第35話 緊急事態!
俺とメリッサは丘の上からステップキャンセルで移動し、ふたりの恐らくは冒険者だと思うが、男女の下に急ぐ。
「ガルルルルゥ」
「くっ! 揺らぎの朱、手中の朱、さぁ目覚めの時、朱は火なり、我は主なり、飛散せよ――ファイヤーきゃっ!」
「エニー! く、くそ! おらぁ! て、くっ!」
ふむ――初級炎魔法のフレイムショットを撃とうとしたのか。だが詠唱の途中で飛びかかれて邪魔されたな。
もう一人の男が女に迫る敵を斬り殺しはしたが数が多い。
隙をついた後ろからの一匹に背中を狙われたか。
だが近くまできて判ったが、こいつらはキラーウルフ。魔物だ。
普通の狼より長い爪と牙が特徴だな。基本群れで行動する連中だ。
まぁいい近くまで来たし。
「メリッサここで待ってろ。さっさと行って俺が片付けてくる」
「いえ私も戦います! 戦わせてください!」
参ったな、戦わせたくはないが、でも押し問答してる暇もない。
「判った、でも頼むから無茶はするな」
「はい! ご主人様!」
そうはいったが一瞬で片を付けるとしよう。
とにかくこのまま移動し――
「く、くそ! 数が多いこのままじゃ!」
「は、早くギルドに伝えに行かないといけないのに……」
「仕方ない! ここは俺が引きつける! アニーは逃げてギルドにあの事を伝えるんだ!」
「で、でもダン! そんな事したら貴方が……」
――キャイン!
何かふたりで盛り上がってるところ悪いがねっと。
俺はとりあえず群れの近くまで移動し、ハリケーンスライサーで群れが作った肉壁の一端をぶち壊す。
て、あれ? ふたりが俺をみて驚きに目を丸くさせてるな。
「……え? いつの間に?」
「あ、貴方達は?」
「キャンセル!」
え! とふたりが吃驚の声を上げるが。
「後ろだ! 油断するな! 今のうちにやれ!」
俺がそういって、ようやく後ろからキラーウルフが近づいていたのに気がついたようだ。
相手の攻撃はキャンセルしておいたから、その隙に戦士風の男が気合の声と共に一文字に斬りつけ片付ける。
なるほどこの男のジョブはソードマンだな。一文字斬りは剣士の使える武器スキルだ。
武器スキルは武器とジョブの組み合わせて使えるものが決まっていて、扱う能力によって、玄人技、名人技、達人技、豪人技と分かれていたりもする。
一文字斬りはその中の玄人技だな。
「はっ!」
おっと、メリッサもウィンドエストックに宿る風の効果を上手く使って敵を片付けていってるな。
よっし! じゃあ俺もさっさとやっつけるか。
取り敢えず俺は二人に前方は任せろと告げ後方に集中させる。
そして群がるキラーウルフを、攻撃キャンセルを繰り返し隙のない斬撃を繰り広げつつ、ついでに――
「おいあんた! 魔法が使えるんだろ! それで倒せ!」
「で、でも詠唱する時間が――」
「大丈夫だ! 魔法はすぐ撃てる! 早くしろ!」
俺がそういうと、エニーとかいう魔法系の女は戸惑いの表情を浮かべつつ詠唱を始めるが――俺はそれにチャージキャンセルを掛けてやる。
「え? これって――」
「詠唱はもう出来てるだろ! 早く射て!」
「は! はい!」
エニーが炎の球で群れの一匹を射つ。炎球は淀みなく突き進みキラードックの胴体に命中。
傷はそう深くもないが徐々にその身が炎に包まれ燃焼状態になる。
よし、あれなら十分使えるだろう。
俺はエニーに更に魔法を続けるよう命じつつ群がる魔物を斬り殺していく。
チャージキャンセルは、キャンセラーの使える数少ない補助スキルの一つだ。
キャンセラーは魔法が使えないが、仲間に魔法を使えるのがいれば、詠唱をキャンセルしすぐに発動状態に持っていける。
また他にも使用に時間の掛かるスキルなどもこれでキャンセルが出来る。
ただこれは自分には使えないんだけどな。
そしてその間もメリッサに注意を向け続けるが、どうやら杞憂のようで、メリッサはキラーウルフ達と上手く立ちまわっている。
俺もキラーウルフを双剣で斬り捨てながら、詠唱【キャンセル】フレイムショットー→詠唱【キャンセル】フレイムショットー→詠唱【キャンセル】フレイムショット……
