第45話 初めての奴隷商館
ダンやエニーからも頑張れよと発破をかけられ(といっても俺とメリッサが何を喜んでいたかは知らないだろうが)他の冒険者からは黒い視線が注がれる中、俺とメリッサは冒険者ギルドを後にし、ようやく三日目にして奴隷商館まで脚を運んだ。
セントラルアーツの奴隷商館は東側の街路ぞいに堂々と佇んでいた。
特に何を隠すこともなく、人々の多い往来で鎮座する。
俺は正直本当に奴隷商館なのか? と訝しんでしまう程だが、メリッサが言うには間違いなくここが奴隷商館なのだそうだ。
何故そんな事を思うのかといったところだが、とにかくイメージしていたものと異なっていた事が大きいか。
寧ろ東の街路沿いにあるというのも驚いたぐらいだ。
俺はゲームでもこの街の奴隷商館には訪れた事がなかったので、もしかしたらスラム街、そうではなくてもそれに近い西地区の路地沿いあたりにあるのではないかと勝手なイメージで思っていたぐらいだったのだが。
だが実際はそんなことはなく……俺のイメージしていたどこか怪しい建物という固定概念も全て覆されるほど、その建物はスッキリとした作りであった。
外壁もかなり明るい白で、デザインもどことなく親しみのもてそうなものである。
そして看板には一切奴隷や人身といった文字はなく、お洒落な書体で【ヴィレスドール】と刻まれている。
但し――ヴィレスというのが逆から読めばスレイヴだというのはすぐに理解できることが出来た。
スレイブ、つまり奴隷、そしてドール、奴隷人形。
一見オシャレに見えてもやはりここが奴隷商館であるのは間違いないか、と観察の末納得する。
何よりメリッサの話だと、文字の横に刻まれた複雑な紋様は奴隷ギルド所属の証らしい。
普通の商人と違って奴隷商人は店を開くのに奴隷ギルドの許可が必要となる。
その印がこれだ。
まぁとにかく俺はメリッサと一緒に奴隷商館の扉を開ける。
心なしか、メリッサの表情には不安が滲み出ていたので、俺は彼女の手を握ったままその中へと脚を踏み入れた。
外観は明るくても中はきっと薄暗く――なんという考えが馬鹿らしくなるほど室内も明るい。
明かり取りの窓もしっかり計算されて設置されているのか、自然な明かりが店内を照らし、外と同じ白を基調とした雰囲気は、ともすれば小洒落たカフェレストランにでもやってきたのか? という感覚に陥る。
「いらっしゃいませ。当店へお越しいただきありがとうございます。何か奴隷をお探しですか?」
そして店に入ると、清潔感のあるYシャツにスラックスという出で立ちの男が、ニコニコとした人形のような笑顔を貼り付けてやってきた。
明らかな営業スマイルではあるが、その彼がメリッサに目を向けた瞬間目付きが鋭くなったのを俺は見逃さなかった。
「ふむ、この奴隷はメリッサですね。この間までトルネロの奴隷だった物ですが、持ち主が死に宙ぶらりんになっていた筈ですが――」
男は、チラリと俺に向けた瞳で説明を求めてくる。
それにしてもすぐに判るものなんだな……そして更に物や品扱いか。まぁ判ってはいたがな。
しかし、とりあえず俺は、この男に事の顛末を話して聞かせる。
「なるほどなるほど。それではヒット様がこの奴隷を盗賊の手から守りわざわざ持ってきてくれたと。いやいや助かります。まぁ立ち話もなんですからどうぞこちらへ」
ある程度話をしたところで、俺達はテーブルに案内され椅子を勧められた。
なので俺とメリッサは勧められるがまま木製の椅子に腰をかけるが。
「……おいテメェ。奴隷の分際で人間様と同じ椅子に座るとはどういうつもりだ?」
男の張り付いていた笑顔が解かれ、冷淡な瞳をメリッサに向け、ドスの聞いた声を彼女にぶつける。
「す、すみま……」
「俺はこの方が落ち着くんだ。駄目かい?」
謝ろうとしたメリッサを制するように俺は奴隷商人の男に問いかける。
尤も言葉は穏やかにしてるが、威嚇するような目付きで睨めつけているがな。
「……そうでしたか。判りました。それならば仕方がありませんね」
そこまでいって元の胡散臭い笑顔を見せる。
「しかしそこまで言われるからには、ただ私どもの品物を返しにきたというわけではありませんよね? 大分ご執心のご様子ですし」
嫌らしい笑みを浮かべながら男がいう。段々と本性が見えてきたなこいつ。
