第44話 ヒット因縁付けられる、て! お前かよ!
「確かに流れの女騎士の方も凄かったです。ですがご主人様は更にお強く、五〇〇〇は超えるであろうオーグの群れを一瞬のうちに――」
……戻ったらメリッサが妙に熱のこもった声で鉱山での事を皆に聞かせていた。
しかしそれはかなり大袈裟なのだが……
どうもメリッサは興奮すると物事を大きく伝えるところがあるようだな。
そういうところも可愛いぞメリッサ。
「あ、ご主人様!」
メリッサが笑顔で胸を揺らしながら近づいてくる。
改めてデカイなやっぱ――
「査定は終わりましたか?」
「いや、少し時間が掛かるようだ。ただ急いでくれるとは言っているし待とうと思うのだが、メリッサは大丈夫か?」
「はい! 勿論です。私は――」
「納得出来るかーーーーーーーーーー!」
うん? なんだ突然誰かが叫んでるようだな。
「おい! お前! ヒットとかいったな!」
冒険者の集団から一人飛び出し、俺に指さしながら近づいてくる。
スポーツ刈りのような茶髪の頭に、真ん丸眼。着ている鎧はレザーアーマー……をより頑強にしたハードレザーアーマーかな。
まぁそんな男が苦みばしった表情で俺に問いかけてきたわけだ。
「まぁそうだな。てかあんたは?」
「俺の名はラグナだ! アマチュア冒険者のな!」
ラグナお前か。
「ふむ、で? そのアマチュア冒険者のラグナさんは、なんでそんなに怒っているんだい?」
「当然だろ! こっちは緊急依頼だっていうからわざわざ準備して出発を待ってたんだ! それが高々ビギナー冒険者の男に、解決しましたなんて言われて納得できるわけがないだろ!」
うん。そう言われても困るし、そもそもお前、鉱山に行く依頼放り投げてるだろう。
「大体そもそも話からしておかしいだろう? こんないかにも頼りなさそうな男が、オーグの集団なんて、一匹ですら危ないと思うぜ。きっとズルか何かしてごまかしてんだろ!」
「ご主人様はそんな事致しません!」
メリッサが前に出て噛み付くように言う。
まぁ怒る気持ちもわからんではない。というかラグナ、密かに依頼を放棄したことは黙っておいてやったというのに、恩を仇で返された気分だ。
まぁこいつはそんな事知る由もないだろうが。
「ズルっていうのが何かよく判らないな。俺がオーグの角を持ってきたのは事実だろ?」
「だからだ! きっとてめぇはその流れの女騎士とかいうのが一人で倒したのを、後ろから襲うかなんかして横取りしたんだろ!」
ふむ、ここでアンジェをだしに使ってきたか。
「なるほど。まぁとりあえず俺はそんな事はしてないがな」
「そんなもん信用できるか! そうでもなきゃ、お前なんかがこんな真似!」
「どうでもいいが、例えばお前の言うとおり、俺がそのオーグの集団を一人で片付けた女騎士を襲って素材を奪ったとして、それはそれで十分凄くないか?」
「…………」
黙っちまったなラグナ。それだから駄目なんだお前は。
「そ、そんな卑怯な真似、俺が許さねぇ!」
「うん、まぁ例えばの話だがな。ところでドワーフのドワンを知っているか?」
「…………」
まただんまりか。
「と、突然! そんな関係ない話――」
「ふうぇえぇん。折角依頼貰ったのに怖いお兄さんに絡まれちゃったよ~~~~」
「…………」
俺が泣くような仕草で言ってやると、目を点にさせて固まったな。
「お、お前さっきから何――」
「おい! 痛い目みたくなかったらさっさと依頼書よこせ! はいごめんなさ~~い。依頼書渡します! 諦めます!」
俺がきっとこんな感じだったんだろうな~て内容をジェスチャーも混じえて再現する。
するとラグナは、いよいよ顔を伏せてベソまでかきはじめた。心弱すぎだろラグナ。
「おいおい、なんか急に泣きだしたぞ……」
「あんなに威勢よく出て行ったくせに情けなさすぎだろ……」
「てか、なんで泣いてんだよ……」
「泣き虫ラグナってとこか」
「あぁそれいいな。泣き虫ラグナ」
いつの間にか不名誉な二つ名まで付けられたな。これでこの男は、これからはずっと泣き虫ラグナとして扱われる事だろう。
「取り敢えず、そこのヒットの腕が確かなのは事実だぞ」
と、ここで俺を擁護する声。あいつは、ダンか。
