第40話 女騎士アンジェの正体
「とりあえず素材は回収できたな」
ふぅ~と額を拭い一息つく。何せ五〇〇あったオーグの骸からの素材集めだ。
メリッサとアンジェも手伝ってくれたとはいえ、結構時間も掛かってしまった。
このオーグの素材は頭に生えていた角だ。どうやら煎じて薬にすることで滋養強壮の効果があるようだ。
色によって微妙に形と大きさが違うためギルドではそれで判断が出来る。
そしてキングオーグ。あの化け物と戦っている間にいつの間にか天井から落下していたようだが、これはもう大きさから違うので判りやすいだろう。
オーグ達はそれぞれ武器も手にしていたが、これはメリッサが言っていたが価値は大したことがない。
バッグに入れられる量には限度があるし、だから武器はそのままにしておくことにした。
角だけならそれほど容量は食わないしな。
ただ問題は残った一体。そう、謎の化け物だ。
「こいつは討伐部位も判らないしな――」
「それならば首から上を持っていけばいいと思うぞ。角からギルドで情報が掴めるかもしれない」
なるほど確かにそうかもな。俺はその化け物の首を切り離しバッグに詰める。
「ご主人様、この武器はかなり価値のある物の可能性があります。いい素材も使われてますので――」
ふむそうか。流石メリッサだな、と褒めてやると顔を綻ばせて喜んでくれた。
まぁとりあえず大槌も持っていく事にしよう。
「さて、これで私の出番も終わりだな。問題も解決した。だがふたりと出会えてよかったと思ってるありがとう」
言ってアンジェが右手を差し出してきた。握手を求めているのだろう。
先ずはメリッサがそれに応じる。
そして俺にもその手を差し出してきたが――
「これに応じたらもう行ってしまうんだろ?」
俺がそう訊くと、彼女が、え? と目を丸くさせる。
若干躊躇いの様子も見えるが。
「だったらその前に質問させて欲しい。君の目的はなんだ?」
アンジェの眉がピクリと跳ねる。
「言ったはずだ流れの――」
「おいおい、流れの騎士が王国御用達の鎧を着てるのかい?」
続けての俺の追い打ちに、更に驚いたような顔を見せる。
何故わかったのか? という話だが、彼女の衣装はゲームでの王国正騎士と一緒。装甲の割に胸が開いたデザインはよく覚えている。
王国の正騎士はこういった領地毎の騎士とはまた違い、王都やその周辺の駐屯所や砦に配属される。まぁようは騎士のエリートってことだが。
で、彼女のは王国の紋章こそ刻まれていないが、まぁこれは身分を隠すために敢えて削っているのだろう。
だが、それでもかなりの高級品だろうし、見る人が見れば判る気もするんだけどな――ただこの鎧は位が高い騎士専用でもあるので、あまり一般には知られていないのかもしれない。
というか多分そうだろう。
そしてアンジェの俺に対する視線は、訝しいものに変わっている。
なんか逆に不信感を抱かれた感じか?
「俺はこの領地にくる前は、それこそ流れの旅人でね。王国の正騎士の事を耳にする機会も多かったのさ」
「旅人? そうなのか?」
「はい。私は旅の途中のご主人様に救われて、今はお傍につかわさせて頂いております」
メリッサが微笑を浮かべ更に盗賊に襲われていた事を説明した。
そして俺もこの地で冒険者ギルドに登録したことを打ち明ける。
こっちが胸を割って話さなければ、相手だって信じてくれないだろうからな。
「その実力でビギナーとは俄には信じがたいが……」
「本当だ。ほら」
俺は冒険者証をアンジェに見せる。そこにはランクも刻まれているからな。
「本当だ……それなのにこの実力とは末恐ろしいな」
まぁいい意味と捉えておくとしよう。
「それでアンジェはやはり王国騎士なのか?」
「……そうだな。そこまで看破されているならもう隠し立てしても仕方がない。確かに私はここガロウ王国の正騎士だ、実はこの領地に関して不審な話を耳にしてな」
「不審か……」
思わずアンジェの言葉を復唱する。正直それに驚きはない。不審どころの話ではないからな。かなり無茶苦茶な状況だ。
「その様子だと何か心あたりがあるのか?」
「あるどころの話じゃないな」
俺はそういってメリッサと一緒にこれまでの事を説明する。
「税金が跳ね上がり、銀行で預金の五割を徴収? なんだそれは! そんな横暴が許されるわけがないだろ!」
アンジェは偉い剣幕で声を荒らげたが、やはりそうか。ゲームの仕様ともかなり違うしな。
「ここの領民は大分苦労しているらしいぞ。銀行も制限がかかり、月に一割しか下ろせない状況だが他は違うのか?」
「当然だろう。そんな事をしていては国が乱れて仕方ない。そもそも銀行は王国内で情報が共有されている。本来ならそんな馬鹿な事をすればすぐにでも判るはずなのだがな――」
アンジェはそういって顎を押さえ、何かを考える仕草を見せる。
「何かあるのか?」
アンジェの様子が気になり俺は尋ねるが。
「いや、ただそれだけの事をしているのに何故王国側には何の知らせもないのかと思ってな。そもそも、よく考えて見れば領主が変わったという情報も私は今日初めて耳にしたぐらいだ」
初めてだって? そんな馬鹿な事があるものなのか?
