第36話 流れの女騎士
俺はメリッサと鉱山に入り隧道をひた歩く。
魔法の地図を使えばきっと楽――と、言いたいとこだがこの地図はフィールド専用だ。
だからまぁ、とりあえず自分で歩いて見て確認するしかないけどな。
ただ隧道は等間隔で魔導器による灯りが確保されているからそこまで暗い雰囲気はない。
まぁ採掘所として使われていたならそれはそうか。
天井は俺の頭一つ分高いぐらいか、幅は二人がギリギリ並んで歩けるぐらい、岩場はゴツゴツしてて長時間いたら息苦しくなりそうだ、気分的に。
しかし女騎士か……制止も効かず飛び込むとはそれだけ自信があるのか、それとも後先考えず身体が動くタイプか――無事だといいが、とりあえず急ぐか。
「メリッサ手を取るぞ、少し急ぐ」
「はいご主人様。ですが気をつけてください!」
心配そうに語りかけてくるが、勿論ある程度は気をつける。が、オーグだけならそこまで手強いこともないしな。
正直メリッサでも苦戦することはないと思うが――
◇◆◇
「シルフィードダンス!」
「グギェエエェェ!」
「ギュイイィイイイ!」
「アンギョオオォオオオ!」
「…………」
まぁ、とりあえずステップキャンセルを多用し、隧道を抜け少し広めの空洞に出た。
そしてその瞬間、俺とメリッサの目に飛び込んできたのは大量のオーグ――の屍だった。
何体だ? 三〇体ぐらいいるだろうか? 尤もそれは今の屍の数であり、恐らくこれはもっと増えることだろう。
うん、どうやら女騎士とやらは腕に自信があった方のようだ。
いまこの空間において、主役は間違いなく彼女だからだ。
決して足場がいいとはいえないこのリンクで、華麗に滑るように剣を振るい踊り狂う。
周囲のオーグはたまったもんじゃないな。
残り二〇体ぐらいいたが、風の乗った彼女の剣戟によって腕も足も胴体も細切れにされていく。
青も赤も関係ないな。
全く意に介していないようだ。どうしよう出る幕がない。
「なんか凄いですねご主人様――」
うん。メリッサがちょっとポーッとした感じで口にしてるけどな。
確かに凄い。空間の中央を舞台に戦いを演じる彼女は上背は女性にしては高いか。
蒼色の髪は腰に達するほど長く、それを後ろで一つに束ねて下に垂らしている。
それがまた彼女の動きに合わせて浮き上がり、上質な筆とかして空間に複雑な紋様を描いていく。
それがまた妙に様になるのだが、それ以上に特筆すべきはやはり――スタイル!
正直騎士然といえる彼女の装備、白銀の鎧はその身体の殆どをカバーしているほど装甲が厚くもあるが、そんな中でもメリッサにだって負けていないと思われるバストの谷間は、しっかり外に飛び出ており、銀のスカートと具足の間に生まれし生太ももがいい具合に映える。この鎧を作成した職人にグッジョブ! と思わず賛美を贈りたい程だ。
全くもって良く判ってらっしゃる。
「……ご主人様。何かえっちぃな目でみておりませんか?」
「そんな事はないぞメリッサ」
これは芸術作品を見てるようなそんな眼である。鼻の下など伸びていない絶対。
まぁそんなわけで暫く見ていると演舞は終わりを告げ、結局五色オーグの屍は五〇体程になっていた。
死屍累々とは正にこの事かね。
俺が言うのもなんだけど、例えオーグとはいえ五〇体相手に女が一人でコレは中々凄いのではないだろうか。
「うん?」
ふぅ~と一息ついて汗を拭った女騎士は、俺とメリッサに気がついたようで首を巡らし交互に目を向けてくる。
ふむ、吊り上がり気味な切れ長の瞳は翠。気が強そうではあるが、目鼻立ちの整った間違いなく美女といえる類の顔立ちをしている。
凛としてるというのは彼女みたいな女の事を指すのだろう。
美人すぎて逆に怖いって感じもあるがな。
メリッサも美人だが、少し幼さの残る美少女なのでタイプがまるで違う。胸の大きさはいい勝負だけどな。
ただ脚は間違いなく女騎士の方が長いな。姿勢も美しくモデルみたいだ。
「もしかして依頼でやってきた冒険者か?」
俺達の姿を視認した後、細身の剣を腰の鞘に戻し、肩に風狼を乗せながらよく通る美声で誰何してくる。
