第43話 ドワンが狙われる理由
エルフ幼女はドワンの娘だった。正直色々突っ込みたいところはあるが――
「一応念の為訊いておくが、犯罪的なあれじゃないよな?」
「藪から棒に何を言い出すんだテメェは!」
あ、やばいちょっと不機嫌ぽい。基本ムスッとしてるけど、なんとなく判る。
まぁでもやはり本物の娘か。全然似てないが。
「ご主人様。それは失礼かと――それによく見るとこの子、ドワンさんにそっく、そ、そ……」
うん。不思議そうな目で見て首を傾げるメリッサも、中々失礼だと思うぞ。
「お前ら誂いに来ただけならもう帰れ!」
あっと、ヤバいキレたな。ふむ、色々と得心の行かないところもあるが、とりあえず本題に入らないとな。
なので俺は鉱山での出来事をドワンに話して聞かせた。
「成る程な。それは大変だったのに、迷惑を掛けたな」
俺の説明を聞き終え、ドワンが深々と頭を下げてくる。
すると隣の幼女エルフも、ありがちょうなの、と父親に倣って頭を下げた。
結構真面目な話の筈が幼女が一人いるだけでこんなに和むものか……メリッサも頬に両手を添えて瞳をキラキラさせてる。相当萌えてる模様だ。
「別に頭を下げられるような事じゃないさ。オーグの出現はたまたまだしな。まぁ立替分だけ貰えればそれでいいさ」
俺がドワンに用件を告げると、ドワンは黙って奥に引込み、それからすぐに姿を見せた。
手には革袋が握られている。
「これを受け取ってくれ」
そういって袋を差し出してくる。雰囲気的に立替えた分が入ってるんだろうなと思い中身を確認するが――一万ゴルド金貨が一〇枚入っていた。
「ドワン、これは間違いだ。俺の立替えた分は八万だしな、二万多いぞ」
「それは迷惑料だ。気にしないで取っといてくれ」
「いや、だが別に俺は迷惑とも思ってないしな」
「しかしそれじゃあ俺の気が収まらねぇ」
真ん丸な瞳で俺をじっと見据えてくる。これは断っても聞かないだろうな。
「判ったありがたく受け取っておくよ」
俺はお礼を述べ、マジックバッグから依頼されていた鉄鉱石と魔鉱石を取り出しカウンターに乗せた。
「確かに間違いないな。助かった、感謝する。それで依頼書にサインをすればいいんだったか?」
「あぁこれがそうだな」
依頼書を取り出し、ドワンに手渡す。それに彼がペンでサインし俺に返してくれた。
「確かに。これで依頼は完了だが……ところでドワン。今も話したが、この店について色々悪い噂を吹聴して回ってる輩がいるらしい。何か思い当たることはあるかい?」
俺の中では、それをやっているのが誰かなんてとっくに見当はついてるが、これだけ派手に噂が流れているのにドワンが知らないとも思えないしな。
「あぁ、大方ボンゴル商会の連中だろうよ。全く下らないことを考える奴らだ」
ふむ、やはりドワンも気が付いていたのか。
「どうしてドワンさんが、ボンゴル商会に狙われているのですか?」
ドワンの話を聞き気になったのか、メリッサが質問をぶつける。
元々この店の事を教えてくれたのはメリッサだしな。どうしても気になってしまうのだろう。
「……連中は随分と前から俺の店に顔を出していてな。この店もボンゴル商会の傘下に入れとしつこく言われ続けてたのさ。だが俺はそれを突っぱね続けていてな。それが気に食わなかったんだろう」
そんな事で――とメリッサが細い声を発す。確かにそんなくだらない理由でとは思うけどな。自分の思い通りにならないのが許せないというタイプか。全くどうしようもない連中だ。
「本当に腹の立つ連中だ。連中はかなり強引なやり方で街の店を次々に手に入れていった。結局今となっては装備屋であの商会に加わってない店はうちだけになっちまった。まぁだから逆に目をつけられてるってのもあるのかもしれないけどな」
「そうだったのか。ふむ、今の話を聞く限りドワンは当然、今後もボンゴル商会の傘下に入る気はないんだよな?」
「あたりめぇだ! あんな奴の言うこと聞くぐらいなら俺は自ら店を潰す!」
偉い剣幕で怒鳴り始めたな。
「そこまでか。よっぽど商会のやり方が気に入らないんだな」
「気に入らねぇなんてもんじゃねぇな。あいつらはただ金儲けの為だけに装備を売ってる。品質なんて関係がない。寧ろわざと耐久性を落として客に壊れやすい武器を売りつけてるんだ。またすぐ買わせるようにってな。しかも値段は本来の適正価格より高いときてる。あれじゃあ造られた装備も使う人間も可愛そうだ。それに連中はそのやり方を他の店にも押し付ける。そして少しでも気に入らないと思えば店主を店から追い出し、自分の息のかかったものと入れ替える。そんな連中だ」
なるほど、鍛冶が三度の飯より好きと言われてる種族がドワーフだ。
そんな彼らは人一倍愛情を込めて物を作る。
