第38話 元凶は――
「あれはキングオーグか――」
俺達はそれぞれ左右の土壁に背中を預け、相手に見つからないように気配を殺すよう努め、穴からその空間を覗き見る。
レッドやイエローなどの雑魚オーグの数は全部で二〇〇や三〇〇を軽く超えてそうだ。
一〇〇〇まではいってないと思うが……五〇〇程度か? どちらにしてもかなりの数だろう。
多くのオーグは岩の棍棒を手にしているが、ナイフや剣、斧を持っているのもいる。
だが、何より目立つのは奥に鎮座する巨大なオーグ。
上背は三メートルぐらいあるか? 横幅も広く肌色が土に近いため、ちょっとした岩山のようにも感じられる。
オーグの上位種にオーガという魔物も存在するが、キングオーグはそのオーガより更に巨大だ。
ちなみに似た名前でオークというのも存在する。
ファンタジーでは定番の豚の頭を持つ魔物だ。
そして恐らくこのオーグの大量出現はあのオーグ、キングオーグが原因だろう。
ゲームではユニーク種と呼ばれたタイプで、このキングオーグが出現すると大量の雑魚がその周りに集結する。
「ユニーク種か……厄介だな。あれは他のオーグとは桁が違う」
アンジェが顔を歪め口にする。
どうやらユニーク種という考え方はしっかり根付いているようだな。
「勝てないか?」
「馬鹿言うな。確かにオーグよりも遥かに強いが、私はオーガブロスを相手にしたことだってある。問題はないさ。だがふたりは、やはりここで一旦引いたほうがいい」
そういうことか。この騎士様は俺達を心配しているわけだな。
別に軽視してるとかではなく、心から案じての言葉なのだろう。
だからひとりでやろうというわけか。確かにオーガブロスは、オーグの上位種であるオーガのユニーク種。当然キングオーグよりも手強い。
ただあれは、ユニーク種の中でも単体型、つまり他の魔物を率いず個体で向かってくるタイプだったはず。
多くの兵隊を従えてるキングオーグとは一概に比べられないな。
まぁ五〇のオーグを簡単に殲滅させるぐらいだから、この数でも問題ないのかもしれないが……だが。
「悪いがこっちもここまで来て退くわけにもいかないな。それに今この状況ならこういっちゃなんだが、俺のほうが有利に戦える」
俺の考えを伝えると、アンジェの片眉がピクリと揺れた。
「随分と自信があるようだな?」
おっと、騎士のプライドを傷つけてしまったかな? 少し声音に刺があるようだ。
だけど――
「別にアンジェの腕を信用してないわけじゃないさ。さっきの戦いをみてれば判る。間違いなくアンジェは強い。だが、それはある程度接近しての事だろ? ここからじゃ使える手はないはずだ」
アンジェは一旦目を丸くさせ、うむぅ、と唸る。図星をつかれたといったところか。
まぁこれもゲームでの知識だったが、風の精霊をつかった攻撃には、エアロカットという剣戟に風の刃を乗せて放つというスキルは存在する。
だがこれは距離が離れるに従って威力が弱まる仕様だ。
ここからだと、最も近い敵でも距離は五〇メートル以上離れている。
これではアンジェのスキルの威力は期待できない。
だが、それに対し――
「俺にはこれがある」
言って俺は、マジックバッグからスパイラルヘヴィクロスボウを取り出し肩に担いだ。
それを目にし、アンジェの瞳が驚きに見開かれる。
「ちょちょっ、ちょっと待て! 確かにそれは凄そうで一瞬驚きもしたが、所詮クロスボウだろ? 一発射てば次を補充するのに時間がかかる。流石にその間に気づかれて攻め込まれるぞ!?」
「大丈夫だ。俺を信じろアンジェ」
そう伝え、困惑の表情をみせるアンジェを尻目に、片膝を付き、そして狙いを定め――
シュート!【キャンセル】シュート!【キャンセル】シュート!【キャンセル】シュート!【キャンセル】シュート!【キャンセル】シュート!【キャンセル】シュート!【キャンセル】シュート!【キャンセル】シュート!【キャンセル】シュート!【キャンセル】シュート!【キャンセル】シュート!【キャンセル】シュート!【キャンセル】シュート!【キャンセル】シュート!【キャンセル】シュート!