聴こえてませんでした、なんて言い訳が全く許されないような毅然たる響きだ。
「俺が冒険者である事は間違いないが、依頼というよりは途中で話を聞いたからだな。本来はここの鉄鉱石や魔鉱石を運ぶ依頼で来てたんだ」
俺とメリッサは彼女に近づきつつ、質問に応える。
「鉄鉱石に魔鉱石? だとしたらとても無理だぞ。とりあえず私がここにいたのは片付けたが、まだ奥に魔物はいそうだしな」
右手をさし上げながら女騎士が言う。オーグを倒したことを鼻にかける様子もなく、それが当たり前みたいな雰囲気だ。
「まぁそうだろうな。だからとっとと片付けてやろうと思って俺はここにきたわけだ」
俺の答えに、ふむ、と形の良い顎に指を添え軽く首を傾け一考している様子。
「しかしたった一人では無謀だろう。鉱夫から話を聞いていないのか? 今も言ったがまだまだ大量のオーグが潜んでる」
「そうはいってもな。あんただって単身ここまで乗り込んだんだろ? 人の事はいえないと思うがな?」
俺が両手を左右に広げながらそう伝えると、眉根がピクリと跳ね、若干の不機嫌が顔に滲んだ。
「私の名前はアンジェだ。あんた等という呼ばれ方は好きではない」
「そうか? じゃあアンジェ様とでもお呼びすればいいかな?」
若干嘲るように伝える。しかしやはり見た目通り気は強そうだな。
「嫌味な奴だ。アンジェでいい」
「そうか。ちなみに俺はヒットこっちはメリッサだ」
俺の自己紹介に合わせてメリッサが一揖する。
すると、ふむ、とアンジェが顎を引き。
「見たところ奴隷の娘のようだが、冒険者としても登録しているのか?」
やはり奴隷というのは気になるのか? ただ馬鹿にしてるとかそういう感じではないようだな。
「いや冒険者として登録しているのは俺だけだな」
「なんだと!? という事は貴様! まさかいざとなったら奴隷を盾にして逃げようなどと考えているのではないだろうな!」
な、なんだ? 突然眦を尖らせて険のある声をぶつけてきたぞ。
なんか答え次第ではそのまま突き刺されそうな勢いだな。
……てか俺って、初見の相手にはそんな風に思われているもんなのか?
「違います! ご主人様はそんな酷いことは致しません! 奴隷という身分にも関わらず常に私を心配して気にかけて頂いております! 私が一緒にきているのは、私がご主人様のお役に立ちたいと思っているからです!」
て、メリッサが一歩前に出て喰いかかっていったな。
彼女に負けまいと、むむむぅ! と睨めつけてもいる。
ただメリッサの場合は迫力がどうしても出ないため、怒っているようでもどこか可愛らしい。
「……そ、そうかそれはすまなかったな。冒険者の中にはそういう不埒な輩もいると聞いたことがあってな。大事なご主人様を疑るような事を言ってしまって済まない」
……この女騎士あっさり謝り、面目なさ気に深々と頭まで下げてきた。
いや、まぁ俺も意地の悪い事をいってしまったし、逆に申し訳ないな。
「そ、そんな頭をおあげください!」
メリッサも慌てて両手を振る。
「まぁ俺も意地悪なことを言ってしまったしな。お互い様って事でいいだろ」
「そ、そうか、そういって貰えると助かる」
頭を上げアンジェが微笑を浮かべる。う~んなんともクールな笑顔だ。
「それでアンジェ、君はこの後どうするつもりだったんだ?」
「うむ。私はとりあえずここで陣どり、やってくるオーグを倒すのに専念しようと思っていたところだ。冒険者の応援が来るまでな」
ここでね……改めて見回すが、そこそこ広い空洞で正面をみると先には四つの横穴が見えた。
「待ってるだけというのは性に合わないな。こっちから仕掛けるのはどうだ?」
「それは得策ではないな。ここから先、隧道の入り口は四カ所ある。どれか一つを調査してる間に、他の穴からオーグが出てきて外に出てしまったら意味が無い」
なるほど、一応そういうところは頭が回るんだな。詳しくは聞いていないが、見た目にも口調的にも正規の騎士であることは間違いなさそうだしな。
「だったらアンジェは、ここでメリッサと見張っていてもらっていいかい? その間俺が隧道の方を調べてくる」
