そして耳朶を打つ殺せの響き。体の痛みなど大したことはない。だが、心は、抉れていく。
「おやおや困りましたな。実は私こうみえてかなり慈悲深い男。しかもこの地方の奴隷ギルドを管理する身。当然本来であれば奴隷を商品として出荷する立場でもあります。尤もみなさんの意向が強ければ、皆々様の望まれる形で処刑を執り行っても宜しいのですが――」
「当然だーーーー! 処刑しろーーーー!」
「徹底的に甚振れ! 拷問しろ! 雌豚を切り刻めぇええぇえ!」
カラーナの心は泥の中に沈み――その瞳から光は失われていく。
自分たちのやってきたことは――マ・チ・ガ・ッ・テ・イ・タ。
「ふふっ。そうだ、私はいいことを思いつきました。彼女は義賊としてこの街の話題をさらっていた盗賊団のメンバー。この中にはもしかしたら、彼女を助けたい! と思っているものもいるかもしれない。だから、選択肢を与えよう。もしこの愚かな豚を、奴隷として購入しようという者がいるなら、一〇〇万ゴルドで譲って上げてもいい! まぁこの状況で、そんな事を言える物がいればの話だがな――」
「ざけんな! 一ゴルドでもいらねぇよ!」
「いいからとっとと処刑しろーーーー!」
「腹を切れ! 腸を引きずり出せーーーー!」
この状況でメフィストの提案した言葉は、カラーナにとっても事実上の処刑宣告に近かった。
既に彼女は自暴自棄になりかけている――カラーナは思う、こんな愚かな自分を助けようなんて考えるアホなんているわけが……
「だ、誰だ!」
「奴隷ギルドの管理者の一人であるメフィスト公爵に石をぶつけようとするなど!」
え? とカラーナの顔が動く。そしてその瞳に映るは、メフィストの護衛として雇われた猛者たちに囲まれる男――ヒットの姿だった。