そしてキャンセルして最後の一列に――
「シュート!」
トリガーを引いた瞬間、螺旋を描き突き進むボルトが五体のオーグの胸に風穴を空けた。
それを確認した後キャンセルしクロスボウにボルトを戻す。
結果――五〇〇近くいたオーグは、一〇分程度の間に、全員その身を貫かれ、小さな骸が地面を覆い尽くしてしまった。
「――な、ななっ! なななっ! なんなのだこれはぁああぁあ~~~~!」
アンジェの叫び声が空洞内に響き渡る。かなり驚いている様子だ。無理もないか。
「い、一体! 何をしたのだ!? そもそもそのクロスボウは全く矢の補充をしていないではないか! 何故そんなに連続でポンポン射てるのだ!」
うん。凄い質問攻めだな。さてどうしよう? よく考えたら、これを誤魔化す術を考えていなかったが。
「とりあえず難しいことは抜きにして、簡潔にいうなら――気合だ」
俺は一拍溜めて尤もらしく言う。
「き、気合、そうか……気合かなるほど――」
少し悩む仕草を見せながら、納得してくれた様子。おや? 意外と単純か?
「て! そんな筈あるわけないだろーーーー!」
納得してくれなかった! そりゃそうか!
「グウウォオオオオオオォオ!」
おっと。
「ご、ご主人様! 何かキングオーグという魔物が!」
「あぁ判ってる。アンジェ、とりあえずその話は後だ。まだ敵は残っている」
「むぅ、た、確かにそうだな。あのユニークを討ち倒さなければ――」
「グウウォオ、ォ、ヴォ?」
――ブン!
「グォブォオオォオ!」
「――ッ!」
「な、なんだぁ!?」
おいおいどうなってるんだ。キングオーグが突然上にかちあげられて、天井にめり込みやがったぞ! ここ、今俺たちが泊まってる宿がすっぽり収まるぐらいは天井が高いんだが――
てか、これで完全にキングオーグは戦線離脱。そしてその代わりに姿をみせたのは……魔物か? キングオーグよりは上背は低い。
とはいってもそれでも二メートルぐらいはありそうか?
見た目には体躯が人に近い。尤も筋肉量は比べ物にならないほどで、肥大化した細胞は弾けんばかりだ。
肌の色は赤でレッドオーグと同じ。顔に関しては鼻から上が鬼瓦のような表情の面をかぶっているような状態。肩まである赤茶けた髪に額のあたりから一本角が伸びている。
そんな魔物、背中側の壁にその体躯より一回りほど大きな穴が出来ていた。
恐らくそこから現れた可能性が高い。
そして理由は判らないが、目の前にいたキングオーグを逞しい腕に握られた巨大な槌で殴りつけたのだろう。
しかしそれにしても――一体何者なのか? いや角が生えてる辺り、やはり魔物だろうしユニークの可能性も高いと思うが、少なくとも俺の記憶にはまるで残っていない魔物だ。
その為、何をしてくるかさっぱり読めない。
「あ、あれもそのユニーク種という魔物なのでしょうか?」
少し震えの混じった声で、メリッサが誰にともなく言った。
だが、俺には答えられる情報がない。
「わ、わからん。正直私も困惑している。キングオーグを一撃で……しかも全く見に覚えのないタイプだ――」
アンジェでもそうなのか……彼女もかなりの腕前だとは思うが、それでも判らないとはな――
「ご、ご主人様。あの魔物こちらを見ていませんか?」
メリッサが相手を指さしながら、慌てたように言う。
俺も確認のため目を向けるが、お面を被っているような状態のせいか、思考はイマイチ掴めないが、確かに身体はこっちを向いている。
で、徐ろに動き始め、口元で両腕を交差させ――
「――! 何か来る!」
アンジェが叫ぶ! 俺の背中にも嫌な悪寒が駆けずり回る!
これはヤバい!
そう思った瞬間、化け物の口から吐出される焔。
レッドオーグのそれに近いが、規模は遥かに上!
そもそもレッドオーグではここまでは届かない――だが化け物から噴出された焔は淀みなく威力を落とすようなこともなく、轟々という音を奏でながら俺たちを飲み込もうと迫り来る!