以上の工程を間隔をおきながら繰り返す。
キャンセルは他者に対して連続では使えないが、それでもフレイムショット程度なら、相手に当たったのを確認してから次のキャンセルが打てる。
その間、ダンと呼ばれていた剣士も、傷の痛みに顔を歪ませながらも、痛みに負けること無く、次々と相手を斬り殺していき、程なくしてキラーウルフの群れは見事殲滅された――
「助かったよありがとう」
剣士は戦いで疲れたのか、その場に座り込みつつ、俺にお礼をいってきた。
左腕にはキラーウルフに付けられた咬傷が残り、出血も見える。
もう一人の女がポーチの中から包帯と傷薬を取り出してるな。
応急処置で傷口に巻くつもりなのだろう。
「しかしふたりとも強いな。やはり冒険者か?」
「まぁな、あんたらもみたところそうだろう?」
俺は剣士の男に尋ねられたので顎を引き、それからふたりに反問した。
「あぁそうだ。俺の名前はダン、ソードマンのジョブ持ちだ。こっちエニーで、見ていたなら判ったと思うが魔法系でマジシャンのジョブ持ちだ」
「そうか俺の名前はヒットでこっち、うん?」
「あ、奴隷の方は向こうで何か摘んでるようですが――」
エニーがエリッサの方へ首を巡らせ教えてくれる。
ふむ、確かに草むらに屈みこんで何かを摘んでるような、で、戻ってきたな。
「あの、傷に塗るならこれもお使いください。キズナ・オル花です」
そういってメリッサが両手に摘んだ花を見せてくる。
花弁が閉じた状態のような紫色の花だな。
「本当は調合したほうが効果的なのですが、搾って出てきた蜜を、エニー様の持っている傷薬と合わせると効果が上がりますし、化膿止めにもなりますので」
「あ、ありがとございます!」
エニーがペコペコと頭を下げお礼を言ってくる。
ふむ、奴隷だからと蔑視する様子は二人にはないな。
「ちなみに彼女の名前はメリッサだ。冒険者登録しているのは俺だけだけどな」
俺の言葉に納得したようにダンが頷く。その間にエニーは搾った花の蜜と傷薬を組み合わせてダンの治療を施した。
「ところでさっき、ギルドに早く戻らないとと言っていたが、何かあったのか?」
随分と慌ててるようにも感じたしな、気になることは訊いてみたほうが早い。
「そうだ! 実はこの先のマウントストーン鉱山に魔物が大量に溢れだしてな。それを知らせに急いでいたんだ」
「大量に? マウントストーンでか?」
「あぁ、俺達は鉱山に魔物が近づかないように、警護の任を請けてたんだけどな。外からじゃなく中からオーグの群れが溢れて来たんだ。鉱夫達が慌てて外に出てきて異常を察し仲間と確認に向かったんだけどな……数が多すぎて他の仲間は命を落とし、俺とエニーだけなんとか逃げてきたんだ」
オーグか……オーグは子鬼型の魔物だ。
人間より背は低く一メートル程度。扱いとしてはコボルトやゴブリンに近く、ただオーグは色によって強さが異なる。
グリーン、ピンク、イエロー、ブルー、レッドがいて、一番手ごわいのはレッドで口から小さいながらも炎の息を吐き出してくる。
他のオーグが角一本なのに対し、レッドオーグは角も二本だ。
その下にはブルーがいて真ん中にイエロー、ピンクとグリーンは同程度の強さだ。
ちなみにピンクが雌というわけではない。
まぁそんなオーグが大量に出現したわけか。個々はそこまで強くはないんだがな。
「なるほど、それでギルドにか。鉱夫とやらは大丈夫なのか?」
「大丈夫とはいえないが、とりあえず逃げた者は休憩用の小屋に待機して貰っている。ただ中に取り残された連中は絶望的だろうな……警護を任されながら全く情けない限りだ」
そういって顔を曇らせ肩を落とすダンに、心配そうに声を掛けるエニー。
そしてメリッサも、ご主人様……と不安げな表情を見せるが。
「話は判った。ふたりはこのままギルドまで戻れるか?」
「あぁ、大丈夫だとは思う。キラーウルフの群れに出くわすなんてそうはないし、あとすこし進めば縄張りからも外れるしな」
「そうか、わかった。じゃあ俺達は先を急ぐとしよう」
「……? 先を急ぐって、この先はそのマウントストーンがあるだけだぞ?」