俺がそう提案すると、アンジェもメリッサも驚いたように口を開け。
「馬鹿な、貴殿一人で行くと言うのか? いくらなんでもそれは無茶だ。それにここの隧道はそれなりの長さがあるという。往復するだけでもかなりの手間だぞ?」
「そうですご主人様! それは危険です! どうしてもというなら私も是非ご一緒に!」
う~ん、貴殿ときたか……妙に堅苦しいな。
でも美女ふたりに引き止められるというシチュエーションは悪くはないけどな。
「俺の事は心配しなくても大丈夫だ。本当に危なかったらすぐに戻るさ。俺はこうみえて移動を早めるスキルを持っててね。だからそれほど調査に時間は掛からないさ」
「何? そんなスキルを? 意外だな。戦士系とばかり思っていたが」
まぁ系統としては間違ってないけどな。
「ご主人様は瞬間移動の魔法が使えますからね。それでいて剣技も素晴らしいのです」
メリッサが誇らしげに俺のことを持ち上げてくれるが、あっさり能力の事を言われるとはな。
まぁ別にそこまで知られてこまるわけでもないが。
「瞬間移動だと! 本当か!? この王国全体でも、まだ使えるものは数えるほどしかいないという魔法だぞ!」
……そ、そうなのか。しかもかなり食い付き気味に訊かれてしまった。
今更ごまかせる雰囲気でもないしな……
まぁ取り敢えず、その場で瞬間移動という名のステップキャンセルを数度繰り返す。
「ほ、本当に瞬間移動が出来るとは……正直私は初めて見たぞ。もしかして貴殿は相当ランクの高い冒険者だったりするのか?」
いえビギナーです。てか凄い感動されたな。本当は瞬間移動ではないんだけどな。
まぁ似たようなものだけど。
「とりあえずその貴殿ってのはやめてくれ。ヒットでいい」
「そうか判ったヒットだな。彼女はメリッサでいいのかな?」
俺に向かって頷き、視線をメリッサに動かし尋ねる。すると彼女は少し頬を紅くさせ。
「そ、そんな騎士様に名前で呼んで頂けるなんて光栄です!」
さっきまで反論してたが、アンジェの空気に当てられたかな。
いや、でも確かにこれは女から見ても憧れる美麗さだろうな。
「騎士なんていっても大したものじゃない。今は流れの騎士のようなものだしな」
そういって薄い笑みを浮かべる。流れの騎士、ね。まぁいいけどな。
「しかし腕は相当なものだよな? 流石エレメンタルガーディアン持ちってところか」
「なんだ知っていたのか」
「まぁな。その肩に乗ってるのは風の精霊獣だろ? エレメンタルナイトが従わせる精霊獣だしな」
ゲームをやっていた身からすれば判りやすすぎだしな。エレメンタルナイトはその名の通り精霊を従わせる騎士で高位職にあたる。
守護精霊というのは、その中で使用する精霊を一種類だけに絞るという制約を課した時だけ契約できる精霊で、他の属性の精霊を一切使えなくなる代わりに強力な精霊獣を眷属化させる事が出来る。
「私初めてみました。でも可愛らしいですね」
「ありがとう、ウィンガルグというんだ」
「へ~じゃあガルちゃんですね」
「ガ、ガルちゃん……」
困惑気味だな。まぁ騎士を前にして愛称で呼ぶのもなかなかいないだろうしな。
てかそのガルちゃんは頭撫でられて気持ちよさそうだが。
「触れるんだな」
「あぁ許可してれば大丈夫だ。まぁ戦闘中は周囲の風と変わらなくなるがな」
まぁそれはそうか。
さて、とアンジェの事もしれたしそろそろ。
「じゃあひとっ走り俺が調査してくるよ。斥候代わりにな」
「ご主人様わたしも!」
「いや、こういう場合は一人の方が動きやすいんだ。悪いがメリッサはアンジェと一緒にいてくれ。彼女となら安心だしな」
「判った。騎士として、ヒットが大事にしてるメリッサの事は命がけで守ろう」
うん決意の表情でいってくるな。律儀だな本当。
まぁだからこそ安心できるんだが。
さてっとそれじゃあ早速みてくるとするかなっと――
次回――まさかこんなところで女騎士がロストバージン!?
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