「まずい! ウィンガルグ! 我らを守る盾と――」
アンジェも咄嗟に精霊獣を風の盾に変えようとしているが、その前に当然、キャンセルだ!
「なっ! 焔が消えた!」
そうアンジェは驚いているが、相手の技を消せるのもキャンセルの特徴――だが、どうやらあの焔は相当威力が高かったようだ。
消しておいて良かったとは思う。喰らっていたら間違いなく一溜まりもなかった。
だが判る。あの焔を消したことで、俺は八秒間あいつにキャンセルが使えない。
自分へのキャンセルと違い、相手の動作をキャンセルする場合、同じ相手に連続では使えない。
これがキャンセルのルール。そしてそのキャンセルが使えない時間は、俺の能力とキャンセルする相手の行動との対比で決まる。
つまり相手の行動が俺にとって脅威であればあるほど、次にキャンセルするまでのインターバルが伸びる。
それがこの攻撃の場合八秒だ。今までの相手ではここまで長いことは無かった。それだけ今の焔の威力が高いという事だろう。
そして戦闘中の八秒というのは短いようで恐ろしく長くもある。
「駄目だ! ここにいたら次は焔に焼かれる! 俺は前に出る!」
「ならば私も続こう! ヒットが何をしたのか気にはなるし、かなり驚異的ではあるが――とにかく今はやつを倒すほうが先決だ!」
あぁ、と俺が返すと、メリッサも、私も! と動こうとする、が――
「メリッサは駄目だ! 逃げろ! もう他に魔物はいない! さっきの場所まで戻るんだ!」
さっきのとは分岐点のあったあの空洞の事だ。あそこにいれば冒険者が駆けつけてくる可能性がある。
「で、でも!」
「お前は足手まといだ! これは命令だ! 退け!」
「――ッ!」
メリッサの掠れた声が耳に届く。だが彼女を失うぐらいなら嫌われたほうがマシだ! こいつを相手にメリッサを守っていられるほどの余裕はない!
一顧しメリッサが出て行くのを確認する。いいぞいい子だ。
そして穴から飛び出しアンジェと左右に分かれる。固まっていては相手の思うつぼだ。
とりあえず八秒は過ぎたが、考えなしに使える状況でもない。
「ぐううううぉおおおおおおぉお!」
これは、咆哮!? 威嚇か? いや。違う! 奴の筋肉が大きく盛り上がった。
これはパワーハウリング! 己を鼓舞させ攻撃力を上げるスキル!
そして――俺は思わず目を見開いた。
化け物が……飛びやがった、腰を一旦落とし天井に届きそうな程の跳躍――しかもその動きは速い! 狙いは。
「アンジェ!」
俺は思わず叫びあげる。だがその瞬間アンジェの脚にウィンガルグが絡みつき、彼女の脚力が上がり俺の方へと疾駆する。
刹那――振り下ろされる大槌、響く轟音に広がる衝撃。
土塊が舞い上がり、もうもうと土色の煙が立ち込め、視界がかなり悪くなる。
すると、キャッ! という短い悲鳴。
衝撃でバランスを崩したのか、俺は鎧に包まれた彼女の身をしっかり受け止める。
「あ、ありがとう……悪いな――」
俺の胸に一旦顔を埋め、それから顎を上げ染まった頬で照れくさそうにお礼を口にする。
その所為に、どきりと心臓が跳ねる思いだが――その直後に別の意味で心臓が揺れ動く。
巨大な影が頭上に迫っていた。またあの化け物が同じ技で追撃してきたのだ。
くっ! ステップキャンセルで――いや視界が悪い! ならばキャンセル!
ほぼすぐ真上まで来ていた奴は、俺のキャンセルで消え失せる。
キャンセルは直前の行動に戻すためだ。跳躍する前の状態に戻っているはずだろう。
「ふ、不思議な技を使うのだな。いや魔法か? とにかく見たことのない物だな」
アンジェが俺のスキルを見て感嘆の声を漏らす。
だが――三〇秒。それが今の攻撃をキャンセルして与えられたリスク。
つまり、それだけ威力の高い攻撃だったということだが――煙が晴れ、それも納得できる光景が目に飛び込んでくる。
巨大なクレーター。その中心に奴は立っていた。全く、三〇秒も納得だなこの威力。
……しかしこの化け物の攻撃方法はまるで――
 