「あぁ、俺達は元々あんたらのいた鉱山に用事があったんだ。鉄鉱石と魔鉱石を運ぶ依頼でな」
「な!? 馬鹿な! 話を聞いていたのか? あそこは既にオーグの群れに占拠されてるようなものだ! 運搬どころの話じゃないぞ!」
ダンが目を剥いて吠えるように言ってくる。
確かにこれは、ゲームでいったら緊急討伐クエストに近い物か。
大抵はパーティー組んで望むのだろうが。
「俺達の事は心配いらない。まぁ無茶はしないがな、ついでに少しは数を減らしておいてやるよ。それよりギルドへの連絡は頼む。恐らく緊急扱いになるだろうしな」
俺がそこまでいうと、当然だ、と呆れたように口にし。
「俺は一応忠告はしたぞ。助けてもらった相手に死なれたら夢見が悪い。確かに腕には自信がありそうにみえるが絶対に無茶はするなよ」
「あぁ心配してくれてありがとうな」
俺とメリッサは二人にそう伝え、軽く手を振りその場を離れた。
◇◆◇
「お! おい、もしかしてあんたら冒険者か!?」
俺とメリッサがマウントストーン鉱山の入り口の前にたどり着くと、中の様子を探るようにしていた鉱夫らしき男が二人、俺達を振り返り声を上げた。
「あぁそうだ。ここに来る途中警護をしていたというふたりから話を聞いてな。中は大変なんだって?」
「大変どころじゃねぇ! 一体何がなんだか、急にオーグが大量に湧いてきやがった! 仲間もかなり取り残されて、た、多分生きちゃいねぇ!」
「あんたらギルドから派遣されてきたんだろ? 他の仲間は後からくるのか?」
鉱夫は、手を額で翳すようにしながら俺とメリッサの後ろに目を向ける。
どうやら他にも仲間がいると思ったらしいが。
「来るとは思うが、まだ時間はかかると思うぞ。俺は本来は鉄鉱石と魔鉱石を運ぶために雇われたんだ。そこでギルドに向かう途中の二人に話を聞いた。大体中間地点だったし、あの二人がギルドに戻るまでに一時間は掛かるだろ。それからここに冒険者が駆けつけるとなると更に数時間は掛かると思うぞ」
「ふざけるな! そんなの夜になっちまうだろ!」
そんな文句を俺に言われてもな。まぁでも。
「ただ乗りかかった船だ。俺達がとりあえず入って、倒せるだけ倒してきてやるよ」
俺がふたりにそう告げると、はぁ? と訝しげに眉を顰める。
「お前らが中のオーグを? 一匹二匹じゃないんだぜ? 一〇〇や二〇〇は最低でもいる」
「そうか。一〇〇〇いないなら、まぁなんとかなるだろ」
実際は一〇〇〇いてもイケる気がするけどな。
「マジかよ。さっきの女騎士といい、なんでこんな自信というか無謀な連中ばかり来るんだ……」
俺はその言葉に耳を欹てる。女騎士? 何の事だ?
「女騎士というのは一体誰なんだ? 冒険者か? 中に入ったのか?」
俺が質問を言い連ねると、ふたりは一度顔を見合わせた後、俺を再度見て。
「いや冒険者じゃないらしいがな。えれぇべっぴんさんだったけど、突然ここに姿を見せて、最近おかしな事はなかったか? なんて妙な事訊いてきたからな。今まさにおかしな事が起きてんだよ! て言ってやったんだよ」
「そしたら、やめとけって忠告してんのに、事情を聞いた瞬間『私が食い止める!』とかいって中に駆けていっちまったんだよ」
ふむ、この様子だと誰かは判ってないようだな。
突然現れた女騎士か……それにしても勇ましいな。
だがべっぴんと聞いては放っても置けない。無事だといいんだがな……
「判った。その女騎士も探してみるとするか。応援が来たらその事も伝えてやってくれ」
鉱夫のふたりにそう告げ、俺とメリッサは中に入ろうとするが。
「おいおい本気かよ。てか、それだけ自信あるって事はやっぱりかなりのランク持ちなのかい?」
「あぁ、こうみえて俺はビギナー冒険者だ」
「そうか……ビギナーかどおりで――」
言って二人が道を開ける。
俺は悠然と鉱夫の間を抜け、そのまま脚を進めた。
そして直後背中に突き刺さるのは……
「「てか、ビギナーかよ!」」
そんなふたり声の揃った突っ込みだった。
うん、堂々としてるとそれっぽく思えるもんだよな、やっぱり――
女騎士の安否は? 次回に続く!
 