「メリッサ、君は前の領主であるアーツ公爵の事は知っているのか?」
アンジェが彼女に質問する。
「はい。以前は今ほど税金は高くなく、銀行でも金利がとられるような事はありませんでした」
「そうか……それが領主が変わった途端にこの暴君ぶり――世襲したのは嫡男なのだろうか? 確か一人息子がいると聞き及んでいるが」
「はい。確かにそう聞き及んでおりますね。ただ以前はそこまで悪い噂もなかったと思うのですが……」
「そうなのか。領主として就任された時はどうだったのだろうな……その時は問題なかったのだろうか――」
アンジェが問うように呟くと、いえ、とメリッサが反応し。
「それは恐らく領民は誰も判らないかと……現在の領主様のお顔は拝見されてる者は殆どいないと思いますので」
いない?
「どういう意味だメリッサ?」
アンジェも怪訝な様子で顔を顰めているが、これは俺も気になるな。
「はいご主人様。私も聞いた限りですが、領主様が世襲されたというのは、御触れとして領民に知らされただけというお話で、公の場では一度も顔を見せていないのです」
「馬鹿な! 少なくとも王国内では領主が新たに就任した場合は、公の場で挨拶を執り行うのが慣例となっているのに、それすらしていないとは……」
う~んアンジェは頭を悩ましてるようだが、慣例はともかくとして、誰にもその姿をみせないとはな。
「なんともきな臭い話だな」
「あぁ、私もそう思う。これはやはり一度王都の城に戻って報告したほうが良さそうだ……」
アンジェは顎に指を添え、考えを巡らすようにして口を開く。
しかし城か。王国の正騎士でも位が高そうという予想は当たった感じだな。
王城の聳え立つ王都はガロン王国の中心地。
王国騎士団も精鋭揃いの筈だ。そう考えたらあの強さも納得ではある。
「鉱夫に話を聞こうとしたのも、領地の状態を探るためか?」
「あぁ。だが丁度魔物が大量に出現したというのを聞いてな。その話を聞くどころではなかったが、ヒットとメリッサのおかげで色々知ることが出来た。感謝する」
「別にいいさ。それでアンジェはやはり戻るのか?」
「そのつもりだ。まぁ一応自分の目でもある程度見て回ってからとは思っているけどな」
「そうか。何か手伝えることはあるか?」
「……その気持はありがたいが、これはもしかしたら相当に厄介な事件の可能性もある。だから――気を悪くされるかもしれないが……」
「あまり引っ掻き回されたくない?」
俺が思った事をそのまま告げると、うむぅ、と唸り。
「済まない。正直にいうとそういう事だ」
深々と頭を下げて言葉を返してくる。なかなか生真面目だなこの騎士さんは。
「構わないさ。立場というのもあるのだろう。ただ銀行の件は、何とかできないかお願いしたいところだな。何せ一〇〇万ゴルドそっくり盗られたようなものだからな」
「判った善処しよう」
「助かる。まぁこっちでも目立たない程度には探ってみるよ」
まぁ銀行の件は保険だけどな。自分でも何とかならないかは考えておく必要もあるし、領主の事も気にならないといえば嘘になる。
「……それは止めても無駄なのだろうな。ただ無茶はしないで欲しい。これは個人的なお願いでもある」
眉を落とし、心配そうに告げてくる。知り合ったばかりだというのに、そこまで思ってくれるとはな。ありがたい話だ。
「判った。まぁ俺もあまり危険な真似はしたくないしな」
そこまで話をしてアンジェは先に出口へと向かった。
一緒に出ても良かったのだが、ここの件を説明する必要があるしな。
その役目は俺が引き受けた。鉄鉱石と魔鉱石の事もあるしな。
ちなみに報酬は俺の方で受け取ってくれとの事だった。
俺の活躍のほうが大きかったと随分謙遜してたけどな。
まぁ譲る気はないようなので好意に甘えることにする。
「それにしてもメリッサ。少し疑問なんだが、そんな顔も見せない上、重税を課すような領地、誰も逃げ出そうとは思わないのか?」
アンジェを見送り、俺達も途中のオーグの素材と犠牲になった冒険者の遺品や冒険者証を回収しつつ出口へ向かう。
その途中でなんとも気になってメリッサに訪ねてみたのだが。
「とんでもありませんご主人様! 領地から逃げ出すなど不可能でございます!」
不可能?
「どういう意味だ? 国境に砦があって難しいとかか?」
それでも全く逃げ道が無いなんてことがあるのかって気もするが。
「砦というか……領主様が許しておりませんので領内から逃げ出すなどは不可能ですね――」
……いやそりゃ領主が、逃げ出していいですか? と聞いて、いいですよ、なんて言うわけがないからな――ただ更に質問を重ねるが、領地から出るということに関してはどうも要領を得ないな――う~ん……
アンジェ
「出番がこれで終わりって事はないぞ、もうちょっとだけあるのだ!」
もうちょっとといいながら随分続いた漫画がありましたね……