「……まぁ色々と彼女から話を聞いてな。俺も奴隷に興味を持った。率直に言うならメリッサを購入したい」
面倒なやり取りをしていても仕方がないしな。それにこいつと話をしていたら段々と苛々が募りそうだ。
「なんと! そうでしたか!」
背筋を伸ばすようにし、わざとらしいオーバーリアクションで驚いて見せる。
全く胡散臭いことこの上ないな。
建物や内装でどんなに誤魔化しても、人間の本質は隠せないものだ。
「しかしヒット様もお目が高い上に運がよい。この奴隷は見ての通り当店でも極上の品。当然人気も高い。並べた瞬間にすぐにでも買われてしまう程です。ですがこれを守り、わざわざ運んでまで頂いたヒット様には、優先的にこの奴隷を購入出来る権利が与えられます」
「……あぁそれは知ってる。その制度を使って購入したいんだがな」
「ありがとうございます。この奴隷もすぐに購入されてきっと嬉しい事でしょう。ただこれだけの品ですので、ここまで運んでいただいた分を考慮しても結構な値段となりますが――」
「構わない。いくらだ?」
まぁ既に一五〇万ゴルドというのは判っているけどな。
「はい。こちらのメリッサは三〇〇万ゴルドとなります」
「そうか。だったら一括で――はぁ!?」
俺は思わず絶句した。三〇〇万……考えていた金額の倍じゃないか――
「おや? どうかされましたか?」
「いや、どうかって――」
「お、おかしいです!」
メリッサが思わずといった感じに立ち上がり、声を荒げる。
それに言葉すら掛けないまでも、商人の男の目付きが尖る。軽く戦くメリッサだが。
「そ、その前に私が購入された時は一五〇万ゴルドでした。それなのに倍だなんて……」
そこまでいったメリッサに、俺は座るよう促す。彼女は納得がいかないといった表情を見せながらも、ゆっくりと椅子に腰を掛けた。
「……なるほどなるほど」
すると奴隷商人の男は納得したように頷き。
「どうやらヒット様は、この品から古い情報を聞かされていたわけですな」
「古い情報だと?」
「はい、そうです。確かにこの奴隷はトルネロに買われた時は一五〇万ゴルドでした。しかしその後領主様が代わり、そして色々と物価も上がりました。その影響で奴隷の値段も軒並み跳ね上がってるのですよ」
……メリッサが愕然とした表情を浮かべている。俺も正直ショックがでかい……しかしよく考えて見れば前にシャドウとあった時、彼はメリッサを見て三〇〇万ゴルドはする筈といっていた。
あれはシャドウが詳しくないのではなく、寧ろ今の市場にそった適正な金額をいっていたわけだ――
「ふむ。その様子では一五〇万ゴルドしか用意していないといったところでしょうか? それではどうしますか? 諦めますか?」
顎に指を添え、急に無表情となった男が問うように言う。
……この顔、俺が諦めるとでも思ってるのか? 冗談じゃない!
「買うさ。確かに今は少し足りないが、予約制度を利用する。使えるのだろ?」
勿論です、と再び笑顔を見せる男。全く判りやすいやつだ。
「予約制度を利用すれば、五日間は誰にも買われること無くすみますからね。但し前金として一割頂戴する形となりますが」
前金か、まぁその可能性は当然考慮してたしな。三〇〇万ゴルドだったのが想定外だが、それでも三〇万ゴルドなら支払える。
「判ったそれでいい」
「ありがとうございます。奴隷の方はこちらでその期間大切に保管させていただきますので」
「!? 保管? メリッサをか?」
「はい。何か問題が?」
「お、おかしいです! 以前はこの例の場合は予約期間はそのまま――」
「確かに以前はこういった事例の場合は、そのまま奴隷を連れて頂いても構いませんでしたが、今はその制度も変わっております。五日間は他の手には渡りませんが、奴隷は一旦回収させて頂きます」
「……なんとかならないのか?」
俺がそう尋ねると、ニヤリと男は待ってましたとばかりの笑みを浮かべ。
「でしたら仮契約を利用されると宜しいかと思われます。これは一つの奴隷に一回だけ最大五日間までお試しで契約が出来るというサービスです。これをご利用いただけるなら、その奴隷を連れて頂いても宜しいですよ。但し仮契約期間に関しては、奴隷を傷つけたり夜の相手をさせる事は禁じておりますが」
「……お金は取るんだろ?」
「はい。こちらの奴隷の場合は一日一五万ゴルドでございます」
一五万……くそ! 本当に金に汚い奴らだな!