彼らにとっては、手をかけた一つ一つの品は自分の子供みたいなものなのだろう。
だがボンゴル商会に屈するような事があれば、そんなやり方は認めてくれない。
だからこそドワンは決してその要求を飲まないんだろうな。
「ドワンの気持ちは判った。まぁ俺なんかが言っても気休めにしかならないだろうが応援してる。それにこの店がなくなると俺だって困るしな」
「ぴゃぴゃのおみちぇ、なくならみゃいもん!」
「と、そうだなこれは失言だ。ドワンの店がなくなるわけないさ」
「はいご主人様。私もそう思います」
「わざわざ立替までしてくれた上、そんな言葉まで貰えるとはな。ありがたくて仕方ねぇ」
うん。まぁ表情はやはり一見ムスッとしてるようだが、僅かに頬の辺りが緩んでるかな? 少しだけ変化が知れるようになったかもしれない。
そして俺とメリッサはドワンと娘と少し話してから店を後にした。
ちなみに娘の名前はエリンというようだ。
当然奥さんはエルフなんだろうなとは思うけどな。そこまでは踏み込んで聞けなかったな。
まぁいいか。とりあえず今日は奴隷商会にも赴く必要があるしな。先ずはさっさとギルドにいって精算しないとな。
◇◆◇
「あんた無事だったのか!」
「ヒットにゃん! 無事で良かったにゃん!」
俺とメリッサがギルドに入ると、一斉に冒険者達の目がこちらに向けられ、そしてニャーコとあの時助けた冒険者のダンが声を上げた。
ダンの隣にはマジシャンのエニーもいて、俺達に頭を下げてくる。
が――そういえばうっかりしてたがな。確かにこうなるのは当然なのだろうが……ギルドの中は冒険者であふれていた。
其々の顔は妙に不安そうだったり、自信の色が見える奴らがいたりと様々だが、まぁ集まってる理由は当然察することが出来る。
「それでどうだった? とんでもない量だっただろ? その様子だと無理だと思ってすぐ逃げ帰ったといったところか。でもそれも当然だろうな」
うむ、ダンが一人納得してるように頷いている。
……どうにも言いづらくもあるが、とは言え報告しないと仕方ないしな。
「ヒットにゃん。仕方ないにゃりね。ドワンの依頼は先延ばしにしてもらって、鉱山の事は他の冒険者に――」
「あぁドワンの依頼ならもう完了した。これが依頼書だサインも貰っている」
「…………にゃん? 言っている意味が判らないにゃん?」
猫耳をピクピク揺らして怪訝そうに訪ねてくるけどな。
「マウントストーン鉱山の件はご主人様が解決されました。もうオーグも事は心配いらないのです」
うん。俺に代わってメリッサが説明してくれたな。どことなく誇らしげに。
「……は? え? 解決したってヒット、お前がか?」
ダンが目を丸くさせながら言う。
「あぁ、まぁそうだな。正確に言えばもう一人の助けもあるが――」
俺は全員に聞かせるように事の顛末を話す。
だが、それでも疑いの目を向けてくるのがいたので、オーグの角を出して見せた。
すると途端に緊張感に満ちていた空気が一変し、驚きの声が波となって俺とメリッサに襲いかかる。
「マジかよ! 一体これだけのオーグどうやったってんだ!」
「しかもあいつビギナーだろ!?」
「その騎士が凄かっただけじゃねぇの?」
「いや! それにしたって一人で何とか出来る数じゃねぇだろ!」
感嘆だったり疑いだったり嫉妬だったりと、色んな感情の混じった声が途端に四方八方に飛び交い始めたな。
まぁでも、取り敢えず俺はニャーコにキングオーグと例の化け物のことを伝える。
すると途端に彼女の眼の色が変わった。そして急いでこっちにくるにゃ! とニャーコに促されたので、とりあえず騒がしい連中を尻目に査定室に向かう。
「むむむぅ。確かにキングオーグはともかく、この魔物は初めて見たにゃん。これは新種な可能性もあるにゃん」
「そうか新種だと報酬が上がったりするのかな?」
「そうにゃんね。詳しく査定してみないと判らないと思うにゃりが、結構な値がつくかもにゃん」
ふむそれはいい話だな。何せこの後メリッサの件で奴隷商館に行かないとならない。それまでに出来るだけ金は欲しいところだ。
「査定はどのくらいで終わる?」
「それなりに掛かるとは思うにゃん。何か急ぎにゃりか?」
どうやら俺の表情で察したようだな。
「ちょっと今日は入り用でな。出来れば急いでもらえるとありがたい」
「むぅ受付嬢扱いが荒いにゃん。でも仕方ないにゃん。査定担当にも急がせるにゃん」
「助かるよありがとう」
「素直にお礼を言われると照れるにゃんね。あ、それと犠牲になった冒険者の詳細は判ったにゃん。冒険者証の方はこっちで処理しておくにゃん」
俺は、あぁそれは任せるよ、とニャーコに告げ受付カウンターまで戻った――
ボンゴルは中々の悪徳商会です(`・ω・´)