「何せ俺達が危なくやられそうだったキラーウルフの群れを、ここのヒットはあっさり倒してしまってたからな。彼の助けがなければ、俺とエニーは本当にやばかった。まぁだからこそビギナーだった事に驚いているがな」
肩を竦めながらダンが説明する。すると周りの連中が口々に。
「ダンがそういうなら確かか……」
「何せ奴のランクはマネジャーだしな」
「てかマネジャーを助けるビギナーってどんだけだよ……」
そんな事を言い合っている。まぁもう絡んできそうな奴はいないな。
そしてラグナもいつの間にか消えていた。きっと居た堪れなくなったのだろう。
「フォローありがとうなダン」
「ダン様ありがとうございます」
俺とメリッサは礼を言いながらダンとエニーに近づく。
「礼なんていいさ、事実を言ったまでだしな」
「お二人の助けがなかったら、今頃私達はキラーウルフの胃袋の中だったかもしれませんし」
そんな事を話しながらも、とりあえずはギルドの適当な席についた。
「……てか、今でも俺は信じられないけどな。なんでお前みたいに強いのがビギナーなんだ?」
「まぁ色々あるのさ」
首を竦め誤魔化すように返す。
「ふむ。まぁいいけどな。冒険者なんて詮索しあうもんでもない」
ダンは中々さっぱりとした考え方が出来る男のようだな。
まぁそれはそうと――
「そういえばこれを渡しておこうと思ったんだ」
言って俺はマジックバッグから装備一式を取り出してテーブルの上に並べていく。
「これは……」
「仲間だったんだろ? 遺品をもってきた。流石に遺体までは無理だったけどな……受け取ってくれ」
俺がそう告げるとダンは神妙な顔を見せながらも。
「いや、これはお前たちで好きにしていい。それが冒険者のルールってもんだろ?」
「そういわれてもな。俺にもメリッサにもこれは使いこなせないし、持っていても手荷物になるだけだ。受け取ってくれるとありがたいんだけどな」
「……そうか判った。俺の方でしっかり供養し処分するよ」
「あぁ助かる」
「……ありがとうな」
「私からもお礼を言わせて下さい。本当にありがとうございます」
まぁそんなお礼を言われてもな。
「そんな頭を下げられることじゃないさ。それにおかげで荷物が軽くなった」
すると横に座るメリッサがクスリと笑みを零す。
「……なんだメリッサ?」
「いえ、ただご主人様の奴隷になれて本当に良かったなと私は思います」
……改めて言われると照れくさいんだけどな。
「どうかな? こんなお人好しの傍じゃ何れ苦労すると思うぜ?」
「あら? 私に散々苦労かけてるダンの言葉とは思えないわね」
エニーの手痛い横槍で、バツが悪そうにダンが目を逸らし頬を掻く。
それにメリッサが笑顔をみせ、俺も笑った。
そして暫く談笑を続けていると――
「ヒットにゃん査定が終わったにゃん! 早く来るにゃん!」
そんなニャーコの声。俺とメリッサはふたりに一揖し、そしてカウンターに向かう。
「今回の報酬が出たにゃん。急いだので内訳は出してないにゃりが、緊急依頼の解決報酬、それにオーグとキングオーグ、そして未確認の魔物の討伐と合わせて合計二〇〇万ゴルドの報酬にゃん! 凄いにゃん! こんな金額の報酬久しぶりにゃん!」
「二〇〇、万?」
「ご、ご主人様――」
それから暫く俺の中の時が止まった。といっても本当に数秒とかの話ではあったと思うが。
「どうしたにゃん? 嬉しくないにゃりか?」
ニャーコが首を傾げながら不思議そうに訪ねてくる。
その言葉でようやく俺の中の意識は覚醒され――
「や、やったぞメリッサ! やった! やったぁああぁああぁあ!」
自然と俺の腕が伸びメリッサの細い体を掻き抱いていた。
ご、ご主人様! と少し慌てたような声が耳に届いたが、嬉しすぎて自分の感情が抑えきれない。
そしてメリッサもまた俺の事を抱き返してくれた。
「……どうでもいいにゃりが、そういう事は外でやって欲しいにゃん」
「魅せつけてんじゃねぇぞ~~」
「リア充消えろ!」
「全くみてらんねぇぜ!」
ニャーコの呆れたような声に、周囲からの怒りや嫉妬や妬みの声が混じりあう。
だが今の俺にはそのどれもが俺達を祝う祝福の声に聞こえた――
次回!ヒットいよいよ奴隷商館へ!メリッサと果たして――