「ですが折角こうしてお知り合いになれたのです。本来であれば仮契約の代金として一五万×五日間で七十五万ゴルド、それに前金三十万ゴルドで合計一〇五万ゴルドですが、もし五日間フルで仮契約を利用していただけるなら、前金は三〇万ゴルドとして日数分から気持ち値引きさせて頂き、一〇〇万ゴルドで宜しいですよ。如何ですか?」
――俺が少し難しい顔をみせたせいか、一気に捲し立ててきたな。
一五〇万持ってるのは知ってるわけで、ここで決めさせるつもりってところか。
だが、どっちにしろ選択肢は決まってるがな。
「判った。一〇〇万ゴルド支払おう」
「ありがとうございます! それでは早速書類をご用意しますね」
それから俺は男の用意した書類にサインをし、一〇〇万ゴルドを支払ってメリッサと店を出た。
書類にはしっかり性行為の禁止と、奴隷を傷つけるのは禁止とあったな。
更に五日後までに用意する必要のある金額は二七〇万ゴルド……仮契約分は考慮されないわけだ。
「ご主人様申し訳ありません――」
道すがらメリッサが暗い顔と沈んだ声で謝罪を述べてくる。
全く本当にメリッサは気にしすぎだ。
「メリッサが謝ることじゃないさ。俺の考えが甘かったんだ。だけどまだ五日もあるんだ。また稼げる依頼をこなしてすぐにでもお金は貯めるさ」
俺は彼女を安心させるよう笑顔を魅せ、更に、ご主人様をもっと信じろ、とも付け加える。
それで大分気が楽になったのか、メリッサはいつもの明るさを取り戻し、はい、と頷いてくれた。
「おい聞いたか?」
「あぁシャドウキャットのメンバーが広場で見せしめの為に晒されてるってな」
「全く馬鹿なやつだよな。捕まったなら奴隷として素直に従っておけばいいのに、逃げ出した上、追跡者に捕らえられたんだろ?」
とりあえず俺は奴隷の件を考えつつ、メリッサと通りを歩いていると、そんな話があちらこちらから飛び交っているのを耳にした。
「シャドウキャット?」
聞こえてきた言葉を俺が口にすると、メリッサが俺に顔を向け。
「はいご主人様。シャドウキャットというのは、ここセントラルアーツの貴族を中心に窃盗行為を繰り返していた盗賊団です。この街に暮らす人々の間では暫く話題になっておりましたね。盗んだお金などを貧困にあえぐ層に配って回っていたりもしたので――」
「ふむ。義賊という奴か」
顎に指を添え呟くと、はい、とメリッサが応え。
「ただ、少し前にシャドウキャットのメンバーは全員捕まってしまった筈ですけどね……」
思い出すようにしながらメリッサが口にする。
なるほど、黙ってても飛んでくる話を聞くには、その内の一人は奴隷として売られそうになったところを逃亡していたという事らしいな。
だがそれが今日捕まり、今は広場で見せしめの為晒し者にされてると――
「それにしてもなぁ、まだ若そうだし可愛らしい顔してんのに盗賊なんてな」
「あぁ褐色の中々いい女だったけどな。全くあんな奴隷なら俺が欲しいぐらいだぜ」
褐色で、逃亡してた奴隷――まさか!
「ご主人様!」
「あぁ! 急いで広場に向かうぞ!」
俺とメリッサはほぼ同時に弾けたように駈け出していた――
ヒットがメリッサと仮契約!
……(´・ω・`)
ヒットは!ヒットは必ずやる男です!
そしてカラーナは!?




